独身貴族は孤独死する
20××年。
現代日本は少子化問題を抱えていた。
厚生労働白書によると、生涯未婚率が男性で約26%、女性で約17%にまで上昇。
その十年後には男性で約30%、女性で約23%になる見通しだ。
少子化の原因としては非婚化による未婚率の増大が挙げられる。
それらには経済的要因や心理的要因、環境的な要因などもあるが、その要因の一つとして独身貴族の台頭も大きな要因の一つであった。
――独身貴族
結婚しておらず経済的に独立しており、稼いだお金も時間もすべて自分のために使える独身者。
この物語はそんな独身者の一人である、独楽場利徳(三十五歳)の独身生活を描いたものである。
◆
自宅のキッチンにて、俺はステーキを焼いていた。
買ってきたのはお気に入りの精肉店で売っていた高級和牛。
一食分の値段として食べるにはかなり高いが、金には余裕があるので問題ない。
フライパンの上には脂の乗った大きなステーキとスライスしたニンニクがあり、ジュージューと音を立てている。
味付けは塩、胡椒とシンプルな調味料のみ。上質な肉の前ではそれ以外の味付けは不要だ。
ステーキに火が通るのを確認したら、最後にワインをかけて香りづけ。
うちのコンロはIHなので火が付かないので、チャッカマンを使って直接火をつける。
すると、ボウッと音を立てて炎が立ち昇った。
「……いい焼き上がりだ」
勢いよく燃え上がる炎に興奮しながら焼き上げたら、食器棚から取り出した皿に盛り付けた。とはいえ、ステーキ単体だけというのも彩りが足りないので、作り置きしておいたポテトサラダと、バターで炒めたニンジンとインゲンを盛り付けた。
彩りとしてはこれで十分だろう。今日のメインはステーキだ。あまり彩りばかりに力を入れても仕方がない。
キッチンからリビングのテーブルに食器を持ち運ぶ。
ステーキのお供になるのは白ワイン。グラスを用意すると、そこになみなみと注ぐ。
驚く人も多いかもしれないが、和牛には断然白ワインがオススメだ。
和牛の霜降り肉は質が高くなればなるほど、脂の割合が多くなる。
その脂をより美味しくするには赤ワインよりも白ワインだ。脂肪の塊であるフォアグラが白ワインと合うのと同じ理屈だ。調理法はシンプルに塩、胡椒でまとめるのがいい。
さらに軽く焼いたバゲットを用意すれば夕食の完成だ。
「いただきます」
焼き上げた霜降り和牛にナイフを入れるとスッと切れて、肉汁が零れ出る。
柔らかい肉の感触に期待感を膨らませ、一口サイズにしたものをようやく口に入れた。
噛みしめた瞬間に広がる肉汁、そして旨味。
噛み進めていくと口の中でスッと溶けていくような柔らかさだ。
そして、その脂が舌の上に残っているうちの白ワインで流し込む。
残っていた脂と白ワインが混ざり合う。
「……美味い」
食べて美味い。飲んでも美味い。その連鎖が延々と続き、俺のフォークが止まることはない。
一人で好きなものを好きな時に食べる。最高だ。
俺は今年で三十五歳を迎えた。世間ではこの年齢になると、当然結婚しているかのように見られるようだが俺は違う。
昔から俺は一人が好きだ。
それは身内であっても例外ではなく、一人の時間が好きだった。
結婚した奴等は、愛する女性との生活の良さを語り、子供を育てることの充実感を語ってくるが、俺にはまったく共感できないし響かない。
結婚しなければ結婚費用が必要ない。子供を作らなければ養育費も必要ない。
消えていくのが確定しているお金の全てが自分に使えるのだ。これほど幸福なことはないだろう。
誰かがいればペースを乱される。
何かを決定するのに誰かを考慮する必要がある。
誰かと一緒にいるとどうしても妥協したり、譲り合う必要がある。
それらは避けては通れない。
そんな人間関係のしがらみが俺はたまらなく嫌だった。
だから、誰にも縛られることなく、自由に一人の時間を過ごすのだ。
世の中は晩婚化や非婚化による少子化などと嘆いているが関係ない。
今や多種多様な思想が認められている社会だ。結婚したい奴が結婚し、したくない奴はしなければいいのだ。
ステーキを食べ終わると後片付けをし、リビングにあるスクリーンを下ろす。
プロジェクターを起動すると、機器を操作して今期のアニメをスクリーンに映し出す。
設置されたスピーカーから軽快な音楽が鳴り、可愛らしいキャラたちが動き出す。
