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3.侵入者?


 大会議室にて女王は王配達、現宰相と大臣達に先生を説得出来なかったと伝えた。

 理事長や学長を薦めたりしたが、先生は教鞭を執りたいらしく断ってしまった。

 理事長や学長でも教鞭は執れるが、講義の回数が減るので嫌だったらしい。



「こうなったら梃子でも動かないでしょう…。まだお元気ですし、なんでしたら最近はより活動的になられたと思いますよ」



 言ったのは現宰相だ。

 彼は宰相の補佐官をしていたが、つい先日、ケレース王国歴代最年少で宰相になった。

 若い宰相は先生が若いときに教えを請うた人のひ孫らしい。



「教鞭を執るのが活力になるのならいいのではないでしょうか。まだまだ長生きして欲しいですからね」



 将軍が爽やかな笑顔で言った。



「どこも悪くはないのですよね?」

「ええ、健康診断ではなんの異常も出てないそうですよ」



 法務大臣の質問に医務官が答えた。

 先生は同じ世代の人より健康だったそうだ。


 王城をはじめ、すべての領で国民の健康診断をしている。

 王城では医務官や他の医師、各領では連合国軍の医師団に診てもらっている。



「…では、ジュゼッペ先生を大学の教員に採用するのね」



 女王は乗り気でないようで、やや声色が暗かった。

 表情も同じように暗い。


 女王は二年前の衝撃を覚えている。

 先生は利き手である右手と、左足を失いながらも、この国のために死力を尽くしてくれた。

 十分すぎるほどに尽くしてくれた。

 なので余生をのんびりと過ごしてほしいと思っているのだ。



「本人が望むのなら、その意志を尊重しよう」



 王配は女王が考え込んでいるのを見て、優しく声をかけた。

 女王は納得はしていなそうだが、小さく頷いた。

 二人のやり取りを見た大臣達はほっと胸をなで下ろした。




 女王は他の業務を終え、夜になっても先生の事を考えていた。

 外はまだ静かに雨が降っていた。



「まだ考えているのか?もう決まった話だ。今はジュゼッペ先生の負担を減らす工夫を考えた方がいいだろう」



 王配は熊のぬいぐるみを見つめている女王に言った。



「分かっているけど…。二年前の再会の時の衝撃を思い出したら考えずにはいられなくて…」



 女王はずっと熊のぬいぐるみを見ていた。

 女王と先生が二年前に再会した時、女王との再会を泣いて喜んだ。

 見覚えのある老人が満身創痍と言ってもいい姿で涙を流した。

 再会の嬉しさもあったが、先生の姿を見て悲しい感情を抱いたのも事実だった。



「あんなになるまで頑張ってくれたのに、さらに働くだなんて…」



 女王の声は外の雨音に消されそうになるくらい小さかった。



「本人がやりたいと言ったのだろう?…国の未来を若者に託したいのではないか?」

「そうなの?」

「ああ、前途有望な学生を自らの手で育てたいのだろう」



 王配はそれらしく言ってみたが、実はさっさと先生の話を終わらせたいだけである。

 表情も真剣そのもので、まさかそんな事を思っているなどとは思われないだろう。



「そう…なのかしら……?」

「そういう人じゃないか。……はぁ、エレオノーラ。これ以上、他の男の話はしないでくれ」



 え?と女王は驚いて熊のぬいぐるみから王配に視線を移した。



「熊のぬいぐるみもだ。さっきからずっと、そいつばかり見て…」



 王配の長く逞しい腕が女王に、正確には彼女が持っている熊のぬいぐるみに伸びてきた。



「…嫉妬しているの?」



 王配は女王の手から熊のぬいぐるみを取り上げた。



「相手がご老人だろうとぬいぐるみだろうと、エレオノーラが俺を見ないのは嫌だ。夜だけは俺のものなのだろう?」



 不貞腐れ気味を装う王配は結婚前に二人で話した内容を言った。



「うふふっ!アリョーシャにも可愛いところがあるのね」



 そう言って微笑んだ女王は王配の腕の中に入ってきた。

 互いに抱きしめあうと、王配はニヤリと笑った。

 女王は王配の胸板に顔を埋めているので気付いていない。

 王配は一秒でも早く女王の体温を感じたかったので、拗ねたふりをしただけだった。


 王配は女王を軽々と持ち上げ、寝台に向かって歩き出した。

 彼が持っていた熊のぬいぐるみは所定の位置に戻され、寝室の灯りも消され室内は暗くなった。




 まだ外は暗かった。まだ雨が降っている。まだ女王は夢の中だ。



(とてもよい夜だった……)



 隣で眠る女王の寝息を聞き、王配の頬が緩む。



(ああ…いつもか…)



 王配は仰向けになって寝ているが、女王は王配の方を向いて寝ていた。

 彼女は長い睫毛を持っている。

 今は瞑られている瞼が開くと、その睫毛によって彼女の青く美しい虹彩はより一層際立たされる。

 王配はそれを思い出しさらに頬を緩め、彼は規則正しい寝息の持ち主の方を向いて抱き寄せた。



(しかし、何故胸や尻ばかりに肉がつくのだろう?主に胸にだが…)



