独身貴族はデトックス効果を語る
『独身貴族は異世界を謳歌する』の書籍3巻が8月26日発売です。よろしくお願いします。
朝食を食べ終えると準備を整えて出勤することにした。
いつもより時間が早いが、あまり遅くなると日がすっかりと昇り切って気温が高くなるのが嫌なので早めに外に出る。
しかし、その考えは俺だけでなく、王都で働く他の奴等も同じらしい。
朝の早めの時間にも関わらず王都の大通りは人で賑わっていた。
気温自体はまだ落ち着いているが、人が密集しているせいで同じくらいの暑さがあるような気がした。夏の暑さよりも人混みの方が不愉快だ。
人混みを避けて回り道をしながら進んでいくと、ようやく工房へとたどり着いた。
その頃にはじんわりと汗がにじんていたが、大通りを進んでいれば人の熱気でもっと汗だくになっていたに違いない。
工房の扉を押し開けると、クーラーによる涼しい空気に包まれた。
「ジルクさん、おはようございます」
工房に入ると、トリスタンの明るい挨拶が飛んでくる。
「来るのが早いな」
「工房には中型のクーラーがありますからね。家にいるよりもずっと涼しいんですよ」
道理で早いわけだ。基本的にトリスタンの出勤はそこまで早いわけじゃないからな。
デスクに荷物を置くと、奥にある給湯室に直行。
あまり使うことはないが一応魔道コンロが設置され、調理器具も一通りそろっている。
が、トリスタンやルージュはあまり料理をするタイプではないので、俺以外が調理をすることはない。
基本的にちょっとした飲み物や洗い物をする際に使われることが多い。
そんな中、俺はマジックバッグの中からレモンときゅうりを取り出す。
包丁でそれらを薄くスライスすると、ウォーターボトルの中に投入。
そこに水を加え、冷凍室で作ってある氷を入れてやると、しっかりと蓋を閉めてシェイク。
後は冷蔵庫に入れて一時間ほど放置すれば馴染むだろう。
今朝、飲んだハーブウォーターとはまた違った、爽やかなレモン水ができること間違いない。
給湯室を綺麗に片付けると、そのままデスクに戻って朝の仕事を開始する。
ここ最近はずっとクーラーの生産作業だ。
ルージュの予測では大量の予約が入ってくること間違いなしとのことなので、ひたすらに作らされている。
二階の魔道具保管庫などは既にクーラーで埋まっており、別に所有してある倉庫も満杯になりそうな勢いだ。
もしルージュの言うように予約が殺到しなければ、赤字間違い無しだろうな。
まあ、彼女が実際に営業をして何件も打診を受けているのだ。そのようなことにはならないだろうが。
作業をしていると喉が渇いてきた。
ちょうど小一時間くらい経過しているので、冷蔵庫で冷やしたレモン水がちょうど馴染んだ頃合いだろう。
デスクから立ち上がって給湯室に移動すると、ちょうど工房の入り口が開いた。
「おっはよう!」
快活な声を上げて入ってきたのは営業や経理、雑務を担当しているルージュだ。
白いシャツの襟をパリッと立てており、金色のネックレスをしている。
麻のタイトスカートから伸びている足は透明なストッキングに包まれており、すらりと長い足が強調されているようだった。
本格的な夏を迎えてルージュの服装も涼やかで動きやすいものに変わっているようだ。
「おはようございます、ルージュさん。朝から元気ですね」
「クーラーの販売時期が迫っているのよ。暑さになんか負けてられないわ」
クーラー販売のために奔走してダウンした彼女だが、今やその面影はまったく感じられない。
十分な休暇をとって心身ともに回復したルージュは、エネルギーで満ち溢れているな。
元気そうな彼女を確認して給湯室に向かうと、誰かが後ろを付いてくる気配がある。
コツコツとしたヒールの音からルージュだろう。
彼女のデスクは給湯室とは明らかに違う。俺に何か用でもあるのだろうか?
