魔王降臨
「かかれ! かかれええええい!」
アルバートが剣を振りかざし兵を叱咤する。
オークたちは倒されても倒されても何かに追い立てられるかのように向かってくる。
たっぷり7日飢えさせられていたのであるから当然と言えるかもしれない。ただ、それ以上に恐怖に突き動かされているのか?
「矢をたっぷりと浴びせてやれ!」
「「「おう!」」」
「我が部下! 我が精鋭たちよ! 貴様らの盾の後ろには戦友がいる! 盾に隙間を作るな! 貴様らの矜持にかけて、敵を後ろに通してはならん!」
「「「うおおおおお!」」」
アルバートの激に兵たちは奮い立つ。
「慈悲なる御手、癒しの指よ。汝がいとし子を守り給え」
盾に魔法を付与する。継続回復と堅牢の魔法だ。
「彷徨える者よ。汝らの本懐を遂げる時が来た。狂え! 汝らを辺獄に追いやったものは目の前に在り!」
狂化の呪法を唱えた。
魔物たちの咆哮が底冷えするような殺気をはらむ。
「白き光よ、在れ! 輝きよ! 奔流となりて闇を払いのけるのだ!」
天から光の矢が雨あられと降り注ぐ。
闇の力と光の力は相反する属性で互いに打ち消しあう。闇の力を注がれた魔物たちは、相対的に光の攻撃に弱くなるわけだ。
この一撃で100を超える魔物が消し飛んだ。
しかし、光属性を付与した盾がきしむ。相手の攻撃をより強く受け止める結果になったわけだ。
「回れ回れ因果の糸車、汝の果は汝の因の果てなり。反射せよ!(リフレクト)」
盾が受け止めた敵の攻撃を属性を反転させて叩きつける。熾烈極まる攻撃をそのまま跳ね返したことにより、前衛を務めていたオークたちは壊滅的な打撃を受けた。
「小癪な!」
再び仮面の男が呪文を唱える。暗黒魔法は僕の光魔法で相殺する。たがいに魔法を撃ち合うが、すべて互角の威力だ。
魔法戦闘は剣のような駆け引きはない。その威力が劣っていた方に互いの力を総合したものが襲い掛かる。
その二つ分の魔法を防げなければ、待っているのは死だ。もちろん普通に魔法の威力を耐えきればいい。それができるのなら。
理想は最小の魔力で相手を上回る。相手が100の魔力を打ち出してくるなら101で打ち返す。
そこは読み合いで、お互いの思考が近すぎるがゆえに全く同威力の魔法の打ち合いになっている。
こうして、互いの軍の最大戦力が拮抗している間に状況が動いた。
魔物の群れは仮面の男の統制下にある。そこは間違いない。そして、僕は軍の指揮を執っていない。
高度な魔法戦闘をこなしつつ配下の状況を確認する。できなくはないけれど、どちらも相応のリソースを使うことになる。
そして僕は魔法戦闘に全力で対応できる。なぜなら常勝不敗のアルバートが付いているからだ。
「敵の前衛は崩れた! 俺に続け!」
先ほどの反射魔法で敵前衛のオークの戦線は崩壊した。僕も小さめの魔法を連打して群れへの指示をさせないように足止めする。
群れの中心として設定されていたオークの上位種がアルバートに討ち取られ、この瞬間群れの統制が崩れた。
「ふん、所詮は知性なき魔物か……煉獄よ」
ぼそりとつぶやくように唱えた一言の呪文は恐ろしい光景を僕たちの前に現した。
地面に亀裂が入るとそこから噴き出した炎で逃げまどう魔物の群れが一撃で焼き払われたのだ。
「アルバート。兵を率いて砦まで下がるんだ。あいつは……僕がやる」
「なりませぬ!」
「あれは魔王だ。そして僕はその片割れ、らしい」
「ですが!」
「はっきりと言っておく。僕と奴の力は拮抗している。流れ弾が飛んでも守るだけの余力がないんだ」
「なっ!?」
「殿、わたしたちでもあなたの盾になることはできます」
「左様! 一瞬でも敵の攻撃を防げばそこに勝機を見出せるかもしれませぬ!」
食い下がるアルバートとアリエル。仮面の男、魔王はにやにやと笑みを浮かべて僕たちを無言で眺めていた。
「……何を見てるニャ!」
セリアが矢を放つ。矢を抜く手を見せぬほどの妙技だったが、魔王の目の前で弾き飛ばされる。
「……見た? 高位の魔法使いは結界を持っている。君たちの攻撃は通らない」
「そういうこと、だな。先ほど見せたとおりだ。何なら足手まといを先に焼き払ってからでもいいぞ?」
「……今なんて言った?」
「ふん、我らの高みに居ないものなど、どれだけ数が居ようが有象無象だろうが。有象無象など虫けらにすぎぬよ」
「……海風よ、遙かな地を結ぶ縁となり彼のものを運びたまえ」
つぶやくように唱えた呪文は転移の魔法だ。魔力を帯びた風が吹き荒れ、僕の率いてきた軍はかき消すようにいなくなった。
「殿、ご武運を!」
僕の意図に気づいたアリエルのすがるような声を残して。
「……これでいいかい?」
「よかろう」
満足げに頷くと、彼は仮面を外した。
そこには鏡のように、僕にうり二つの顔が現れた。いや、僕が彼に似ているのだろうか?
埒もない思考を断ち切り、いままで味方を巻き添えにすることを恐れて選択しなかった広範囲破壊魔法を脳裏に浮かべる。
素顔を晒した魔王も同じく手にエーテルを集約し、呪を唱え始めた。
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「なんということだ!」
拳を地面に叩きつけ、アルバートの嘆きの声が響いた。
転移先は戦場にほど近い砦だった。ここなら兵をすべて収容できるし、手当て用の魔法薬も備蓄がある。
戦場では助からないであろう重傷者も手当てを受けることができていた。
遠雷に似た大気を揺るがす振動。つい先ほどまで在った場所で神にも匹敵する力がぶつかり合っている。
光と闇、天秤に乗った二つの存在は互いに揺らめきながら均衡を保っているかのようだった。
「ケイオス、ここは任せるニャ」
「わかった。ちゃんと帰ってくるんだぞ?」
世間話のような口調で話す姿にアルバートはまだ呆然としていた。
「もちろん。ニャーを肝心なところで仲間はずれにした旦那に苦情を言ってやるのニャ」
その一言にハッとアルバートが顔をあげた。
「何やってんのよ。なに? 殿の第一の家臣だっていつも自慢してたじゃない。それともやめるの?」
「そんなわけがあるか!」
「なら行きましょ? 殿と魔王は全く同じ存在から分かたれたもの。力は全くの互角。ってことは?」
「我らの力が加われば、殿は勝つ!」
「わかってるなら何ぼやぼやしてるの?」
「ふん、アリエルよ。貴様は俺と同じだ。ともに一の家臣として在ろうではないか」
「……気色悪いこと言わないで。あんたはふんぞり返ってるくらいでちょうどいいのよ」
いつも通りのやり取りを始めた二人を尻目に、セリアはさっさと走り出していた。
「付き合ってらんねーニャ」
「あ、まて! 抜け駆けは許さん!」
3人は走り出した。彼らの主君の助けとなるために。
揺らめく天秤はどちらに傾くかを見せずにいた。自らを皿にに乗せることでその傾きを少しでも引き寄せると決めた。命を懸けてでも。
次回「神代の戦い」
お楽しみに!
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