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~ジョアンナの章1〜終わりの始まり~

ジョアンナの章1~終わりの始まり~


●決断●


ジョアンナはシワシワになった年老いた手の親指で

その書類に血判を押した。


それを見た息子は、堪え切れなくなったのか「…うっ、ううう・・・・!」

と声を漏らして車椅子に座った私の体をぎゅっと抱きしめて涙を流した。


いい息子だ…。


声を殺ししゃくり上げる息子の背中をなでながら

素直にそう思った。


でも…でも…




”これで私はやっと自由だ…”




それがジョアンナには何よりも嬉しかった…。


それだけジョアンナはもう疲れていた。


この"痛みを背負いながら死を待つだけ"の日々に…。



「…では、これで契約は完了になります。ジョアンナさん、難しいご決断をありがとう御座いました。貴女の勇気あるご決断は、今後の医療の発展に大きく貢献する決断です。我々は貴女の命をかけたご決断を決して無駄には致しません。お約束いたします…。」


きちんとしたスーツに身を包んだ男性はその書類を手に取り、そう言うと深々と頭を下げた。


その言葉にジョアンナは首を縦にふり、頷いて見せる。


「…それでは、こちらが今回の契約の締結金になります」


そういうと、男は椅子の脇からタブレットを取り出し、何やら操作をしたのち、

ジョアンナと息子にその画面をみせた。


100万ドル…。


間違いなく、ジョアンナの息子の口座に製薬会社「マークアルファー」より締結金が振り込まれていた…。


それをみた息子は、殊更私を強く抱きしめ、より一層大きな声で叫ぶように泣き崩れた…。

その声は廊下まで響いていた……。


ーーーーーーーーーーーー


私は今日、介護施設を介して製薬会社「マークアルファー」の申し入れを受け入れた。

息子は激しく反対したけれど、私はもう疲れていた。

だから息子を無理矢理説得して、今日その契約を交わした。


これが私の人生で最期のワガママになるだろう。


それだけ、病の身でありながら寿命を延ばそうとするだけのこの日々・環境が嫌だった…。


私はもう70歳。


生きる事に希望を抱ける年齢ではもうないのだ…。

生かされているから生きている…ただそれだけ。


それもリュウマチの痛みと癌の痛みに耐えながら…。


骨が変形していくときの痛みは本当に辛い。

この痛みはリュウウマチという病気になった人にしかわからない…。


その上、癌の再発…。


息子の生きていて欲しいと思う気持ちはとっても嬉しい。

しかし、痛みに耐えながら身体は徐々に弱り、やがて死に至るであろう…それがこの私がこの先迎える未来なのだ。


なんと虚しい未来だろう…。


朝が来て目が覚めるたびに深く沈むこの気持ち…。

今日も目が覚めてしまった…。

私の人生はまた終わらなかった…。

…ということは、今日もまた1日この痛みと戦わなければならない…。


もううんざりだった。


“死んでしまいたい…”


それがジョアンナの本音だった。


しかし、聖書的には”自殺”を良しとはしていない…。

ジョアンナは熱心な聖書信仰者だった。


でも、こんな何の役に立たない存在であるにもかかわらず、愛する息子に負担をかけ、尚且つ、痛みに耐えながら死を待つだけ日々にどんな希望を持てと言うのだろう?


そう思う自分がいる…。


そんな風に思っていた時だったからこそ、製薬会社「マークアルファー」の話を受けた時、久しぶりに私の心はひそかに色めきだった。



「病気の貴女だからこそ、その残りの人生を将来の医療の発展のために生かしてみませんか?」


「もちろん、その命を賭けたご協力のお礼として高額の謝礼をご家族にお支払いいたします。」



この私が未来の役に立てる…?

ただの穀潰しで死んでいくしかない役立たずだと思っていたのに…?

しかも、愛する息子にもお金も遺してやれる…!?


息子の会社がうまくいっていないのは知っていた…。


ジョアンナにとって、そんな状況下であっても介護費用や医療費を出し続ける息子を愛おしく思いながらも、ひどく心苦しく、今の穀潰しの自分を強く呪う要因の1つでもあった。


愛しい私の大事な大事な息子…。

だからこそ、この子の未来だけは明るく幸せなものであってほしい!


