新人戦士の一日
怒涛の連続更新(なお書き溜め0
兵士たちの寝泊まりする宿舎は内城の門をくぐってすぐの場所にある。ちなみにガルニアは増改築が繰り返され、もっとも初期のころにあった城壁の外にもう一重の城壁が築かれていた。
先日の鉱山開放によって生産力が上がり、志願兵の応募が相次いで兵舎も増築された。
そんな新築の兵舎の一室で大あくびをしている少女がいる。
「ふにゃあああああああああ」
つい先日、戦士として登用されたセリアだ。
勝手に親衛隊を自称した兵たちを集め、クロノの命でブートキャンプに参加したが、彼女が引き連れてきた10名の兵は見事な成績でキャンプを卒業した。
戦士は指揮官だ。10名のうち6名が戦士見習いとして、より上位の教育を受けるため彼女の下を離れた。
残りの4名が彼女の指揮下にあり、今は交代で彼女の主君であるクロノの私室付近の詰め所にいる。
「おはよー」
「おはよニャ、チコ殿」
「マスターから伝言よ。今日は遠征訓練の視察だって」
「承知ニャ」
「じゃ、よろしくねー」
チコの姿を手を振って見送ると、軍から支給された軽鎧に着替える。
腰にこれも支給されたナイフを装着し、籠手、脛あて、ブーツを身に着け、最後に愛用の弓を手に取った。
「うにゅ!」
軽く引き弦の張りを確かめる。数回ひいて戻してを繰り返し、納得の表情で弓を背負った。
「おはようございます!」
ブートキャンプで教官役の戦士を手玉に取ってから、セリアを軽く見る者はいなくなった。
つまり軍の中でもアルバートに次ぐ武力があると認められていたのだ。
「おはよニャ」
ぺこりと会釈する。その気さくな性格も軍人としては置いといて、一人の人間として親しまれていた。
セリアがその名を知らしめたのは、鉱山開放記念として行われたイベントでその弓の妙技を見せつけたときだった。
それまでは弓使いとしてはアリエルが最も有名だったが、その腕の上を行って見せたのだ。
「ま、負けたわ……」
遠当ての試技で、練兵場の弓術練習場では勝負がつかなかった。しまいにはクロノの提案で城壁の上から射ることになり、それでも引き分けた。
最後は城壁の上の矢倉から同時に同じ的を射る。セリアの矢は中心を射抜き、アリエルの矢はわずかに逸れていた。
それでもどちらも凄まじいまでの遠矢の妙技を見せつけられ、見物の観衆は大いに沸いた。
初対面でお互い取っ組み合いをしたとは思えない気安さで握手をしている姿に、クロノがほっと胸をなでおろしたのは、チコだけが知っていた。
「おはよーにゃー」
にぱっと笑顔でクロノの執務室に入るセリア。
そこにはアルバートとアリエルがクロノの机の上に地図を広げ、行軍経路について検討を重ねていた。
セリアは一介の戦士であり、指揮官としての才覚には乏しい。
だから副官としてセリアが参加していたパーティのリーダーだった槍使いのケイオスが任命されていた。
鉱山のダンジョンで的確な指揮を行い、最深部までの踏破を成し遂げたことを評価されてのことである。
「ケイオス、難しいことは任せたニャ」
「あー、はいはい。任せとけよ。お前さんはいざって時に働けばいいんだ」
軽い口調だが、ケイオスの判断力は的確で、アルバートからも認められている。
もともとケイオスはアルバートにあこがれていたこともあり、その指導を受けられる今の立場に夢ではないかとほほをつねる毎日だそうだ。
「出撃!」
アルバートの号令に従い兵が行進を始める。
ブートキャンプを終えた新兵たちだが、行軍の歩調はそろっていて練度の高さをうかがわせた。
行軍訓練と銘打っているが、実戦を想定している。
経由予定の地点は野営を行うのに向いた地形で、同時に魔物の被害が出ている土地でもあった。
都市から離れた場所で暮らす者も相当数いる。定期的に兵を巡回させているが、なかなか被害は減らせない。
特にこれから回る場所は大規模な魔物の群れが発見されている場所だったりするわけだ。
冒険者上がりの兵で、目端の利くものは地名を聞いてぴんと来ている者もいる。そういったものは休憩のたびの装備の点検に余念がなかった。
逆に気を抜いている者は武器を手元に置き、ブーツを脱いで座り込んでいる。
本来なら指揮官が油断するなと活を入れるのだが、今回の訓練ではそういう指摘はなかった。
「報告! 前方に魔物の小集団が見受けられるも脅威度は低いとみられます」
ケイオスが報告を聞き、立場上の上官であるセリアに伝える。セリアはそのままアルバートのところに赴き、報告を上げる。
「ニャーが蹴散らしてきますかニャ?」
「それには及ばん。何かあったときにセリア殿には戦ってもらうが、今回は新兵どもの実践訓練が主だ」
「いざって時腰抜かしてるのがいたら蹴っ飛ばせばいいニャ?」
「わはははははは、さすがだ。そのように頼む」
アルバートは豪快に笑ってセリアを激励する。
「任せろニャ!」
セリアもニヤリと笑みを浮かべた。
そんな光景を見てクロノがうなずいている。
「殿?」
「ああ、ケイオスさん」
「ケイオス、と。俺は貴方の部下なので」
「ああ、ごめん。まだ慣れないよねえ」
ふんわりとした笑みを浮かべる少年にケイオスは戸惑いを隠しきれなかった。
それこそ不意打ちで槍を突き出せば、一撃で心臓を貫けそうだ。しかしアルバートが言うには、彼自身はおろかアリエル、レギン、セリアが加わってもクロノには一筋の傷をつけることも適わないだろうということだ。
「セリアってね、立場もあって小さいころから友達がいなかったんだって。それに天才的な弓の腕でしょ。近寄りがたかったんだろうねえ」
「……たしかに、そうですね」
「だからさ。仲間として受け入れてくれたケイオスの言葉がうれしかったんだと思うよ」
「俺自身、獣人族の社会から弾かれた身です。この見た目のせいでね」
ケイオスは目深に帽子をかぶって隠していたが、白銀の髪に三角の耳、そしてふさふさの尻尾があった。
「妖狐族かい? それこそおとぎ話の世界だよね」
「ええ、そもそも俺の尻尾は一本だけです。伝説の妖狐は9本の尾を操り、全属性の魔法を使ったとかなんとか」
「まあ、そういうのは良い。僕は気にしない。僕が望むのは……」
「ええ、セリアの相棒としてその役目を果たしますよ」
「うん、それでいいよ。ありがとう」
「いや、それはおれのせrぶぎゃ!」
ケイオスのセリフは途中で遮られ、彼の背中にガッツリとしがみつく姿があった。
「ケイオス! 新兵どもが前方の魔物の集団と接敵するニャ。ニャーたちはその援護に行くのニャ!」
「ぶはっ! 普通に声をかけろって!」
「ふふん、いつもいつもニャーの気配に気づくから脅かしたかったのニャ」
二人は仲良くケンカしながらセリア隊の先頭に立って歩き始めた。同じ樹から作られた弓と槍を手に。
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