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2.王配の爪


 王配は中央領から王城に帰って来た。

 そして真っ先に女王のいる寝室に向かった。

 昨日の朝から今日の夜まで、ほぼ二日も顔を見ていないので、一秒でも早く女王の顔を見たかったからだ。


 王配は大股で廊下を突き進んだ。

 長身なので歩幅が大きい。

 そのため護衛の兵士達は王配についてぞろぞろと大変そうに移動していた。

 官吏は毎月の恒例行事なので気にしなくなったが、最初は何事かと騒ぎになった。

 しかし女王と王配の仲の良さは官吏達もよく知っているのですぐに鎮静化した。

 ちなみに翌月にわざわざ見に来た、物好きもいたらしい。



「エレオノーラ帰ったぞ!」



 王配が寝室の戸を勢いよく開くと、すでに察知していた女王が長椅子から立ち上がって待っていた。

 女王の側には侍女達がいたが、女王と王配にはもう見えていない。

 侍女達も毎月の恒例行事なので気にしていない。

 むしろ楽しんでいる。



「アレクセイ!」

「ああ、エレオノーラ!」



 二人は駆けより抱きしめ合う。

 まるで長い間離ればなれになっていたかのような喜びぶりだ。

 二人は暫く抱きしめ合い、互いの体温を確かめ合った。



「あっ、夕食まだなのよね」



 女王は王配を見上げながら言った。



「まぁな」



 二人は離れ、王配は外套を脱ぎ侍女に渡した。

 そして侍女は遅れて寝室に入って来た侍従に渡した。

 侍従達は王配の食事を運んで来たようだ。

 王配は上着も脱いで、楽な格好で夕食を食べ始めた。

 王配は女王の倍は食べるのだが、空腹だったため、あっという間に食べ終わってしまった。

 女王は隣でハーブティーを飲んでいたが、彼女が猫舌なのもあるがまだカップの半分を飲んだだけだった。



「もう食べちゃったの?ちゃんと噛んで食べたの?」

「腹が減っていたし、美味かったからつい…今度からはそうしよう」



 王配の分のハーブティーがカップに注がれた。

 王配は特に気にせずにカップに口を付けた。



「中央領はどうだったの?」

「ん、特に問題なく復興が進んでいるようだ。学校建設…いや、修繕と改築か。これも直に終わる」



 昔、中央領は王都だったため、立派な建物が多く残されていた。

 この建物を直して学校として利用する。

 現在学校の教職員を国内外から集めている最中だ。



「南領領主の母親には礼儀作法の講義をお願いしているわ。国内外のものに精通しているそうよ。過不足なく教えてくれると約束してくれたわ」

「過不足なくか…。独自解釈して作り出す奴もいるからなぁ。それを言っているのだろう」



 王配は背もたれに寄りかかり、長めにため息をついた。

 疲れもあるだろうが、心当たりがあるようだ。

 王配の生国は大陸一の国力を持つ。

 百年以上も国情が安定していると、よからぬ考えをする人間がいるのだ。



「……そんな事をする人は自分が規則だとでも言い出しかねなさそうね」



 女王は目を細めた。

 とても不快そうな表情だ。

 実際、女王の前に王をしていた人物はこの考え方をしていたようだ。



「どの分野でも一番になれなかったからか?自分で作った物を皆がやっているのを見て喜びたいのか?いずれにしろ仕様もない奴だ」



 王配は空になったカップを机の上に置いた。

 女王も漸く飲み終わったようでカップを机の上に戻した。

 白地に花柄が描かれた可愛らしいカップだ。



「元からいた人はそのまま採用するんだろうが、他の先生は決まっているのか?」

「宰相…じゃなくてジュゼッペ先生がやる気満々なのだけど、年齢や体調を考えると通年は大変そうだから、短期集中の講座とか公演会にしようと思っているの」

「ジュゼッペ殿を説得しないとな。子ども達だって先生と離れるのは嫌だろうし」

「ええ、そうよね」



 女王は昨日の先生と子ども達の様子を思い出して微笑んだ。

 王配もつられて微笑む。



「農地はどうだったの?」



 女王は顔を上げてじっと王配を見る。

 身長差があるので、どうしても見上げる形になる。


 二年前は全土で耕作放棄地があった。

 重税課され税を納めるため、自分達の食糧のために連作を繰り返した結果、大地が痩せ細り草木が生えなくなった。



「ああ、植え付けや作付けの準備で田畑を耕してたな。土作りってやつか」



 王配も女王をじっと見つめる。

 現在は肥料等で土壌が改善して何とか作物を作れるようになった。

 税も低くしているので、国民が食べる分は十分にある。

 それに加え、連合国軍からの食糧配給はまだ続いているので、飢えて死ぬ心配がなくなった。



「主要な水路と街道は全て修復が終わったのよね」

「ああ、俺が通った街道は綺麗になっていた。まぁ、王都に続く道だから当たり前と言えばそうなんだがな。他の領主から何か要望はあったか?」

「いいえ、特には。天気には恵まれているので、各領の水路や街道の工事は順調だそうよ」



 王都に続く街道の支路などは各領の管轄になる。

 主に農閑期に人員を割いて作業していたが、農繁期までに間に合いそうだ。



「そうか、よかった。…さて、俺は浴場に行ってくる。エレオノーラはまだか?」

「ええ、まだだけど…」



 女王は王配がいつ帰ってくるのか分からないので湯冷めしないように湯浴みをしていなかった。

 そのため昼間着ていたドレスのままだ。