そのために、この私が最期に息子にしてあげられる事…。



ジョアンナは今日の締結書と契約書の控えを眺めながら、心から安堵し満足していた…。


「製薬会社マークアルファー治験体・受諾契約書」


簡単にいえば、開発された新薬を貴女の体で試させて頂きます…という契約書だ。


そう…私はこれから命尽きるまでの日々を製薬会社の実験体として生き、社会に貢献していくのだ。新薬の投与が原因で例え早く死んだとしてもそれはそれでいい…。この毎日のリュウマチの痛みと癌の痛みから早く解放されるだけのこと。

すべて自分の望んでいる結果だ。


ジョアンナはテーブルの書類から、病室の窓際に視線をうつした。


古びた夫の写真が目に入る。


「あなた…やっとあなたの元への行くための切符を手に入れたわ」

「あとどれくらいで、あなたに会えるのかしらねぇ…」


そうつぶやいたジョアンナの心はただただ静かで穏やかだった…。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


●マークアルファー・シー●


契約より数日後、ジョアンナはモロス島にある製薬会社の研究施設マークアルファー・シーへと移住することになった。


陸路を2時間。

海路を3時間。


自分で決めた事とはいえ、出発前の涙に暮れる息子との別れで気持ちが沈んでいた…。


しかしそんなジョアンナの心を広大な海と空、そしてカモメ達は優しく癒やしてくれた。


ーー海を見るのは何年ぶりかしら?


首にかけた夫と息子の写真が入ったソケットペンダントをそっと握りしめる…。


海の孤島に建設された研究施設・マークアルファー・シーまでの道のりは長く遠かったが、大きな船で海を移動する際、丸窓から見える海の景色はジョアンナの心を存分に楽しませてくれたのだった。



ジョアンナを乗せた大きな船は予定通り、3時間ほどでモロス島の研究施設へと到着した。

高い岩壁が囲うようにそびえ立っている島だが、唯一白い砂浜がひらけている場所があり、

そこが船の停泊所になっていた。


停泊所からは鉄の板の渡しがかけられており、そこを渡りきると、高く上に伸びた分厚い金属の門が立ちはだかった。壁に設置されたパネルに付き添いの女性がカードをかざし、なにやら打ち込む。するとピピ…という電子音と共に「ガチャン」という重々しい音がして金属の門扉が開いた。


…と同時に電灯が一斉に灯り、足元のベルトコンベアーが動き出した。そのベルトコンベアーのスラロープは高台にある研究施設まで続いているようだった。

ただスラロープは金属のシャッターで四方を囲まれているので、外の景色が見えず、ジョアンナとしては閉鎖的であまり心地いいものではなかった。

付き添いの女性に車椅子を押され、ベルトコンベアーのスラロープで高台へと登ってゆく。

高台に到着すると、正面の鉄の扉がゆっくり開き、途端、暗い空間に一気に眩しい光が差し込んできた。


『ーーーうっ』


ジョアンナは反射的に目を強く閉じたのち、ゆっくり瞼をあげた。


『ーーあら…まあ…これは素敵…!!』


一瞬、ジョアンナは自分はリゾートホテルに来たのかと思った。

入口にはヤシの木が植えられ、その先にはレンガ調の石畳み。

ヨーロッパの町並みを思わせるガス燈が立ち並び、大きな噴水に綺麗な水が流れる水路。洗練されたデザインベンチにガーデンチェア、そして色々なお店やカフェまで軒を連ねていた…。


『……これは……1つの街…ね…。』


よくよく見れば確かにこの庭園も高い岩壁で囲まれてはいるのだが、全くもってその"閉鎖感"を感じさせないほど、うまく背の高い植木を植え、美しく広大な開放感を演出していた。


そしてこの庭…?…にも驚いたが何よりジョアンナの度肝を抜いたのは、その先にある製薬会社の研究施設の建物の規模だった。


大きい…

とてつもなく大きくて白い建物…


それが初めて「マークアルファー・シーの研究施設」を目にした時のジョアンナの感想だった。


縦にも横にもあまりにも大きいため、ここからではその建物の全貌を把握することは困難であるほどだ。

その建物は一部階層がガラス張りで出来ているため、建物の中を行き来する人間をみることができたが、建物があまりに大きすぎるせいか中にいる人間がまるで小さな人形のようにも見える…。



…さすが全米ナンバーワンの製薬シェアを誇る大大企業【マークアルファー】…。

この企業の凄まじさをジョアンナは肌身で感じた。


この建物は「マークアルファー社」の物であるには違いないが、一際目を惹く金色の建物のエンブレムには「マークアルファー・シー」としっかりと刻まれていた。


【製薬会社マークアルファー・シー新薬研究開発所】


この「マークアルファー・シー」は「マークアルファー社」の中でも、特に巨額の費用を費やし、海に囲まれた島1つを買い上げて2年前に建設された製薬開発施設なのだという…。


海に囲まれた島を1つ買い上げるなんて、普通に生きているジョアンナには全くもって考えた事もないことだが、まぁ、薬を作ったりするのに何かしら水や海水が大量に必要なのだろう。産業地帯は工業地帯はだいたい水辺の近くにあるものだ。


…と、そんなことを考えていると、突如サイレンが鳴り響き、ジョアンナはビックリした!