 王配は抱きしめながら妻である女王の体を確認した。

 そして、大広間に飾られている彼女の両親の肖像画を思い出した。

 確か彼女の母親も豊満そうな体つきをしていたし、修復が終わった他の肖像画でも胸は大きめに描かれていた。



(そう言えば、塔から出てすぐにエレオノーラは義母上のドレスを着ていたが、胸には詰め物をしていたようだったな…)



 女王が塔から出てすぐは、いや、このケレース王国の国民のほぼ全員がかなり痩せていた。

 当時王女であった女王も例外ではなく、首や腕が骨張っていた。

 王配が実際に見たのは首や腕だけであったが、抱きかかえた際の腕から伝わる感覚で足や胴体にもほとんど脂肪がついていないと分かった。

 

 今は女王をはじめ、国民も痩せている人は少なくなった。

 まだ食べ物は連合国軍の支援に頼っているが、少しずつ自分達の手で食べ物を収穫出来るようになってきており、食糧自給率が微増している。



(よかったな…)



 王配は無骨な手で女王の金色の髪を触る。

 いつしか二人で一緒に見た満月の色と同じ色をしている。



「…んんっ」

「すまない、起こしてしまったか?」



 寝息が聞こえなくなり、青い目が王配を捉えていた。



「…!」



 女王の体はビクリと動いた。

 どうやら目の前に王配がいて驚いたようだ。

 驚かれた王配は苦笑する。

 結婚してから一年が経とうとしているのに驚かれるとは思わなかったのだろう。

 大きく見開かれた目がいつもと同じ大きさになるのに時間はかからなかった。

 しかし、彼女の心臓はまだドキドキしているようだった。



「びっくり、したわ…」

「すまん…」



 女王は深呼吸をし落ち着こうとしていた。



「いえ、その…目覚めたはずなのにアレクセイがいたから…」

「…どういう事だ?」

「夢にアレクセイが出てきたから…」



 青い目の持ち主は顔を赤く染めて視線をそらせた。

 昨晩のようにニヤリと悪い笑みを浮かべた人物は、先ほどと同じように金色の髪に触れる。



「何をしていたんだ?」

「何って、お散歩よ」



 女王と王配が王城の周りを散歩していた、ただそれだけの夢だ。



「他には?何かもっと仲が良さそうな、そう、例えば体を密着させるとか…」

「すっ、するわけないじゃない!」



 女王は小さな声で怒って背中を向けてしまった。

 その際長い金髪が邪魔したようで、寝返りするのにまごまごしてしまった。

 王配に手伝って貰い、漸く女王は背中を向けた。

 そんな女王の髪を王配は触り続ける。



「本当に散歩だけか?」

「!!」



 耳元で囁かれて慌てた女王は、なんとか夫から体を離そうとした。

 しかし彼に引き寄せられてしまい身動きが取れなくなった。

 夫は妻を離さないようにしっかりと抱きしめ、再び耳元で囁こうとした。

 しかしそれは出来なかった。



「あ…」



 女王は何かに気付いたようで、上半身を起こそうとしたのだ。

 そのまま力を抜かずにいたら寝台の上で抱きしめたままでいられたが、王配は女王と一緒に上半身を起こした。



「どうした?」

「何か…音?声が聞こえるの……」



 女王の聴力はかなり良い。

 今までもその聴力で危険を察知してきた。

 今も何か常人には聞こえない音が聞こえたようだ。

 女王はそのまま音が出ている場所に行こうとしたので、王配は慌てて寝間着を着せ、彼自身も着た。

 二人で寝台から降りると女王は窓に向かい、彼女の後を王配がついて行くと、寝室の一番端の窓の前に着いた。



「ここの下からか?」

「ええ…」



 女王は不安げに頷いた。

 女王は真剣に音を聞き取ろうとしているので、王配はどんな音なのか聞くに聞けず、万が一に何かあった時のために剣を持った。

 最低限の装飾はされているが、王配が持つ剣にしては無骨である。



「何か、フーン?キューン?みたいな音がするわ。鳥かしら?」



 女王が首を傾げると金の髪も動いた。

 緩やかに波打った長い髪だ。 



「動物かもな」

「動物?!」



 女王は少女の表情になり、目が輝いた。

 女王は長い間塔で生活していたので、馬以外の動物を見た事がなかった。

 小鳥や、虫、爬虫類などは塔の窓や通気口から入って来ていたのでよく知っているらしい。



「助けに行かないと!」



 何がいるのか分からないのにも関わらず、女王が自ら行こうとした。

 だがすぐに王配に止められた。

 


