独身貴族はコーヒー酒を飲む
自宅に戻って風呂に入り、身体を少し休めているとあっという間に日が暮れた。
いつもならこのままのんびりとするのだが、今日はエルシーにバーに誘われていた。
コーヒーを使った酒なるものを提供してくれるらしい。
一度家でくつろいでしまうと外に出るのが面倒になるが、そんな気持ちが吹っ飛ぶほどには楽しみだ。
外出用の服を纏うと、アパートを出て東区にある『アイスロック』へと向かう。
大通りから逸れて、人通りの少ない暗い路地を歩いて進んでいくと、いつも通り若干ずれて立っている看板が見えてきた。
どうしていつも若干ずれているのだろうか。気になって仕方がない。
きっちりと看板の位置を正すと、階段を降りていく。
「いらっしゃい」
扉をくぐるとカウンターの奥でエルシーがグラスを磨いていた。
朝方のようなノースリーブシャツにデニムパンツといった装いではなく、バーテンダー衣装だ。仕事中なので当然だな。
カウンターの端っこに座ると、目の前には自動ミルが設置されていた。
このバーの新しい道具として追加されたらしい。
エルシーがコースターを置き、氷の入った水を差し出してくれる。
店内に客は誰もいない――かと思いきや、喫茶店で見たことのあるエルフの女性が反対側に座っていた。影が薄いというか存在感がなかったので少し驚いた。
「……コーヒーミルのことを教えてくれた友人よ」
エルシーがそのように紹介すると、亜麻色の髪に銀縁の眼鏡をかけたエルフが軽く会釈をしてきた。
まったく知らない人でもないので俺も軽く会釈を返す。
「えっと、エルシーの友人のカトレアといいます」
「ジルク=ルーレンだ」
「喫茶店では毎日のように顔を合わせていますが、こうしてお話するのは初めてですね。なんかちょっと変な感じです」
「だな」
よく顔を合わすとはいえ他人だからな。きっかけがなければ無理に絡むことはないのが普通だろう。
カトレアの服装はテールグリーンのワンピースに白のサマーカーディガン。足元は黒のサンダルに包まれている。
同じエルフの女性とはいえ、エルシーとは私服の好みも方向性もまったく違うようだ。
「……さて、コーヒーを使ったお酒を出してもいいかしら?」
「是非頼む」
「お願いします、エルシーちゃん」
「エルシーちゃん?」
「……他の人がいる時は恥ずかしいからやめて」
「あっ、ごめんなさい。つい、いつもと同じ呼び方を……」
思わず訝しみの声を上げると、カトレアが頬を染めながら俯いてしまう。
「……カトレアと私は同じ森出身。彼女は姉みたいなもの」
「ああ、それでそういう呼び方なのか」
振る舞いとしてはエルシーの方が堂々としているために姉に見えるが、カトレアの方が年上であり姉貴分のようだ。
人間でも女性の年齢は良くわからないが、寿命と若い時間が長いエルフはもっとわからないな。
出鼻は挫けてしまったが、エルシーがバックバーから大きな瓶を取り出した。
その中はコーヒーのような黒い液体で満ちている。
「それがコーヒーを使った酒か?」
「……ええ、そうよ。コーヒー豆をホワイトリカーに漬け込んだものよ。コーヒーリキュールと言うべきかしらね。少し嗅いでみる?」
顔を近づけてみると、瓶の中からは香ばしいコーヒーの香り。なにかの甘い酒で漬け込まれているのかやや甘い感じもする。
「コーヒーの香りがしますね」
カトレアも少し嗅いで顔を綻ばせる。
ロンデルの喫茶店に通っているだけあって彼女もコーヒーが大好きなのだろう。
「少しそのまま呑んでみる? 単体では味はそこまでって感じだけど」
「呑もう」
「私は弱い方なので合わせたもので……」
エルシーが単体での味見をさせてくれるとのことなので、俺は遠慮なく頂くことにする。
小さなグラスを用意すると、エルシーはそこにコーヒー酒を入れて渡してくれた。
「グラスの中に入ると、そこまで色は濃くないな」
コーヒーのように真っ黒なのかと思いきや、グラスに入るとウイスキーのような美しい琥珀色だった。
香りを楽しんで口をつけてみる。
ホワイトリカーの爽やかな味の中にコーヒーのコクと苦味が強く主張している。
コーヒー豆を漬け込んだだけあって、かなり味と風味が溶け込んでいた。
