独身貴族は屋敷に連行される
東の森から帰還した俺は、冒険者ギルドで素材を納品。
達成金を受け取り、黒猪の素材を換金して帰路についた。
「夕食は魚の塩焼きにするか」
湖で釣り上げた魚をメインとしつつ、頭の中でそれに合う料理を考えながら歩いているとアパートが見えてくる。
「んん?」
しかし、今日はアパートの前に一台の馬車が停まっていた。
ただの送迎馬車だろうか? アパートの住人が迎えにこさせたのだろうな。
「ようやく帰ってきたわね、兄さん!」
そう思って横を通り過ぎると、アパートのエントランスから栗色の髪をした女性が声をかけてきた。
「……イリアか」
突然声をかけてきた人物は俺の妹だった。
あれから二十年が経過してイリアは二十五歳。
二つに結っていた髪は、腰まで伸びており毛先はカールさせている。
母さんと同じように身長が高く、スタイルも良くなっており大人の女性としてすっかり成長していた。
勿論、俺と違ってイリアはしっかりと結婚しており、今では一児の母だ。
「ここまで一人できたのか?」
見たところ家の馬車を使っていないよう。
ルーレン家の屋敷から王都までそう遠くはないが、貴族の女性が一人で出歩くには不用心が過ぎる。
「送迎馬車で来たのよ。あの中にギリアムも乗ってるわ」
イリアがそう説明すると、送迎馬車の中から初老の男性が出てきて一礼。
うちの屋敷で働いている執事であり、護衛でもある使用人だ。
「なんでわざわざ送迎馬車で来てるんだ?」
別にわざわざお金を払って、そんなものに乗らなくても屋敷に馬車がある。
「家の馬車でやってきたら兄さんが察知して逃げるからよ」
「…………」
俺は草食動物か何かだろうか?
だが、実際に家の家紋が入った馬車が来ていたら間違いなく回れ右をしていた。
相変わらず細かいところで知恵が回る妹だ。
「それでなんの用だ?」
「なんの用だじゃないわよ。食事会の手紙! 何度も送ってるでしょ?」
「ああ、そんなのがあったな」
家族が集まっての食事会。うちでは定期的にそのような催しを屋敷で開催している。
「俺は行かない」
一人が好きで屋敷を離れて生活しているというのに、どうして屋敷で食事会などしなくてはならないのか。
「ダメ。一緒に行くわよ」
脇を通り抜けてエントランスに入ろうとしたが、イリアに腕を掴まれる。
「俺は行かないと言っただろ? 今は仕事で忙しいんだ」
「そうやって断り続けて一年よ? たまには顔くらい出して。特に母さんが心配してて、今回は絶対に連れてこいって父さんに言われたの」
むむ、まさかあの温厚な父さんがそこまで言っているとは。
「屋敷の皆様はジルク坊ちゃまのことが心配なのです。どうか少しの間だけお時間を頂けないでしょうか?」
そこに追い打ちをかけるようにギリアムが頼んでくる。
幼少の頃から世話をしてもらっているギリアムにまでそう言われては断りづらい。
「……わかった。行ってやるから、坊ちゃま呼びはやめてくれ」
もう二十八歳だ。ギリアムからすれば、俺は子供かもしれないがいい歳をして恥ずかしい。
「ありがとうございます、ジルク様」
俺が観念してそのように言うと、ギリアムは嬉しそうに笑みを浮かべて言い直した。
まったく、今日の夕食は魚の塩焼きを食べようと思っていたのに台無しだ。
「ちょっと準備をしてくるから馬車で待ってろ」
「ええ? 兄さんの家はここでしょ? どうせなら部屋に入れてよ」
エントランスに向かうとイリアが付いてこようとする。
「ダメだ」
「なんでよ?」
「他人は家に入れない主義だからだ」
家というのは自分だけが過ごすための場所であり、あらゆる人間関係やストレスといったものを断ち切ってくれる聖域だ。
そこにどうして他人を入れなければいけないのか。
「他人って、私は家族でしょ!?」
「家族でもだ。特にお前は俺の部屋に勝手に入って魔道具と宝具を壊したことがあるから出禁だ」
昔、イリアは俺の家に上がり、部屋に置いてある宝具を触って壊したことがあった。
安全対策をしていなかった俺も悪いが、危うく部屋が一つ吹き飛びかけた。
勝手に人の物をいじる習性があるイリアだけは、絶対に部屋には上げないと心に決めている。
「そういうわけで馬車で待ってろ」
有無を言わさぬ口調でそう告げると、俺はエントランスの鍵を解除して中に入っていく。
イリアは呆然とした表情で見送るのを確認して、俺は階段を上って部屋に向かった。
「それって十五年以上前のことじゃない! 出禁ってなによ、もうー!」
