独身貴族は王城に向かう
独身貴族のコミカライズがニコニコ静画にて連載開始されました。
翌朝。いつものように工房で作業をしていると入り口が開く音がした。
「失礼いたします」
快活なルージュの声ではなく、堅苦しい男性の声。
パーテーションを設置しているために入ってきた人物の姿は見えない。
ルージュは外回りに出かけているために、応対するのは自然とトリスタンの役目だ。
「いらっしゃいませ。本日はどんなご用でしょうか?」
「王城からの使いです。ジルク=ルーレン様はいらっしゃいますでしょうか?」
気持ち的にはいないと言いたいが、今朝王城に用件を伝えに行ったのはこちらなので居留守を使うことはできない。
「ジルク=ルーレンならここにいる」
仕方なく席を立ってパーテーションから姿を現す。
受付にいるのは王城務めであることを表す正装を身に纏った男だ。
「はじめまして、ジルク=ルーレン様。ジェラール第三王子の命により、お迎えに参りました」
まさか今朝に連絡を入れて、数時間後には迎えを寄越すとは予想外だ。
早くても夕方あるいは明日と予想していたのだがな。あいつは暇なのだろうか?
「外に馬車がありますので」
「わかった」
念のために正装を着ていて良かった。
「そういうわけで、俺は王城に行ってくる。興味があればお前も――」
「行ってらっしゃいませ、ジルクさん!」
実にいい笑顔で見送りの言葉を投げてくるトリスタン。
道ずれにトリスタンも連れて行こうとしたが、行きたくないらしい。
煌びやかな貴族や王族の生活に憧れを抱いていたが、いざ行く機会になるとこれか。
「……行ってくる」
トリスタンに見送られて仕方なく一人で工房を出る。
工房の目の前の通りには王族の紋章の入った豪奢な馬車が停まっており、先ほどの使者が扉を開けて待っていた。
車内はフカフカのソファーが備え付けられており、送迎馬車やルーレン家の馬車とは乗り心地が段違いだ。
対面に使者が座って合図を出すと、馬車がゆっくりと進み出した。
車内には小型の扇風機が取り付けられているが、近ごろはクーラーのある生活に慣れていたこともあってか物足りなく感じる。
「申し訳ありません。工房に比べると暑いですよね」
俺の表情から察したのだろう使者の男が申し訳なさそうに言う。
淡々と職務に応じるタイプかと思われたが、どうやら会話による接待も行えるタイプらしい。
俺の苦手なタイプだ。
初対面の人間と逃げ場のない場所で会話をするのは中々に辛い。
職務だけを淡々と遂行してもらえればいいものをと思いつつも、一応返事はしておく。
「まあ、あれと比べるとな……」
「先程、工房に入りましたがジルク様の新しく開発したクーラーというのは素晴らしいですね! 中に入った瞬間、スッと汗が退いていくような感じでした。職務がなければ、ずっとあそこにいたいくらいです」
クーラーにいたく感動したのだろう、若干前のめり気味に語ってくる使者。
「快適に思ってもらえたようで何よりだ」
「この季節になると馬車の中は大変蒸し暑くなってしまいます。風の魔道具で車内の空気を循環させておりますが、それでも厳しいものがあります。それでお聞きしたいのですが、ジルク様のクーラーは馬車に設置することは可能なのでしょうか?」
やたらと前のめりだと思っていたが、どうやら使者にとって切実な悩みらしい。
確かに夏の馬車の温度は異常だからな。
建物の中で快適に過ごすことしか考えていなかったが、もしもの移動に備えて馬車に設置できるタイプのものも作っておくべきかもしれない。
「今のところ作ってはいないが不可能ではないはずだ」
どれほどの力であれば効率的に稼働するのか。どこに取りつけるのかなどの問題はあるだろうが、技術的には決して不可能ではない。
「では、是非検討してください! あれがあれば夏の送迎も楽になりますので!」
「ああ、考えておこう」
そんな風に会話をしていると、いつの間にか馬車が減速し、気が付けば王城の敷地内となっていた。
使者の男が扉を開けて先導。
王城の中に入る前に騎士たちによるボディチェックを受けることになる。
「宝具は預からせてください」
「魔道具はマジックバッグの中に入っているんだが……」
「では、それだけを取り出してください。我々がお運びいたしますので」
「わかった」
王族の安全を守る上で仕方のないことだ。仕方なく俺は大型、中型、小型のクーラーの一種類ずつ取り出した。
「身に着けている宝具はマジックバッグの中に」
「ああ」
言われて俺は身に纏っている宝具を外して、マジックバッグに入れる。
【衝撃の首輪】【旋風指輪】【障壁指輪】【蒼炎の守輪】【身代わりの足輪】【瞬足の足輪】などなど。ガチャガチャと取り外してはマジックバッグへ。
「……一体いくつの宝具を持っているんだ」
思わず王城の騎士も呆れた表情を浮かべている。
これでも王城に入るからと装備を必要最低限にしてきている。いつもならこの三倍は装備しているぞ。
「これで全部ですか?」
「待て。まだジャケットの内側や靴の裏にも仕込んでる」
「…………」
内側に忍ばせやすいカードタイプのものや、生地に縫い付けている針タイプのものなど、もしもに備えて装備させてある。
そういったものも全て取り外してマジックバッグに収納。
最後にマジックバッグを渡すと、ボディチェックは終了だ。
使者に続いて先導してもらい、後ろでは騎士たちがクーラーを運んで付いてくる。
王城騎士なのに搬入業者のような真似事をしないといけないとは大変だな。
