独身貴族は新人と顔合わせする
翌朝。朝から仕事をしていると工房の外で馬車の停車する音が聞こえた。
程なくすると工房の入り口が開いた。
「いらっしゃいませ、アルト様」
「こんにちは、ルージュさん。兄さんいる? 伝えていた通り、新人の子たちを連れてきたんだけど」
「少々お待ちを。すぐに連れてきますので」
適当に作業をしていたらルージュがいいようにやってくれるかと思いきや、どうやら俺も応対しないといけないようだ。
近寄ってきたルージュに小声で呼ばれて仕方なく立ち上がる。
そわそわとしていたトリスタンや見積もり書の作成をしていたサーシャにも声をかけて向かう。一度に挨拶をしてしまった方が楽だからな。
作業室から玄関に移動すると、そこにはアルトと見慣れない男女がいた。
「わざわざ付き添いで来るとはご苦労だな」
「そりゃ上司なんだから当然だよ」
子供を連れていくわけでもあるまいし律義なことだ。
「うちの工房の子を紹介するよ」
そう言われて前に進み出たのは茶色の髪をした少女だ。
クリッとした紫の瞳が特徴的で可愛らしい顔だちをしている。
「はじめまして、魔道具師見習いのパレットです! 有名なジルク様の工房で働けるなんて光栄です! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」
親しげに投げかけられる笑みは人の心を引き付けるような吸引力を持っていた。
自分の笑顔が男性に与える影響を弁えているのだろう。
現にトリスタンは新人の笑顔にアホ面を晒し「可愛い」などと漏らしていた。
とはいえ、独身で生きることを決めている俺にとってはどのような笑顔でも変わりない。
「そうか。よろしく頼む」
あっさりと返事をすると、パレットはムッとするでもなくどこか肩透かしを食らったかのような顔をした。が、すぐに落ち着きを取り戻し、綺麗な微笑みを浮かべた。
パレットの挨拶が終わると、今度は青い髪色をした長身の男が前に出た。
カッチリとした黒のスーツを着ており、手には白い手袋をはめている。
暑い夏の季節には少し不釣り合いであるが、肌を露出することが嫌いな性分なのだろう。
「魔道具師見習いのイスカ=フォトナーと申します。よろしくお願いします」
「フォトナー? もしかしてナルシスの息子か?」
名前を聞いて咄嗟に思い出したのは、ふんわりとした灰の髪をした男の言葉。
確か魔道具師を目指している息子をルーレン家に工房に入れていると言っていた。
「はい、写真展では父がお世話になったとお聞きしています」
「世話になったのはこちらの方だ。ナルシスにはまた改めて挨拶をすると伝えておいてくれ」
「承知しました。父も喜ぶと思います」
クーラーの生産作業で忙しく、写真展が終わってからナルシスと会えていなかったからな。
向こうから持ち掛けてきた展示会とはいえ、あれだけやってくれたのにその後に音沙汰が無しというのも気持ちが悪い。せめて礼くらいは言っておくべきだろう。
「自己紹介は終わったな。アルト、もう帰っていいぞ」
「兄さんは冷たいなぁ。まあ、そうさせてもらうんだけど、約束通り中型クーラーと小型クーラーを貰っていってもいいかな?」
「構わん。好きに持っていけ」
アルトにはルージュが倒れた時に販売を手伝ってもらった借りがあるからな。
「えっと、できればマジックバッグを持っている兄さんに馬車に積んでもらいたいんだけど……」
「しょうがないな。お前たちは勝手に自己紹介をしておけ」
馬車には執事のギリアムがいるだろうが、初老の彼に重い物を運ばせるのは少し酷だ。
アルトを連れて二階に上がると、保管室の中に置いてある中型クーラーを五台、小型クーラーを三台ほどマジックバッグに収納。
工房に外に出ると、停車させてある馬車の荷台でマジックバッグを解放した。