「これより、第1ヘリポート・第2ヘリポート・中央ヘリポートより、機体が飛び立ちます。ご注意下さい。繰り返しますーーーーー」


サイレンと共に、島全体にアナウンスが流れる。


すると、ゴオンゴオン…という音と共に、ヘリコプターの回転音が辺りに響き始め、近くの木々がバサバサと激しく葉を揺らし始めたかと思うと、かなりの速度でジョアンナの頭上を三機のヘリがあっという間に駆け抜けていった。


マークアルファー・シーではヘリも常駐しているとのこと。

なにもかもがジョアンナの想像を遥かに越えていた。


さて、いよいよマークアルファー・シーの中に入ると、入口はダブルドアになっていた。

入場の際のセキュリティ認証システムについての説明を施設の女性より受けたが、正直よくわからなかった。

ただ、もうこれでジョアンナはマークアルファー・シーに顔認証で入場ができるようになったらしい。


ダブルドアを抜け、マークアルファー・シーの中に入る。


ドアの開いた先は、まるで巨大なショッピングモールかテーマパークのようだった…。

円形の吹き抜けの中央一階は自然…いや巨大な公園が広がっており、岩で組み作られたであろう立派な滝が水飛沫をあげていた。

一体何階まであるのだろう…。とにかく天井が高くてよくわからない。

とりあえずわかるのは、一階は室内公園、二階は飲食店・生活雑貨店・服飾店・本・フィットネスなどのありとあらゆる施設が円形に沿って取り囲んでいる様子だった。


そしてそこを行き交う人々は徒歩で歩く人はもちろんのこと、なにやら変な機械に乗って移動している人もいた。物珍しい乗り物に目を奪われていると、付き添いの看護婦が説明してくれた。


「あれは、ゴーウェイという乗り物です。」

「この研究所はとても広いので、あれに乗って移動をする方もいるんです」


「この建物は、主に4つの基層に分かれていて、一階・二階が娯楽・兼・生活必需品の提供スペース。三階が一般医療とその患者様の宿泊スペース。四階が研究員や職員の宿泊スペース。そして地下は全て研究施設で構成されてます。」


「患者様もふくめ、研究員、医療従事者、機器設備管理士、エネルギー供給システムのエンジニア等、この島の運営に必要な人達全てここで生活しておりますので、ここには生活に必要なありとあらゆる物・店舗・施設があるんです。」


「また、患者様の中には、外出を規制されている方もいらっしゃるため、そのような方でも解放的な気持ちでいられるよう、中央には自然公園が備え付けてあります。」


「あ、上の階、下の階への往来にはあちらの幅広エスカレーターを使い、ジョアンナさんが今乗ってらっしゃる電動車椅子でもゴーウェイでも直接エスカレーターに乗ってご自由に移動して頂けます。」


ジョアンナはそこまで黙って話を聞いていたが、ふと…。


「…あの、すみません。あの…公園の中央にある上まで伸びた大きな太い円柱の柱はなあに?」


巨大な円形公園に、これまた巨大な主柱ともいえるパイプラインのようなものが地下から天井まで延びている。


「ああ、あれはこのマークアルファー・シー最大の業務用巨大エレベーターになります。主に機械や備品の搬入に使う巨大エレベーターであり、あの先は中央ヘリポートに繋がっているんです。同様に、この建物に連結している左右の建物は、主にここの電力エネルギーや飲み水などの浄化・循環を担っている施設なのですが、そちらにも業務用エレベーターが備え付けられていて、西側ヘリポートと東側ヘリポートと繋がっているんですよ。」


そういえば、ここに来るときにヘリが3機飛び立っていった…。

なるほど…。なんとなくだが、今の話でこの施設の大まかな造りがわかったような気がした。

今、ジョアンナのいるこの円形の建物を中心に、同じような円形の建物が西側と東側に1つずつ連結している…というわけだ。

こんな大きな円形の建物が3つも連結…。

そりゃ一目じゃ全貌が見えないわけだ。


頷くジョアンナに付き添いの女性は頃合いかと思ったのか…


「では、これからジョアンナさんがこれから生活して頂くお部屋にご案内致します。」


そう言うと、ジョアンナの車椅子を押してエスカレーターに乗り、三階の患者専用宿泊施設へと案内してくれた。


そして数時間後、ジョアンナは1人、自室のベットの上からなんとも不思議な気持ちで海を眺めつつ身体を横たえていた…。


「死に場所にしては優雅すぎるわね…。」

…とポツリと呟く…。


人体実験を行なう研究施設だというから、もっと鉄格子に囲まれた閉鎖的で暗く冷たい空間を想像していたのだけれども…。

ここはまるでイメージとは違っていた。


ジョアンナはもう一度自分にあてがわれた部屋を見回す。

個室である事はもちろん、バス・トイレ・洗濯機・キッチン・テレビ・クローゼット・ドレッサー・パソコン…つまり、全ての物が備え付けられている上、リゾートの客室を思わせるオシャレな照明に開放的な大きな窓と広いバルコニー。