「なんだ?」
「別に何も」
「なら、どうして付いてくる?」
「ジルクが給湯室に向かってるから、何か美味しいものが出てくるんじゃないかって思って」
「そういえば、さっきなんか作ってましたよね?」
ルージュの言葉に反応してトリスタンもやってくる。カルガモのヒナのようだ。
給湯室に出入りしてよく何か作っているとあって、分けてもらおうという算段らしい。ここまで堂々とされると一周回って清々しいな。
こいつら二人のせいで我慢するというのも腹立たしいので隠すようなことはしない。
「まあ、綺麗!」
冷蔵庫からウォーターボトルを取り出すと、ルージュが驚きの声を上げた。
「フルーツジュースです?」
「いや、ただのレモン水だ」
甘い飲み物を期待しているトリスタンには悪いが、そんなものじゃない。
見た目は華やかだが決して甘くはない。
「飲ませて!」
「俺も飲みたいです!」
「わかった、わかった」
予想通り、ルージュとトリスタンが懇願してくるので仕方なく二人分のグラスを追加。
氷を入れて、ウォーターグラスに入ったレモン水を注ぐ。
ピンセットでレモンやきゅうりもきちんと添えてやった。
「わー、オシャレね! それじゃあ、いただくわ!」
「いただきます!」
グラスを差し出すと早速ルージュとトリスタンが飲んだ。
こくこくと喉を鳴らす音が聞こえてくる。
「美味しい! 爽やかで飲みやすいわ」
「確かに甘くはないですけど、水よりも飲みやすいですね」
グラスから口を話した二人が驚きの表情を浮かべた。
ちょっと一手間加えるだけで水より美味しく味わえる。それがいいのだ。
目を丸くしている二人をしり目に俺もレモン水を飲む。
刺激的なレモンの味がし、スカッと美味しい。
後味がとても爽やかで汗をかいた身体が喜ぶように受け入れる。
汗をかいて疲れた身体でもこれならスルスル飲めること間違いない。
「ただ水にレモンやきゅうりを入れるだけでこんなに飲みやすくなるんですね」
「それだけじゃない。レモンにはリラックス効果や風邪予防の効果もある上に、美肌効果もあるからな」
「本当!?」
飲みやすさ以外の理由を告げると、ルージュがかなり食いついてきた。
「あ、ああ。絶対に綺麗になるような保証まではしないが、今の季節だと日焼けや、しわ、シミになど効果が期待できるだろうな」
「それすごいじゃない! あたし、しばらくは毎日これを作って飲むわ!」
確固たる決意のこもった表情で拳を握りしめるルージュ。
彼女がある程度見た目などに気を使っていることは知っていたが、想定以上の熱量だ。
「最近、肌にしみでも――」
「ジルク?」
「すまん、なんでもない」
ルージュがやる気をみなぎらせている理由を推察しようとしたが、彼女の有無を言わせない笑顔に止められた。
ちょっとからかうつもりだったがドンピシャだったらしい。
これ以上は何も言わないでおこう。ルージュを怒らせると面倒だ。
「わざわざ工房でこんなものまで作るなんて、本当にジルクさんってまめですよね」
「ただレモンときゅうりを薄く切って氷水に浸けただけだぞ? 手間もかかってないしまめじゃない」
「まめな人は皆そう言うんですよ。俺からすれば、なにかを切るってだけで面倒くさいです」
「わかるわー」
そんなことを言っていたら何もできないじゃないか。
二人の私生活は一体どうなっているのか。
トリスタンはともかく、ルージュは面倒くさいと思いながらもしっかりやっているのだろうな。
「あっ、そういえば追加の従業員の話!」
なんて会話をしていると、ルージュが唐突に言った。
女というのは本当に話題が急に変わる。
料理が面倒くさい云々という話から、どうやってこの話題に飛んできたのか不思議でならない。
「確かルージュさんのママ友さんが経理として来るってやるですよね?」
「ええ。明日来られるそうだけどジルクは問題ない?」
「問題ない」
ルージュの紹介とはいえ、俺からすればまったく知らない人物だ。
まずは軽い能力の審査と面談をして、問題なければ試用期間として働いてもらおうと思っている。
クーラーの販売を控えて、ルージュの業務がひっ迫している現状では、追加の人員はできるだけ早く取り入れるべきだろう。
「わかった。それじゃあ、明日の朝に来るように伝えておくわね」
「ようやく新しい従業員が増えるんですね!」
「トリスタン、わかってるけど思うけど既婚者だからね?」
「職場恋愛は禁止だ」
ルージュや俺に釘を刺さされても仕方がない程に、トリスタンは浮かれているのが丸わかりだった。
「わ、わかってますよ。俺だってそこまで見境がないわけじゃないですから! たとえ、既婚者であっても職場に華が増えるだけど嬉しいんです」
「あら、あたしじゃ華は足りないってことかしら?」
「いやいや、そういうわけじゃないですからね!」
「じゃあ、どういうわけかしら?」
余計なことを言ったがあまりしどろもどろになるトリスタン。
間抜けなことを言う部下を愚かに思いながら、俺はデスクに戻って仕事を再開した。




