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仮面の男

 行軍は順調だ。いっそ違和感を感じるほどで、実質率いているアルバートも表情はさえなかった。


「……順調なんだけどねえ」

「いっそ不気味ですな。これから向かう先は魔物の群れのはず」

「群れから外れる個体がいても不思議じゃないと言いますか……本来いないとおかしいですわね」

「こっちの数が多くて遠巻きにするならわかるけどニャー。遠巻きの範囲にさえいないニャ」

 セリアの狙撃可能な範囲にいないとなると、本当に4000もの魔物が統率されていることになる。

 

 進行方向から数名の兵が走ってきた。斥候職の経験がある元冒険者たちだ。

 彼らはアルバートに報告を上げ、僕の方を見ると何やらキラキラした眼差しを向けて自分の持ち場に戻って行った。


「殿、敵の群れはこれまでと変わらぬ様子」

「わかった。なんか彼らの目線が気になったんだけど……」

「おお、あの者たちは殿に命を救われたことがあると言っておりましたな」

「どこかのダンジョンにいたとか?」

「いえ、食うや食わずだった生活で、ガルニアにたどり着いて救われた、と」


 その言葉に少し動揺した。僕は僕なりに生き延びるために必死だったに過ぎない。言い方は悪いが彼らを利用したということでもあるのだ。


「殿は正しいことをされたのです。無論、それだけのおつもりでないこともあったかもしれませぬ。しかし、俺も殿に救われた。それだけは忘れないでいただきたいのです。俺が戦い続ける理由でもありますゆえ」

「……ありがとう」


 僕の答えはただ一言だったけど、アルバートは全部分かった顔でうなずいてくれた。

「もう、何良いところ持っていくのよ!」

 アリエルの肘がアルバートの脇腹にめり込む。

「ごふっ!?」

 もともと鎧の側面はあまり装甲がない。たしか鎖帷子になっているはずだ。要するに……きわめて打撃攻撃には弱い。

 

「ニャーは旦那にずっとついていくニャ」

 にぱっと笑みを浮かべるセリア。

 いつものやり取りに僕も力をもらっていることを自覚する。彼らを守るんだ。そう決意すると目の前にだれが立ちはだかっても大丈夫だ、そう思えた。


「殿、間もなくです」

 平野の真ん中を街道が通っている。魔物の群れを監視するために小さな砦を建てた。と言っても防衛用ではなく、魔法の信号弾をあげたらすぐに逃げられるようにしていた。

 群れの終身部に人影が見える。そして群れはその人影を中心に同心円状に居並んでいる。

 群れから二百歩ほどの距離を置いて進軍を止めた。


「うん、アルバート、指示を」

「はっ! 重装歩兵、前へ! 防壁の陣!」

 行軍用の縦列陣形の両脇にいた重歩兵たちが前面に展開して行く。すると呼応するように雑多な並びだった魔物の群れがまるで軍のように陣列を整え始める。

 前衛にはタフさが定評のオークたちが。さらに身軽なゴブリンが左右に群れを成す。

 オークの背後には飛び道具を装備したゴブリンが横にずらっと並んだ。

 

「むむむ、あのオークの群れを突破するまでに相応の被害は覚悟しなくてはなりませんな」

 前衛のオークの群れは今にもこちらに飛び掛かってきそうな形相で、口からだらだらとよだれを垂らしている。

「もしや日にちを開けさせたのは……?」

 ハッとした表情でアリエルが口にした言葉に僕も思い当たった。

「飢えさせるためか……」

「彼らには私たちが餌にしか見えていないのでしょうね」

「ふん、返り討ちだニャ」

 威勢のいい言葉だが、シーマの尻尾がやや膨らんでいる。彼女も脅威を感じているのだろう。


 こちらの部隊の展開が終わったころ合いで、群れの中心部にいた人影がこちらに向けて歩いてきた。

 ざーっと魔物たちが道を開けるさまは、異様な雰囲気だった。


「……魔王」

 アリエルのつぶやきに、おとぎ話を思い出す。


 とある天才魔法使いがいた。彼はその才能で世界に多くの恵みをもたらした。しかし自身が引き起こした事故で愛する人を失った悲しみに耐えられず、禁断の魔法に手を出してしまう。

 それは死者を読みより呼び戻す魔法だった。その結果は悲劇で、死者の世界からはこの世に未練を残した怨霊が沸きでて来たのだ。

 怨霊たちは動物や人のエーテルを汚染し、魔物に変えた。世界は存亡の危機に陥る。魔法使いは魔物たちを率いる魔王と化した。

 そんなとき、神より遣わされた勇者がこの世に顕現した。勇者は皮肉にも魔法使いが遺した魔法の武具を使って魔王を打ち破る。

 魔王をよく知る者が言うには、自身が闇に堕ちたときはこれを使って自分を滅ぼせと言い遺していたとも言われる。

  

 一つだけ魔王の願いがかなった。魔王が愛した人の魂はこの世に呼び戻されていた。勇者は魔王を封じ、魔王が遺した武具や魔法のからくりも同じく封印したという。


 そう、ガルニアこそ彼の偉大な魔法使いが遺した遺産ではないか。そして、ガルニアの復活によって魔王も復活していたとしたら?

 

「クロノ様。貴方は貴方です。私は貴方に救われた。おとぎ話に惑わされませんよう」

 アリエルが心配そうに僕を見ている。

「そうだね。ありがとう」

 おとぎ話の最後の一文はこう記されている。

 魔王は断末魔の中で魔物としての魂と、人としての魂を分かった。いつの日か自らの魂が再び人として生まれてくる日を信じて。

 そして、都市に封じた自らの伴侶と再び巡り合うことを願って眠りについた、と。


 魔王らしき人物、仮面の男はこちらに向かって歩いてくる。黒いローブをまとい、仮面に覆われた顔はその表情を見せない。


「余が命ずる。真なる主に我が都市を明け渡すのだ」

 その声を聴いたアルバート、アリエル、セリアは驚愕に身をこわばらせる。

 それにしてもなんて耳障りな声だ。

「その命に従う義務は僕にはないね」

「ほう? 長き時を眠りについておる間に理すら忘れ去られたか。ならばよい。我が力を見せつけてくれよう」


 言い終わると、彼は手を掲げた。それに呼応して魔物たちが咆哮を上げる。

「アルバート!」

 僕の言葉に我に返ったアルバートが剣を抜き放つ。


「全軍、防御!」

「「「おう!」」」

 アルバートに鍛え上げられた精鋭は、指揮官の命に従ってすぐに隊列を整える。


「GURUAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 魔物たちが咆哮をあげてこちらに迫りくる。

「放て!」

 アリエルとセリアの指揮に従い、魔法兵と弓兵が最大火力で攻撃を加えた。

「なにっ!?」

 300の弓兵と200の魔法兵が放つ攻撃は仮面の男が手をかざして現れた結界に阻まれる。

 一人の人物の操る魔法として規格外と言う言葉すら控えめだろう。

 だから、僕も最初から本気を出すことにしていた。


「終を告げしは我が言霊なり。解呪ディスペル

 僕の放った魔法は、彼の張り巡らせた障壁にぶつかると、障壁はガラスを砕くような音を立てて霧散した。そして味方の放った矢と魔法が敵に着弾する。

 同時に敵が放った投石がこちらの前衛に降り注ぐ。戦いの火ぶたは切って落とされた。


次回「魔王降臨」

お楽しみに!


読んでいただいてありがとうございます。

ポイントが増えると作者のやる気に火が付きます(笑)

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