「お手を煩わせてしまい申し訳ありませんジルク坊ちゃま。私があと十年ほど若ければ、全部一人で積み上げてみせたのですが……」
「気にするな」
御者席にいたギリアムが申し訳なさそうに言うが、もういい歳なのだからあまり無理はしないでもらいたい。
「それよりもアルト。お前も重い物を運ぶ手段くらい用意しておけ」
「無属性魔法はあまり得意じゃないし、兄さんみたいにマジックバッグなんて持ってないよ」
「別にその二つしか選択肢がないわけじゃないだろ」
俺はポケットから一枚のカードを取り出すと、魔力を流して放り投げる。
すると、カードはみるみるうちに大きくなり、薄い直方体となって宙に浮かんだ。
「これは?」
「【浮遊板】という宝具だ。魔力を流すことによって自在に形を変化させられる。緊急時には障壁として使用でき、足場にもできるのだが、こうやって重いものを乗せて移動されることもできる」
試しに中型クーラーを乗せると、空気板は落下することなく浮かび、念じると意図した方向に進んだ。
「凄く便利な宝具だね! 机の上に置けない作業器具なんかも乗せて、近くに置きながら作業ができるよ!」
真っ先に思い浮かんだ活用法が仕事関係とは、こいつも中々にワーカーホリックだ。
「これをくれるの?」
「ああ」
クーラーを荷台に戻し、空気板をアルトの元に移動させて魔力を抜いた。
効力を失ってひらりと落下するカードをアルトは綺麗にキャッチ。
「でも、宝具って稀少だし高いんじゃ……」
「同じものをあと五個持っている。一つくらい構わん」
ポケットから同じカードを五枚ほど取り出してみせると、アルトから遠慮の気配が失せ、代わりに呆れた顔になった。
「……一体どれだけ宝具を買ってるのさ」
「宝具はロマンだからな」
それにこれだけ汎用性が高い宝具というのも珍しい。
非常にコンパクトで持ち歩きやすいので割と気に入っている宝具だ。
「というわけで梱包はそれを使って頑張ってくれ」
「うん、わかった。ありがとう」
マジックバッグから梱包用の木箱や布を渡すと、俺は工房に戻った。
玄関に入ると、パレットとトリスタンの賑やかな声が聞こえた。
「トリスタン先輩は、どのくらい工房で働いているんです?」
「うーん、もう五年目くらいになるかな?」
「えー、じゃあもう大先輩ですね!」
「そんなことはないよ。えへへ」
謙遜するトリスタンであるが、だらしないほどに緩んだ顔を見れば嬉しがっていることは明らかだった。あんまり調子に乗らないといいがな。
俺がクーラーの引き渡しをしている間に、ひとまずの自己紹介は終わったとみていいだろう。
「自己紹介が終わったのならルージュとサーシャは仕事を始めろ。トリスタンは新人が仕事を始められるように面倒を見ろ」
「わかりました!」
工房内に戻って指示を出すと、ルージュとサーシャが動き出し、トリスタンが張りきった返事をする。
いつもそれくらいハキハキとした返事をしてもらいたいものだ。
「ここにあるのが二人のデスクだよ。ああ、パレットさんの分は俺が運ぶよ。重いだろうし」
「さすが先輩! 頼りになります!」
俺やルージュが物を運ばせる時は嫌がる癖に、新人の女のためならいいのか。
「デスクはどこに置けばいいでしょう?」
「俺の隣でお願いするよ」
「でも、そうなるとジルク様から距離が遠くないですか? わからないこととか聞きたいですし、遠すぎると不便なんじゃ……」
パレットの意見を聞いて、トリスタンがこちらを窺うように見た。
勿論、俺は首を振って意見を却下だ。
すぐ傍に他人がいるなど冗談ではない。
「ジルクさんは一人が好き……神経質だから周りに誰かいるのが苦手なんだよ。だから、これくらいは距離を置いておかないとダメなんだ」
「なるほど。なんかクリエイターっぽいですね」
トリスタンの意見に一応納得したのか、パレットが苦笑しながらフォローした。
部下と新人の妙な気遣いが不愉快だった。




