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異変

 異変は突然に訪れた。

 いくつかのダンジョンを攻略し、都市の支配領域が広がっていく。順調に進んでいるように見えた。

 好事魔多し、急報が飛び込んできたのはそんな時だった。


「境界線上に魔物の群れが現れました!」

 都市支配領域の外から魔物の群れが侵入してくる。

 それ自体はよくある報告である。

「先頭にはこれまで報告の上がっていた不審な人物がいるとのこと」

 なんだって? 魔物ではなく、人が率いているだって?

「殿と面会を希望しています」

 なん……だと? 

 これまでに交渉が発生したことは事実上なかった。外部の都市との連絡は遮断され、うちの都市より規模の小さな集落から人が流れ込んでくる。

 あとは、定住していない人々が都市の保護を求めてやってくる。

 この荒れ果てた世界で、魔物の脅威を感じずに暮らせるところはほぼなかったからだ。


 始めてやってきた交渉相手について、主要な人間を集めて会議を開いた。

「殿、罠です」

 開口一番のアルバートの端的な一言は正鵠を射ているのだろう。普段は意見が対立しがちなアリエルもうんうんと頷いている。

「旦那、危ないニャ」

 セリアも尻尾がぶわっと広がっている。狩人である彼女が感情の揺らぎを出すのは珍しい。


「セリア、何が危険なんだい?」

 実際問題として、個人の戦闘能力なら僕はけた外れだ。僕にまともにダメージを入れられるものはいないと言っていい。

 だからこその質問だ。僕に危険が及ぶ、それはすなわちガルニアの存亡の危機を意味するからだ。

 そして最大の気がかりは、あの日以来チコが出てこない。今までは意思疎通ができていたし、出てこなくなっている日もあった。

 それでも、数日も声をかけずにいれば向こうから現れていた。だけど今は呼びかけにも答えない。

 

「面会はいつって言ってるんだい?」

「はっ、7日以内に返答を、と」

「わかった。ありがとう」


 今日のところは情報収集だけを命じた。レギンは工房にこもって制作を続けている。

 セリアは部下に命じて斥候を放った。アルバートは兵を鼓舞し、部隊の編成をしている。


 そしてアリエルは書庫にこもって何やら調べものをしていた。

「ちょっと気になることがありまして……」

「わかった。この際だから納得いくまで調べたらいい。君のことだから仕事が滞るようなことにはなっていないんだろう?」

「ええ、それはもちろんですわ」

 彼女は誇り高いエルフだ。無能とそしられることはありえない。

 彼女の返答は僕の期待通りのものだった。


 あれから3日が過ぎた。なんというか不気味なことに魔物の群れは一定の範囲から出ることがないそうだ。

 そして、セリアはべったりと僕にくっついてそばを離れることがない。

 一度休息をとるように言ったのだが……


「ニャーは旦那の護衛隊長ニャ!」

 これまでにないほどの剣幕で言い返された。


「交代で休息は入れております」

 ケイオスがフォローをしてくれた。

「……わかった。けど無理をしちゃいけないよ?」

「承知ニャ。ありがとですニャ。

 ケイオス頼むニャ」


 ニパッと笑うとセリアは僕の執務室のソファで横になった。

 横になったというよりはくるんと丸くなっている。尻尾がゆらゆらと揺れている姿に非常に和む。

 

「これで、侵入者とかいると最初に気づくんですよね……」

「超一流ってすごいね」

「にゅふー、ニャーのすごさを理解してくれたニャ?」

「……この騒ぎが収まったらボーナスを出すよ」

 セリアは無言でサムズアップした手を掲げた。普段あまり表情のないケイオスもほころんだ顔をしていた。


 偵察部隊からの報告が入った。魔物の群れを率いているのは黒衣の人物。人相は仮面をしているのでよくわからない。

 群れの規模は亜人を中心に3000ほど。上位種も混在しているようだ。

 トロールやオーガは戦士クラスを数名当てないと太刀打ちは難しい。

 仮に真っ向からぶつかり合うとなると、分が悪い。


「アルバート、迎撃するとして兵はどのくらい?」

「はっ、戦士50名。兵は2500ほどです」

「交渉に行くとなると、さすがに丸腰じゃあまずい、よね?」

「当然ですな。可能な限りの兵を引き連れていくことになりましょうぞ」

「……話って通じるのかな?」

「わかりませぬ。それゆえの用心でもあります。ただ、いきなり境界を突破して攻め入ってこないのであれば、何らかの意図はあるのでしょう」

「だよねー……明日、出立する。準備をお願い」

「御意にて」

 アルバートは僕にお辞儀をして立ち去った。


「殿、これを持っていきなさい。ワシは留守居を務めよう」

 夜も更けたころ、レギンが僕を訪ねてきた。

 彼の手にはガントレットがあった。手の甲部分の中央に無色のクリスタル、周囲には各属性のクリスタルを配置し、魔力導性の高いミスリルの糸を織り込んである。

 その線に従って回路が走り、魔法の発動の効率化が徹底的になされていた。


「これは……」

「殿の魔法の性質を考えて作ったのじゃ。指先に発動体を仕込んだからの。5つまで魔法を同時発動できるぞい」

「すごい、すごいよ!」

「耐久性も考えておる。アリエル嬢ちゃんの出力の10倍はいけるはずじゃ」

 アリエルの10倍とかちょっとしたアーティファクトだ。新素材を持ち込んだ制作依頼で、工房全体のレベルアップもかなり進んでいた。

 そのうえでレギン自身も一段上の技術を身に着けた、ということだろう。


「おお、もちろんじゃがアルバート達にも新しい装備を渡しておりますからの」

「……ありがとう、レギン」

「いやはや、最近は面白い素材が目白押しでの。職人みょうりに尽きる毎日でしたわい」

「帰ってきたら好きなだけ飲んでいいよ」

「ほほう、それは楽しみじゃ!」

 レギンはそのまま自室に転がり込むと、酒も飲まずに眠りこけたという。ドワーフにあるまじき所業だそうだ。


「出発!」

 翌日、僕は兵の先頭に立って声をあげた。

 何者が待っているのかはわからない。それでも必ず打ち勝ってここに戻ってくる。そう決意を新たにした。

次回、「仮面の男」

こうご期待!


読んでいただきありがとうございます。

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