「…わかった。兵士に確認に行かせよう」



 王配は寝室の外で不寝番をしている兵士に話しに行った。

 その間女王は声の主に話しかけ続けた。



「もうすぐあなたを助けに行く人が来るから待っていてね。大丈夫よ。みんないい人だから、怖がらないでね」



 動物の鳴き声は王配の耳にも聞こえるほど大きくなった。

 どうやら女王の声が聞こえたらしく、反応しているようだ。


 少ししたら寝室の外でバシャバシャと足音がし、不寝番とは別の二人の兵士が雨よけの外套を羽織ってやって来た。

 寝室は一階ではないのでその様子を見下ろす。



「来たようだな」

「ええ、そうね……」



 どうやら鳴き声の主は王城の陰に隠れているようだ。

 女王は兵士達の様子を息を飲んで見守っている。

 王配はそんな女王を見守っている。



「どうなったのかしら?」

「手こずっているのかもな」

「隠れちゃったとか?」

「かもな」



 王配は適当に返事をし、後ろから女王の細い腰まわりに腕を伸ばし抱きしめた。



「…大丈夫かしら?」



 女王の意識は完全に鳴き声の主に向いているため、王配は無視された。

 王配は少し寂しく思いながらも、より体を密着させ女王の体を温めた。



「捕まえたら知らせに来るさ。さぁ、寝台に戻ってさっきの続きをしよう」

「…何かしていたかしら?」

「んなっ!してただろう」

「…えっと、お散歩の話をしたのに、他にも何かあったのか聞かれたぐらいよね?」




 朝食後、若い夫婦は捕獲した鳴き声の主の所に足を運んだ。

 今は厩舎にいる獣医に診せて怪我の治療をされ、餌を与えられたらしい。



「陛下、こちらが王城に迷い込んだ子ですよ」



 獣医はにこやかに鳴き声の主を見せた。



「わぁ!可愛い!」



 獣医が示した箱の中を女王と王配が覗き込むと、そこには茶色い毛をした小さな生き物がいた。

 ふわふわとした毛は柔らかそうだった。



「ええ、こちらは――」

「この子は耳が尖っているし、尻尾も長いから猫ね!」



 女王は獣医の言葉を遮って自信満々に言った。

 彼女の顔は馬以外の動物を初めて見た喜びでとても輝いている。

 初めてでなくても喜ぶ人がいるのだから、彼女の喜びはさらに上をいく。



「…エレオノーラ。多分、犬か狼だ」



 女王があまりにも自信満々に言ったので、呆気に取られて誰も指摘出来なかった。

 だが、そこは王配が訂正した。



「え?犬は耳が垂れているんじゃないの?それに狼はもっと自然が多い場所に住んでいるじゃない?」

「犬にも立ち耳の種類もいる。犬にしろ、狼にしろ親とはぐれてしまったんだろう」

「ええ、おそらくそうでしょう。骨格からして狼だと思われますので怪我が回復したら野生に戻しましょう」



 獣医の言葉に女王は少し悲しげな顔をした。

 初めて見た子狼と離れるのが寂しいようだ。



「実は犬だったりは…?」

「陛下、残念ながら狼の可能性が高いです」



 獣医が絶対と断言するのではなく可能性が高いと言ったのは、女王をこれ以上落ち込ませないためだろう。

 犬だったら飼えただろうが、狼だとそうもいかない。



「そうなのね…。あなた寒かったでしょう。もう大丈夫よ」

「わぅわぅぅ」



 女王が話しかけると子狼は小さく鳴き、女王を見ている。



「うふふ、どうしたの?もっとご飯食べたいのかしら?」

「もしかしたらエレオノーラの声を覚えているんじゃないのか?」

「え?そうなの?…あなたとっても賢いのね」



 女王が話しかけると子狼はまた鳴いた。

 やはり女王の声に反応しているようだ。

 女王は笑顔で子狼を見続けていた。



「ねぇ、この足についてるのってもしかして……」



 とても嬉しそうな女王は子狼の足の裏の黒い物を指さした。



「足?…ああ、これは一般的に肉球と呼ばれておりますよ」

「やっぱりこれが肉球なのね!本で読んだわ!不思議な形をしているのね!」



 女王が覗き込むと子狼も同じように顔を近づけた。



「可愛いわね…」



 女王は茶色い子狼をじっくりと観察している。

 子狼も同じように女王を見ている。



「そうだな。可愛いな」



 女王は子狼を見ながら言ったが、王配は女王を見ながら言ったのを獣医は見逃さなかった。

 獣医は新婚だものなと思った。



「こんなに可愛い生き物がいたなんて!」

「そうだな、俺も知らなかったよ」



 大喜びしている女王を見ながら王配は言った。



「アレクセイは他にどんな動物を見たの?」

「熊や狐、鼬、それこそ猫とか…。砂漠地帯で駱駝も見たな。後は牛や豚、羊、山羊に、猿とか象とか麒麟とかか?ああ、猪もかな?」

「そんなに?」

「ああ。野生の生き物も見たが家畜も結構見たな」



 王配はメーメーと鳴いていた羊の大群を思い出した。



「へぇぇ」

「小動物だと、兎や鼠、栗鼠とかか」

「齧歯類ね!」



 女王は感心しきりで、獣医にも同じ質問をしていた。

 彼女はまだまだ見た事がない生き物が沢山いると知れて嬉しそうにしていた。




 もふもっふぅ

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