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ビルマ・パーキンの章1~変化の始まり~

ビルマ パーキンの章1〜変化の始まり〜


ジョアンナの診察室を飛び出したパーキンは、スタッフと共にゴードンの元へと急いだ。

その間も先程のジョアンナの変化の事や、ゴードンの身に何が起きたのかとパーキンの頭の中を様々な考えがよぎりつづける。

パーキンがゴードンの病室につくと、白衣の面々に囲まれ、ベッドの上で口元を布で押さえている白髪の老人が目に飛び込んできた。


ゴードン・ガルシア…73歳・男性。

現在1日1、5gのアメロテーゼ01を摂取しており、試験体の中でも一番摂取量の多い患者だ。


口元を押さえた布は赤い鮮血色で染まり、ベッドにもいたる所に血の染みができていた…。


急いで駆け寄って話しかけるパーキン。

しかし、ゴードンはうまく口が回らないのか、フガフガというだけで言葉にはならない…。


「一体なにが…?ジョン、ゴードンさんのこの出血はいつから?」


近くでゴードンに寄り添っていた助手のジョンに声をかけた。この患者をメインで担当しているのは助手のジョンだった。


「そ、そ、それが、この出血が始まったのは今朝方のようで…それ以外は…な、な、なにも……」


オロオロとジョンが答える。


「とにかくすぐに輸血の準備を開始しろ…!!急げ!!それからガーゼと……」


……と言いかけたところで、ベッドのマットレスにのしかかったパーキンの手の平に何かが刺さった!


ーーーっ!!!?


鋭い痛みに思わず手を引っ込める。


みれば血がベットリとついた小さな塊が手の平に刺さるようにくっついている…。

硬いなにかのカケラのようだが……。


パーキンはゴードンの血に染まったベットの端や窪みなどにサッと目をやる。

よくよく見てみると、同じ血の塊のような物が4個ほど落ちていた…。


全部拾い上げ、その形をまじまじとみてから不意にパーキンは思い当たった。

もしかして…これは……。


急いで病室の洗面所に行き、その塊についた血を綺麗に洗い流した。

するとセラミック製と思われる白い塊と金属のコネクト部分が現れた。


やはりそうか…!!!


急いでゴードンの元に戻ると、口元を押さえているゴードンにパーキンはこう声をかけた。


「ゴードンさん、今から問いかける事にYESなら首を縦に振って下さい。NOなら首を横に…。いいですね?」


ゴードンが頷く。


「では、ゴードンさん、まず多量の出血が見受けられますが、痛み自体は有りますか?」


ゴードンが首を横にふる…。


なるほど…ジョアンナと同じように、痛みは特に感じてはいないようだ…。

これはアメロテーゼ01の特徴…なのか…?。


「では、次にこれは出血の原因を特定するための重要な質問です。」


「ゴードンさん、貴方はかつて過去に歯を何本か"インプラント"しましたか?」


その質問に医師たち一同がざわめく。


ゴードンは首を縦に振った。

そして口元を押さえていた布から片手を離すと、その手で「5」という数字を示した。


そうかっ!!やっぱり………!!!


