独身貴族は審査する
『独身貴族は異世界を謳歌する』の書籍3巻が発売しました。書き下ろし、特典ペーパーついてます。
よろしくお願いします。
翌朝。いつも通り工房で仕事をしていると、ルージュと共に入ってくる女性がいた。
淡い空色の髪におっとりとした垂れ目をした優しげな女性だ。
年齢はルージュと同じくらいか少し上といったところだろうか。
恐らく彼女が昨日ルージュの言っていたママ友とやらなのだろう。
「ジルク、少しいい? 前に言っていた人を紹介したいの」
「わかった。応接室に行こう」
ルージュのママ友とやらはまだ正式な従業員というわけでもない。
工房の作業場には様々な資料や設計図も転がっているので、応接室で応対するのがいいだろう。
挨拶したそうにしているトリスタンを敢えて無視し、俺はルージュたちを連れて二階の応接室に移動した。
「かけてもらって大丈夫だ」
「はい、それでは失礼いたします」
応接室のソファーに腰掛けると、ルージュが飲み物の用意をしてくれた。
とはいっても、先ほど俺が作ったレモン水だがな。
「それじゃあ、あたしが連れてきたし軽く紹介をするわね。あたしの家の近くに住んでいるママ友のサーシャよ」
「はじめまして、サーシャと申します。よろしくお願いいたします」
にこやかな笑み浮かべながらぺこりと頭を下げるサーシャ。
元商会で勤務していたとあって笑顔がとても自然だな。
「魔道具師であり工房長のジルク=ルーレンだ」
「お会いできて光栄です。魔道コンロや冷蔵庫ではうちでも使わせてもらっていて、とても助かっています」
「そうか」
短い俺の返答にサーシャが一瞬戸惑った顔をする。
特に俺は人々の生活の貢献がしたいがために魔道具を作っているわけでもないので、どうしても返事は淡泊になってしまう。
取り繕った台詞を吐くこともできるが、社交界ならともかく工房でまでそんなことはしたくないしな。
「さて、ルージュからはうちで働きたい意思があると聞いたのだが間違いないか?」
「はい、子供が少し落ち着いたので働きたいと思っていたところ、ルージュさんからありがたいお誘いを受けました」
チラリと視線を送ると、ルージュが照れたように笑う。
どうやらルージュが無理を言って連れてきたわけではないらしい。
きちんと自分の意思で働きたいというのであれば問題ない。
「ルージュから軽く聞いているとは思うが、うちは従業員が少なくてな。特にルージュの業務内用が重くなってしまい、その負担を軽減してくれる人員を探している。サーシャがうちで働くとすれば、経理、雑務が主な業務内容になるが問題ないか?」
経理はお金を取り扱う仕事なので、業務に関する適性の高さ以上に「責任感のある人柄」が求められる。人間性が重要だ。
サーシャとの会話の中でその辺りを重要視して確かめていきたい。
「はい、前の職場では経理の仕事をしていたので願ってもありません」
「前にどこで働いていたか聞いてもいいか?」
「デュノア商会です」
デュノア商会というと、かなりの資本力を誇る大商会だ。
王都だけでもいくつもの店舗を並べており、他の国や街にも支店を置いている。
当然、大商会とだけあってか入るのは難しく、学院でも数多のものが就職しようとしていた場所だ。
「ちなみに本店か? 支店か?」
「王都の本店になります」
本店と支店ではまた優秀度合いが違うのだが、どうやら本店勤務だったらしい。
精々が中堅商会の経理だと思っていただけに驚いた。
連れてきたルージュがサーシャの隣でしたり顔をしている。
ルージュが自信をもって連れてくるわけだ。
「それはすごいな」
「いえ、すごいのは私ではなく商会の方なので」
その上、ステータスを誇ることなく謙虚ときた。人当たりも柔らかそうだ。
「能力を疑うわけではないが上に立つ者として、どの程度やれるか軽く測っておきたい。申し訳ないが今から簡単なテストを受けてもらってもいいか?」
「構いません」
突然のテスト通告であるが、サーシャは動揺することなく了承した。
テストというのは計算問題に加えて、うちの工房の過去の決算書類だ。
「いつの間にこんなの用意していたのよ」
「仕事の合間にだ」
やや凝ったテストにルージュは若干呆れている様子だ。
今ほど利益を出している頃ではないので、金の流れは大きくないし複雑ではないのですぐに終わるだろうが処理能力を見極めるには十分だ。