すると、外からそんなキーキーとした声が聞こえてくる。
妹よ、アパートの住人に迷惑だから無意味に叫ぶのはやめてくれ。
◆
一度部屋に戻って準備を整えた俺は、イリア、ギリアムと共に送迎馬車に乗ってルーレン家の屋敷へとやってきた
「やあ、ジルク! 一年ぶりかな? 元気にしていたかい?」
屋敷に入るなり歓迎してくれたのは父であるレスタだ。
年齢は五十を越えているせいか、老いを感じさせる部分はあるがとても元気だ。
黒ぶちの眼鏡に優しい笑みは昔と変わらないまま。
「一年じゃ何も変わらないさ」
特に俺は独神から健康な体を貰っている。
前世のように風邪で寝込むことや病気になることもない。元気なのは当たり前のことだった。
「そうだね。ジルクは母さんと似ていくつになっても若々しいや」
「父さん、積もる話はあるだろうけど続きはダイニングでお願いね」
「ああ、そうだったね。ささ、皆が待ってるし行こうか」
いつまでも話を続けようとするレスタをイリアが諫めると、俺たちはようやくダイニングに移動することになる。
一年ぶりとはいえ、屋敷の中はほとんど変わらない。
床に敷かれている絨毯が新調されていたり、調度品の位置が変わっていたりするくらいだった。
靴が埋まりそうなくらい柔らかな毛先をしてる絨毯を踏みしめて廊下を進むと、木造の二枚扉に行き当たる。
それをギリアムと控えていたメイドが開け、俺たちはダイニングルームに入る。
「遅いわよ、ジルク」
入るなり不機嫌そうな顔で声をかけてきたのは母であるミラだ。
こちらはレスタより一つ年下とはいえ五十代なのであるが、あまり老け込んではいない。
昔と同じようにロングヘア―ではなく、セミロング程度の長さになっているが藍色の髪は綺麗なままだ。
どう見ても三十代前半にしか見えない。
ひょっとして老化を防ぐ魔道具の開発にでも成功したのだろうか。そう疑わざるを得ない若々しさだ。
「急に呼ばれれば時間もかかる」
「今日が夕食だってことは事前に手紙で伝えていたでしょうに」
「兄さんってば、私が迎えに行かなかったらまた来ないつもりだったからね。というか聞いてよ、母さん! 私が王都まで迎えに行ってあげたのに兄さんってば――」
母さんの隣にイリアが座り、これみよがしに話し始めた。
どうせ部屋に入れなかったことを愚痴りたいだけなので無視するに限る。
「ようやく来たか、ジルク!」
着席すると銀髪の髪に眼鏡をかけた男が親しげの声をかけてきた。
「ルードヴィッヒもいたのか」
「いたのかって、家族の食事会なんだから顔を出すのは当然だろう?」
素材の関係で仕事を共にした錬金術師であり、仕事仲間だったが、今ではイリアの旦那でもある。
ルードヴィッヒが恋人が欲しいとうるさいので、妹を紹介したらトントン拍子に進んで気が付いたら家族になっていた。
ルードヴィッヒも男爵家の出身とはいえ、まさかくっつくとは思わなかったな。
「母さんがいるからって猫を被るな。お前だって面倒くさがっていただろうに」
「な、なにを言ってるんだ、ジルク。そんなわけないだろう。変なこと言うのはやめろ」
ルードヴィッヒの本心をぶちまけてやると、彼は冗談でも話すかのように笑い飛ばした。
この間、食事会が面倒くさいと愚痴っていた癖にな。
母さんがいるからいい旦那を演じていたいのだろう。
結婚することによって家族が増えて、人間関係が面倒くさくなる。
これも結婚の弊害だな。
「ほら、セーラもジルク叔父さんに会えて嬉しいよな?」
話題を変えたいのかルードヴィッヒが対面に座っている者に振る。
そこにはルードヴィッヒと同じ銀髪の少女がイスの上にちょこんと座っていた。
ルードヴィッヒとイリアの娘であるセーラだ。確か年齢は今年で四歳だったか。
セーラはクリッとした緑色の瞳をこちらに向けると、
「おじさん、だーれ?」
「…………」
「あはははは! ジルクが中々顔を出さないからセーラが忘れてるじゃないか」
俺たちの様子を見ていたのか父さんが笑い出した。
よっぽどツボに入ったのかゲラゲラと笑っている。
「ほらほら、兄さん。可愛いセーラのためにも自己紹介をしてあげて」
「おしえてー」
さっきの件の仕返しだろうか。
母さんに愚痴を吐いていたイリアがここぞとばかりに笑みを浮かべて言う。
……これだから食事会なんてきたくなかったんだ。
大勢の視線にさらされる中、俺は四歳の少女に自己紹介をさせられた。
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