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38.俺にだってわかるさ

ラストでーす。本日2本目なのでご注意をば。ではどうぞー。

「……決めました。……決めたんですから」


「……そうか」


 アオイがカミヤの【修復同盟レストアラーズ】に行く。


 冒険者を続けていくという前提で客観的に見れば、これほど良いことはないだろう。


 安定して高収入を見込めるし、休日や引退後のサポート、福利厚生などの手厚さ、【修復同盟レストアラーズ】は社会的な信用もある。


 何より、平均的な冒険者と比べて死亡率が極端に少ないというのが一番安心できるポイントだったりする。


 俺とのコンビで冒険者を続けたところで、安定を優先すれば収入は見込めないし、収入を優先すればそれもまた然り。休日は好きに取れるとはいえ、将来のプランは自分たちで賄わなければならない。


 アオイが冒険者としてやっていきたいと思っているのであれば、【修復同盟レストアラーズ】に入ることは正しい判断以外の何物でもない。むしろ、よくぞ決めたと褒めて然るべきものだ。


 もっと個人的な気持ちで話をするなら、アオイが行きたいと言ったのならばしょうがないって所だろう。


 決断した理由はわからないけど、今言ったような条件の良さに惹かれたか、交渉でそれ以上の好条件を出されたのかもしれないし、或いはもっとシンプルに、俺に愛想を尽かしたって説も無いとは言い切れない。


 とにかく、コイツが望んだのなら俺はそれを尊重してやるべきだ。それがアオイのためになるのなら、笑って送り出してやって、いつかコイツが疲れたとき、気を使わずに帰ってこれる場所になってやれたらいい。実際に帰って来なくても良いんだ。帰れる場所があるだけで頑張れることもあるのだから。


 きっとそれが、俺が選ぶべき正しい答えなんだろう。


 アオイの選んだ道を、彼女が望んだ道を、笑って送り出せば良いだけだ。


 それが、俺の知っている俺の正解。これまで選んできたはずの自らを弁えた理知的な選択。




 ――だったはずなのに。



 今の俺の想いは違う。


 それは間違いだと知っている。


 気持ちをぶつけ合うことにビビって、断られて傷付かないように予防線を引いて、そんな思いをするくらいなら初めから近づかなきゃ良いって逃げてただけじゃないだろうか。


 そうやって、餌のない釣り針を垂らしているだけで、自分からは決して釣られてやらない受動的な態度を、来るもの拒まず去るもの追わずって(うそぶ)いて、悲しくないふりをして手放して。


 こんなこと言うのは何だけど、正直な所、そうやって縁がなかったと割り切って、割り切れる相手は割と多いし、むしろ、割り切れない人なんてほぼほぼ居ない。居たためしがない。


 だからこれまではそれで良かったし、これからもそれで良いはずだった。


 前を見ると、ついさっき別れを切り出した時には笑っていたはずのアオイ。普通にしているつもりなんだろうけど、今の俺には、ここまで一緒に過ごした俺だから、本当は泣きそうになってることくらいは見分けがつくんだよ。


 お前は、お前が思っているほど嘘やごまかしが上手くは無いし、むしろ下手くその部類に入ってるし。


 お前のそんな顔、あんまり見たくないんだよ。


 多分、カミヤの所に行った後も一人きりで今と同じような顔をするのだろうし、それをわかってくれる人間が居るとも限らない。


 居たら居たでなんか腹立つしな。


 だから、俺は、アオイの馬鹿な考えとともに、今までの俺をぶった斬らないといけない。


 大切に思えたものを、簡単に手放すつもりはない。




「……アホ言うな。誰が行かせるか」


 さっきとは違い、しっかり腹から声が出た。


「…………え?」


 アオイは俺の言葉に驚いたのか、キョトンとして顔をあげると、今日は元々腫れていた眼がまた赤くなっていた。


 泣き虫め。

 

「そんな顔してたら、俺にだってわかるわ。馬鹿にすんな」


「……えと、……どういう意味です?」


 俺は頭をかいて。


「お前がカミヤの所に行く理由だよ。いや、詳しいことはほとんどわからないけど、そもそもお前は金や名声で動く人間ではないし、真の冒険者になりたいとか、そんなんじゃ無いに決まってるし、何なら生活の安定とか安全性だってそれほど重要じゃない。それほどってのは、……つまりはあれだ。その、……すげぇ率直に言うけど、多分、俺と離れちゃうくらいなら多少危険でも、まぁまぁの貧乏でも、別に構わないと思ってる。……気がしてる」


「…………」


 勘違いだったら俺はかなりヤバイやつだし、別パターンでやっぱり嫌われただけって可能性は全然消えてない。


 ……愛想尽かされたとかならもっとある。


「…………」


 アオイは眼を見開いて俺を見ている。


 もしかして、全く的外れなことを話しただろうか?


