独身貴族は夏野菜と夏酒を買う
「お帰りなさい、ジルク。王城の方はどうだった?」
王城から馬車で送ってもらい工房に戻ってくると、ルージュが出迎えてくれた。
「ジェラールとラフォリアに試作品を渡してきた。これで前のように文句は言われないだろ」
「第二王子に第三王女じゃないですか。王族が二人も待ち構えているなんて、ジルクさんに付いて行かなくて良かったです」
俺が報告すると、トリスタンがホッとしたように呑気なコメントをする。
行けないことを申し訳なく思って心配していたルージュとは大違いだ。
トリスタンもラフォリアの剥製鑑定を受けさせてやりたい。今度は無理矢理にでも連れて行ってやろう。
「な、なんだが寒気がします」
身の危険を感じたのかトリスタンがブルリと身体を震わせる。勘のいい奴だ。
「クーラーの温度を下げ過ぎたんじゃないか? あまり冷たい空気に晒され続けるのは良くないからな」
「そうします」
首を傾げながら窓を開け放つトリスタン。
悪だくみを誤魔化すための方便とはいえ、換気は重要だ。
クーラーは部屋の空気を循環させているだけで空気を入れ替えるような機能はない。
涼しくするためとはいえ、部屋を閉め切ったままにしては汚染物質(二酸化炭素、一酸化炭素、花粉、細菌など)がずっと存在したり、増えたりしてしまう。
それらは人間に悪影響を及ぼすために適度な換気は必要だ。
「とにかく、無事に用が済んでなりよりね! お疲れさま!」
「ああ、そっちはどうだった?」
ルージュはアルバートのところに試作品を持っていっていたので、そちらの反応が気になる。
「こっちも問題なかったわよ。ブレンド伯爵がクーラーを気に入ってくださっていたわ」
「それは良かった」
前回、俺と一緒に顔出ししていたのが良かったのだろう。
元々営業力の高いルージュだ。一人でも何の問題はなかったようだ。
「可能なら今すぐ喫茶店に取りつけたいって言っていたわね」
「さすがに喫茶店で使うのは早いな」
試作品であることを承知して内々で使ってもらう分には問題ないが、数多の客がいるところで使うのはリスクが高いからな。
「情報出しのタイミングは、こっちで調整したいし申し訳ないけど控えてもらったわ」
「それでいいだろう。十分にデータが取れてからでも遅くはない」
「集客力の高いブレンド伯爵の喫茶店で稼働させるのは悪くない手よね。上手く使えば、いい宣伝になってくれそうだわ」
神妙な表情で考え込むルージュ。
頭の中ではクーラーのお披露目や宣伝をどのようにすれば、最大限に生かせるか考えているのだろう。
王族や貴族から流行らせるとしても、平民への期待感を煽るのは重要だ。中間層はそうはいかない。
富裕層は高額な魔道具が発売されようがポンと即金で買えるが、平民などの中間層はそうはいかない。早めに告知して準備させないとな。
まあ、その辺りはルージュが考えてくれるので問題ないだろう。
俺はいつも通り、魔道具を作り続けるだけだ。
●
工房でクーラーを作り続け、設置している大型クーラーの整備や確認をしていると、あっという間に夕方になった。
根を詰めても効率が上がるわけでもないので、ルージュとトリスタンを残して先に帰路についた。
「暑いこの季節には瑞々しい野菜が一番! 美味しい夏野菜はいかが?」
通りを歩いていると野菜屋の元気な声が響き渡り、自然と視線がそちらに向いた。
「夏野菜か……いいな」
水分たっぷりで瑞々しく、太陽の光をたくさん浴びて育った夏野菜。
赤や黄色、緑、紫などの色鮮やかで特別な栄養素がたくさん詰まっている。
水分やカリウムを豊富に含んでおり、夏バテや熱中症の予防、利尿作用によるむくみの解消に効果的。
生で食べても加熱しても美味しさを楽しめる。
そんな夏野菜にキンキンに冷えた清酒を合わせたら美味しいに違いない。
夕食の献立が決まった。そうと決まれば行動は早い。
大根、ズッキーニ、トマト、ナス、トウモロコシなどの夏野菜を一通り買い込む。
野菜屋で買い出しを終えると、そのままの足でホムラの店に向かう。
中央区画から北西区画へ入り、道具屋商店街へ。
途中、魅力的な茶碗や皿に身体が引き寄せられそうになったが、それらの誘惑をねじ伏せて抜けていく。