「おい!ゴードンさんに水で口をすすいでもらい、口内検査だ!!」


「私の予想通りならば、ゴードンさんに新しい歯が生えてきたと考えられる!」


「この出血は、新たな歯がインプラントを押し出したために起きた出血かもしれん!」


その言葉に医師たちは一瞬止まった。

しかしそこはプロ。

次の瞬間には驚きながらも一斉に準備を開始する。


口をすすぐための水と受け皿がすぐに用意され、パーキンにはペンライトが手渡された。すすぎ終わったゴードンの口内をパーキンが素早く調べる。

そして…。




…パーキンの予想はまたもや的中していた。


信じがたいことだが73歳の口の中に、新しく小さな白い歯が生えてきているのをパーキンは確認した…。

そして、出血はもう止まっていた。


この出血は、歯の再生に伴い、新しい歯が過去に埋め込まれたインプラントを打ち抜く際の一時的な出血だったと思われる…。

なんにしても原因がわかり、パーキンを含めた医師・研究員一同がホッと安堵のため息をついた。


しかし、骨の再変形に歯の再生とは…。


正直、パーキンにとってすべてが想定外の事ばかりだ。自分がそうなのだから、他の研究者たちもさぞかし驚いた事だろう。


永久歯の抜け終わったあとから歯が再生するなど誰が想像する?…同様に一度変形した骨が元に戻っていくなど…。


"アメロテーゼ01"は"若返りの薬"…と自分達で言っておきながらも、実のところ「若返り」は「甦り」でもあるという事に思考が結びついてはいなかった。



甦り…か…………恐ろしいな…。



パーキンは改めてアメロテーゼ01がどういう薬なのかを再認識したのだった…。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その日、アメロテーゼ01がジョアンナとゴードンに作用した事を受け、緊急会議が開かれた。

アメロテーゼ01の研究関係者が一同に顔を揃えて、前に大きく照らし出された映像を見ていた。


「こちらをご覧ください」


エバンの声が会議室の奥まで響く。


「こちらが今日、右手首の変形が認められた試験体、ジョアンナ・アンダーソンさんから採取した"アメロテ"です。そしてこちらは、入院初日に採取したジョアンナさんの"アメロテ"です。」


「一見すると変化はわからないのですが、しかし、この二枚の画像を重ね、数千倍に拡大してみると……」


研究者達が立ち上がり、ざわめく。


「そうです、ほんの少しですが、ジョアンナ・アンダーソンさんの"アメロテ"が伸びていることが分かります」


「同様に、こちらがゴードン・ガルシアさんの"アメロテ"です。」


「ご覧のようにゴードンさんの"アメロテ"には明らかな"伸び"が確認されています」


「この検査結果から言える事は、細胞の再生の司令をだす"アメロテ"に対して、我々の生み出した"アメロテーゼ01"が有効に作用していると言えるでしょう」


「アメロテーゼ01が司令塔"アメロテ"の食事となり、食べた"アメロテ"は徐々にその機能を回復。そしてついに"アメロテ"が人体に対して"再生"を行なうように指令をだし始めた…というわけです」


「この事実は我々が研究している医療分野において、新しい可能性の扉を開いたといえるでしょう」


「私たちは人類において史上初の"人間の再生"に成功したのです!我々は素晴らしい結果をだしたのですっ!!」


その高揚したエバンの力強い言葉に、皆一斉に立ち上がり、拍手が湧き上がった。


肩を叩き合う者もいる。


前に立っている「パーキン」「エバン」「ジョン」にも力強い拍手が捧げらた。


「ありがとうございます!皆さん、ありがとう!!」…とエバン。


「あ、あ、ありがとうございます!!」…とジョン。


2人は深く頭を下げる。

会場は一層拍手で盛り上がる…。


「さ、パーキン先生ももっと前へ…!!」


そう2人に促されパーキンも前に進みでて、拍手喝采の研究者たちに手を挙げ、皆に会釈をするのだった…。


ーーーーーーーーーーーー


会議後。


「……ふぅ。やれやれ…」


パーキンはどっと椅子に倒れ込んだ。


パーキンはあのような場は得意ではなかった。


逆にエバンはああいうのがお得意だ…。

すごいものだな…。


しかし、エバンのいう通り、確かに"再生"という意味では、アメロテーゼ01は想像以上のモノを示した。

だがその再生の過程においてパーキンには気になっている事があった。


それがエバンやジョンのように手放しで喜んでいられない理由でもあった。


それは、ジョアンナもゴードンも、骨にしろ歯にしろ、再生をする際に"痛み"をほとんど感じていないということだ。


つまりアメロテーゼ01というご飯を食べ、それにより"復活をしたアメロテ"が人間の組織や細胞に"再生の指示"を出した場合、"その際の再生には痛みを伴わない"…というわけだ。


……。


………。


………気になる。


そんな事があるのだろうか?


