独身貴族は理解されない
「おじさん、まだけっこんしてないのー?」
自己紹介が終わると、セーラが突然そのようなことを言ってきた。
「よく言ったわ、セーラ!」
「ジルクはもう二十八歳でしょ? いつになったら結婚するのかしら?」
セーラの言葉に調子づくイリアと母さん。
過去に何度も上がった話題だけに辟易とする。
「俺は結婚しないって言ってるだろうが」
「どうしてよ?」
「一人が好きだからだ。結婚なんてものに興味はない」
俺がそのように答えるも、母さんとイリアは理解できないとばかりの顔をする。
「どうして? 好きな女性と一緒に暮らしたくないの? 子供を作って幸せな家庭を築きたくないの?」
「誰かと暮らすなんてまっぴらごめんだ。俺は一人が好きだからな。それに子供を育てることに興味はない」
「ええー」
俺の主張を聞いてドン引きの表情を浮かべるイリア。
この世界は現代日本ほど生き方が多様化していない。
昭和初期の頃のように結婚して家庭を持って一人前の大人。そして、それが一般的な人生における幸せという凝り固まった思想を抱えている。
そんなイリアや母さんたちにとって結婚せずに暮らしていくという選択肢はなく、あり得ない人生なのだろう。
「……兄さん、もしかして男の人が好きなの?」
「違う」
おそるおそるといった様子でイリアが尋ねてくるので即座に否定する。
俺は男色だから女性には興味がないと思考を走らせたようだ。我が妹ながら発想が突飛すぎる。
「じゃあ、どうして恋人の一人もいないのよ?」
「さっきも言った通り、一人が好きだからだ。恋愛などなんだのにはうんざりなんだ」
「兄さんって、そんなこと言えるほどに恋愛なんてしてたっけ?」
イリアがまじまじとこちらを見つめながら言う。
鋭い。さっき思わず口から出た言葉は前世の経験なんかも入っている。
そりゃ、俺だって元からこんな性格をしていたわけではない。色々な過去や体験から学んでこういう思いを抱くようになったのだからな。
今世で女性と付き合っているところを見たことがない、イリアが訝しむ気持ちはわかる。
「私が見ていた限りでは、いい感じになった女性は皆無ね」
「でも、職場や社交界ですり寄られることは多かったもんな」
「まあな」
母さんの瞳が鋭くなる中、ルードヴィッヒが助け舟を出してくれる。
「ああー、でも兄さんって外から見れば好条件だものね。身長は高いし、容姿も整っている。その上魔道具師で高収入、貴族院の高等学部を卒業しているし、子爵家の長男。それで独身って……食いつかない女性の方が少ないかも」
「誰か引っかかってくれる素敵な女性がいないかしら? そうしたら孫の顔が見られるのに」
「孫さえ見られれば、俺のことはどうでもいいのか……」
俺がそのような突っ込みを入れるもイリアと母さんは好き放題に語り出す。
やれ、俺の嫁はどんな人がいいだの、子供はどんな見た目をしているだの。
楽しそうに語り合っているところ申し訳ないが、そんな未来は永遠にこないので無駄だ。
「まあ、その話はそれくらいでいいだろう。それよりも食事にしよう」
イリアと母さんの話が盛り上がる中、静観していた父が話題を打ち切った。
「そうだな。いい加減腹が減った」
「セーラもおなかぺこぺこー」
「そうね。それじゃあ、食べましょうか」
父さんと俺の主張では不服そうにしていたイリアだったが、セーラがそう言うとケロリと表情を変えた。
ふむ、これは便利だな。
今後も屋敷で面倒な話題が挙がった時は、セーラを使うとするか。
父さんがギリアムに声をかけると、扉が開いて次々と使用人が入ってきて料理を並べる。
「あれ? そういえばアルトはどうした?」
食事の準備が着々と進む中、いつまで経ってもアルトとその嫁と子供がこないことに俺は気付く。
「アルトたちなら社交界に出てるから来られないわよ」
「は? アイツの辞退は許されるのに俺の辞退は認められないのか?」
弟夫婦だけが辞退し、俺の辞退だけが許されないというのは釈然としない。
「ジルクは一年も帰ってきていないから辞退権はないわよ」
「大体、アルトが忙しいのって兄さんが領地も継がないし、社交界にも顔を出さないからでしょ? その自覚があって言ってるの?」
「……悪かった。アルトの辞退は認めよう」
母さんの言葉には言い返したいものもあるが、イリアの主張には言い返せる言葉もなかった。
魔道具作りに没頭する俺のために領地を継いでくれて、人付き合いの苦手な俺の代わりに社交界に出てくれているからな。
俺が貴族でありながらしがらみから外れて自由にやれているのは、アルトの活躍によるものが大きい。その感謝の念を忘れてはいけないな。