筆記用具を渡すと、サーシャは真剣な顔つきでテスト用紙に向かい合う。
「同席はここまでで大丈夫だ。お前は仕事に戻れ」
「わかったわ」
しばらくはサーシャのテスト時間となる。ルージュが傍にいてもできることは何もない。
「くれぐれもサーシャに失礼なことは言わないように」
応接室の出入り口で振り返り、そんな台詞を言うルージュ。
どうして俺が失礼なことを言う前提なのか。それこそが失礼というものだ。
ルージュが退室するとサーシャはサラサラとペンを動かしていく。
最初にこなしているのは計算テストだ。
前世にあったような電卓やパソコンなどといった便利なものは、この世界にはないので経理の仕事はかなり大変だ。
数字に慣れたものであればスラスラと解けるが、慣れていなければ思わず手を止めてしまうような複雑な計算式も織り交ぜている。
しかし、サーシャは動きを止めることなくスラスラと計算式を書いて正解を導き出していた。
この様子ならそう時間はかからなさそうだな。
サーシャの様子を確認しながら俺は離れたデスクで書類仕事をするのであった。
●
応接室ではサーシャがペンを動かす音がしきりに聞こえていた。
計算テストは既に提出されて俺が確認をしているが、文句なしの全問正解だ。
その上、解くスピードもかなり速いときた。
少なくともサーシャの計算能力は抜群に優れているようだ。
王手の商会で経理をしていただけあって、複雑なお金の流れや数字には滅法強いらしい。
ルージュが自慢げに連れてきた人員だ。これくらいはやってくれないと困る。
むしろ、本番は次の方だ。
サーシャが取り組んでいる決算書類には別に試練が組み込まれている。
それを乗り越えられるかどうかだ。
いくつもの資料を確認しながら決算書類に書き込んでいくサーシャ。
しかし、不意にペンの動きが止まった。
資料に視線を巡らせて、何度かペンを動かすとサーシャは動きを止めた。
それから覚悟を決めたようにこちらを見る。
「ジルク様、少しよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「この決算書、数字が合いません」
「過去の決算書を参考にしたものだ。合わないはずはない。計算を間違ったり、見落としているんじゃないか?」
「それはありえません。資料の数字が間違っているのかと」
ケアレスミスの可能性を指摘してみせるが、サーシャはまったく怯んだ様子もなく述べてみせた。
やや鋭い視線を向けて威圧してみるが、サーシャの態度は変わらない。
気の弱い者や自信のない物であれば、もう一度確かめるくらいのことはしそうだが、そのようなことは全くしない。自らの確認や処理能力をまるで疑っていないようだ。
おっとりとした見た目と性格の割に芯は強いようだ。
「……正解だ。その決算書の資料は根本的に数字を変えている」
「なぜそのようなことを?」
「気付くのは当然として、上司であり貴族である俺に指摘できる人物なのか見極めたかった」
従業員になれば部下と上司になるのは当然として、サーシャは平民であり俺は貴族だ。
その関係を把握した上で、しっかりと意見できる人物なのかが重要だった。
「……そうでしたか」
安堵のため息を吐くよう呟くサーシャ。
「意地の悪いことをしてすまない。だが、工房の要であるお金を取り扱う職務だ。経理のプロが上司の顔色を窺い、指摘できないようでは困る」
「心臓には悪かったですけど、ジルク様が経理をとても重要視しているのが伝わりました」
「お金の管理は経営の最重要テーマだからな」
資金のショートは企業の終わりを意味する。売上や利益が上がっていたとしても、その時々で発生する支出分の資金がなければ黒字倒産でさえあり得るくらいだ。
お金の管理は重要だ。
「計算テストも全問正解。早い上に正確だ。それに書類の処理能力も問題ない。テストはこれで十分だ。資料をこちらに渡してくれ」
テストの終了を告げるもサーシャは浮かない顔をしている。
もしかして、先ほど試すようなことをしたのが嫌だったのだろうか?
「あの、できれば数字を変えていない資料を頂けますでしょうか?」
「構わないがどうしてだ?」
「数字が合わない状態というのは経理の者として非常に心地が悪いのです」
どうやら経理の意識として許せない問題らしい。
正しい資料を持ってきて渡してやり、計算をすると正しい決算書ができ、サーシャは満足そうな笑みを浮かべた。




