表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある異常者に花束を  作者: カール・フォン・コーゼル
3/3

大学生 長谷川将吾


 『先輩、明日、会いに行ってもいいですか?』

 「明日?」

 『はい……、あ、やっぱり迷惑ですよね。ごめんなさい』

 「いや、いいよ」

 『ほんとですか?』

 「ああ。明日は講義が昼までなんだ。大学の正門前で待ってな」

 『はい!有難うございます』

 俺は受話器を置き、ベッドに寝転んだ。

 俺は桜園大学工学部の一回生だ。桜園東高校を卒業し、今年入学した。電話の相手は桜園東高校三年の木下明日美だ。俺は高校では科学部に所属していて、明日美は一年下の後輩だ。よく二人で研究をしたりしていた。今はもう部活は引退して受験勉強に突入しているようで、桜園大学が志望らしい。久しぶりに話がしたいと、電話をかけてきたのだ。高校は今夏休みらしい。

 明日美が俺に好意を寄せているらしいことは気付いていた。これまでも何度か食事に誘われ、一緒にランチに行ったりもした。だが俺は彼女と付き合うつもりはなかった。


 少なくとも、生きている明日美と、付き合うつもりはない。


 俺はベッドから起き上がり、机の引き出しを開けた。引き出しの奥から白いロープとガムテープを取り出した。実家の倉庫から持ってきたものだった。それを机の上に置き、俺は玄関から風呂場までの動線を確認した。元々整理整頓は得意な方で、動線を遮るものはなかった。

 「これくらいの準備でいいか」

 独り言を言った。俺が独り言とは珍しい、と他人事のように思った。無意識のうちに気分は高まっているようだ。


 翌日、俺は普段通りに大学へ行った。いつもと同じように、講義室の端で講義を聞いた。だが俺は上の空だった。教授の話など一切頭に入ってこなかった。頭の中でこれから起こることを想像し、胸の高鳴りを抑えることはできなかった。

 最後の講義が終わった。俺はすぐさま講義室を出て、学食で素うどんを食べた。そして正門に向かった。

 正門のところに少女が立っていた。半袖の白のブラウスに、濃紺のスカートで、下ろした髪は肩にかかっていた。少し緊張したような面持ちで、眼鏡を頻繁に拭いていた。

 「木下」

 俺が声を掛けると、明日美は眼鏡をかけ、こちらを向いた。

 「先輩!お久しぶりです!」

 明日美はその幼さの残る顔をほころばせ、満面の笑みで俺に近づいた。小柄なので、俺を見上げる格好となる。

 「久しぶり。元気だったか」

 「はい。先輩は?」

 全く可愛い後輩だ。俺は思わず目を細めた。

 そこから色々話をしながら俺のアパートまで歩いた。明日美は文系で、人文学部を目指しているらしい。

 「うちの人文って、数学いらないの?」

 「それがいるんですよぉ。ほんとに数学ぜんっぜん分からないんです」

 「でも木下、判定はAだったんだろ」

 「はい。英語のお陰みたいなところありますけどね」

 明日美は頭の良い子だ。数学が分からないと言っているが、聞いてみれば偏差値は60ぐらいだという。学校の成績は優秀だし、色々機転の利く少女だ。

 「着いたぜ」

 「ここですか、先輩のアパート」

 「散らかってるけど、まあ上がってくれ」

 俺の部屋は二階だ。外階段を上がり、俺が鍵を開けた。

 「レディーファーストだ。どうぞ」

 そう言って扉を開けてやった。

 「有難うございます」

 明日美は笑ってそう言い、中に入った。俺も続いて入り、明日美に聞こえないように施錠した。

 「先輩」

 靴を脱いだ明日美が、俺に背を向けたまま言った。「今日は先輩にお話ししたいことがあるんです」

 俺はそれには返事をしなかった。俺は靴箱の上に準備しておいたガムテープを手に取った。

 「先輩はもう気づいてるかもしれないけど、私、先輩のこと……」

 明日美はそう言ってこちらを向いた。俺はその口元にガムテープを張り付けた。

 「んん!」

 明日美は目を見開いた。かなり驚いたようだ。俺は右手で明日美の顔をつかみ、壁に明日美を押し付けた。

 「明日美、おとなしくしろよ」

 俺は明日美の耳元に口を近づけてそう言い、明日美の眼鏡を外した。そしてそのまま明日美を風呂場まで連れていった。明日美はずっと何かを言っていたが何を言っているのかは判別がつかなかった。

 風呂場に着くと、俺は明日美を蹴り飛ばした。明日美は風呂場に突っ伏した。即座にそこに置いておいたロープを手に取り、明日美の首にかけた。そして軽く絞めた。明日美は目をさらに見開き、両手で抵抗した。俺は数秒で絞めるのをやめ、明日美のガムテープを剥がしてやった。

