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ある異常者に花束を  作者: カール・フォン・コーゼル
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高校生 成田 淳之介


 一階の台所にある冷蔵庫からコーラを一本取り、二階の自室に戻った。ベッドの上には、一人の女性が横たわっている。

 僕は彼女のそばに腰を下ろした。コーラの蓋を開け、一口飲んだ。床にコーラを置いて、冷えた掌を彼女の頬に当てた。


 彼女の身体も、徐々に冷たくなっているらしい。


 頬に掌を当てられた彼女は表情ひとつ動かさず、天井の一点を見つめていた。僕は彼女の瞳を覗き込んだ。生前は輝いて見えた瞳も、今は白濁を始めている。


     ※


 彼女は僕の恋人だった。同じ高校で、同じクラスだった。目立つ存在でもなかったけれど、僕は彼女に惹かれた。

 理由はいくつかある。彼女は学内三位の学力を持っていて、可愛らしい容姿をしていた。ペンを持つ指先は綺麗で、瞳はいつも美しく輝いていた。

 でも、一番強く彼女に惹かれた理由、それは、、、


 『彼女の死んだ姿を見てみたい』


 彼女が微笑しているのを見る度、その思いは積もった。

 こういうのを死体性愛、またはネクロフィリアというらしい。死体に対して、性的な興奮を覚える。僕はまさにそうだ。小学生のとき、親が観ていた刑事ドラマで、若い女性が殺されているのを見て、何とも言えない興奮を感じ、それによって初めて、射精を覚えた。

 何となく、自分が異常だとは分かっていた。死体との性交を望むなんて、生物学的に間違っているに決まっている。

 刑事ドラマで死んでいた女性は勿論物語上死んでいただけで、実際は死んでいない。でも、それでも、僕はその女性の「死」に、美しさと愛しさを感じた。そのドラマの筋なんてもう忘れてしまったけれど、積み重ねた命の結晶が、一瞬のうちに失われるということに、言い知れぬ魅力を感じたのだ。


     ※


 ついに今日、実行してしまった。

 

 彼女に交際を申し込み、付き合うことになった二人。今日は初めて彼女を僕の家に呼んだ。そこで、彼女を殺すことはもう初めから決めていた。


 ただ、最後まで迷ったのは殺害方法だった。血は出したくなかった。絞殺を考えたが、絞殺体は尿などが死体から分泌されると聞いたことがあったのでやめた。僕は、毒殺を選んだ。

 勿論青酸カリとか、そんな上等の毒は持っていないけれど、農薬ならあった。前日のうちに、隣町の祖父の家に行き、農薬を倉庫から盗んできていた。祖父は農作業を既に引退しているから、バレることもないはずだった。

 

 学校終わり、僕と彼女は制服のまま、僕の家に入った。親は二人とも仕事で夜まで帰らない。

 「すごい、綺麗にしてるんだ」

 彼女は目を輝かせ、僕の家に見て回った。僕は彼女を自室に案内した。

 「ちょっとお茶でも持ってくるよ」

 「あ、ごめん、有り難う」

 僕は自室を出、階段を下りた。

 僕の心臓は高鳴っていた。いよいよ、彼女を殺すことができる。彼女の死体を手に入れたらどうしよう。様々に想像しながら、僕は農薬入り麦茶をコップに注いだ。

 彼女の前にコップを出した。彼女は「有り難う」と微笑んだ。それが、彼女の最期の笑顔だった。

 麦茶を口に含んでしばらくは何の反応もなかった。一瞬不安になったが、すぐに、彼女の目が見開かれた。

 「あ、あ……あ、うう、……」

 彼女はその綺麗な目を大きく見開き、喉元に手をやり、口を開閉させ、苦しんだ。床に座っていた彼女はそのまま倒れ込み、脚をばたつかせた。

 僕は苦しむ彼女を、麦茶を飲みながら「鑑賞」した。彼女の呻き声がだんだんと小さくなり、最後の力を振り絞るかのように、右手を僕の方へ伸ばした。


 (どうして)


 声になっていなかったが、彼女の口の動きはそう告げていた。その後すぐに、彼女は絶命した。

 大きく見開かれた目、半開きの口、その口から垂れた唾液、喉元に置かれたままの両手、スカートから伸びた二度と動くことのない脚。すべてが僕の望んでいたことだった。僕は彼女の死体を抱き抱えてベッドに移動させた。


     ※


 彼女の頬は滑らかだった。まだ体温は僅かに残っている。生きていたころと同じくらい、いや、それ以上に、彼女は美しかった。可愛かった。

 彼女の唇に、自分の唇を重ねた。僕のファーストキスの相手は彼女だ。

 いや、違う。僕のファーストキスの相手は、「かつて彼女だった物体(もの)」だ。

 だが、唇を離した僕は、途端に虚無感に襲われた。いざ、本当に彼女を殺してしまうと、何をすればいいのか分からない。彼女のスカートの中に手を入れてみた。何故か、何も感じなかった。

 空っぽの心のまま、僕は彼女の死に顔を見つめた。こうして見ると、やはり本当に可愛い女だと思った。彼女はただ、虚空を見つめている。


 そのとき、玄関ドアの開く音がした。僕は慌てて時計を見た。時刻はまだ午後五時。親が帰ってくるはずがないのに。

 「帰ってるー?」

 だが、下から聞こえたのは母親の声だった。「今日はやく帰らせてもらったのー。ほら、この前残業しちゃったから」

 母親はそう言いながら、僕の部屋に近づいてくるようだ。

 僕は彼女の死体を見た。そして、テーブルに残された農薬入り麦茶を見た。

 「最期に君を殺すことができて、良かった」

 僕は死体に視線を向け、そう小さく呟いた。








     ※


『高校生男女死亡 心中か』

 昨日午後五時ごろ、三鷹市内の戸建て住宅で、若い男女二人の遺体が発見された。調べによると、二人はともに近くの高校の生徒で、現場となった住宅は男子生徒の自宅であった。遺体発見当時、現場の住宅は施錠されていて、また、遺体のそばには農薬の入った麦茶が残されており、警視庁は二人が自殺を図った可能性も視野に、捜査している。

 二人の通う高校の山下文雄校長は「担任からは、二人とも成績優秀で、特に変わったところもなかったと聞いている。学校側に要因がなかったかなど、警察と協力して調査に努めたい」と話した。

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