独身貴族は面談する
正しい決算書類を作成できたサーシャの顔色はとても晴れ晴れとしている。
数字が合うとそれだけで気分が良くなるのだろう。
前世の会社の経理にもこういう奴がいたなと思い出しながら、ソファーで面談をする。
「さて、テストについては問題ないことは確認できた。俺としてはサーシャを試用期間として働いてもらいたいと考えている。その上で契約内容や働き方についてなど細かく確認していきたいが問題ないか」
「ありがとうございます。問題ありません。お願いします」
サーシャの意思がしっかりと確認できたところで、契約書類を見せながら説明していく。
うちで働く際の基本給や保証内容、試用期間についてなどだ。
それらを一通り説明すると、サーシャは感心の面持ちを浮かべる。
「……本当に女性に対する保証が手厚いですね」
「デュノア商会でもこれくらいはやっていたんじゃないか?」
大手の商会ほど、こういった保証は手厚いと聞いた。
「ここまでのレベルではありませんでしたし、仮にその通りにしたとしても現場に復帰できるかは怪しいところです」
「まあ、そうだろうな」
大きな企業ほど人の流れや仕事の流れは早い。
出産などで一年ほど現場から離れれば、以前のように働けるかは疑問だ。付いていくにはかなりの努力が必要だろう。
子供が生まれてただでさえ生活が大変なのに、そこまで仕事に労力を裂けるかは疑問だ。
「うちは働き方に関しては割と自由だ。仕事が終わってさえいれば、用事に合わせて早く帰ろうが構わないし、問題なく仕事が終わるのであれば午後から出勤しようが問題ない。夜にやってきて朝に帰るような極端な勤務の仕方は困るが、他の従業員と問題なく連携が取れるのであればいい」
「ありがとうございます。基本的には朝から働きますが、そういった際は相談させて頂きます」
仕事が終わっているのに無意味にデスクに座っているような働き方なんてさせたくないからな。会社にとっても働いている者にとってもデメリットしかない。
「なにか質問はあるか?」
「こちらでの試用期間とは、どのくらいの期間でしょう?」
「言い忘れていたな。三か月だ。その期間で問題なく働いてもらえれば、正式に従業員としての契約を結び直すつもりだ」
「三か月ですね。わかりました。従業員として雇っていただけるように努力します」
その期間に問題を起こしたり、無能であることが発覚すれば、遠慮なく切られるというわけだ。
言葉にはしないが真剣な表情で頷くサーシャにはそのことがよくわかっているだろう。
能力にも人柄にも問題はなく、優秀なのでそんなことはないと思うがな。
「サーシャは、どのように働いていきたいと思っている?」
「将来的にですか?」
少し言い方が広過ぎたかもしれない。
「具体的に言うと、キャリアアップを望んでいくのかどうかだ。経験を積んでもっと上の稼ぎ狙うなら、ルーレン家の工房に異動という道もある」
そこで管理職にでもなれば、ここよりも仕事の幅は広がり給金は上がるだろう。
うちの工房の経理として雇うので、勿論他所には行って欲しくないが、従業員の働き方まで縛ることはできない。
その考えがあるのならば、早めに次の人材を考えておく必要がある。
「いえ、そのつもりはありません。夫や二人の子供もいますので、家庭を大事にした暮らしがしたいので」
しかし、サーシャはきっぱりと否定の意思を見せた。
家庭を大事にした生活か……。
デュノア商会の本店で勤務していたにも関わらず、支店や他の商会で働かなかったのは、その辺りの意思が関係しているのかもしれないな。
「もしかして、そちらに異動させられる可能性があるのでしょうか? そうであるのならば、私は……」
「サーシャが望まない限り、そのつもりはない。一応、そういう選択肢もあると伝えただけだ」
「そうでしたか。ご配慮ありがとうございます」
きっちりとそう伝えるとサーシャは安心したように顔になった。
試用期間としての契約書にサインしてもらい、これで正式に従業員として働いてもらうことが決まった。
