最初の蒸気弾(出勤に関する発射命令)
美味し国、淡路島。美しい海、美しい山、そして美しい人。それは昔の話だと言う人がいるが、少なくとも彼は今もそう信じている。たとえ島のどこかから飛んできた蒸気弾が、彼の体を粉々に吹き飛ばしたとしても。彼は砕け散り、そして足が残った。
四家 頸一は足下に残った哀れな彼の一部(正確には右足)を駅のホームに蹴り飛ばした。スコーンという快音と共に向かいのホームの駅員と目が合う。駅員は満足そうに笑った。
ヂ リ リ リ リ リ リ リ リ リ リ リ リ リ リ リ リ リ。
淡路島の対岸にて、一人の少女が父親の腕を片手に疾駆していた。息は絶え絶え、足は棒のよう。後ろからはゾンビの大群。
タッタッタッ……
最近のゾンビは呻かない。ただひたすら真剣に追いかけてくる。彼女にとっては、それの方が余程怖い。相手との距離が分からないからだ。
荒廃したビルの間、人の気配もない。靴は破れ、足からは血。死ぬ。今度こそ本気で死ぬ。ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。
ダッダッダッ……
顔にポスターが前から張り付いてくる。「共産軍を叩き出せ!」。振り払う気力もない。
ダダダッ……
もうダメ。
その時だ。ポスターが自然に顔から取れ、目の前に影が現れた。装甲車だ。やった。やった。いける。いける。もうすこし。危機を知らせようとするも、声すら出ない。気付いて。
装甲車の上部砲塔がこちらを向いた。よし!
ダダダッ!!
人間、死ぬ気でいると反応が早い。警告無しに飛んできた銃弾から、さっと伏せることができた。ゾンビ三体はたちまち顔、胴体、足をそれぞれ失った。あとは無様に倒れて呻くのみ。
ハァハァという息と共に血の味が喉を襲うが、彼女は生きた心地に感謝した。ついこの間まで死にたいと思っていたのに、いざ来られると全力疾走するのだから、不思議なものだ。
「怪我ないか。民間人」
命の恩人たる装甲車の乗組員と思しき人が、上部ハッチから顔を出した。やたらにデカいサングラスにやたらに多い勲章。やたらにややこしい三つ編み。女の人だ。
「ありがとう……ありがとう……助かりました……」
彼女は何度もお辞儀をした。だが向こうは興味なし、とばかりにさっと顔を背けると、耳をつんざく大声で命じた。
「よし!発車ぁ!!」
バン!と装甲車の側面を叩く。すぐに木炭車特有の、やかましいエンジン音が響き渡った。
「待って!置いてかないで!!お願い!乗せて下さい!!ここに居たら死んじゃう!」
件の女将校はチラっとこちらを横目で睨み、いかにも感じの悪いため息をついた。あのハァーーーーッという、こちらにわざと聞かせてくるタイプの嫌なやつ。
「アホか。自分でどうにかしろ」
駄目そうだが、場合によっちゃしがみついてでも乗るつもりだ。そうでないと死ぬ。たとえ殺されても、ここで射殺された方がマシだ。
「お願いします!私に出来ることなら何でも!!」
「……特技は?」
「……、、、戦前の文字が読めます……」
「私も読める。他には?」
「えっと、え……えっ!……あ!その、え、あっ、あ、その、車の運転ができます!」
「私も出来る」
「待って!あ、あ!そうだ!これ!これあげます!!」
昔の私なら死んでも渡しやしないだろう。が、家宝のネックレスを差し出す位の価値はある局面だ。
「………………」
受け取った将校はネックレスをまじまじと見る。心なしか、指で遊ぶようにして触るので、少し不機嫌になりかけるが、そんな身分ではないことは分かっているのでやめた。
青の巨大なレリジウム鉱石がはめられたネックレス。これだけで10年は町一つのエネルギーをまかなえる。鉱石にはうっすらと「神聖にして不可侵の王トラル三世、愛すべき娘にして王女、そして王位継承者たる皇太子ニナに与える。2345年12月8日」と彫られている。
「………………………………」
イケるか?