「じゃあ先に行って来てくれ。俺は腹が落ち着くまでここにいよう。…それとも一緒に――」

「入らないわよ!」



 女王は顔を真っ赤にして言った。

 怒っているのか、恥ずかしがっているのか、両方なのか。

 王配は女王の反応を見て笑わざるを得なかった。



「はははっ!では行ってらっしゃいませ」



 王配は女王を笑顔で見送った。

 当然ながら侍女達もぞろぞろとついて行った。



「別に寝て待っていてくれてもいいのに」



 王配は手を顎に当ててニヤリと笑った。




 王配が浴場から寝室に戻ると、長椅子に女王がいなかった。

 寝台に目を向けると女王がすでに横になっていた。

 せっかく王配が帰ってくるまで待っていたのに、もう寝てしまったらしい。


 王配が足音を立てないように静かに近づくと、女王の寝息が聞こえてきた。

 彼女の規則正しい寝息を聞き、王配は苦笑いをするしかなかった。



「初めての夜を思い出すな…」



 王配は灯りを消して、寝台に横になった。

 そして女王を抱きしめる。

 すると女王の体がピクリと反応した。



「んっ…?ごめんなさい…。寝ちゃってたわ…。お布団の中を…暖めておこうと思ったの…。そうしたら…」



 ウトウトと睡魔と戦う女王を見て、王配は破顔していた。

 彼女は今にも上の瞼と下の瞼がくっつきそうだ。



「そうか、ありがとう…」



 王配は抱きしめる力を強くした。二人の体はより密着した。


 

「すぅすぅ…」



 女王は睡魔に負けて眠ってしまったようだ。

 女王は疲れやすいのか睡眠時間が長いようだ。

 塔から救出された時から比べたらかなり体力がついたと思うが、それでも他の人より疲れやすい。

 王配は女王の寝息を聞きながら、彼女の顔にかかった長い金色の髪を撫でるように払い、頬に唇を落とした。

 


「おやすみ。エレオノーラ…」



 王配は結婚する前、婿入りの前のとある日を思いだしていた。

 その時はまだ連合国軍の司令官として働いていたのだが、侍女長から時間を作って欲しいと頼まれので、その日の昼に来るように伝えた。


 昼になると、いつになく真剣な顔つきをした侍女長と侍女次長がやって来た。

 そして手には何か道具を持っていた。

 彼女達に聞くと爪の手入れに使う道具で、王配の爪を整えてくれると言うのだった。

 王配は最初は断ったが、彼女達は引き下がらなかった。

 理由を聞くと王配のためではなく、女王のためであった。



(エレオノーラを傷付けないためか…。確かにあの時の俺の爪は今みたいに滑らかじゃなかったもんな。侍女長達が必死になるのもよく分かる)



 王配は親指の腹で自身の手の指の爪を触ってみた。

 以前とは全然違う指触りだった。

 以前は爪は切ったままだった。

 そういう物だと思っていたが、思い出してみれば王配の母も爪を磨かれていた。


 侍女長と侍女次長は女王が塔にいた時からずっと女王の身のまわりの世話をしている。

 実の娘のように可愛がり、服や靴を作ってやり、監視の目を盗んでこっそりと本や菓子を持って来ていた。

 女王は何か恩返しがしたいと考えていたが、良い物が見つからず給料が上がるようにと彼女達二人を昇進させた。

 しかしそれによって二人は忙しくなり会える機会が減ってしまい、会えない寂しさと二人を忙しくさせてしまった後悔で女王はしょんぼりとしていた。



(どんな顔でも可愛いが、出来れば笑顔がいいよな。何かいい手はないだろうか…)



 しかし彼女達だったら、女王が幸せであればいいと言いそうだなと王配は思った。




 翌日は雨だった。強い雨ではなく、しとしとと静かに降っていた。

 どうやら明日まで降るそうだ。



「ジュゼッペ先生、学校の先生になるのは諦めて欲しいの。子ども達も貴方にとても懐いているし、このまま官舎で暮らしている子達の先生では駄目かしら?私の先生もやめないで欲しいの」



 真剣な顔をした女王は、じっと真剣な顔で先生を見つめた。

 そんな女王の顔を見て先生は困った顔をした。



「うーん…。そう言われましてもな。長年の夢でございますから諦めきれません」

「え?学校の先生になるのが夢だったの?」



 先生はかなり長い間、宰相を務めていたと思う。



「はい。ですが、陛下のお祖父様と偶然知り合いましてね。そのまま…」

「宰相にまでなったの?!」

「ええ、はい」



 女王も驚いたが、女王の側にいた侍女達もポカンとしていた。



「子ども達と戯れるのは老後の楽しみにしておきますよ」

「…え?」



 女王は困惑した。

 彼女らしくない気の抜けた顔になっていた。

 侍女達も女王と同じ表情になっている。


 先生は八十歳を超えているはずだが、それでもまだ老後ではないらしい。

 まだ当分呆けなさそうで安心した。



「なんですかな?」



 先生は片眉を上げて怪訝そうな顔になった。

 彼がこんな顔になるのは珍しい。

 女王は慌てて笑顔を作った。



「い、いえ、なんでもないわ。では体調を考慮して通年ではないものにしましょう」



 女王はいくつか提案してみたが、先生は首を縦に振らなかった。



「介助員はどうするの?」

「孫やその友人達にお願いします。排泄は自分で出来ますから大丈夫でございますよ」



 先生はにんまりと冗談めかして笑った。

 その後、女王はなんとか先生を王城に留まらせようと他にも提案してみたが、先生の決意は固く覆せなかった。




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