バリス=ノスト①
バリス=ノスト 彼の出身はダコタ王国の一般的な平民である。両親は国に雇われた農家で麦を栽培しており、長男であるノトスはよく親の労働力として畑の手伝いをしていた。ノスト家は5人家族であり両親の他に姉と妹がいたが、女性で男性よりも非力ということもあり男であるバリスが積極的に仕事面での支えを行ってきていたのだった。
バリス自身も両親と一緒にいることが居心地が良かったということもあり、将来は両親と同じように国に雇われた農家になるだろうと幼い頃から漠然とした感覚をもっていた。一方でという形ではあるが、普段の生活で周りを見てもただやはり自分の知らないことが周りにはあまりに多い為、知らないことを知ることが出来たらいいなとも思っていた少年であった。
彼の運の良かったところは、ノスト家が管理している畑の隣の畑には妙齢になった元法務執行官が仕事を引退し農家として生計を立てていたことだった。明るく活発だったバリスはたまに元法務執行官であったおじいちゃんの手伝いもすることもあり、世界の伝記や摩訶不思議な話、更に世の中の事や国の歴史まで様々なことを教えてもらっていた。そういった関係の中で法務執行官という役職がこの国、そして国民において法の一部を司る役割があり、法を管理執行することの意味をバリスは教えてもらうことが出来た。
元執行官も彼に法を学ばせ、日々成長していく姿に嬉しさを覚え、バリスに学問を多岐に渡り教えることで彼は成人の一年前、14歳にして見事法務執行官の試験を突破。法務執行官補佐を3年半経験しダコタ王国で30人しか席がない法務執行官の職に就くことが出来たのである。
バリスの背景として、彼自身は法に対し厳格で崇高な精神を持ち合わせているという訳ではなかった。あくまで彼の根本に存在するのは「知らないことを知りたい」という知識欲であり、法務執行官になったきっかけも豊かになり知識人として生活すれば様々な機会を得ることができ、多くを知ることが出来ることが理由だった。それが彼にとって幸せとして感じられる要因であり多くを占めていた。
そんな彼に転機が訪れる。22歳になった彼に大臣の補佐をしないかという打診が舞い込んできたのだ。バリスにとっては寝耳に水の話ではあったが、周りの評価として「仕事熱心」であり「会話をしても多岐に渡る知識の豊富さがある」こと、そして何より評価が高かったのは率先して周りを手伝い、彼自身も明るい人間性であることから、彼の周りの人は一緒に仕事をして楽しいという評価を得られていることだった。法務執行官という職務は平民も多数在籍しているが、大半は貴族である。もちろん貴族間の派閥も存在しており、通常であれば妬みやっかみ、時には策謀が存在することさえある職場なのである。そんな職場で皆からそろって似たような評価を得られている彼の人間性が大臣の目に留まったのが最も大きな理由である。
しかしバリスは仕事がこれ以上忙しくなる事で自身の欲求を満たすことが困難になるのではないかと感じた為、補佐の打診を断るのである。もちろん理由は、平民が断りそうな最もな理由をつけて。
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近くにある牢獄からの突然の声にトマスは驚きの感情が押し寄せてきたが、次第に湧き上がってくる怒りのような感情が自分を襲っていた。
-この野郎、バリスとか言ったか。何を飄々(ひょうひょう)と言ってやがる。こいつの言葉には申し訳なさも後悔も感じない。。。初めてだな。前世の記憶でも今世でも人を心の底から許せないと思ったのは。
牢屋の鉄格子に顔を目一杯近づけ声のした廊下側を見つめる。角度的にバリスのいる牢獄は見えはしないが、トマスは自身が体感している明確な感情をもって声をだした。
「親父に刑を言い渡した法務執行官ってことは俺もどこかで見たことがあるはずだ。言い渡したその場にもいたしな。お前は親父の敵か?親父が何をした。全てを知っているつもりもないが、少なくとも親父は悪党だったとは思えない。刑を言い渡した時、お前は復讐でもして嬉しかったのか?」
返答しだいでは、どんなことをしてでもコイツを殺す。トマスはそう思っていた。
「・・・。復讐でも何でもないな。妹も(・)殺すと脅されてな。まぁ色々あってここにいるということだ。」
‐コイツ!殺す!