眼下には、真っ白な砂浜とはいかないが、切り立った岩壁の向こうに青い空とキラキラと光る海が広がっている…。


「まさにリゾート…ね」


そう呟く。


そんなマークアルファー・シーのリゾート感満載の研究施設だが、唯一研究施設らしいところが1つだけあった。

それはバルコニー全体に備え付けられている白い鉄格子の囲い。


一見、白の塗装な上、デザインも凄くオシャレなのでインテリアの一部なようにもみえるが、これは患者が飛び降りたりしないようにするための抑止の鉄格子なのだろう。バルコニー全体が余すとこ無くこの白い格子で囲まれている。


これだけは、どうにも隠せなかったのね…。


それでも、これだけの豪華な宿泊施設だ。

あてがわれて不快に思う患者や文句をいうような患者はいないだろう…。


ベットの枕元にはもちろん、至るところにナースコール用のブザーが設置されている。

なにかあれば24時間体制で対応してくれる上、明日からはジョアンナの身の周りの世話をしてくれる女性が側につき、ジョアンナの生活をサポートしてくれるのだそう。


ジョアンナはゆっくりと目を閉じる…。


目を閉じると海の音だけが耳を覆う。


その海の音に身をまかせ聞き入っていたジョアンナはいつの間にか深い深い眠りへと落ちて、マークアルファー・シーでの第1日目を終えたのであった…。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


トントン…。


助手のエバンはパーキン博士の部屋の戸を叩いた。

少し間を置いてから…


「…だれかね?」


はっきりした声が聞こえた。起きていたらしい…。


「パーキン博士、助手のエバンとジョンです」


さらに少し間があって奥から声がする。


「…入りたまえ」


戸を開けると、パソコンのモニターからパーキン博士が顔を上げてこちらを見た。

側にはコーヒーが置かれている。

何か仕事でもしていたのだろう…。


「どうかしたのかね?」


博士が腕を組んで静かに椅子に座り直す。


「パ…パーキン博士、今日、最後の試験体である<ジョアンナ・アンダーソンさん>が

ご到着いたしました。こ…これでアメロテーゼ01の試験体である、よ…4人全員が揃いました」


パーキンのもう1人の助手であるジョンが内容を伝える。


「…そうか」


しばしの沈黙…。


「…そ…それでパーキン博士、どうなさいますか…?」…とジョンが尋ねる。


助手のジョンは言葉をどもるのが癖だった。


「うむ…、………。」


しばしの間があいた。


「………パ、パーキン博士?」とジョン。


そこへ…


「………パーキン博士。やはりまだ、あなたは迷われているのですか?人を用いたアメロテーゼ01の投薬実験を行なう事を…」


痺れをきらしたように、もう1人の助手のエバンが言った。


『………………』


しかし、その問いに博士は答えない。


「…や、やはりそうなのですか!?パーキン博士!?」


そう取り乱すジョンを押し退け、エバンは博士に詰め寄る。


「あのアメロテーゼ01は完全ではないものの人間のアメロテの配列に合わせて作り上げたものです。他の動物で実験してもなんの意味がありません。人の身体に入って初めてその真価が現れるものです。それは博士が一番よくご存知のはず…!!」


「そ、そ、そうですよ!今、ここで実験をストップしてしまえば、こ、これ以上、博士の研究は前には進みません!