とはいえ、普段から身体を鍛えていることや、魔力強化で身体能力を強化していることもあってか、その動きは実に軽々としている。
工房の二階から一階に下ろすだけで、へたばっていたトリスタンとは大違いだな。そのまま王城の中央塔四階に案内される。
「ジェラール様。ジルク様を連れて参りました」
「入れ」
「失礼いたします」
中から返事がし、使者の男が二枚扉を開いた。
室内は広々とした空間が広がっており、床にはフカフカの赤い絨毯が敷かれている。
奥には艶やかな木製のテーブルがあり、その傍には銀髪に碧眼を称えた青年と、金髪に碧眼を称えた女性がイスに座っていた。
部屋の中程まで進むと騎士たちはクーラーを置いた。
「ご苦労。下がっていいぞ」
ジェラールの落ち着いた声を聞き、使者や騎士たちがいそいそと部屋を退出していく。
全員が退出してしばらくすると、ジェラールは澄ました表情をニカッと親しみのあるものに変えた。
「久し振りだな、ジルク」
「お久しぶりです、ジェラール王子殿下」
「おいおい、俺とお前の仲だろう? 他には誰もいないんだ。気楽にしてくれ」
「わかった。じゃあ、そうさせてもらおう」
ジェラールは王立学院時代の同級生だ。俺の中での数少ない友人だ。
とはいえ、向こうは王族なのでレナードやグレアスのように近しいわけではないが適切な距離を保った友人だと言えるだろう。
「久し振りですね、ジルク」
にっこりと柔和な笑みを浮かべるもう一人の女性。
「お久しぶりです、ラフォリア王女殿下」
「ジルクの魔道具のことを話したら妹も同席したいと言ってな」
「わたくしに関しても気楽な口調で結構ですよ」
「ありがとうございます」
ジェラールの妹であり、昔から何度か顔を合わせたことがある。
前に会った時は十二歳であったが、今は十六歳。顔からあどけなさが抜けて、立派な淑女として成長を果たしている。
しかし、俺はラフォリアが苦手だ。その理由はと言うと……。
「それにしてもジルク。いい男に育ちましたね。わたくしの中で剥製にしたい人間ランキング一位です」
俺を見ながらこういうことを堂々と言うからだ。
動物や魔物の毛皮なんかを利用した日用品を愛する剥製趣味があるのは知っているが、人間の剥製なんてものがあるのか?
好奇や嫉妬、羨望といった視線には慣れているが、こういった別の次元を思わせる視線には慣れていない。というか、慣れたくない。
「生きている方がもっと素晴らしいと思えるように自分を磨きます」
「あら、それは楽しみです。期待していますよ?」
額に少し汗をかきながら返事をすると、ラフォリアは無邪気に笑う。
人間の剥製を想像する以外は、至って普通の王女さまなのだがな。
「そ、それにしても、こうしてゆっくり会うのはいつ振りだ?」
妹の話をサッサと流したいのだろう。ジェラールが明るい声音で別の話題を振る。
自分の剥製の話をこれ以上続けるなどゴメンなので即座に乗る。
「冷蔵庫の販売に文句を言ってきた時以来じゃないか?」
「あれはジルクが悪い。あんな便利な魔道具を開発しておきながら、こっちに何の根回しもしないなんて」
腕を組んでジトッとした視線を向けてくるジェラール。
冷蔵庫を優先して回さなかったことをまだ根に持っているようだ。
「その代わり、今度はちゃんと持ってきただろうが」
「ちゃんと覚えていて偉いぞ、ジルク」
「気持ちの悪い声をやめろ。俺は犬じゃない」
「うふふ、兄さまたちは仲良しですね」
俺の頭を撫でようとするジェラールの手を振り払っていると、ラフォリアがクスクスと笑う。
仲良しというより、ジェラールがうざ絡みをしてくるだけだ。
「これが部屋を涼しくするクーラーという魔道具だな?」
「ああ、扇風機よりも快適だ」
「本当か! 早速、使ってみてくれ!」
食い気味な様子のジェラールに言われ、俺は大型クーラーを起動させた。
すると、クーラーからシュオオという音がなり、噴出管から涼しい風が吹き出す。
「おお、涼しいな!」
「はい、とても心地よいです」
ジェラールとラフォリアがクーラーに近づいて真正面から涼風を浴びる。
王子と王女が並んでクーラーの前に立っている光景というのは中々にシュールだ。
年は離れている上に母親が別な二人であるが、こういう好奇心が強く、無邪気なところは似ているな。
「氷風機のように近くで浴びても霜が付きませんね」
氷風機は氷魔石を利用して、冷気を噴出する魔道具だ。
夏場には重宝する魔道具であるが、近くで浴びれば霜が付いたり、湿気たりする。
主に屋外で使われるが、部屋を涼しくするために少しだけ稼働させて涼を取るといった使用法もある。
「部屋の熱を取り込み、冷やして戻しているだけなので湿気るようなことはありません」
「それはとても助かります! わたくしの剥製品はとても湿気に弱いので!」
ラフォリアの表情がぱっと輝いた。
クーラーの説明をしてこんな喜ばれ方をしたのは初めてだ。
「氷風機を使い過ぎると部屋が湿気るし、日用品もダメになりやすいからな。でも、これなら問題ないんだろう?」
「ああ、まだ長期間の稼働データは取れていないが、今のところそういった影響は特にない。まだ試作品だが使ってみるか?」
「ああ、勿論使わせてくれ! これさえあれば今年の夏は乗り越えられる!」
「是非、お願いいたします」
どうやらクーラーの涼しさを気に入ってくれたようだ。
ジェラールとラフォリアにクーラーの使い方と注意事項を述べて、その日は王城を後にした。