大通りから三つほど離れた小さな通りに進むと、木造建築の清酒店が佇んでいた。
玄関には風鈴が飾られており、風が吹く度に涼やかな音が鳴っていた。
その音に耳を澄ませているだけで涼しい気分になる。
郷愁感のようなものを抱きながら白い暖簾をくぐると、酒器コーナーがお出迎えだ。
とはいえ、今日はそちらに用はないので店主を探して奥へ。
すると、紺色の着物をたすき掛けにしたホムラがいた。
清酒をケースで運んでいるようで、俺の気配に気づくなり固まった。
「げっ!」
「客を見るなり第一声がそれとは失礼だな」
「あれだけ清酒を買い荒らせば、こうなることくらいわかるよね!?」
「買い荒らしたとは人聞きが悪い。俺は普通に清酒を買っただけだ」
「あれだけ名酒ばかりを狙い打ちしてよく言うよ」
勘で選んでいただけなのだがな。前からそう言っているが、ホムラはどうも信じてくれないようだ。
「で、今日も清酒かい?」
運んでいたケースを端に寄せると、ホムラが息を吐きつつ聞いてくる。
「ああ。清酒部屋に案内してもらってもいいか?」
「構わないよ」
文句を言いつつも俺を追い返すことはないようだ。
奥の部屋に進むと、室内は以前と変わらず大量の清酒が並んでいた。
「先に言っておくけど一人一本までだから」
「わざわざ注意書きまで用意したのか……」
「個数制限をかけておかないと、君みたいな目利きの良い客がたくさん買って行ってしまうからね」
前回、俺がした指摘をしっかりと活かしたようだ。ご苦労なことだ。
別に俺は清酒を買い占めたいわけではないので別に構わない。
警戒した様子のホムラに見張られつつも、俺は清酒部屋をうろつく。
室内にはたくさんの清酒が保管されているが、夏野菜と合う清酒はどれなのだろう。
さすがに清酒についてそこまで詳しくない俺では判断がつきにくいな。
「夏野菜に合う清酒を探している。オススメはあるか?」
「それなら、ちょうどいいのがあるよ」
思い切って尋ねてみると、ホムラは嬉しそうな顔で冷蔵庫から一本の瓶を取り出した。
空のように澄み切った青色をした瓶。
「『涼華』っていう清酒で果実の香りが華やかで暑い日にもサラッと呑めるんだ。保存できる期間は短いけど、新鮮な香りや味わいが堪能できるよ」
「ほう、まさに夏のために調整された夏酒だな」
「夏酒……いい響きだね。気に入った。これからはそう呼んで売り出してみてもいいかい?」
「別に構わん……」
前世であった夏酒を彷彿とさせる清酒だったので、思わず口に出してしまったがホムラはそれがいたく気に入ったようだ。
夏に日本酒の消費量が落ち込むのを打開するために、作り出したネーミングだがホムラの故郷でもそういった事情があるのかもしれないな。
「じゃあ、この清酒を一本頂こう。今日はそれで十分だ」
「毎度あり」
俺がそのように告げると、ホムラはほっとしたように笑みを浮かべた。
前回、買った清酒がまだ残っているし、無駄に買い込む趣味はないからな。
「それにしてもここは涼しいな」
会計を済ませながらふと思ったことを呟く。
木造建築ならではの高い断熱性や風通しの良さが発揮されており、外や他の建物に比べると随分と過ごしやすい。
「木造建築だから夏でも風通しが良くて快適さ」
直射日光を遮る縁側の長いひさし。南北に大きく開いた間口。壁を減らした構造。
夏を快適に過ごすための工夫が至るところにされているのだろうな。
「実は夏を快適に過ごすために新型の魔道具を開発したんだが、ホムラには必要なさそうだな」
あわよくば木造建築の貴重な実験データが取れると思ったが、ホムラ自身が快適に過ごしているならクーラーは必要ないだろう。
「ちょっと待とうか」
「なんだ?」
清酒の会計が終わって立ち去ろうとすると、ホムラが袖を掴んでくる。
「その新型の魔道具について詳しく」
「今のままで十分快適なんだろ?」
「風通しが比較的良いだけであって暑い」
まあ、いくら風通しが良いといっても限度があるからな。
やはり夏の暑さには極東人の技術も叶わないらしい。
木造建築の貴重なデータを取るべくホムラに説明し、中型のクーラーを私用スペースで使ってもらうことにした。




