独身貴族は夏野菜の冷やしおでん
夏酒を買って自宅に戻ると、リビングは熱気で満たされていた。
むあっとした空気が立ち込めており佇むだけで不快感に襲われる。
部屋の窓を開けて換気をしながら即座に中型クーラーを起動。
当然開発されたクーラーは工房だけでなく、自宅にも設置済みだ。
自分の生活を快適にするために作った魔道具だからな。最優先で設置されてもらった。
窓を開けてしばらくすると不快な空気が排出され、涼やかな風で満たされ出す。
十分に換気ができたところで窓を閉め、扇風機を稼働。
空気の循環を手伝ってあげることでムラなく冷やされ、リビングはあっという間に涼やかな空気で満たされた。
「これぞ魔道具の力だな」
この世界にやって来て二十八年。ようやくクーラーを完成させることができた。
暑い季節には何度も苦労させられたが、こうしてクーラーが形になった今では工房や自宅で暑さに苦しむことはないだろう。
「さて、夕食を作るか」
感傷に浸るのはほどほどにして夕食の準備にとりかかる。
まずはトマトの皮を湯剥きするために十字に切れ込みを入れ、沸騰したお湯で三十秒ほど茹でる。少し火を通したらすぐに冷水に浸す。
こうすることによってトマトの皮の皮が手で簡単に剥けるのだ。
トマトの皮を剥いている合間にトウモロコシを水でサッと洗い、塩を振ってこちらも茹でておく。
トマトが向き終わり、トウモロコシが茹で終わったら食べやすい大きさにカット。
他にも店で買い込んだズッキーニ、ナス、大根、パプリカなどもドンドンとカットして鍋に投入。
そこに梅干と水を加え、作り置きしておいた白出汁と砂糖を投入。
中火にかけてしっかりと火が通るまで煮込む。
暑い季節には台所で火を扱うのも億劫であったが、クーラーがある今では恐れるに足りずだな。
しっかりと夏野菜に火が通ったら、あら熱が取れるまで待機。
温度が下がったタイミングを見計らって大きな容器に移し、冷蔵庫に入れる。
後は冷蔵庫の中でしっかり冷やされ、味が染み込むのを待つだけだ。
部屋の片づけをしたり、宝具の手入れをしたり、入浴をしたりと日課を済ませていると、すっかりと夜が更けた。
「そろそろいいだろう」
味を染み込ませるためにもう少し待ちたい気持ちもあるが、これ以上は限界だった。
冷蔵庫を開けて容器を取り出すと、しっかりと冷えている。
大きな容器から涼やかなガラスの容器へと移し、夏野菜を盛り付けて冷えた出汁をたっぷりとかけると……。
「夏野菜の梅冷やしおでんの完成だな」
ぶつ切りにして出汁と梅と一緒に煮込むだけのシンプルな料理。
夏野菜だからこそ通用する調理法だ。
そして、そんな夏野菜のお供はホムラに選んでもらった『涼華』だ。
こちらも冷蔵庫でキンキンに冷やしているので非常に楽しみだ。
清酒グラスにとくとくと注ぐと、透明な液体で満たされた。
「さて、いただくとするか」
まずは夏野菜の梅冷やしおでんだ。大根がしっかりと煮えているか箸で確認。
刺してみるとほくっと崩れた。火は通っているようだ。
そのまま一口大の大きさにして口へ運ぶ。
白出汁の旨みが染み込んでおり、大根の甘みと見事に合わさっている。
そこにさっぱりとした梅の酸味がやってきて爽やかだ。
「美味い」
ただやはり大根のスペックを考えると、まだ染み込みが足りない気がする。
大根の旨さはこんなものじゃない。まあ、それに関しては明日、明後日以降になれば、染みに染みた大根が食べられるので良しとしよう。
大根の次はナス。こちらもしっかりと出汁が染み込んでいる。ナスの本来の瑞々しさも相まってとても爽やかだ。
そこにキンキンに冷えた夏酒をぐいっとあおる。
果実の華やかな香りを放つ。優しい舌触りは夏にも重くなく、スッと喉の奥へと溶けていく。
まるで冷たいミネラルウォーターのように新鮮で清冽な味わいだ。
夏野菜の瑞々しさと旨みと見事に調和している。
旬の美味しさを見事に引き出してくれる一品だ。
「夏野菜との相性がピッタリだな」
さすがはホムラ。俺の要望に合う見事な清酒を選んでくれた。
素直にオススメを聞いてみて正解だったな。
ズッキーニとパプリカは食感がとても良く、いいアクセントになっている。
トマトはしっかりと湯剥きをしたお陰か、かなり柔らかかった。出汁がしっかりと中まで浸透しており、トマトの酸味と旨みを楽しめる。
トウモロコシも程よい塩気を纏っており、ガツガツと食べ進められる。
さすがは夏野菜。他の季節よりも野菜の甘みや旨み、瑞々しさが段違いだ。
生で食べても美味しいのに白出汁と梅と一緒に煮込めば、美味しいのは当然といえるだろう。
暑い気温で食欲が湧かない時でも、これならさっぱりと食べられる。
梅の酸味が疲れた身体に心地よく、活力を与えてくれるようだった。
あまりにも夏野菜が美味しくパクパクと食べ進め、気が付けば三回ほどお代わりしていた。
もう少し食べたい気持ちもあるが、後は寝るだけなのでこのぐらいにしておこう。
それに明日や明後日になれば、もっと出汁が染みている。
その美味しさを逃してしまうのは非常に勿体ない。そう自分に言い聞かせて、夏野菜の入った容器を再び冷蔵庫へと仕舞った。
食材を切って一緒に出汁と煮込んで冷やすだけなので、食欲のあまり湧かない日にはまた作って食べてもいいかもしれない。
