独身貴族は搬送する
「ジルク、王族の方や貴族の方からもっと広範囲を涼しくできるクーラーが欲しいって要望が来ているんだけど、これってできそう」
王族やアルバート、ホムラ、カタリナなどに試作品を渡して二週間ほど。
各方面からクーラーの使い心地に関する感想や要望などが上がってきた。
ルージュがそれらの書類をチェックしながら相談にやってくる。
が、それよりも気になることがある。
「お前、顔色が悪いが大丈夫なのか?」
いつもは張りのある肌もどこか化粧のノリが悪く、テンションも低いようだった。
「大丈夫よ。ちょっと頭痛があるけど、仕事に支障はないから。それでさっきの件はどうなの?」
そう尋ねるも本人は気にした様子はなく、仕事の話を進めてくる。
本人が平気と言っているのでこれ以上心配しても無意味だろう。
「どれくらいの広さをカバーしたいんだ?」
出力を上げること自体は可能だが、どれくらいの広さをカバーしたいのかわからなければ、こちらとしても設定のしようがない。
「王族からは謁見室丸々くらいで、貴族からはパーティー会場をカバーできるような出力ですって」
これはまた規模が大きなことだな。さすがは王族と貴族。
俺が試作品として作ったものは一般的な建築物を想定としたものだからな。
広さの規模が違うそれらでは完全に力不足だ。
「恐らくできるが高品質な氷魔石と風魔石が必要になる」
当然、素材の品質が上がれば仕入れ単価は上がるし、それらを加工する難易度も上がってしまうので、試作品よりもかなり高額になってしまう。
「お金に関しては糸目をつけないそうよ。開発に必要な素材があれば、先方が用意してくださるって」
それだけ大盤振る舞いをするということは期待している証なんだろうな。
こういう返答を聞くと、やはり金はあるところにあるものだとつくづく思う。
「作ってみようとは思うが、その前に大型クーラーを複数設置して対応できるか確かめるべきだろう」
特注サイズのクーラーを一台設置するより、大型クーラーを複数設置できた方が効率的で安く済むかもしれない。
スペースの問題や見栄で特注サイズを注文するかもしれないが、きちんとした選択肢を与えた上で選ばせるべきだ。
「それで涼しくできるのなら、それでも構わないって人もいるかもしれないしね。わかったわ。ちなみにジルクのご実家には広いパーティー会場とかは……」
「うちにあると思うか?」
魔道具作りが好きなルーレン家にパーティー会場や広い別邸なんてものを用意しているわけがない。あるのは広い工房と倉庫くらいのものだ。
「なら、ブレンド伯爵にお願いして借りるしかないわね。そっちの方向で動いてみるわ」
「わかった」
アルバートなら王都にいくつもの別邸があるし、快く貸してくれるだろう。
コーヒーミルを納品する時は一人で相手するのを恐れていたようだが、随分とタフになったみたいだな。
従業員が頼もしくなってくれたことに感心しつつ、今日の作業に移るために二階の倉庫で素材の確認をする。
クーラーの開発をしているとはいえ、通常の注文も工房にはやってくる。
現在はそれらの受注数を減らしている状態だが、中にはどうしても平行で作業しないといけないものもある。
今日、取りかかるのはお得意貴族からの魔道ランプの製作依頼だ。
美しいデザインのランプと所望されている。
こういったデザインチックな依頼はあまり得意じゃないんだがなぁ。
それでも仕事としてきた以上は、できる限りのことをしなければならない。
倉庫にある素材を眺めながら魔道ランプのデザインを考える。
「……うん? 光魔石がないぞ?」
素材を眺めているついでに魔石を確認すると、肝心の光魔石が無い事に気付いた。
いくつかあるにはあるのだが、大きなサイズばかりでランプに使うにはやや使いづらい。
「ルージュ、ランプ用の光魔石がないが、どうなっている?」
「あっ!」
一階に戻って尋ねると、書き物をしていたルージュがガタリと立ち上がった。
「ごめんなさい、仕入れるのをすっかり忘れていたわ。すぐに発注書を書くわ」
どうやら発注自体を忘れていたらしい。
このような凡ミスをルージュがするのは初めてかもしれない。
「本当にごめんなさい」
申し訳なさそうにするルージュ。
誰よりも責任感が強い彼女だ。自分のミスを誰よりも反省していることだろう。叱っても仕方がない。
今ある素材でデザインを考えながら、別の仕事を済ますことにしよう。
少し納期は先だが、前に冒険者から頼まれたプラズマライターでも作るか。
思考を切り替えていると神妙な顔をしたトリスタンがやってくる。
「ルージュさん、本当に大丈夫ですかね? ここ最近ずっと夜遅いのに、朝やって来るのは誰よりも早いんですよ? 家庭でお子さんの面倒も見ていますし、働き過ぎなんじゃ……」
「本人が平気だと言っているのだから心配ないだろう。体調が悪くなったら自分で休むはずだ」
「そうですかね? 今回ばかりは無理しちゃいそうで心配なんですけど……」
「……俺が心配してもルージュは休まないだろう」
ルージュはこうなることがわかっていて、販売を早めるように願い出た。
そして、それでも仕事をやり切ってみせると彼女は宣言したのだ。
俺たちが休むように言ったところで、素直に頷くとはとても思えなかった。
「ですよね」
ルージュとの付き合いが長いトリスタンもそれを理解しているのだろう。
諦観した面持ちで自らのデスクに戻っていった。
「ギルドに発注書を届けて、ブレンド伯爵に手紙を出してくるわ」
ほどなくすると、ルージュがそう言って立ち上がる。
手紙と発注書の入ったトートバッグを肩にかけて、歩き出したところで彼女の身体がふらりと横にずれた。
ドンッとデスクに勢いよくもたれかかるルージュ。デスクに乗っていた書類や道具がバラバラと床に落ちる。
「おい!」
「ルージュさん! 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫。少しめまいがしただけだから……」
慌てて俺とトリスタンが駆け寄ると、ルージュは不規則な呼吸をしながら言う。
まるで自らに言い聞かせるような口調。
「大丈夫じゃないですよ! 病院に行きましょう!」
「必要ないわ。少し休めば十分に回復するから」
トリスタンが提案するが、ルージュはそれを受け入れようとはしない。
「ジルクさん!」
トリスタンとルージュからの視線が突き刺さる。
同じ視線を向けられてはいるが、両者の想いはそれぞれ違う。
上司としての決断が迫られている。
「……病院に連れていく」
クーラーの販売よりも従業員であるルージュの身体の方が大事だ。
「やめて。今、あたしが休んだら作業が遅れてクーラーの販売が来年になっちゃう……」
「作業は俺たちが引き継ぐ。今は休め」
「それじゃあ、筋が通らない」
「いいから少し黙れ」
やや強引に手を貸して背負うと、ルージュは静かになった。
さすがに体調が悪い状態では頭も回らず、反論や抵抗することもできないのだろう。
それぞれの作業は中断し、俺とトリスタンはルージュを近くの病院に連れて行った。