 「先輩!どういうつもりですか?」

 明日美は咳き込んで言った。俺は答えず、明日美の顔を覗きこんだ。綺麗な目をしていた。肌はきめ細かく、顔の造形は童顔と言って良かった。小顔で、とても可愛い顔をしていた。

 「じゃあな、明日美」

 俺は再び明日美の首を絞めた。

 「ううっ……」

 明日美は苦悶の表情で苦しんだ。首にかかったロープを取ろうと両手で抵抗し、両足をばたつかせた。俺は絞め続けた。やがて明日美は痙攣を始めた。見開かれた目には血管が浮かび、口からは唾液が垂れていた。そんな明日美の顔が愛しく思えた。

 俺は恍惚とした気分のまま明日美の首を絞め続けた。気づいたときには、明日美はもう死んでいた。涙の浮かんだ目は開いたままで、風呂場の天井を見つめていた。半開きの口からは大量に唾液が垂れ、綺麗な頬を濡らしていた。

 俺は明日美の頭を床に置き、立ち上がった。明日美は失禁していた。抵抗したせいでスカートは大きくはだけ、形の良い太ももが見えていた。尿はスカートを濡らし、風呂場の床に水溜まりを作っていた。これを想定して、風呂場で殺したのだ。

 明日美のそばでしゃがみ、口づけをした。そのまま唾液を吸い、舌を吸った。頬は柔らかく、まだ暖かかった。

 明日美の衣服を脱がした。全裸となった明日美の体をシャワーで洗った。バスタオルで全身を拭き、ドライヤーで髪を乾かした。

 明日美の死体を抱えて、寝室に向かった。ベッドに明日美を横たえ、俺は自分の衣服を脱いだ。そして明日美に覆い被さった。明日美の頭を撫でた。

 「ごめんな、明日美。俺のこと好いてくれてたのに」

 頬を撫でた。

 「もっと生きたかったよな。頭良いから、きっと明日美なら、桜園大も受かっただろうな」

 唇に触れた。まだ柔らかかった。

 「殺しちまってごめんな、明日美。でも許してくれ。俺はただ、お前の死体が欲しかっただけなんだ。明日美に恨みなんか何もないんだ」

 首筋に触れた。脈は当然なかった。

 高校のときを思い出していた。一年前の夏、明日美と二人で物理の研究をした。部室に遅くまで残って、鉄球を転がしていた。明日美が実験し、俺が記録していた。一通り終わると、二人で実験結果を考察した。優秀な明日美のお陰で、研究は成功し、県の発表会に出ることもできた。

 あのとき一緒にいた明日美が、もう今は無惨な死体に成り果てた。俺が殺した。俺が明日美を殺した。そして俺が、明日美の死体を抱くのだ。

 「明日美……」

 俺は行為に及んだ。気づけば俺は放心状態でベッドのそばの床に体育座りしていた。見れば、明日美はさっきと変わらず天井を見つめていた。

 俺は不思議に思った。どうして俺は死体に興奮をしてしまうのだろう。別にそのことで悩んだことはないが、一般に比べ異常だという認識はあった。

 もう一度明日美を見た。俺の歪んだ性癖の犠牲になった少女だ。何度かの射精のせいで、俺の心はいくらか冷めていた。未来ある少女は、俺の歪んだ嗜好のせいで……。

 いや、待て。歪んだ?異常?どうして歪んでいるなんて、異常だなんて言えるんだ。俺は死体にしか惹かれない。別に他の者に強制したいわけでもない。ただ俺は、死体がいい。それだけじゃないか。異常だなどと言われる筋合いはないんじゃないか?

 俺は気づきを得た感覚を感じ、立ち上がった。そうだ。異常なんかじゃない。同性愛だって、一昔前は異常と言われていた。それが今はどうだ。「差別を許さない」「同性愛者に権利を」。死体嗜好者(ネクロフィリア)だって生きていていいじゃないか。

 俺は明日美を見た。この子は俺の、「最初」の犠牲者だ。





     ※


アパートで女性の遺体発見

 20日、桜園市内のアパートの一室で10代の女性の遺体が発見された。県警によると死後2週間程度経過しており、腐敗が始まっていた。部屋の住人の男性は行方不明で、県警が重要参考人として捜査している。

 遺体は部屋の隣人が「腐敗臭がする」と警察に通報したことから発見された。遺体は衣服を身に付けておらず暴行の跡があり、県警は連日市内で発生している連続暴行殺人事件との関連も含め、捜査している。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