「香りがとてもいい。すっきりとした呑み口だが単体では中々に苦味が強いな」
「……コーヒーみたいにミルクを混ぜたり、他のお酒で割るのが呑みやすいわ」
そう言いながらエルシーがロックグラスを二個用意。
氷魔法で作り上げた丸い氷を入れ、コーヒーリキュールを注いだ。
グラスと氷の隙間目がけてミルクを注ぐと、琥珀色の液体が瞬く間に乳白色に変化した。
カルーアミルクに比べると白っぽさが強い。
軽くステアをし、最後にミントが飾られた。
「コーヒーリキュールのミルク割りよ」
俺とカトレアに差し出されるカクテル。
柔らかなコーヒーと爽やかなミントの香りを楽しみつつ口をつける。
「美味い」
味のベースとしてはカルーアミルク。
しかし、それに比べると軽い飲み口でとても飲みやすい。
コーヒーの苦みと酸味がとてもマイルドだ。
「カフェオレみたいですね! これならお酒やコーヒーが苦手な人でも気軽に楽しめるかも!」
カトレアの言う通り、これなら両者の雰囲気を十分味わうことができるだろう。
「……よかった。普段からコーヒーを飲んでいる二人がそう言ってくれるなら安心ね」
俺たちの感想を聞いてホッとしたように微笑むエルシー。
「まだメニューに載せていないのか?」
「……ええ。二人の感想を聞いて判断しようとしていたから」
「コーヒーやお酒の専門家というわけではないが、メニューに加えても問題ないように思える」
「お酒はあんまり得意じゃないですけど、これなら私でも呑みに行けます」
「……割っているとはいえ、ホワイトリカーは度数が高いから気を付けて」
「ええっ!?」
エルシーの忠告を聞いて、カトレアが驚きの声を上げる。
果実酒を浸ける際に使うお酒は発酵を防ぐために二十度以上が必要だ。酵母は二十度以上で死滅するので、従ってホワイトリカーの度数は二十度以上で大体が三十五度だ。
ミルクで割っているとはいえグビグビと呑んでいけば、あっという間に泥酔してしまうので注意が必要だ。
「ゆ、ゆっくり味わうことにします」
「それがいい」
知識の無さを恥じらうように俯き、チビチビと口をつけるカトレア。
俺はお酒には強い方なのでカトレアとは反対にぐびぐびと呑んでしまう。
「他の呑み方もあれば作って欲しい」
「……任せて」
別のパターンを注文すると、エルシーはすぐに頷いて作成に取り掛かる。
冷やしたカクテルグラスを用意し、そこに氷を入れていく。
そこにコーヒーリキュールを少し入れ、トニックウォーターを注ぐ。
冷蔵庫から炭酸水を取り出すと、ほんの少しだけ注いだ。
「炭酸は本当に少ししか入れないんだな」
「……甘味を抑えるためだから。でも、ちょっとで不思議なくらい味が変わるのよ」
「ほお」
炭酸水を卸すようになってから一か月と少しだが、その間に随分と研鑽を重ねたようだ。
ただ割るだけでなく全体の味の調和まで考えて使用するとは。
バースプーンを入れて軽くステアして持ち上げ、最後にオレンジスライスを添えた。
「コーヒーリキュールのトニックウォーター割りよ」
「おお」
スッと差し出されるカクテルグラスを目で見て楽しみ、スッと持ち上げて一口。
「柑橘とコーヒーのほろ苦さがマッチしているな」
爽やかな味わいとコーヒー独特の苦さとコクが味に深みを与えていた。
添えられているオレンジも意外と合っており、いいアクセントになっている。
「でしょう? コーヒーって独特な味をしているけど、意外と他のお酒とも合うのよね」
どことなく得意げな声音で語るエルシー。
前世であったカルーアエスプレッソトニックに似ているが、俺はそれを知っているから思いつくのであってエルシーは何も知らない。
ゼロから試行錯誤の果てに閃いたエルシーを素直に尊敬する。
「うう、なんだかそっちのお酒も美味しそうです」
「カトレアの分も少なめにして作ってあげるわよ。だから、水を呑みながらゆっくりと味わって」
「ありがとうございます」
エルシーの提案ににっこりと顔を綻ばせるカトレア。
どう見てもエルシーが面倒見のいい姉で、カトレアが手のかかる妹のようにしか見えなかった。
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