「よし!分からん!、ケイイチ!!」
「はい!」
中から現れたるは、戦前のスーツに中折れ帽、そんでもって丸眼鏡という妙に古風な男。ニヤニヤした薄ら笑いは詐欺師そのもの。目のクマは見たことない程、紫になっている。
「これ、どう思う?」
「少し失礼」
そう言うと男はネックレスを取り、メガネ越しにまじまじと見つめた。さっきまでの薄ら笑いは消え、真剣な眼差しというやつ。
「閣下、ちょっと」
そう言うと、男(ケイイチとか言った)は将校を振り向かせ、何やらヒソヒソ話し始めた。
「……閣下、こいつぁレリジウムですよ!労働英雄勲章も待った無しの、とんでもない貴重品です!」
「お!どうする、拷問でもして、もっと在処を聞き出すか」
「いや、ここを見て下さい。トラル三世とあるでしょう。ほらあの、例の」
「……まさか。あいつ、ユウが撃ち漏らしたガキか。」
ケイイチの顔がパッと輝いた。
「これぞ正しく、偉大な太陽のお導き!革命の勝利です!」
将校の顔も輝いた。希望に満ち溢れた瞳。
「……と、いうことは?」
二人同時で……
「「さっさと撃ち殺して埋めちゃおう!!」」
……話が終わったのか、将校が銃を持って振り返った。ケイイチとか言うのが話し始める。
「失礼。先程、ここら一帯では極めて公正且つ実に革命的な議決によって、人民の意志が明らかになりました」
「…………なに?」
「即ち、本人民法廷は被告……貴女の名前、ニナで合ってます?」
「うん。ニナ・ユーリ」
「ありがとう。……えー、被告ニナ・ユーリを人民法廷は反革命並びに人民軍に対する破壊工作、その他サボタージュ、反革命勢力との結託を目論んだ容疑で、銃殺刑とする。被告の所持品は正当な人民資産として、本法廷により没収される。以上、刑は即時執行」
「……えっ!?」
女将校は真顔で銃を向けた。
「よし、最期に言い残すことは?」
なーる、殺されるのか。下手に宝石なんか出すんじゃなかったな。大方、殺して他のも漁った方が良い、とでも思われたんだろう。でも、それならもっと情報を聞き出してからでも良いのに。
「……私に言わせれば、うちの国に攻め込んだ奴らは卑怯だ」
本当に卑怯な奴らだった。ハッキリ覚えてる。平和で豊か……でも無いが、まぁ何とかやっていた小さな私たちの国、ハリ王国。ここから北西にある集落だ。主な産業はレリジウムの加工。そこは一昨日、一瞬で木っ端微塵になった。ニナの父親で、そこの長をやっていた男も、一緒に仲良く粉微塵。本当に卑劣だ。ハリ一帯では戦いの時は必ず、事前に相手に通告せねばならないのに。
詳細は知らない。砲弾跡が無数にあるので、攻撃されたことは確かだ。私が遠くに住む叔母の見舞いに国を出る時、すれ違いに古めかしいスーツの男が入っていくのを見た。そして数日で帰ったら、もうそこに国は無く、あるのは家々の破片と人間の破片のみ。そこで拾ったのが、父親の右手。家宝の指輪が着いてるので、すぐ分かった。
泣きながら父の腕を拾うと、指輪から赤い光線が突如現れ、東の方向を指した。ニナは驚いたが、行くあても無い彼女はとりあえず、その光線に従って歩くことにしたのだった。
東に行けば行くほど危険なのは重々承知の上だ。しばらくすると、光線が荒廃したビルの中を指す。薄気味悪い。恐らく、ゾンビもいるだろう。しかし、彼女に失うものなどない。
抜き足差し足で入ると、光線はロビーの机にあるネックレス、先程のレリジウムのネックレスを照らした。彼女は不思議そうにそれを手に取った。ネックレスの周りに紙が巻き付けてあった。
「危急の際に使用せよ」
するとパッ!と青い光が部屋を満たした。そして、光に連れられたのか、奥からゾンビが湧いて出てきた。あとは冒頭の通り。
「……それだけか?」
「うん」
特に言うことも無い。装甲車相手にだだっ広い交差点で逃げ切れるとも、思えない。別段楽しい人生、という訳でも無かったし、何なら今ニナが一部を手にしてる父親だって、別に好きでもなかった。どちらかと言うと嫌いに入る。心残りがあるとすれば、母親と兄弟の形見を見つけられなかったことか。
「よし。脳髄狙ってやるから、一瞬で済む。目をつぶって、我慢してろ」
「いいよ、別に。見てるから」
王女は死から目を背けるな……というのは母親に言われた事だ。
カチャ
……………………
…………こわい
……………いやだ!死にたくない!!
パァン!
死んだ……。ほんとに痛くない……。
…………ん?……んん?
かっこつけといて、撃たれる時は目をつぶっていた様だ。こっそり目を開ける。
そこには、額から青い血を流した将校がいた。隣には目を丸くして驚愕する、ケイイチとか言うメガネ男。
周りを見る。青い眩い光が私を包んでいた。父親の指輪と、メガネ男の持つネックレスが互いに光線を出し、反射点で広がって私を囲んでいる。昔、本で見たハムスターの乗るカプセルみたいに。
将校は至近距離から発砲し、このバリアだか何だかに跳弾して額に命中したようだ。随分と運の無いことである。
メガネ男は驚き焦っているが、将校の身の安全は余りどうでもいいようで、淡白に聞いた。
「あー……大丈夫ですか?」
対するサングラス女の顔は青い血に覆われた。こいつ、人間じゃないのか?ニナが訝しむと、女の無愛想な顔が徐々に笑顔になり、眉間の皺が無くなっていく。肩まで血塗れ(あれは血なのか?)になりながら、白い歯を見せてにっこり笑顔。気色悪い。
「……あー。あ、う、が、し、システムエラー……エラーコード8108……8180です……。不具合の際は、エンチャント・コーポレーション、お客様相談室へ、へ、へ、どうぞ。番号は0120……05……22……」
参ったなぁ……と言った風にメガネ男が呟いた。
「はぁ……よりにもよって思考回路の方に当たんなよ……」
男はパチパチ指を鳴らしながら、女の耳元で叫ぶ。
「同志!同志!リセット!リセットして!将校モード!!」
女の頭が小刻みに震える。やがて止まると、サングラスを取って、また話し始めた。結構大きい目してるな。
「はいはーい!ご指名ありがとう!!ユウコだよ!私を呼んでくれたのはだ〜れだ?」
「違う違う!ユウコちゃんの方じゃないって!リン閣下の方!少尉のやつ!!」
「ガ……ピ……ピピ……」
「あっまずい」