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4.子狼


 全領に野生動物の目撃情報の調査を報告するように伝えた。

 人間を襲うような獰猛な獣は減ったらしく、山に獣達の食糧が増えてきたのではないかと予測される。

 しかし、単純に退治したからいなくなったとも考えられる。

 山に入って調査するのにまだ人員を割けないし、この時期は繁殖期であるので獣達の気性が荒くなっており危険であるので本格的な調査は当分先になるだろう。



「はぁ…」

「いかがなされましたかな?」



 先生は時間が空いたのでちょうど廊下で会った王配と話をしようとしていたのだが、彼はどうやら機嫌があまりよろしくないようだ。



「ええ、子どもの狼を保護したのはご存じですよね?」

「もちろんでございます。陛下が大層気に入ってらっしゃると…。ああ、それででございましたか」



 王配はあの日以来、女王が子狼の話ばかりするので嫌になっていたようだ。

 先生が伝え聞いた話によると、女王は毎日のように子狼に会いに行っているらしい。



「はい。最初は嬉しそうに話すのが可愛いと思って話を聞いていましたが、毎日毎日聞かされるのは流石に堪えます。俺はもっと二人だけの話をしたいのに…。あ、そうだ。これを見てください」



 先生は王配が渡してきた紙を見た。

 そこにはペンで上手くも下手でもない絵が描かれていた。

 それは子狼のようで、毛並みを再現しようと試行錯誤した跡があった。



「ほう、これは陛下が?」

「そうです。ずっと茶色の毛玉ばかり描いてるんですよ。いや、ばかりではなく、しかですね」



 茶色い毛玉とは子狼だろう。



「どうせなら、俺も描いてくれと?」



 先生がにっこりと笑って言うと王配は気まずそうな顔をした。

 先生には彼が好きな人に構って貰えなくていじけているように見えていた。



「流石にそういう訳ではないんですが、あの笑顔を俺が作れたらと思ってしまって…」

「そうでございましたか」



 相変わらず先生は笑顔のままだ。

 若い二人のやり取りを想像すると、思わず笑顔になってしまうのだ。

 ずっと見守っていた二人なので尚更だ。



「はぁぁ、毛玉に嫉妬する日が来るとは思わなかった」



 大柄の王配はため息をつき、がっくりと肩を落としている。

 背中も丸め頭も下げているので、相当落ち込んでいるようだ。



「ふぉふぉっ、陛下は狼を手懐けるのがお得意でございますからなぁ」

「え、エレオノーラが他にも狼を…?」



 王配はすぐに頭を上げて先生を見た。

 女王は初めて狼を見たのだから手懐けるなんて出来ないはずだ。

 王配は一瞬戸惑った表情をしたが、すぐに合点がいったようで苦笑した。



「ああ…、俺の事ですか」



 王配はばつが悪そうに苦笑いした。



「そうでございますよ。狼は一夫一妻制で、生涯添い遂げるそうですからな」



 先生は皺を深くして笑った。



「ええ、もちろんそのつもりです」



 王配は別の事を言われたのかと思いドキリとしていた。

 なので笑顔も少し固い。



「狼もエレオノーラに懐いてしまったら野生に帰れなくなってしまうだろうに…」

「頭がいい個体のようですし、群れの頭領だと理解しているかもしれませんね」



 すぐに女王の声を覚えたそうだから賢いのだろう。



「はぁ、一応エレオノーラにあまり構わないように言ってみます。生態系を崩すのは良くないですしね。貴重な野生の動物ですし」

「ええ、王配殿下のおっしゃる事なら聞いて下さいますでしょう」




「見て!子狼ちゃんにケープを作ってみたの!」



 王配が風呂から上がり寝室に行くと、キラキラとした笑顔の女王がいた。



「……」



 女王がとても嬉しそうに報告してきたので、王配は少々困っていた。

 彼は自分が言わねばと決心した矢先に、こんなに嬉しそうな表情をしている妻に非常な台詞を言わねばならないからだ。



「…変だったかしら?」



 女王は両手で前に突き出した淡い色のケープから顔を覗かせた。

 彼女の青い目が王配の様子を伺っている。



「…エレオノーラ、あの子は野生に返すんだ。あまり構うと情が移るぞ」



 すでに情が移りまくっているのは知っているし、なんなら現在進行形で体感している。



「そ、そうだけど…」

「それに、あまり人間の匂いがつくと野生に帰った時に群れに入れて貰えないだろう。狼は群れで狩りをするから一匹で生きて行くのはかなり厳しい」



 王配は淡々と女王に言った。

 そうしないと王配の気持ちがぶれそうになるからである。



「い、いる間だけでも…」



 女王は王配の厳しい表情に怯んでいた。

 王配は基本的に女王に甘いし優しいので、こんな表情を彼女に向けるなんてほぼない。



「駄目だ。人間に慣れさせちゃいけないんだ。人間は良い奴だと思って近寄って、悪い奴に毛皮目的で捕まったらどうするんだ」



 王配は厳しい表情のまま、いつもより低くて固い声質で言った。

 彼は妻に対してこんな声で話しかけない。



「毛皮っ?!」



 女王から悲鳴に近い声が出た。



「後は見世物小屋で狭い檻の中に閉じ込められたりだな」



 王配は大陸中をまわった時に見世物小屋に閉じ込められている珍しい生き物を沢山見かけた。

 もちろん、きちんと管理されている小屋もあったが、汚臭がしたり狭小な環境で飼育されている生き物も少なからず見かけた。

 王族である彼でさえ見かけたのだから、市井にはもっと劣悪な見世物小屋があるのだろう。