 ……なんか自信が揺らいで来たけど、口に出してみると頭がカッとなってきて止まらなくなる。


「本当の所は何も知らねぇよ? ……だけど、お前が何かを抱えてるから。だからこそ俺と離れようとしてるんだろうってことくらいは流石に俺でもわかるって言ってるんだよ。俺がしんどい時には全部話せとか言うくせに、お前がしんどい時だけ隠してんじゃねぇぞって」


「…………」


「お前、前に言ったよな? 何が分けて下さいだっての。俺の荷物だけ背負って一人で喜んでんじゃねぇぞ。……ふざけんな」


「……っ、……ごめん、……なさい」


 しまった。強く言いすぎてしまったのか、アオイは涙を浮かべている。


 なんでこんなに熱くなってしまったよ。


 アオイを泣かせたかったわけじゃないのに。


 だけど、ここまで話した手前、正しい言葉を伝えなきゃいけない。


 流石に目を見ては言えないけど、ちゃんと伝えないといけない。


「……まぁ、アレだ。たまには俺に甘えても良いだろうに」


 そっぽを向いてそう言うと、しばらく経って、小さな震える声が返ってきた。

 

「……でも、だって、イナホさん、もう危険なことなんてしたくないでしょう?」


 確かにそれはある。だけどそれは、俺のためっていうよりはお前のためって方が強い。それも突き詰めれば俺のためではあるんだけど、だからこそ。


「お前を泣かすより三百倍マシじゃ」


「……う」


「嫌そうな顔するな」


「ち、違います。そうじゃなくて、……で、でも、世界を変えないといけないくらい厄介な悩みなんです。本当にちょっと大変なんです」


「関係あるかよ。遠慮なくハンブンコだ。そんで、あんまり手に余るようなら二人で逃げちまえ」


「……きっと逃げられないし、巻き込んじゃうだけなんだもん」


「知らん知らん。お前が一人苦しむくらいなら、いくらでも自分から巻き込まれてやる。それに、逃げられなかったらそん時はそん時だし」


「……でも私、タダスケさんやフキさんみたいに、モンスターになってしまうかもしれないんですよ? そうしたら、イナホさんのこと、あっさり殺しちゃうかもしれない。そんなの絶対嫌です!」


「……なにそれ。それってマジで言ってるの? ……でもまぁ、それが本当だとして、その時が来たとして、それに、本当にどうしようもなかったらって話なんだけど、お前を他の誰かに殺させるつもりなんて耳クソ程も無い。どうにかお前が痛くないように、出来るだけ辛くないように、ほんの少しも悲しくないように、俺が、必ずお前を殺してやる」


 俺がそう言うと、アオイの瞳から涙が溢れて、ボロボロと零れて、子供みたいな顔で泣き始め、いよいよ両手で顔抑えた。


「……うぅぅ。……うぐっ。……ずずっ。…………うえ~~ん」


 あ、やべえ。


 こんなに泣くとは思わなかった。ペラペラと思ったことを話すとコレだから良くない。流石に殺すは不味かった。


「……ぐすっ。せっかくいっぱい考えたのに〜。絶対そうするんだって決めたのに〜。うぅ~」


 焦る。焦る。


 泣きじゃくるアオイに一歩二歩、不審者みたいに進みながら、だけどどうして良いのかわからない。


 それでも、放っておくわけにはいかなくて恐る恐る近づくと。


 アオイもゆっくりと近づいてきて、体と体が軽くぶつかり、抱きとめる形となった。


 そして、アオイは言った。


「……イナホさんのあほぉ」


 まぁ、流石に言い過ぎた。


「あ、うん。ごめん。殺されるとか嫌だよな。別に俺が殺されるでも良いから」


「あほ〜。違います。そんな優しくされたらすぐに甘えたくなっちゃうって話です」


「……あー。そうか。それならいいや。だったら、たまには甘えとけ」


「せっかくいっぱい考えたのに。絶対辛くなっちゃうのに」


「どうかな? 案外楽しいことのほうが多いかもよ」


「……バカ言わないで下さい。イナホさんが珍しくそんなこと言うと、なんだかそんな気がしちゃうのに」


「なら良いじゃねぇか。俺のこと置いてくな」


「……むう。そんな風に言われたら。……無理に決まってる。……ねぇ、私の意志が弱いんじゃなくて、イナホさんのせいにしていいです? なんだか悔しいし」


「おう。俺のせいにしとけ」


 ふくれっ面で見てくるアオイの頭をペタペタと撫でる。いつかのお返しだ。


「……あほぉ」


 アオイが俺のシャツの胸元をクシャリと握るので、


「あ、ごめん。調子乗りました」


 と、手を放す。するとアオイ。

 