確かに人間は爪が生えてくるとき、痛みは特に感じないし、髪の毛や皮膚の新陳代謝の際も特に痛みは伴わない。古いものが剥がれおち、新しいものへと入れ替わる。


そう考えれば、"痛みを伴わない人体再生"があってもおかしくはないことなのかもしれないが…。


でも、ジョアンナはリュウマチという病気で骨があらぬ方向へ変形していく際には酷い痛みに苦しんだという。

でも今回の変形では元に戻るとはいえ、骨がまた変形をしていくわけだから、痛みを感じてもおかしくはないはずなのに全く痛みを感じてない…。


ゴードンもそうだ。あれだの出血があったにも関わらず、痛みを感じなかったという…。


パーキンはその事がなんとなく腑に落ちなかった…。


パーキンは椅子から立ち上がると窓際へと行き、そこから外を眺めた。外はすっかり暗闇色で黒い海が広がっている。その黒い海を見つめながら、パーキンは今日の出来事を思い返し、考えを巡らす…。


しかし、それを遮ったのは時間外のヘリの接近音だった。ヘリが近づくにつれてパーキンの部屋の窓ガラスが小刻みにビリビリと震える。


「……ハァ」

「…来たか」


パーキンはため息をついた。


こんな時間外にコチラへ来る事が許されるヘリは「あの人」の乗っているヘリ位しかいない。


まぁ、今日の報告を受ければ、「あの人」が駆けつけて来るであろう事はわかってはいたが…。


パーキンは窓ガラスから離れると、鏡の前にいき、1度は脱いだ白衣を再び着てネクタイ締め直した。いつ呼び出しがかかってもいいよう、身支度を整える。


案の定、「あの人」からの呼び出しがかかったのは、それから15分後の事だった。


ーーーーーーーーーーーーー


パーキンが「あの人」=「所長」に呼び出され、所長室に行くと、そこには"ネイクス・アルファー所長"と助手のエバンの姿があった。


「パーキン博士、夜遅くに呼び出してすまないね。いや、ご無沙汰ぶりだね」


座っていたネイクス所長が重厚なディスクを挟んで立ち上がり、こちらをみる。


「お世話になっています、ネイクス所長。お見えになると思っていましたので大丈夫ですよ。」


パーキンが丁寧に頭を下げ、挨拶を返す。


ネイクスのディスクの上にはノートパソコンが開いており、なにかの映像を見ていたようだった。


「ああ、これは先程の会議の様子の録画だ。ヘリの中でも会議の様子は拝見させてもらったが、パーキン博士、アメロテーゼ01は素晴らしい成果を出し始めたようだね?リュウマチで曲がってしまった骨が再矯正され、失われた歯が70過ぎて再生されるなど前代未聞のことだ。実に素晴らしい!!よくやってくれた!!」


そう言うと、ネイクスはディスクの前からでてきて、力強くパーキンの手を握った。


「ありがとうございます。ネイクス所長。それもこれもネイクス所長がアメロテーゼ01の研究のためだけにこの研究施設を作り、必要な設備の全てをご提供下さったおかげです。本当に感謝しています。」


そう言い、パーキンも力強く手を握り返しながら、ネイクスの機嫌を損ねない言葉を並べた。


「ハハハ。君はいつも謙虚だね。そんな謙虚なところ、私も見習えればいいのだがね。もう遅いだろうが…。」


………。

…………。

…………気持ちが悪い


…いつからだろう、この男と話していると、気持ちが悪く感じるようになったのは…。


自分の研究に全面的支援をしてくれているというのに失礼な話なのだが、パーキンはこの男がどうしても苦手だった。


最初はそうではなかったのだが、付き合うほどに、なにかがこう…この男はズレている…。そんな感じを受けて、深入りを避けるようになった…。


当の本人はパーキンがそんな風に感じている事など、気付いてはいないだろうが…。


「いやしかし、あの〈サイエンス・ネイチャー誌〉での君の特集記事を読んだ時の興奮は今でも忘れられないよ。研究の内容はとても興味深くて、それはそれはワクワクしたもんだ!!」


「私はね、君の研究がもたらす素晴らしい未来の可能性が楽しみで仕方がないのだよ。その為なら私の全財産を賭しても構わない。君の研究論文にはそれだけの魅力があったからね。だからこれからも必要なものがあれば、遠慮なく言ってくれたまえ」