トマスは、自分や家族を破滅に追いやった本人の癖に言葉に謝罪も後悔もなかった事に対し、怒りが沸点へと達した。そこにバリスは
「トマス=フローディア、顔は見えなくても雰囲気が伝わるぞ。激怒しているだろう。殺したければ殺してもらって構わない。」
トマスは、怒りを指摘されることで僅かではあるが考えるだけの冷静さを取り戻していた。
そして、過去の記憶が頭をよぎる。
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誠二の父親が、まだ少年である誠二に優しい微笑みをもって話しかけた。
「誠二、人は相手の立場にどれだけ立つことが出来るかで人生は結構大きく変わるもんなんだ。」
「どういうこと?」
「んー、要は相手の気持ちとか心とかを出来るだけ知ろうとする方法だよ。今から話す内容はすごく大事なことだし、毎日少しずつでもいいから訓練していけば皆から好かれる良い未来が待っているから、誠二も是非身につけてほしいかな。何よりこれから先の人生が楽しくなるのさ!」
そう言いながら誠二の父親は両手を広げ、楽しそうに誠二に話を切り出す。
「物事の状況判断を行うにあたって基本的な事をまず3つは最低でもやらないといけないんだ。」
「3つ?」
「そう!最低3つだよ。これは最低限やらなきゃいけないことなんだ。まず一つ「起きている状況を変えてみる」。例えば、お父さんが家の前ですれ違った人に挨拶をしたとしよう。その状況を置き換えるんだ。家の前だけじゃなくて学校でも挨拶するのかとか、気分が落ち込んでいても挨拶するのかとか、とにかく色々な状況を当てはめて考えてみるんだよ。
「ん~!」
誠二は難しい顔をして唸っていた。
「あははは、まだ早かったかな。2つ目はね「立場を変えてみる」んだ。お父さんが誰かと入れ替わっても同じように挨拶するのかとね、よく役職とか変えると分かりやすいんだけど、誠二への説明の場合はどうしようかな。アッ、例えば誠二はいつも遊んでいる友達にオモチャ渡したりしてるでしょ?」
「うん!」
「それって、その友達に楽しんでもらいたいからって気持ちもあるわけじゃん?それを誠二が大人になっても同じ気持ちで同じ行動が出来るのか?って考えたり、誠二がもし、全く知らない人に成り代わっても同じ言動がとれるのか?とか考えたりすることなんだよ。」
「なんかもう分からないよ父さん。」
「ホントに早かったかもしれない。。。まぁ最後に3つめだ。最後は「時系列を変えてみる」んだ。」
「えー、もうホントに分かんないよ!」
「まぁまぁ、最後だし聞いてくれ。例えば、誠二は誰かを叩いたり蹴ったり傷つけたりすることをどう思う。」
「痛いし、怖い。。」
「そうだよね、まとめるとイケないことって分かるよね。でも人の歴史を遡ると、人を傷つけることを是とする瞬間や時代があったりもするんだよ。その時はそれが良いとされていることがあったんだ。」
「怖いよ父さん。」
「大丈夫!昔も昔、大昔のことだからw。そう時系列を変えてみることで今とは全く違う考えがあったりするんだ。そしてそれを自分の新しい視点として吸収していくことが大事なことなんだよ。」
それが、生きていくための平等性だったり人を思う心だったり物の見方や視点の多さを育んでいくんだよ。と父は笑っていた。
‐親父、よくこんな話してたなぁ。分かりかけてきたのは30歳突入してからだったな。あまりにも早すぎる教えだった気もしないでもないが。
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トマスは、過去の記憶に懐かしさを覚えていた。そして先ほど自分の怒りに対し失敗したと反省し、もう少し冷静に落ち着いて考えてみようと決めたのだった。
3日に1度くらいのペースで投稿します。