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36.私を泣かすな

 伏見ダンジョン出て千本鳥居を抜けていくと、空気がザワザワと震えているのを感じた。


 別に敵が迫っているとか第六感が働いたなんてことではないので、アオイやクルリと目を合わせながらも、そのまま道なりに進んでいく。


 そして、新人戦の表彰式でステージが組まれていた辺りまで来ると。


 ――ドッ!


 あたり一面埋め尽くされた人波が爆発したように声を上げた。


「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」



 そこに居たのは、俺たちの帰還を祝おうと集まったらしい人たちだった。


 突然膨れ上がった歓声が凶器のように耳をつんざき、俺たち六人は慌てて耳を塞ぐが、それでもたくさんの声が聞こえてきた。

 

「でかしたぞぉぉぉ!」「アオイちゃぁぁぁぁぁぁん!」「せ~の! クルリくぅぅぅぅぅぅぅんっ!!「爆裂! 炸裂! 破ー裂っ! 爆裂! 炸裂! 破ー裂っ! そりゃ!」「仇を取ってくれてありがとう!!」「カイ! イナホ! かっこよかったぞ!」 「タマジロウ! 金返せっ!」「おっさん! 生き返れ!」「イナホ! 俺はお前の親戚だ! ちょっと金貸してくれないかっ?」「もっかい行くよ! せ~の! クルリくぅぅぅぅぅぅぅんっ!!「爆裂! 炸裂! 破ー裂っ! そりゃ! 爆裂! 炸裂! 破ー裂っ! もいっちょ!」「アオイちゃん! 付き合ってく――痛てっ! 誰が殴った!」「お前ら頑張ったぞ! 胸張って生きろ!」


「食い物の屋台まで出てる。ちょっとした祭りだな」

「どうしましょう? 思ったより大騒ぎですね」

「まぁ、気にしなくていいんじゃないかな? それよりどうやって帰るかだよね」


 クルリとアオイとそんなことを話していると、隣では調子に乗った中学生男子みたいに騒ぎ出す奴もいる。


「ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 俺がタマジロウだぞっ!! 女の子寄ってこい!! 抱いてやらぁ!!」

「「キャーー! タマくーん!」」


 興奮するタマジロウは、警備員が抑えていた女の子二人をこちらに通すように合図を出し、その子たちはタマジロウに飛びついていった。


「……おいおい。タマジロウに女の子のファンが出来たとか。もしかしてまだ呪い(フリーズ)の最中じゃないだろうな」

「あれ? タマくんって、ヨーコちゃんと良い感じじゃなかったの?」

「それはまあ、タマさんは一流のクズですから」


 そんな中カイは、大きなイビキをかき続けているオッサンを背負って医務室のほうへと消えていった。


 タマは女の子を両脇に抱きかかえながら、観衆の声援に応えて楽しげだ。


 一応俺たちも軽く手を上げて声援に応えたけど、用事もあるのでソコソコにして立ち去った。

 


 そして俺たち三人は白衣姿の人物を見つけた。京スラ研究員のトリシマ博士である。彼に手招きされ、会場となっている広場の裏手にある建物へと入った。


 久しぶりの再会と、将校のライフルのおかげで難局を乗り切れたことに対する感謝と感想を述べるとトリシマ博士。


「確かに上手いこと使ってくれましたね。思わずガッツポーズが出ちゃいましたよ。でも、例えば私がライフルをもって心読丸と対峙したとして、結果は火を見るよりも明らかでしょ? つまりは君たちの実力だね。おめでとう」と。


 そして、こう付け加えた。


「これは提案なのですが、本体の素材に課題こそありますが、レプリカを作ることも不可能ではないと思うんですよね。もちろん時間はかかりますが、京スラの商品として売り出すことも視野に入れれば開発コストはこちらで持てますし、お二人は特に何もせずとも権利収入が期待できるんですが……。作ってみてもいいですか? というか、純粋に作ってみたいので、どうにか承認してもらえませんか?」


