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ある異常者に花束を  作者: カール・フォン・コーゼル
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会社員 桐島大輔


 「それではお先に失礼します」

 私は課長にそう告げると、足早に職場をあとにした。腕時計を確認すると、午後五時ちょうど。昨今の働き方改革のおかげで、以前より定時に帰りやすくなった。

 駅で電車を待つ間に、明日の分の仕事を少しでも終わらせておく。私は食品メーカーの商品開発部門に勤めているのだが、仕事は大好きだ。ただ、それでも定時に会社を出るのには、別の目的があるからだった。

 自宅の最寄り駅の二駅前で下車した。別に健康を意識して歩くわけではない。徒歩三分で、目的の建物に到着した。


『竜宮城』


 私は、目の前にあるこのアパートを密かにそう呼んでいた。私がもし浦島太郎で、亀にここに連れてこられたなら、嬉しさのあまり飛び上がることであろう。

 

     ※


 二階の角部屋が、私が借りている部屋だ。キーを差して回し、室内に入る。玄関を入ったところに一室、その奥襖の向こうに一室というこぢんまりした造りだ。

 入ってすぐの部屋で、私はスーツを脱いだ。そしてかけてあったジャージに着替える。いつものことなのに、高鳴る胸を押さえつつ、私は奥の部屋へ続く襖を開けた。


 姫が二人、静かに眠っている。


 白いシーツの上で、並んで横になっている。


 二人とも、私の大切な作品だ。

 

 一糸纏わず眠る二人の美女は、私の宝石だ。


 今日は手前の姫を愛でることにした。身体の下に手を入れ、抱き起こし、部屋の隅にあるもう一つのベッドに移動させる。

 この姫の名は、島原美波という。今年都立高校に国語教師として新卒採用された23歳の女性だ。出身は滋賀で、京都大学文学部卒業後に上京したらしい。

 三日前に私が仕留め、処理を施し、作品に仕上げた女だ。きめ細かく白い肌と、僅かにカールしたショートヘアーの美しさで決めた。

 特殊な処理を施した美波の死体は、まだ生きているかのようだ。彼女の頭に手を置き、ゆっくりと撫でる。そのまま手を下に移動させ、頬を撫でた。陶器のように冷たいが、同時に陶器のように美しい。

 「一般」の人間は、この光景を気味悪いと感じるかも知れない。だが私が感じるのはただただ、


 愛しさ


だけだ。

 美波の裸体を上から順に愛でてゆく。私の股間はとっくの昔に硬くなっていた。だがそれでもなんとか射精を堪えながら、美波の脚まで撫でていく。大事な作品を自らの精液によって汚したくはなかった。

 脚まで撫で終えると、私は急いでトイレへ向かった。そこで堪えていたものを出し、再び美波のもとへ戻る。今度は口を使って、美波の全身を愛撫する。口の中に舌を入れる。姫の唾液は、甘い味がした。

 二回目の射精を終え、三度目、美波を見下ろす。

 可愛い女だ。生前は勿論のこと、死んでもなお、その魅力を残している。


 あるいは、死んでいた方が、美しい。


 私はベッド脇の棚からカメラをとりだし、美波を撮影した。計10枚撮影し、カメラを元の場所に戻した。


     ※


 美波の死体をシートに包み、スーツケースに押し込んだ。明日、奥多摩へ捨てにいく。

 いくら特殊処理を施しているとは言え、いつまでも放置できるわけではない。腐敗が始まってしまう前に処分しなければならない。勿体ないが、これもいつものこと。毎回、美しい女性を作品にしては、捨てていく。もしかすると、これほど哀しい芸術活動はないかも知れない。

 もう一人の姫に視線を移す。一橋大学卒の25歳OL。明後日の楽しみに置いておこう。

 私はシャワーを浴び、スーツに着替え、部屋を出た。もう外は暗くなっている。電車に乗り、今後こそ自宅へ戻った。


 「おかえりー」

 帰ると、妻が出迎えてくれた。台所からはカレーの香りがした。

 「ただいま」

 私はネクタイをはずし、テーブルに座った。隣では小学生の息子が既に食事を開始していた。

 「じゃ、いただきます」

 私は手を合わせ、スプーンでカレーをすくった。

 妻のことも、息子のことも、愛している。何があっても幸せにするし、何があっても守る。無論、殺すなどは有り得ない。

 自分でも不思議だ。どうして妻のことは作品にしたいと思わないのだろうか。『竜宮城』の姫たち同様、妻のことも愛しているというのに。

 「美味しい」

 ふとそんなことを考えながら、私は妻に笑顔を見せた。

 

