暗躍するもの
謎の人影の正体はいくら調べても出てこなかった。そもそもその存在を感知できたのがセリアと僕だけだ。
ただ、異変は様々な報告として上がってきている。
内容は様々だけど、ダンジョンの変異が多い。ボスがコアを飲み込み異界化していたというのはさすがにもう出ていないけど、内部の魔物のレベルが大幅に上がったと言う者があった。
同時にあふれる頻度も上がって軍の出動件数が大幅に上がっている。
「出撃!」
たった今もアルバートが兵を率いて出撃するところだ。
ただ、この事態は悪いことばかりじゃない。実戦経験を経て兵のレベルアップは急速に進んだ。
兵の中から頭角を現す者も出て、戦士見習いという形で昇格させている。
中には戦士として正式に仕官する者も出てきた。
モンスターを倒すと素材が残る。それを回収して、都市の資材に回すので経済はよりよく回っている側面もある。
ダンジョンマイニングという言葉がある。ダンジョンを鉱山に見立てて、資源や素材を得るという状態を指すけど、まさに今そうした状況になっていて、うちは今にわかゴールドラッシュというわけだ。
「おう、殿。アリエルの嬢ちゃんに渡した試作品の弓だがな。正式配備の量産品を生産ラインに乗っけたぞ」
レギンが報告に現れた。
「ああ、ありがとう」
「しかし、殿や。ありゃあ何を一体どうしたんだね?」
レギンがテーブルの上に置いたのはアリエルが使っていた試作品に組み込まれていたクリスタルだ。
もともとは属性を持たない無色の結晶がついていたはずが今は真っ赤に染まっている。
「炎属性に染まっとる。属性クリスタルってのは極度にその属性に偏ってる場所でまれに採取できるもんじゃ。例えば火山とかで、な」
「そう、ですね」
「うむ。ここまで高純度のクリスタルはそう見ないぞ。どこで採れたのかの? この前攻略した森のダンジョンにはそんなもんが取れる要素は無いじゃろ?」
うん、すごくレギンの目線が剣呑なものになっている。ただ、変にごまかすのも違うと思って正直に話すことにした。
「えーっと、クリスタル、ある?」
「うむ、これでよいかの?」
「うん」
クリスタルを受け取ると魔力を込める。イメージは目の前にいるレギンだ。巌のように揺ぎなく、堅牢なイメージ。
イメージに従ってエーテルが方向性を持つ。
僕は特定の属性を持たない。といっても属性魔法が苦手なわけじゃなくて、全属性に適性がある。
もちろん、より適性が高い人にはかなわない。火属性ならアルバートの方がうまく扱える。
ただ、この使えない属性がないということは、戦いにおいて大きなアドバンテージになる。
少し思考がそれた。改めてクリスタルに意識を集中させる。イメージに従ってクリスタルが輝き、一瞬の閃光を放って光は収まった。
「お、おおお……」
レギンが唖然としている。僕の手のひらの上には、それまでのつるりとした外観ではなく、ごつごつとした石のようなクリスタルがあった。
「はい」
レギンに手渡すと、クリスタルは淡い輝きを放った。
「……殿は色々と常識外れだと思うておったがここまでとはのう」
「えー、そこまで言う?」
「高純度クリスタルを錬成しておいて何をほざきやがりますか!」
「……ごめんなさい」
あまりの剣幕に思わず頭を下げる。
「いや、謝られるようなことではありませんぞ。これを量産できれば……」
レギンがじっと僕を見つめてくる。
「あんまり数を作るとまずくない?」
「まあ、のう。強大な武器の先端がこちらを向くとかあまり考えたくはないですのう」
「とりあえずアルバート達の武器に組み込んでみようか」
「そうですな。彼らが裏切ることは万が一にもありますまい」
他人事のように言っているが、レギンも同じだ。レギンに裏切られたならあきらめは付く、そう思えるほどに僕は彼を信頼している。
「皆まで申されますな。わかっておりますぞ」
ニヤリとひげ面をゆがめる。どうやら僕の考えはお見通しだったようだ。
こうして徐々に主要な戦士たちの武具を強化していくことに成功していった。装備の強化は徐々に様々な場面に波及していく。
今まで太刀打ちできなかった魔獣を討ち取ってきたり、危険領域とされていたダンジョンの踏破だったりと。
そして更なる情報が集まりだす。強化された魔獣を倒した場所で不審な人影を見た。
ダンジョン最深部で人影を見た。
それらの場所は最上位の危険地帯で、上位の戦士であっても生還率は五分五分とされているような場所だ。
それゆえに一般人がいるはずもなく、そんな場所に一人で入って行けるような人物は……実際問題として僕だけだったりする。
しかし僕の立場上、常にだれかがそばにいる。大体はセリアだが、彼女も一人ではなく部下と一緒だ。
そういえば、おかしくなったのはダンジョンだけじゃない。外に出現する魔物も強くなっている。まるでこちらの戦力が向上するのに合わせて、ぎりぎり太刀打ちできるように調整されているかのようだ。
「うーん……」
上がってきた報告に僕が頭を抱えていると、チコが現れた。
「マスター、大丈夫?」
「実はすごく困ってる。っていうかこれ絶対に偶然じゃないよね?」
「そうね、何者かの差し金、それは間違いないわ」
チコは何かを知っている?
「ねえ」
「今は何も言えないわ。その時が来るまで」
僕が何を問おうとしているのかを分かっているんだろう。普段の表情とは真逆の怖いまでに真剣な顔つきだった。
「わかった。君を信じる」
「……ありがとう」
その一言を残して彼女は霧散した。ふわりと花の香りがする。それはあの夜、月を見上げるあの少女の周りに咲いていた花の香だったような気がした。
一応補足。チコさんはクロノのエーテルから構成されています。あとサイズは妖精さんです
読んでいただきありがとうございました。




