古代の魔物
大雨で被災された方にお見舞い申し上げます。
それから、草木に偽装したゴブリンの襲撃を何度となく退けた。疑問はここでも出てくる。なぜゴブリンだけなのか?
森の動物が魔物化して出てくるなんてのはごく当たり前のことで、逆にそれが一切ない方が不自然だ。
「殿、これは……」
「うん、アルバートも気づいた?」
「いや、さすがに俺でもわかります」
剛毅を人型にしたらアルバートになる、くらいに思っていたけど、今回は表情が硬い。
「こう言ってはなんですが、殿がいてくださってよかったと思いますわ……」
ぼやきつつアリエルが風の刃を放つ。
飛んで行ったかまいたちが樹上で弓を構えていたゴブリンを斬り裂く。
「不気味な連中ニャ。まるで感情がないみたいニャ」
セリアの一言がこの違和感を言い表している。
「それだけじゃないよ。例えば……クリムゾン・ニードル!」
僕の呪文で発生した深紅の針は、周囲からエーテルを吸収している樹木に突き刺さった。
「ギュワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
幹の中央にあったうろがまるで人の口のように悲鳴を上げる。
「トレントですって!?」
アリエルが叫ぶと当時に、防御結界を張る。
「アルバート、補助を!」
「わかった! フレイム・ウォール!」
アリエルが展開した風の防御結界に炎のエーテルを流し込む。
逆巻く炎の風が僕らの周囲を包むと、ほぼ同時に周囲からとがった枝や木の葉が降り注いだ。
「うわー、これはひどい」
気づいたのはたまたまだった。倒されたゴブリンがエーテルに還って霧散するとき、周囲の樹がそのエーテルを吸い上げていたのだ。
もちろん全部ではない。ただ、普通の生物が内包するよりも濃密なエーテルを含んでいるのを見て、擬態した魔物だということに気づいた。
ザアアアアアアアアと、驟雨のように降り注ぐ攻撃も、効果がないと判断されたのちは徐々に収まった。
こちらも結界を解くと、周囲はひどいありさまだった。
消し炭になった木の枝がうずたかく降り積もり、焼けた木の葉がくすぶっていた。
そしてこれまで獣道程度の幅しかなかった道が広くなっている。
結界を張る前の光景を鮮明に覚えているわけではないが、明らかにそれまであった木々がない。
「誘っているんでしょうな」
アルバートの表情が引き締まる。ごつい体躯に見合わず、彼は常に柔和な表情を浮かべている。しかし、覚悟を決めた戦士の顔になる時は、命のやり取りをもいとわない。
「俺が先頭を行きます」
すらりと剣を構え、油断のない足取りで踏み出す。行く先は死地だがその歩みに迷いはない。
ほう……とアリエルがため息が漏らす。
「相変わらず見事ですわ。あれほどの戦士はほかにいませんね」
「おっさんはすごいニャ」
セリアもこくこくと頷く。
武勇もさることながら、あの勇敢さがアルバートを戦士としてのトップに置いているゆえんだろう。
単純な戦闘であれば、セリアにも勝ち目はある。いっそ遠距離なら、アリエルが全力で攻撃魔法を連打すれば、アルバートにはなすすべがないかも知れない。
兵の指揮にしても同じだろう。けれどアルバートにとって代わろうとするものは……いなくはないけどすぐに引っ込む。
彼に接したものはすぐにあれほどの器を見たことがないとか、戦士長にはアルバート殿しかいないとか賞賛する。もちろんいろんな人がいるし、口にする意図もそれぞれなんだろう。それでも、アルバートの人柄は本物でそれが僕にはうれしい。
僕に対する名声なんてものがあるとするならば、それはかなりの比率をアルバートの主君だってことなんだろうとすら思う。
アルバートに言わせれば、部下の功績はすべて主君の功績であるとかまじめ腐っていいそうだけど。
あの背中について行けば負けない。そうゆるぎない何かを感じるのは僕だけじゃないんだろう。
道は不思議なほど静かだった。魔物は出てこないし、これまであった木々のざわめきすらない。
いっそ不自然だった。これまでかすかにあったはずのゴブリンたちの気配すらない。
それでもアルバートは気を緩めずに無造作に、細心の注意を払って足を踏み出す。道の向こうには開けていた。下生えの草すら生えていない、むき出しの土が見えている。
そして広場の中央に一本の木が生えていた。たわわに実った果実を枝からぶら下げ、まるで誘うかのように枝葉が揺れている。
「ここまであからさまだと……なんですなあ」
「なによ?」
「うむ、ツッコミどころと言えばいいのか?」
「……なるほどね」
アリエルは集中を高めている。開けた地形なので、弓を取り出した。レギンが開発した魔法使い用の試作品で、握り手の部分に魔法発動体となる宝石を組み込んである。これは呪文の発動と、魔力を変換して矢にすることができる。
強い風が吹いた。地面を突き破って若木が生えている。明らかに異常な光景だ。さらに広場の外延部からゴブリンたちが群れをなして襲ってくる。
「うにゃにゃにゃにゃあああああ!」
セリアが素晴らしいまでの手際で矢継ぎ早に放つ。10ほどのゴブリンが眉間を射抜かれごとりと倒れた。
ふと視線を感じ、そちらに目をやると最初に中央にあった木の幹に顔が浮かび上がっている。それはすさまじい形相で怨嗟を発していた。
「ギュオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ふと気が付いて周囲のエーテルを探る。このダンジョンに入ってからの違和感の原因はこれだった。
「なんてことだ……」
ダンジョンにはコアと呼ばれる要がある。一体のトレントがそのコアを取り込みそのすべてに根を伸ばした。
すなわち、トレントがダンジョンであり、ダンジョンすべてにつながっているのだ。
ゴブリンが草木をまとっているんじゃない。ヤドリギのように寄生され、支配されているのだ。
「もしかして……エンシェント・トレント!?」
アリエルが驚きの声をあげる。
古木に負のエーテルがたまり、いつしか魔物となった存在。そして偶然にもダンジョンコアを取り込み、ダンジョンそのものとなった。
いつの間にか歩いてきた道は閉ざされ、広場外縁部の草木はざわめいている。
こいつを倒さなければ出られない、それだけはわかった。
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