     ※


 一週間後の土曜日。

 「じゃあ、行ってくるよ」

 「いってらっしゃい」

 妻に手を振り、私は車に乗り込む。妻には今から友人とゴルフに行くと言ってある。

 だが、私の運転する車はゴルフ場へは向かわない。今日は新たな作品製作をするのだ。下調べは既に完了している。多摩川を越え、川崎市内に入った。

 次の作品となるのは、県立高校二年の真田愛莉という生徒だ。東大理Ⅲ志望の理系で、全国模試では常に十位以内だという。両親は離婚しており、建設会社で経理をしている母親と二人暮らしだ。

 彼女の通学路で車を停めた。下見はもう何度もしている。私は時計を見た。午前七時四十分。そろそろ現れるころだ。

 果たして彼女は現れた。セーラー服に身を包み、歩いて高校のある方角へ向かっている。

 彼女が車の傍を通りすぎた瞬間、私は車外へ出た。そして迷わず後ろから愛莉の口を塞ぐ。周りに人がいないのはいつも通りだ。

 「君を今から誘拐する。大人しくすれば危害は加えない。車に乗ってくれ」

 私に耳元でそう告げられた愛莉は、騒ぐことなく、ゆっくり頷いた。馬鹿な女なら騒ぐだろうが、頭の良い女はこれだから助かる。下手に誘い文句を言うより、こちらのほうが簡単だ。

 彼女の口を塞いだまま、車の後部に乗った。そこで猿轡を嵌め、手と脚をタオルで縛った。その間、愛莉は恐怖するように目を泳がせていたが、やはり騒ぐことはなかった。

 運転席に移り、車を発進させた。多摩川の河川敷まで行き、背丈の高い草の影で車を停めた。

 後部席を振り返った。愛莉はこちらを睨んでいる。

 助手席に置いてある鞄からケースをひとつ取り出した。ケースを開けると、薬剤の入った注射器が入っている。


 私はかつて、仙台市内の中小製薬会社で窓際社員をしていた。そこで私は死体保存の処理法を独自に開発した。普通はできないことだ。だが、私にはできた。私はおそらく天才だ。知り合いのアメリカ人医師と密かに協力して作った薬品は、これ一つで、殺害と死体保存の両方を行える。

 

 私は手を伸ばし、愛莉の胸ぐらを掴んだ。

 「んっ」

 愛莉の顔と私の顔を近づける。近くで見てみると、想像以上に可愛い顔をしている。入念な下調べをした甲斐があるというものだ。

 愛莉と視線を合わせたまま、私は注射器を掴み、彼女の首筋に針を差した。

 「うっ」

 愛莉は目を見開いた。

 私は注射器の中身を愛莉の体内へ送り込んだ。

 愛莉の身体が痙攣し始める。自由の利かない脚をばたつかせる。

 「う、う……」

 猿轡の隙間から呻き声が漏れる。やがて愛莉の瞳は焦点が合わなくなっていき、次第に痙攣も収まってくる。

 一分もしないうちに、愛莉は死んだ。大きく見開かれた瞳は、真っ直ぐ車の天井を見つめている。猿轡を外してやると、口から唾液が垂れた。

 私はティッシュペーパーで愛莉の口元を拭い、それから彼女の死体にシートを被せた。これより『竜宮城』へ向かう。

 来た道を戻った。多摩川が朝日を反射していた。


 『竜宮城』に到着して二時間後、私の新たな作品は完成していた。ベッドに横たわった姫を見下ろし、私は達成感に満ちた吐息を吐いた。女子高生の素材は久しぶりだから、いつもより若干興奮しているようだ。

 真田愛莉の身体は綺麗に引き締まっていた。中学までバレーボールをしていたらしい。余分な脂肪がなく、健康的な肉体だ。女子高生らしく肌の手入れも欠かしていないようだ。ここ半年で一番の出来映えに、私は多いに満足した。

 この姫は、来週一週間かけて楽しもうと思った。一日で終わらせるには勿体ない。

 私は硬度を増していく股間を落ち着けつつ、部屋を出た。夕方まで都内をドライブし、帰宅した。


     ※


 「機嫌いいわね」

 帰ってきた私を見て、妻は言った。

 「ああ」

 私は笑顔になって頷いた。「なかなか調子が良かったよ」

 「それは良かったわね」

 妻は言った。

 私は妻の目の前にワインを掲げた。

 「今晩、どうだい?」

 「いいわねえ」

 私からワインを受け取り、妻は目を細めた。


 誰しもがいくつもの顔を持っている。私も勿論その一人だ。

 食品メーカーの社員。

 良き夫。

 理解のある父親。

 毎朝挨拶を交わす隣人。


 そして、

 美女を作品に変える「芸術家」。


 天才的な技術で、数えきれぬほどの女を作品にしてきた私は、今晩妻とともに、グラスを傾けている。


 


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