 そう言われてアオイと顔を見合わせると、肩をすくめて『わかんないので決めてください』的な表情をしたので、「あ、じゃあ、その方向で。あと、俺たちに何かリスクが生まれそうなときは前もって教えてください」と答えておいた。


 トリシマ博士は「ヒャッホウッ!」と飛び上がりガッツポーズ。「あー生きる楽しみが増えた。素晴らしきかな人生!」と独り天に祈りを捧げながら笑っていた。


 そしてトリシマ博士は、今日の本題である【地狐の妙薬】製作についてクルリと話を始めた。


 実はクルリ。心読丸討伐を見越してトリシマ博士に準備を進めてもらっていたらしく、無事に最後の素材となる心読丸の油も手に入ったのでこれからすぐに製作に入るらしい。


 用事の済んだ俺たちはクルリとトリシマ博士に挨拶をして先に帰ることにした。


 俺たちにも、すぐに会いたい奴が居たりするのだ。




※※※


 駐車場に車を停めて、通り慣れた道を歩く。


 武器屋やカフェや道具屋などが並ぶメインストリートを外れた少しひっそりとした裏の道。


 最近は忙しくなっていると聞くのに、運良く今日は人も少ない。


 見慣れた店構え。店内のカウンターでは赤毛の女店主が気怠そうに頬杖をついているのだけど、容姿が良すぎるからか、映画のポスターでありそうだなぁと思ったりした。


 俺たちがニヤニヤしながら見ていると、すぐにこちらの視線に気が付き、慌てて立ち上がったものだからどこかをぶつけたらしく、見るからに痛そうなのに、何事もなかったふりをしながら店の前まで出てきて、ポリポリと頭を掻いた。


「イチカちゃーん!ただいまー」


 アオイがイチカに抱き着きその胸に顔を擦り付ける。 


「大した怪我がなくて良かったね」


 イチカは相好を崩してアオイを抱きとめ、その頭を撫でる。そして、お互いにジッと見つめ合って、二人して笑った。


「むふ~。私達なんだか恋人みたいですね」

「アホ。心配するのは普通だし」

「またまた~。ちょっと泣きそうなくせに」

「そんなことないし!」


 二人はじゃれるようにあれやこれやと言葉を交わす。

 傍で見ていると、やんわりとした本当の百合カップルみたいに見えて面白い。


 そんな感じでしばらく眺めていると、イチカのキツイ視線がこちらに向いた。


「おっすイチカ」


「……おかえり」


 先ほどとは打って変わってムスッとした表情。捉え方によっては可愛くもある。


「そんなおっかない顔すんなよ。いいもん持ってきてやったぜ」


 そう言って、鞘に納められた刀をイチカへと手渡した。


 戦闘前の取り決めでクルリやカイが調薬用の素材を得たように、心読丸の刀に関しては俺たちが貰うことになっていて、それはもちろん、作り手であるイチカへと返却するためだった。


 それを受け取ったイチカは目を見開き、恐る恐る鞘から刀を引き抜いた。

 

「……これ。……なんで、こいつが」


 イチカの声は上擦っていた。


 自分の打った刀を心読丸が愛用していたと知っている可能性も考えていたのだけど、どうやら彼女はそれを知らなかったらしい。


 知っていれば、これほど狼狽したりはしないだろう。

 

「心読丸が使ってたんだよ。親父さんが亡くなった時に持っていたって考えるのが自然だろうな」


「……見つからないから捨てたと思ってた。……でも、こんなナマクラを? なんで父さんがわざわざ?」


「馬鹿言うな。こいつがナマクラなもんか。一体何人殺されたと思って……あ、いや、聞こえが悪いな。どうせ俺たちの生配信をある程度見てただろうけど、宝物庫には腐るほど武器があったんだぜ? それなのにあの全殺しの心読丸が愛用してたんだ。それがナマクラな訳がないだろうに」