●
翌朝。昨夜よりも味が一層染みた夏野菜の梅冷やしおでんを食べる。
「やはり一晩寝かせた方が味が染みているな」
冷蔵庫でたっぷりと寝かせた夏野菜にはしっかりと味が染みていた。
それだけじゃなくトマトや梅干しの旨みや酸味が加わって、より味の深みが増している。
昨晩のものも十分に美味しかったが、濃厚な旨みを吸収しているこちらもとてもいい。
冷蔵庫でじっくりと冷やされた夏野菜は、朝から身体に活力を与えてくれるようであった。
じっくりと味わうと、残りは再び冷蔵庫へ。
今晩食べる頃にはまた味が変わっていることだろう。それが非常に楽しみだ。
朝食を食べ終わると、ソファーでゆったりと朝の読書。
今日は午後から出勤する日なので、急いで家を出る必要はない。
俺は連続で休むというよりかは小まめに休むタイプだからな。こうやって適度に心身を休める時間は重要だ。
本の世界に没頭していると、いつの間にかかなり日が高くなっていた。
燦々とした日差しがリビングの床を強く照らしている。
「いい天気だな。洗濯物でも干しておくか」
うちの洗濯機は乾燥機能付きなのだが、これだけ快晴だと天日干ししたくなるものだ。
読書を切り上げた俺は乾燥された衣服もハンガーに掛けてベランダに出る。
「さすがに暑いな」
窓を開けた瞬間に入り込んでくる熱気。
リビングはクーラーによって快適な温度に保たれているために、外の気温の厳しさがよりはっきりとわかる。
思わず顔をしかめてしまうが、こればかりは仕方がない。
我慢してベランダの竿に洗濯物を干していると、不意に視線を感じた。
ふと視線を右にやると、そこには慌てて姿を隠す隣人の姿が見えた。
必死になって隠れているつもりだがバッチリと視線が合っていたし、やり過ごすのは無理があるだろう。
「どうやら本格的にストーカーとして訴えられたいようだな?」
「違うわよ!」
「人の洗濯物を覗き見している変態……それ以外、どう認識すればいいんだ?」
逆の立場であれば、即座に訴えられて逮捕されてもおかしくない状況だ。
「洗濯物なんて見てないわよ! ただ私はそっちからやたらと涼しい空気が漂ってくるのが気になって……」
「涼しい? ああ、クーラーのことか」
どうやらリビングの涼しい空気がお隣さんのベランダにまで流れ込んでいたようだ。
偶然、ベランダに出ていて気付いたのか?
燻製の時といい妙にタイミングが合ってしまうな。早く仕事に行けばいいものの。
「クーラー? それって、もしかして新しい魔道具!?」
「そうだ。氷風機と違って部屋が湿気ることもないし、広範囲の部屋を涼しくさせることができる」
「なにそれ! すごい画期的な魔道具じゃない! それ、いつ発売するの!? 今すぐ欲しんだけど!?」
そう説明した瞬間、興奮した様子のカタリナが壁から身を乗り出して覗き込んできた。
隣人との不用意な接触を防ぐための壁が意味を成していない。
「気持ちはわかるが人のベランダを覗き込むな」
「あっ」
「それと人前に出る時は服装くらい考えろ」
今日はオフの日なのだろう。
カタリナの服装は薄い寝間着同然で肌が剥き出しだった。
「す、すみません」
カタリナも自分の姿を自覚したのか、顔を真っ赤にして身体を引っ込める。
暑い時期にはイリアも屋敷で同じような姿をしていたが、だらしないとしか言いようがない。
「いつ発売するかと言えば、もうすぐだな。一応は今年の夏を目指しているらしい」
「そんな! 今すぐ欲しいんだけど!?」
「俺は平気だ」
「でしょうね! あなたはクーラーがあるんだもの!」
「……そんなに欲しいのか?」
「今年の夏はとにかくヤバいのよ! その魔道具がなかったら暑さで死ぬわ!」
クーラーのある工房と自宅で主に生活しているからか、感覚が鈍っているが今年の厚さは随分とすごいらしい。
クーラー無しでこの暑さをやり過ごすと考えると、同情してしまう気持ちもなくはないな。
「ねえ、試作品みたいなのがあったら、一つ買わせてくれないかしら? なんならアンケートやデータの採取にも協力するから!」
おずおずとした声でカタリナが頼んでくる。
さすがは日ごろから魔道具を買いあさっているだけあって、こちらにとってのメリットの提供をわかっている。
少しでも多くのデータや感想が欲しいこちらにとって悪い提案ではない。
「確か、お前の所属している楽団は商人や貴族が多かったな?」
「え、ええ。音楽をやっているだけあって富裕層の人が多いわ」
「一つ貸してやる。その代わり毎日歌劇場でも使って、そいつらから使用した時の感想を貰ってこい」
あの楽団にはエルフやリザードマン、獣人といった多くの種族がいた。
そういった者から纏めて感想を貰えるというのは貴重だ。
ルージュから試作品を渡す時は、できるだけ有益なデータが取れる相手にと釘を刺されているからな。
それに富裕層が多い楽団員なら、気に入ればすぐに買ってくれることだろう。
「えっ、全員から?」
カタリナからやや怯んだような声が返ってくる。
「それができないならこの話は無しだ」
「ああっ! やるわ! ちゃんと歌劇場にも持っていって、皆からの感想も集めてくるから!」
「取り引き成立だ」