「そんなっ!」



 女王は悲痛な顔になった。

 恐怖を感じているようにも見える。



「…すまない。きつい言い方になってしまった。だが、そういう奴らもいるんだ」

「……言いづらい事を言わせてしまってごめんなさい。私、浮かれてて…」



 王配は女王がすぐに理解してくれたようで安心した。

 それと同時にもっといい方法があったのではと考えてしまう。

 あんな痛々しい顔をさせる必要はなかった。



「仕方ないさ。初めて見たんだものな」



 王配は女王を抱き寄せ、優しい声で話しかけた。

 いつもの王配だ。



「ええ、あんなに可愛い生き物がいるなんて知らなかったの…。ああ、ネヴィスキオもとっても可愛いけど、子狼ちゃんはまた違った可愛さがあるの」



 ネヴィスキオとは王配の愛馬アイズベルクと将軍の愛馬ネーヴェの子どもだ。

 昨年の春に産まれたのだ。

 ネヴィスキオを思い出したようで女王は柔らかに微笑んだ。



「もう少し国に余裕が出来たら犬でも猫でも飼おう」



 互いににっこりと笑顔になった。



「ええ……。いつ野生に返すの?」

「うーん、生まれて一年くらい経ったら成獣と同じくらいの大きさになるんじゃないか?」

「まだもう少し一緒にいられるのね」

「だが、親が探しているかもしれないからなぁ…」

「捨てられたのではないのね?野生の生き物は弱い子を捨てちゃうのでしょう?」

「どうだかなぁ。子狼の匂いを辿って近くに来ているかもしれないが、あの日は雨が降っていたから匂いは流されているだろうし…」

「…親と一緒にいられる方が幸せよね」



 六歳の時に両親と死別した女王が言うと言葉に重みを感じる。



「王城の周囲は常に見張らせている。隠れているのかもしれないが、狼が来た報告はされていない」

「あの子の匂いがする物を置いておくとかは…子どもが奪われたと思って馬が襲われちゃうかもしれないから危険ね……」



 王配は黙って頷いた。



「大きな群れだったら馬達は全滅するかもしれない。人間にも被害が及ぶだろう。まぁ、そんな大群がいたら目撃情報が入るだろうからそれはないと思うけどな。だが、用心するに越したことはない」



 今度は女王が頷いた。



「…アリョーシャ、これからも私が何か間違えていたら教えてね」

「ああ、分かった。エレオノーラも俺が間違えていたらきちんと言ってくれるか?」

「ええ!」



 二人はきつく抱きしめあった。



「これ、どうしようかしら…。くまさんに着せるにはちょっと大きいみたいだし…」



 くまさんとは熊のぬいぐるみだ。

 女王がケープを眺めているのを見て、王配はいつの間に作ったのだろうと思った。

 自由な時間なんて寝る前ぐらいだろう。

 生地は侍女が切ったとしても縫製は女王自らがしたのだろう。

 個人で使うのには問題ないが、もし侍女だったら指導が入る出来だ。



「そのうち何か飼うんだから、その子のために取っておこう」

「そうね!」




 そろそろ女王が来る頃だと思い待っていたら、女王専属の侍女がやって来た。

 その侍女から獣医の元に女王から手紙を渡された。

 読んでみると子狼について書かれていた。


 女王は初めて見る生き物にとても喜び、毎日子狼を見に来ていたが、王配に注意されたらしい。

 王配は女王にぞっこんだと思っていたので女王に意見しないのかと思っていたが違ったようだ。

 女王も王配の注意を聞き入れ、こうして謝罪に近い手紙が届いた。

 

 子狼は手紙を気にしている。

 女王の匂いがするのだろう。

 子狼も女王を気に入っていたようで、女王が来ると喜んでいた。

 子狼には悪いが人に慣れてしまっては困る。

 もちろんその相手が女王でもだ。



「陛下から君を頼むってさ。ちゃんと仲間のところに返してやるからな」



 子狼の怪我はほぼ治った。

 成獣だったらそのまま返すが、まだ子どもなのでそれは出来ない。

 狼の群れの調査を王城の周辺だけでもすべきだろうか。

 しかし、そんな余裕はない。



「怪我はそんなに酷くなかったですから、怪我をして置いて行かれたのではなく、はぐれて彷徨っている時に傷がついたのではないかと思ったのですが…」



 別の獣医が言った。

 彼は獣医になってからまだ数年だ。



「ああ、枝か何かで怪我したようだったな…」

「野生に返すなら狩りを教えてやらないとですよね。鼠でも捕まえて来ますか?」

「何もしないよりはいいだろうな」



 彼らは家畜専門の獣医なので肉食獣ついては疎い。

 子狼を保護してから専門書を読んでみたが、どれも人間の飼育下に置かれていた。

 返した例もあったが、後日衰弱しているのを発見し保護し直したり、死亡していたり…だそうだ。



「女王陛下のお願いを聞かないわけにはいかないから、出来る限りの事をしよう」




 後日、子狼の前で鼠を放ってみたが子狼は首を傾げるだけだった。



「早すぎましたかねぇ」



 獣医達は慌てて鼠を捕らえようとした。



「紐をつけておいてよかったですね」



 彼らは紐を手繰り寄せて鼠を捕獲した。



「釣り竿みたいな物に餌をつけてみるか」

「ブラーンとさせて反応するか見るのですね」



 早速やってみたら、子狼は餌を玩具だと思ったのか、猫がするように前足を出して餌を突いた。



「興味を示しているだけいいですかね…」

「そうだな…」



 野生に返すのはまだまだ遠い道のりのようだ。




 お暇な時に他の作品も読んでみてください。

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