森のダンジョン
森がダンジョン化するのは特に珍しい話じゃない。すでにいくつか攻略されてるのもある。ただ、魔物は普通ダンジョンの中で発生はするが、ダンジョンに支配されているわけじゃない。
ダンジョンのボスに従っている場合もあるけど、今回の奴は何かが違う。
なんだか嫌な予感がしていた。
「殿ぉ!?」
アルバートがいつものようにツッコミを入れてくる。
「いや、殿が出られるほどの相手じゃ……」
アリエルもじとっとこちらを見ている。
「旦那はニャーが守るニャ。だから大丈夫ニャ!」
空気読んでないのもいた。ケイオスがふ―っとため息をついている。
「いや、なんかおかしいんだよ」
「どういうことです?」
「違和感としか言いようがないけど、なんかおかしい」
ぐぬぬとアルバートがうなる。どうも僕を置いていきたいらしい。
「ま、そもそもトップがそう軽々しく動くもんじゃないわよね」
「そう、そうなのだチコ殿!」
「けどね、クロノがそうと決めたなら、あんたらは従うのが仕事、じゃない?」
「チコ……」
「それにね、伊達にマスターやってるんじゃないわ。エーテルの感知力についてはたぶん世界一よ」
「え? そうなの?」
僕のとぼけたセリフにアルバートがこける。アリエルはやれやれといった表情を浮かべつつもうなずいていた。え、まじ?
「殿、同じものが見えているかはわかりかねますが、まず大前提として一つとして同じダンジョンはありません」
「うん、そうだね。だから毎回経験則が生きるかは何とも言えない。そのうえで、だ」
「そのうえで?」
「今回は違和感が大きい。それが何かまでは今のところ分からないけど、放っておいたら大変なことになる気がするんだ」
僕がきっぱりと言い切ると、アルバートもうなずいた。
「承知しました。殿の御身、俺がきっちりと守り抜きましょう」
「ニャーのセリフを取るニャ!」
「及ばずながらわたくしも、ですね」
留守居はレギンに任せた。連れてきたメンツの中では最高位だ。そのうえで兵の指揮にはケイオスをつける。
「うぇ!? 俺にですか!?」
「うん、レギンに適切な助言をお願いしたいんだ」
「おう、坊主。頼んだぜ。ワシは兵の指揮と言われてもよくわからんからな」
がははははと笑うレギンにケイオスはげんなりした表情を見せる。
「……承知しました。最善を尽くします」
「おう、難しいことはいい。責任はワシがとる!」
レギンは工房長の職責にある。彼のもとで開発された技術は都市全体の生産を底上げする。
そしてその成果は彼独りでは成しえないものだ。
それが彼のこうした言動に現れている。部下が率先して働けるように言葉をかけるのだ。
僕も見習わなくてはならないね。
「ありがとうございます!」
ケイオスの言葉にレギンはニッと笑った。
戦士に20人ほどの兵を率いてもらい、僕らが入る入口を固めてもらうことにした。
「後方支援は頼むよ」
「はっ! お任せください!」
セリアを先頭にダンジョンに踏み込んだ。最後尾はアルバートだ。森ということで普段の大剣ではなく、長剣に持ち替えている。
左腕には小さなバックラーをつけていた。
セリアも速射性に優れる短弓を手にしている。アリエルは左手にワンドを持っていた。
「……旦那。旦那のカンは当たってるニャ。この森、おかしいニャ」
「うん、なんだろう。エーテルの感じ方が変だ」
僕らを遠巻きにして数体のゴブリンがいることはわかる。ただ、普通なら何体とすぐにわかるのが、ぼやけていてよくわからない。
エーテルの認識を阻害されているのかというとそういうわけじゃない。
森全体に濃密なエーテルが漂っていて、それで輪郭がぼやけている、そう思っていた。
風切り音が聞こえたと思ったら、周囲からすさまじい勢いで投石を受けた。シーマやアリエルが反撃している。矢に貫かれゴブリンが断末魔を上げる。アリエルの風の刃に両断されたゴブリンが木の上から落ちてくる。
投石の勢いは若干弱まった。それでもかなりの数が飛んでくる。
「風よ! 逆巻け!」
僕を中心としてつむじ風を起こし、飛んできた石を弾き飛ばす。
「グゲエエエエエエ!?」
弾き飛ばした石はうまくゴブリンに当たってくれたようだ。
投石の効果がないと判断した連中は、早々に逃げて行った。
「うわあ……」
アリエルが顔をしかめる。石を弾き飛ばすときに遠心力で加速したからなあ。当たったゴブリンはほぼ粉砕された状態になっていた。
ただ、さすがダンジョン。ゴブリンたちの死体は即座にエーテルに分解され霧散する。
漂う血の臭いも、すぐに気にならないようになった。
「殿、やはりおかしいです。ゴブリンどもの統制が取れすぎている」
普通操られているにしても、もう少し本能に従った部分がある。それに、仲間を殺されたとなれば、頭に血を登らせて突撃してくるのもいるはずだ。
「んー、そうなんだよね。それとさ、奴らはみんな木の葉のミノみたいなの着てるよね」
「防具のつもりなのでは? 先ほどの戦いでも矢を防ぐ効果があったようですし」
「そうなんだよね」
「わたくしも一つ。奴らのまとう草木ですが……枯れていないのです」
「ん? どういうこと?」
「草木は生き物です。その枝から、根から切り離されれば死にます。なのに彼らがまとう、そうですね、衣服としましょうか。は、青々としています」
「……なるほど。少し見えてきた気がするよ」
などと話をしていると、頭上からゴブリンが降ってきた。
シーマのメイン武器は弓だ。そしてそれ以外の武器を持ち合わせていない。
「まずい、シーマ!」
「はいニャー」
いつもののほほんとした口調で答えると、目の前に落ちてきたゴブリンの顔面に、手に持っていた矢を突き込んだ。
弓を足元に落とすと、周囲にいたゴブリンたちをその足で薙ぎ払った。
「ふっ!」
弾き飛ばされた一体に対して踏み込むと、左掌打を叩き込む。
「にゃにゃにゃにゃにゃああああああ!!」
連続して繰り出される攻撃に、彼女を取り囲むように落下してきたゴブリンは叩き伏せられ、エーテルへと還る。
「むう、おかしいニャ」
シーマの感知能力は視覚だけではなく、聴覚、エーテルにも及ぶ。そんな彼女に奇襲をかけることはほぼ不可能に近い。
様々な疑念が渦巻いていく。ここまでに起きた様々な出来事が、僕に一つの可能性を指し示していた。
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