「アルトには新しい魔道具を贈って、美味い飯屋にでも連れていってやるか」
俺はそれとなく言葉にして、アルトへの感謝の気持ちを送ることを決意した。
その間にも次々とテーブルに料理や食器が並ぶ。
彩り豊かなサラダに、じゃがいもの冷製スープ、野菜と肉の煮物、それに俺が釣ってきたサバナという魚も一品として加えられている。
「あら? 見慣れない魚があるわね?」
「もしかして兄さんが外で釣ったっていう魚?」
「そうだ」
今日は魚の気分だったからな。やはり、どうしても食べたくて、料理人に追加で作ってもらった。
「へえ、ジルクが釣ったのか。これは美味しそうだ」
魚料理が大好きなルードヴィッヒが、サバナの塩焼きを見て目を輝かせる。
あいつは肉よりも海鮮系の方が好きだったからな
「それじゃあ、ルーレン家のこれからの繁栄を願って乾杯だ」
父さんの乾杯の声にそれぞれ手にしたグラスを掲げて乾杯。
透き通ったグラスの音がダイニングに鳴り響く。
「セーラも叔父さんと乾杯」
「かんぱーい」
イリアがセーラの手をとって無理矢理乾杯させてくる。
別に無理してさせることはないと思うが、大人しく合わせてやった。
乾杯の一口で喉を潤す。
昼間にセルベロスのワインを呑んだからだろうか。どうしてもあの芳醇な香りと旨味と比べてしまって素直に喜べない。
……今日は赤ワインを呑まない方がいいだろうな。楽しく呑めない時は呑まないに限る。
「ところでジルクは家でちゃんと料理を作ってるの?」
「料理は得意だからな。自炊はしている」
「どうせ高いお肉とか買って焼いているだけなんじゃないの? あるいは濃い味の酒のつまみでも作ってるとか」
「そんなことは……」
ないと反論しようとした俺だが、ふと最近の食生活を振り返る。
ついこの間焼き肉を食べにいき、今日の昼間は燻製料理を食べていた。
イリアの指摘に反論できるほどの立派な食生活は送っていないな。
「あー、言いよどんでる! きっと私の言ってる通りの食生活してるんだわ!」
「そんなに偏った食事ばかりしていては病気になるわよ」
生憎とこちらは独神から健康な身体という恩恵を貰っている。母さんが心配するような病気の心配はない。
「大丈夫だ。俺は病気にはならん」
「なんの根拠があるのよ」
「俺は昔から一度も病気になっていない」
「確かに兄さんが、病気で寝込んでいるの見たことないかも! え? 地味にすごくない?」
イリアが過去を振り返って思い出したかのように驚いた。
「若いうちは平気でも、年をとると身体が弱くなるものだよ? 食生活はきちんとしないと」
「ああ、わかってる」
父さんが心配そうに言ってくるので頷く。
実際には独神の恩恵があるから平気なのだが、そんなものは両親にはわからないだろうからな。
とはいえ、偏った食生活では身体にも良くないし、パフォーマンスも下がる。少し見直すことにしよう。
「これは本当にサバーナなのか? 食べたことのある味とまったく違うんだが」
「本当だわ。ただの塩焼きとは違って、なんだか複雑な味……」
そう思いながらサラダを食べていると、ルードヴィッヒとイリアが驚きの声を上げた。
「それはジルク様の魔道具で特別な調理法をしたからです」
傍で控えていたギリアムが口を開いて説明をする。
「魔道具で調理?」
ルードヴィッヒがさらなる解説を求めるが、ギリアムの視線はこちらに向いた。
作った本人の方が詳しいから解説しろということだろう。
「専用チップを燃やして煙で燻すんだ。そうすると風味が豊かになって旨味が増す」
「へえ、そんな調理法があるのか。またすごい魔道具を作ったものだな。というか、そんな魔道具も売っていたか?」
「燻製機は俺が個人的に使っているものだからな。売りには出してない」
別に作るのはそこまで難しくないが、進んで仕事は増やしたくはない。
常に自由に動けるくらいのバッファは持っておきたいからな。
「これおいしい」
「あら、セーラも食べられるの? いつも魚は生臭いから嫌いって……」
「これはくさくないよ?」
四歳ながら燻製料理の美味しさをわかると、わかっているじゃないか。
「なあ、ジルク。あれを一つ売ってくれないか?」
「父さんも欲しいな! 燻製機ってやつがあれば、いろいろと食事を楽しめそうだ」
ルードヴィッヒに便乗して父さんも頼み込んでくる。
「……わかった。今度、作って送ってやる」
燻製機がないからと言って毎度呼びつけられても面倒だ。
ここは大人しく燻製機を送っておいて大人しくしてもらうとしよう。
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