「…ありがとうございます」


パーキンは目を合わせず深々と頭を下げる。


「ところで、今、エバン助手にも話をしていた事なのだがね、アメロテーゼ01の採取率をもっとあげるために、地下の水槽施設をもう少し広げようと思っているのだがどうだろう?」



「え!?」


「ちょ、ちょっとまって下さい!それはどういう…!?そ、それはつまり、アメロテーゼ01の産出個体である"アメロニア"の培養水槽を増やすという事ですかっ!?」


「ああ、そうだ。…あ、いや、アメロニアの培養水槽だけではだめだな。…アメロニアからのアメロテーゼ01の採取量が増える事を見越して、必要部位を採取して冷凍までを一気に行なう「加工保管庫」も隣接して増改築したほうが良いだろう。


そうすればアメロテーゼ01は今よりも安定して確保ができるし、供給もできるようになるからな」


「………………………!!」


パーキンは突然の事に言葉を失った。

パーキンの表情がみるみる曇る。そして…


「ネイクス所長、お言葉ですが、今の状況でもアメロテーゼ01は必要量を供給出来ています。無理にアメロニアの培養水槽を増やさなくても、今後の研究には支障はないかとっ…!!」


しかしそんなパーキンをネイクスは手で制すると話を続けた。


「パーキン博士、アメロテーゼ01は非常に素晴らしい物質だ。しかしその素晴らしい物質も一匹のアメロニアから採取出来る量は極々少量だ。そうだろう?

アメロテーゼ01がこうして成果をあげ、人体への作用が認められた事で、今後、試験体へのアメロテーゼ01の投与量が増えていく可能性は十分にある。

成果を上げたモノは先の事を見据え、"量産体制"を整えておくことは大事なことだとは思わないかね?」


「量…産……体…制………!!??」



パーキンにはトドメの一言だった…。


アメロニアは、もともとアメロテーゼ01を採取するためだけにパーキンの研究チームが創りだした生物だ。


アメロテーゼ01はアメロニアの体内の"肝臓"からしか採取できない。


しかもそれは極々少量…。


だから、アメロニアを沢山養殖培養したい…という気持ちはわかる。


だが、アメロニアがアメロテーゼ01を採取出来るまで成長すると、脚を除けばほぼ完璧な"あの造形"になる。


このネイクスという男は、そのアメロニアの"あの造形"をみても、それを「量産せよ」…と躊躇せず言いきった。この男にとって、アメロニアは完全な"家畜"なのだという事をパーキンは思い知った。


…恐ろしい。


前々から、この男はなにかがおかしい…と思っていたが、今日ほどこの男を気味悪く感じた事はなかった…。


人としてのなにかがこの男は欠落している…。


気の強い助手のエバンですら、アメロニアの殺生には立ち会わず、いつも控え室で待っているというのに…。


実際、この会話を側で聞いている助手のエバンも堅い表情でうつ向いている…。そう、それが「アメロニアの造形」を知っている人間の場合の普通な反応だ。


実のところ、パーキンはこのアメロニアの殺生問題が試験体への投薬実験開始をためらっていた要因の1つでもあった。


投薬実験の開始をすれば、継続的に「アメロニアを育てては殺す」を単純に繰り返す事になる。それがどうしてもパーキンの倫理に反し、投薬実験の開始をためらっていたのだ。


パーキンの心がますますアメロニア殺生への罪悪感で深く深く沈んでいく…。


アメロテーゼ01の研究の第一人者がなにを言っている?…と言われればそれまでだが、アメロテーゼ01をより生産できる生物を求めて掛け合わせを進めた結果、アメロテーゼ01産出個体が"あの様な造形"に行き着くなど、研究を進めてみて初めてわかった事であり、想定外の"形"だった…。


しかし、自分が生み出してしまったものはもう無かった事には出来ない…。


こうなった以上、もう後戻りは出来ないのだ…。


「…わかりました。お任せいたします」


パーキンは暗い瞳で頷いた……。



…こうして、1ヶ月後、研究所地下三階は大幅に拡張されたのだった。


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