「これぞ夢のホームシアターだな」
同棲者がいれば迷惑極まりない行いだが、この家に住んでいるのは俺一人だ。
誰の目も気にする必要なく、好きにアニメを観ることができる。
アニメ観賞のお供にはポテチのコンソメ味とコーラだ。
塩味ではなくコンソメ。ここは譲れない。
物語に没頭しながらポテチを食べて、コーラでそれを流す。
夕食に比べればチンケな取り合わせかもしれないが、不思議とこういったジャンクなものの美味しさは変わらないな。
時刻は既に夜であることも相まって、この背徳感が止められないな。
こんなことをすれば絶対に身体に響くだろうが、そんなデメリットから目を逸らしてしまうほどこの組み合わせは悪魔的だった。
まあ、明日はジムにも通うし大丈夫だろう。そこで今日摂取したカロリーを落としてくればいい。
そんな現実逃避をしながら俺はスクリーンに映るアニメに没頭していくのだった。
◆
アニメの区切りのいいタイミングで息を吐いて、時計を見ると時刻は二十四時ちょうどだった。
「……もうこんな時間か」
どうやら二時間くらい夢中になって観ていたらしい。
ポテチとコーラはとっくに空になっているが、この二時間の充実感を演出してくれたと思えば安いものだ。
「風呂に入ってさっさと寝るか……いや、その前にゴミを捨てておくか」
明日は燃えるゴミの日だ。うちの区画の収集は一番目なのか、出社と同時に捨てていては間に合わない時がある。
そうなってはまた数日間をゴミと一緒に過ごすことになる。そのような地獄を味わうくらいであれば、前日の夜に捨ててしまう方が遥かに楽だ。
ただでさえ、朝は忙しいのだ。無駄なタスクは残しておきたくはない。
そう決めて俺は面倒に思いながらもゴミを集めて、指定のゴミ袋へと纏めた。
ずっしりとしたゴミ袋を持ち上げて、玄関に向かおうとすると突然胸に痛みが走った。
「ぐっ、ううううううっ!?」
かつて経験したことのない胸の痛み。
あまりに痛くて苦悶の声を上げながらリビングに倒れてしまう。
それに痛みだけでなく呼吸もできない。大きく口を開けるも、上手く酸素が入ってこなかった。
助けの声を上げようにも最早声すら出ない。
仮に出たとしても俺は一人暮らしなので誰かが駆けつけることはない。高級マンションとあってかここは防音もしっかりとしているので、ちょっとした声では誰かに響くこともないだろう。
そんなことをつらつらと考えていたが、思考が混濁してくる。
あれほど苦しかった胸の痛みも感じない。痛みを感じる感覚すらなくなっているのか。
徐々に視界が暗くなっていき、擦れた自分の吐息しか聞こえない。
……俺はここで死ぬのか?
朦朧とした意識の中で浮かんだその言葉を最期に、俺の意識は完全になくなった。
◆
ふと目が覚めると、俺は真っ白な空間にいた。
「……どこだここは?」
ついさっきはゴミを捨てようとしていたら胸に痛みが走って……あまりの苦しさにリビングで倒れたはず。
運良く病院に運ばれて意識を取り戻したのかと思ったが違う。
そこには区切りというものがなく、延々と平坦な白が続いている。
あまりにも続き過ぎて、少し歩けば最初に立っていた場所がわからなくなるくらいだ。
つい先ほど襲われた胸の痛みや呼吸のしづらさといったものはなくなっていた。
病院でもないとすれば、ここは一体どこなのだろう?
「良かった。無事に魂を呼ぶことができたみたいだ」
首を捻っていると、後ろからそんな声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには優しげな顔立ちをした金髪碧眼の男性が立っていた。
くすみひとつない白い肌、整い過ぎといえるほどの完璧な輪郭、すうっと通った鼻梁に形の良い薄い唇。
同じ人間とは思えないくらい顔や身体の造詣が整っている。どこか人形じみた男性だった。
髪色や瞳の色だけでなく、身に纏う衣装も一般的なものではない。
魔法使いのようなローブを身に纏っている。コスプレイヤーという可能性もあるが、それにしては自然としている。
「……誰だ?」
「そうだね。君が理解しやすいように言うと、地球を管理している神かな」
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