「違います……もっといっぱい撫でてください」


 と、胸元へ顔をうずめてきた。どうやら甘えていたらしい。


「……なんだよクソ。難しいな」


 そんでもって愛しいなクソっ。


 俺はいつもより積極的な態度にドギマギしながらも、艶のある髪の毛を撫でると、アオイはまたギュッとくっついてきて、甘えた猫みたいに顔を擦り付けてきた。……あるいは鼻水を。




 こいつがこれだけ悩んだってことは、きっとそれなりに大変なことが待ってるんだと思う。


 辛い思いをしたり、悲しいことがあったり、たまには嬉しいこともあるんだろうけど、きっとそれを覆い隠してしまうような絶望だって当然のように在りうるわけで。


 だけど、不思議とそれを面倒とは思わなかったし、こいつを苦しめる何かしらを取り除いてやれるなら命を賭けることくらい安いし、隣でまた笑っている顔が見られるのなら釣りが来るくらいだ。


 言いすぎか? いや、そうでもないと思ってる。


 成り行きで始まった俺たちだけど、今となっては簡単に手放せる間柄では無くなっていて。


 多くの人の死に触れた。色んなものを失った。そして、それに慣れ始めている自分もいる。


 だけど、そんな風に、失うことに慣れたからこそ、失いたくないと思えたものに関しては、何が何でも手放しちゃ駄目だと知ったわけで。


 気の良いカミヤにも、どんなモンスターにも、イカれた花屋にも、こいつを泣かせるこの世界であろうとも、こいつをくれてやる気はないのだ。




 そんなことを考えていると、アオイが顔をあげて俺を見て、何をするでもないんだけど見つめ合うような形になってですね。


 不覚にも胸が締め付けられるというか。


 祭りの夜の高揚とでも呼べばいいのか。


 うるうるした目で見てくるものだから、あんまり可愛くて、ついつい変な気が起きそうになった。


 ――しかし、その時。視界がピカッと白く染まった。


 慌てて周りを見ると、円になった野次馬たちにスマホやらカメラやらを向けられていただけだった。


 忘れていたぜ。俺たち有名人だった。


「……うげぇ」

「……まじかよ。ははっ」


 アオイがげんなりと項垂れ、俺もおかしくなって笑う。


「とりあえずこの場は撤退するぞ」


「まさかこんなに早く逃げ出すとは思ってもみませんでした。ふふ」


 鼻声で楽しそうに言ったアオイの手をしっかりと握って、もちろんアオイもそれを握り返してきて、俺はキツネのお面を、アオイはスティービーワンダー的なサングラスをかけて野次馬の中を突っ切る。


 そして、二人して何故だか楽しくなって、楽しそうなことが待ってるような気すらして微笑んで、つないだ手をギュッと握りしめ、夜の闇へと駆け出した。


 こうして二人で走っていけば、いつか、この夜だって明けるのだろう。





~~第三章おしまい~~

ふぅ。

物語はまだ続きますが、ひとまずの区切りが付きました。

ここまで読んでくださった方、お疲れ様でした。そしてありがとうございますm(_ _)m


さて、今回のお話は如何でしたでしょうか?

もし楽しんでいただけましたなら、また、お手数でなければですが、ブクマや評価、感想などでご反応いただけると大変元気になります。

ご一考くださいますと幸いです。


これまでは章の間をあまり開けずに書いてまいりましたが、今回は少しお時間をいただきたく思います。

とはいえ、このお話はラストもすでにご用意していますので、エタるつもりはサラサラございません。

てな感じでございますので、ブクマしつつ再開をお待ちいただければウッシッシでございます!


ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
 いつかまた、続きを読めたら嬉しいです。
[一言] まだかなぁ
[一言] 気づけば1年、エタらないという言葉を信じ待ち続けます。
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