 アオイがそれを引き継ぐ。


「それに、お父さんだってそうですよ。イチカちゃんやオギさんから聞いた限りの人柄では、いくら愛おしい娘が作ったからって、出来損ないの刀をわざわざダンジョンに持っていく人だとは思えませんよ。断言しちゃいますけど、業物だと思ったから、自分の命を守るに相応しいと思ったからこそ、この刀を持って行ったんです」


 俺もそれに頷く。


 無駄を嫌う頑固一徹な職人気質を地で行く様な人ならば、嵩張るだけの余計な荷物など持たないだろうと思う。


 たとえ、多少親の欲目があったにせよだ。


 それを聞いたイチカは俯き、一粒の涙を零した。


「……だけど!……父さんはコイツを一目見て、『売らない(・・・・)』って……言った、から――」


 イチカはそこでハッとした。


 自分で口にした父の言葉。


 辛辣さと受け取り、長い間、傷つき、悲しみ、ある種呪いのように胸に刻まれていた『売らない』という言葉。

 

 この時ようやく、不器用この上ない親父さんの心に、本当の意味に、ようやく気が付いたのだ。


 出来が悪いから『売れない』のではない。


「まぁ、可愛い娘の初めての傑作なんて、俺なら絶対売りたくないわな」


 肩をすくめる俺をキッと睨みつけながら唇を噛み、涙がボロボロと溢れて落ちた。


「イチカちゃん、お父さんにちゃんと認められてたみたいですね。それにとっても愛されてた。……へへへ」


 アオイは嬉しそうにイチカに笑いかけた。


 いつも無愛想を決め込んでいるイチカは、それでも泣くのを我慢しているみたいだったけど、アオイがバッと手を広げると、流石に堪えきれなくなったらしい。


「……お前ら、私を泣かすなよぉ」


 堪えきれなくなったイチカは、アオイに抱きついて、大きな声をあげて泣いた。


 その姿は普段見せるイチカじゃないみたいな泣きっぷりで、同時に、時々垣間見える心配性で寂しがりなイチカらしくもあって。


 そしてアオイは言う。


「イチカちゃんのそんな顔が見れてラッキーです。もっと好きになりましたよ」


「……なにそれ。……恥ずかしいし。……ふふ。バカ」


 目を真っ赤に腫らして微笑んだイチカは、少し見惚れてしまうくらいに綺麗だった。




 まぁ、こんな風に、大切だと思える誰かの心を軽くすることが出来るのなら、嬉しそうに笑う顔が見られるのなら、命を懸けるの(クロウラー)も捨てたものじゃない。


 そんなふうに思えたわけです。




※※※


 さて、ダンジョンから帰還して何日か過ぎ、いくつかの物事が進展してきたので経過報告をしておこうと思う。




 まずは今回の目玉でもあった【地狐の妙薬】について。


 クルリとトリシマ博士は、仕事の早いことに帰還の翌日には薬を完成させたらしく、必要としていた各人に早速使用することになった。


 まずカイの恋人である――現在の関係までは把握していないので、元恋人の可能性もある――ヒナの弟、ツバメについて。


 彼は【怪視病】を患っていたのだけど、投薬開始から僅か二回で症状が収まり、三回目の投与後の検査では、そもそも病気にかかっていなかったのでは? というほどの結果が現れた。


 経過の観察は必要だろうけど、医者の見解では完治と見なしても良いとのこと。


 ヒナもツバメも涙を流して喜んだとアオイに聞かされた。


 俺にも会って何かしらお礼をしたいと言われたが、こう言っては何だけど、色々な用事と重なったから心読丸を倒しただけで、彼女たちに感謝されると割と困ってしまう。


『この件で俺に何かお礼をしようものなら、その倍の何かしら、あるいは現金を送りつけてやるから』と脅して断った。


 まぁ、ツバメからの手紙だけはちゃんと受け取りましたけども。




 そして、次にオッサン。


 オッサンの腕は病気ではなく怪我なので、劇的な効果を期待したわけじゃなかったし、実際、妙薬に期待したことは合併症などの予防的意味合いが強かったらしい。


 つまり妙薬自体にどれほどの効果があったかはわからないのだけど、兎にも角にも無事に繋がり、リハビリを経ればこれまで通りに動かすことも冒険者(クロウラー)への復帰も十分に期待できるとのことだ。