成功すれば、病気で苦しむ人の未来を大きく変え、し、死の概念すら覆る可能性もあるんですから…!」とジョンも必死に訴える。


「………わかっている」


「ではっ……」


「しかし君達も知っているだろう、遺伝子に関わる実験がどれだけ危険かを?」



「そ、そ…それは…」


ぐっと黙り込む助手の2人


重い空気が沈黙と共に漂う。



「遺伝子情報は1つ掛け違いを起こすだけで、1つの身体に頭が2つある人間が生まれてきたりする繊細なものだ…。そしてあのアメロテーゼ01はその繊細な遺伝子に作用する物質だ。それがまだ"完全なシロモノでない"以上、成功すればいいが失敗した場合、試験体の4人がどんな状態に陥るかはわからない、極めて危険が伴う実験なのだよ…」


「……それは、試験体の命に関わるということですか?」


「………………」


「…お言葉ですが、パーキン博士。あの4人の試験体の方は”死をも含めての試験体”として、マークアルファー・シーが買い取ったものです」


「ちょっ…ちょちょっとエバン!気持ちはわかるけど、ほら、も…ものには言い方ってものが…っ」


「ジョンは黙って!!」


「…うっ!…ぅぅ」


「パーキン博士、あなたが聖書の熱心な信者である事は知っています。そして、神の創造された"命"というものを何よりも大事に思っていらっしゃることも。私はそんなあなたを心から尊敬しています」


「でも、あなたがこの研究を第3段階である人体実験へとコマを進めなければ、あの4人の試験体は皆、一年以内に患者自身が現在患っている病気によって亡くなる事は間違いない4人なのです!」


「…………エバンくん、何が言いたいのかね」


「あなたがコマを第3段階にすすめ、アメロテーゼ01を投与し、アメロテの「再生能力」を引き出せたのならば…彼らは死なずに済むかもしれない…という事です」


「………………」


「パーキン博士、あなたは命を再燃させられるかもしれない物質と可能性を手にしておきながら、それを幾ばくかの未来しかない患者に施さないのですか?それは神が創造された"命"を尊ぶというあなたの思想に反するのではないのですか?」


「……………」


「………」


「……」





少し長い沈黙だった。

ふーーっと息を吐き出すと、パーキン博士はこう言った。


「………わかった。研究を次の段階へと進めよう…」


「………パーキン博士!!」

「……よ…良かったぁー!!良かったね、エバン!!」


エバンとジョンの顔がホッとゆるむ。


「5日後だ。5日後から試験体4人に対してのアメロテーゼ01の投薬実験を開始する。ネイクス所長には私から話をしておく。エバンとジョン、君たちは投薬実験に向けての準備を進めてくれたまえ。試験体の健康状況の数値的な把握、そして投薬用のアメロテーゼ01の採取だ。」


「わ…わかりました!」


「宜しく頼む…」


「はい!」



エバンとジョンは威勢のいい返事と共に、一礼するとパーキンの部屋を出ていった。


再び静まり返るパーキンの部屋…。


パーキンは深い深呼吸を一つついてから、神の言葉に思いをめぐらす。


私のこの選択は「神」からみたらどう映っているのだろうか…?


エバンの言う通り、神の創造された命を大事にすることはとても素晴らしいことだと思う。

しかし、その命を永らえさせるためならば、神が最初にご創造なさった人間の基礎構造に我々が勝手に手を加え、何をどうしてもいいというのだろうか…?


遺伝子はとても繊細だ。

私の作ったアメロテーゼ01が完全な人間のアメロテと一致していない以上、人間としての遺伝子の歯車を狂わせる可能性は十分にある…。


歯車が狂った時、もたらされる負荷は人間にどのような影響を与えるのか?


たとえ死を回避し命は繋がったとしても、その負荷が人としての「致命的な崩壊」を招いたとしたら?


人間としての土砂崩れを起こしたら…?


土砂崩れを起こした場合のその人間の行く末は…?


人として死ぬよりも恐ろしい未来を招くことになったら…?


この研究で命は取り止めたとしても、

人間の命が人間じゃないものの命になってしまったとしたら…?


私はそれが…。

それがとても怖いのだ…。


しかし、一方でエバンの言う事も分かる。


私もエバンも沢山の人の命を救う未来をみているからこそ、ここまで来たのだ。

未来を変えるためには少なからず犠牲がつきものだということも研究者ならよく分かる…。


たしかに彼らは、もう今の医学技術では手の施しようのない患者ばかりだ。このままアメロテーゼ01の投与を見送れば、恐らく一年以内に亡くなる可能性が高いだろう…。


だが…。とはいえ……。


……いや、もうよそう。

これはどちらが正解であり、どちらが正義だなどと言える問題ではない。


この研究を始めたのは”私”である以上、エバンやジョンにはない"責任"が自分にはあるのだ…。


だから、そう…。

自分は…人体実験を行なうと決めたと同時に覚悟も決めた。


もしこの実験を進めたがために何かあった時は…その責任を自分の命でもって償うと……。


これがアメロテーゼ01に手を出そうとしているパーキンが、唯一神に許しを乞うために差し出せるモノだった…。



そして、5日後。

予定通り、ジョアンナを含めた試験体4人への投薬実験が開始された。


※※※挿絵はブログにて順次公開中※※※

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