「面談は以上だ。問題なければ、これから業務に取り掛かってもらいたいが問題はないか?」
余裕があれば明日からと言いたいところだが、現在はクーラーの販売が迫っており少しでもルージュの負担を減らしたいのだ。
「大丈夫です。これからよろしくお願いします、ジルク様」
「様まで言わなくて結構だ」
仕事で丁寧にへりくだり過ぎては、時間がかかって仕方がない。
「では、ジルクさんとお呼びしますね」
ぺこりと頭を下げるサーシャは俺の望むところを正確に理解してくれた。
察せずに馴れ馴れしくため口を利いてきたトリスタンとは大違いだな。
●
サーシャを伴って一階の作業室に降りてくると、ルージュとトリスタンが視線を向けてきた。
ちょっとした人の出入りであれば、気にしない二人であるがサーシャの面談とあって気になっていたらしい。
注目が集まっているのであれば、話しやすい。
さっきまで俺と面談をし、既にルージュとは親しい間柄。
自己紹介が必要なのはトリスタンだけになるが、働き始めるための様式美として挨拶は必要だろう。
「今日から試用期間として働くことになった者を紹介する」
視線を送るとサーシャは軽く頷いて前に出た。
「今日から働くことになりましたサーシャです。前職ではデュノア商会で経理を担当しておりました。こちらでは経理、雑用などの業務を担当いたします。早く皆様のお力になれるように努力いたしますので、どうぞよろしくお願いします」
にこやかに笑みを浮かべながら簡潔な挨拶な挨拶をするサーシャ。
言葉が終わるとルージュが歓迎するように手を叩き、呆けていたトリスタンが遅れて手を鳴らした。
「サーシャなら問題なく一緒に働けると思っていたわ!」
「ありがとうございます、ルージュさん。今日から先輩ですかね? 頼りにさせて頂きます」
「やめてよ。あたしたちの仲なんだからいつも通りでお願い」
「ルージュさんが、そうおっしゃるのであれば甘えさせて頂きます」
公私混同はあまり推奨しないが、それで女性陣が円滑に働けるのであれば目を瞑ろう。
まあ、うちの従業員にそんなことにいちいち目くじらを立てる人間もいないがな。
「はじめまして、魔道具師見習いのトリスタンです」
「サーシャです。よろしくお願いしますね」
「うう、ようやくうちの工房にも新しい従業員がきたんですね。しかもこんなに綺麗な女性だなんて感激です!」
「早く戦力になってお助けできるように頑張りますね」
妙なテンションのトリスタンを綺麗に流してみせるサーシャ。
俺がサーシャの立場なら気持ち悪いもの見るような視線を送ってしまうだろう。
「ところで、サーシャさんの前の職場がデュノア商会ってすごくないですか? 俺もあそこを使ったことがあるんですけど、もしかしたらどこかでサーシャさんを見かけていたり――」
「はいはい、サーシャはこれから仕事に入るための準備をするんだからお喋りはまた今度ね。サーシャ、工房の中を案内してあげるわ」
「すみません。そういうわけなので失礼いたします」
口早に話しかけるトリスタンであるが、ルージュのフォローでサーシャは連れていかれることに。それを残念そうな面持ちで見送るトリスタン。
「サーシャは人妻だぞ?」
「知ってますよ! そんなつもりありませんからね!?」
「そう言われても仕方がないようながっつきようだったぞ」
思わず注意すると、トリスタンは目を丸くした。
「俺ってそんなにがっついているように見えます?」
どうやら自覚がなかったらしい。
「ああ、見えるな。俺ならドン引きだ」
「マジですか」
頭を抱えて項垂れるトリスタン。
ルックスはそこまで悪くないのにコイツに彼女ができないのは、落ち着きが足りないからではないだろうか?
「もう少し女性とのコミュニケーションの取り方を考え直すべきだな」
「…………」
「なんだ、その不満そうな顔は?」
「いや、普段女性に塩対応なジルクさんに言われても……」
「俺は仲良くなろうとするつもりがないからな。それは男が相手だろうと同じことだ」
俺はどちらに対しても公平だ。




