死闘
エンシェントトレントが幹の真ん中にある顔をゆがませ、叫んだ。
音は聞こえないが、空気が震える感じがする。
「マスター、やられたわ」
チコの声だけが聞こえた。
「どういうこと?」
「結界を張られたの。力を封じられたわ」
「……ということは?」
「マナを使った力押しができないってことね」
「なるほど」
いざって時の切り札が封じられたのはきつい。敵の力もまだ計り知れない。これは結構まずい状況じゃないだろうか
アルバートが前衛を務め、トレント本体から飛んでくるとがった枝を斬りはらう。
「俺がいる限り、殿には指一本触れられぬと知れ!」
セリアが矢継ぎ早に矢を放ち、ぞろぞろと湧き出るゴブリンたちを射抜いていく。
「樹木系の魔物の弱点は炎ニャ!」
「ごめん、無理!」
エルフのアリエルは炎系の魔法を苦手としている。
というかかなり切羽詰まっているのがアリエルの口調が崩れていることでわかる。アルバートの表情が硬いのもそれに気づいたからだろう。
「合わせろ!」
アルバートが自らのエーテルを剣にまとわせる。
「ニャニャニャーーー!」
セリアが切り札の、クリスタルを仕込んだ矢を放った。
トレント本体に突き刺さり、直後爆発する。
表皮がえぐれ炭化していたが、すぐに回復する。
アルバートがまとわせた炎をアリエルが風で増幅し叩きつける。トレントは枝葉ごと炎に包まれるが、ぶわっと水蒸気が広がって火が消えていった。
根から地中の水分を吸い上げ、葉から放出したようだ。
「森そのものを相手にしているようなものだなあ……」
僕の漏らしたつぶやきにアリエルの表情が青ざめる。
「そんなの、どうやって……」
「うろたえるな! トレントの根を枯らすんだ!」
「なるほど、地面から切り離せば植物は死ぬニャ」
セリアの目に光が戻る。
「根元に火力を集中するんだ!」
「合点ニャ!」
アリエルは前線でトレントの攻撃を受け止めるアルバートの回復をしつつ、魔法弓で攻撃にも参加する。
そこでふと思いついた。
「アリエル、こっちへ!」
「は、はい!」
僕はアリエルの弓の発動体に触れ、炎属性のエーテルを付与した。
「え? どうなってるの!?」
「アリエル、それで矢を撃ってみて」
「はい!」
アリエルの放った矢はこれまで無属性だったものが、炎の属性をまとっていた。
トレントに直撃したところ、確実にダメージを与えている。
「これなら!」
「癒しの風よ!」
僕も呪文を唱えてアルバートの回復に参加する。
そうして少し戦況は持ち直した。かに見えていたのだが……徐々に押し込まれつつある。
今まで草木をまとった魔物はゴブリンだけだったが、ウルフなどのモンスターも現れだしたのだ。
「ぐぬ!」
アルバートの灼熱の剣で斬り裂くが、トレントへのダメージが目に見えて減っている。
「まずいニャ。クリスタルの矢がもうないニャ」
セリアは矢を節約するためか、短剣を抜いてゴブリンと切り結んでいる。
「セリア、残りはどれだけ?」
「……あと2本ニャ」
「わかった。取っておいて」
「らじゃったニャ」
セリアはそのままゴブリンの群れに飛び込み、体術で蹴散らし始める。
「くっ……」
ここにきてアリエルがへたり込んだ。体内のエーテルが枯渇しかけている。
「大丈夫?」
アイテムボックスから魔力回復薬を取り出して渡すと、無言で受け取り、そのまま一気に煽った。
「っかーーーーーー!」
まるでオッサンのような声を上げ、グイッと口元をぬぐう。僕の目線に気づいたアリエルは目元を赤く染めつつも、何事もなかった風を装っている。
「風の牙よ!」
かまいたちを放ってこちらにとびかかろうとしていたウルフを薙ぎ払う。回復した魔力の3割を今の一撃で消耗していた。
これはまずいと思ったので、アリエルに提案してみた。
「えーっと、僕も参戦しても、いいかなあ?」
いまさらではある。回復に参加しているし、アイテムを渡したりもしていた。
ちなみに、アリエルの答えを待ちながら、アルバートに治癒薬を投げている。
「……わかりました。殿を戦いに参加させるなど臣下の名折れ。ですがそうもいっていられないようです」
「うん、じゃあ、……出でよフェンリル!」
僕の影から真っ黒い毛玉が飛び出してきた。それも二つだ。
「「アルジヨ、ナンナリトメイジラレヨ」」
飛び出してきたのはフェンリルと……ベフィモスだ。
「あ、そうだ。ベフィモスって大地の精霊だよね?」
「サヨウ。……ナルホド、リカイシタ」
子犬サイズのベフィモスがぺしっと地面をたたくと……無尽蔵に吸い上げられていた大地のエーテルがトレントの周辺でせき止められる。
フェンリルの咆哮がゴブリンたちをすくませた。その前肢を一振りすると、黒いエーテルの刃がゴブリンたちを両断する。
ベフィモスの放った岩の礫がトレントの幹を削り、枝葉を吹き飛ばした。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
アルバートのあげた裂帛の気合。ごうっと燃え上がった刃を神速の踏み込みそのままの速度でトレントの幹に叩きつける。
「セリア!」
僕の呼びかけを阿吽の呼吸で理解したセリアが、弓を構える。
アルバートの斬撃にむき出しになったのはトレントが取り込んだダンジョンコア。刹那の機会を逃さずセリアの放った矢はコアに突き立った。
トレントを中心にすさまじいまでの暴風が吹き荒れる。これまで森全体から吸い上げられていたエーテルが解放されているのだ。
しばらくして風は止み、平和な森が戻っていた。
広場はそのままで、その奥にあった大樹の根元にダンジョンに入って行方不明になっていた兵たちが倒れている。
「殿! 皆無事です!」
アリエルの一言に僕も胸をなでおろした。直後セリアの鋭い声が響く。
「曲者!」
セリアが珍しく語尾に「ニャ」をつけずに叫ぶ。
樹の高いところに人影を見たらしい。エーテルを探知したところ、確かに何者かがいたようだ。
「……お疲れさま、マスター」
「あ、ああ。いったい何者だろうね?」
「それなんだけど……ダンジョンに介入された形跡があるの。だけどそんな真似、マスターもできないわよね」
「そう、だね。正体不明の敵がいるってことか」
「ええ、この世界の理から外れた何者かが、いる」
僕はまだ見ぬ敵に思いをはせつつ、アルバートに警戒を解くように伝えるのだった。
仕事が忙しい(;'∀')
起承転結の転、までいったのかなあ?
読んでいただきありがとうございます。
よろしくお願いします。