 医者いわく、『この不自然なほどに順調な経過は生命力の強さだと見るのが自然』だとさ。オッサン恐るべし。


 まぁ、無事なら何でもいい。ほんとうに良かった。




 最後にクルリ。つまりはフキさん。


 結論から言うと期待していたほどの効果は見られ無かったそうだ。


 ただし、以前に比べて穏やかになり、僅かながら意思の疎通ができるようになったとのこと。

 完全な無駄とはならなかったようだけど、良かったといって良いのかも判らなくて、なんて声をかけていいか悩ましく、とりあえずクルリにはいつもどおりに接しようと思う。


 今後も継続して投与していけば進展も見られるかもしれないしな。



 妙薬についてはこんなところだ。



 そして、ギルドでは心読丸についての考察、研究が続けられていて、現時点では十層あたりの階層主フロアボスだという見解が強いらしい。


 よくもまぁ、そんな深層のボスを倒せたと自分で感心すると共に、今回入手した破格の戦利品に納得がいくというものだ。


 心読丸が身につけていた羽衣や狩衣かりごろもの他に、心読丸の体からスキルストーンが一つ。これらはまだ鑑定待ち。


 そして、宝物庫の財宝はサルベージ中だが、大まかな内訳がでた。


 お金は大量の小銭も合わせて約1億6000万円。山ほどある装備や使用可能な道具や素材を売り払えば、2億円はくだらないと言われているし、スキルストーンだけで12個も出てきたので、鑑定次第では3億、4億、それ以上の価値もあり得るのかもしれない。


 数億円とかスキルストーン合計13個とか、これまでの戦利品とは桁が違いすぎて嘘みたいな話に聞こえたのだけど、どうやら全部マジらしくてビビっている。


 これらの分配は事前の取り決め通りドローン裁定を申請中。


 少なくとも俺とアオイはウン千万円づつにはなるだろう。




 そして実は俺。魔力の使い過ぎで結構しんどくて、このニ日間ほど入院していたりする。


 安静にしろと言われているだけで実際には元気だし、病院のベットが足りないから明日出て行ってくれと言われているくらいなので、別に心配するほどのことは何にもないんだけど。まぁ、経過報告なので一応。


 アオイやイチカに加え、リンとルンまで遊びに来たものだから、例の看護師長に「枯渇したのは魔力だけじゃなかったりして。……ウププ」とか言われてしまった。


 そのタイミングでイライザまで来たものだから、『……お前マジか?』という顔で見られたりもした。


 ふざけんな。

 

 そして、それとは別のタイミングだったけど、今日は【修復同盟レストアラーズ】のカミヤが下鴨のギルドに仕事の打ち合わせで来たついでに和菓子を持ってきてくれて、心読丸の話題や魔力の扱いに関する助言、あとは普通の世間話してから帰っていった。


 その時、カミヤを送りに行ったアオイが長い時間帰ってこなかったりもしたけど、そんなのはもちろん俺が口を出すことではない。


 例えどんな選択をしようとも、彼女と彼の自由であり、俺が責めるべきところなど一つもないのだから。


 だから俺は、そんなことは知らず、何一つ気にしてなんか無い顔をして、帰ってきたアオイにりんごを剥いてもらうことにした。


 アオイはアオイでそのことについては触れなかった。


 いつもどおりに話して、たまに笑って、時々何を見るでもなく考え事をしているようで。


 すると帰り際、アオイは少し泣きそうになりながらこう言った。


「ねぇイナホさん。明日の夜、祇園祭なんです。……一緒に行きませんか?」と。


 だから俺は「……ん。じゃあ行こうか」と答えたのだ。

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