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35.ぶちかませアオイ!

 銃を構えたカイが獰猛に口端を吊り上げる。




「【リバースショット】」




 ――ギュゥゥゥゥゥゥゥゥン!




 間髪入れずに先の弾道を追跡するのは眩く輝く光の矢。


 その弾丸はスキルを乗せられる特殊弾。


 カイお得意のリバースエッジの効果を受け継いだ銃弾は、ビーム砲のように全てを溶かし(ほとばし)る銃口からの怪光線(かいこうせん)


 新技術の試作品。ダンジョンに引き篭もるキツネがその存在を知っているはずもなく、つまり、完全なる奇襲。


 それでも足掻く心読丸は必死でそれを避けようとするが、重力には逆らえず追走の光線に――


 ――バジュッ!


『gya!』



 脇腹を貫かれた心読丸は小さな悲鳴を上げた。


 ようやく俺たちは、狙った通りの結果を手にすることに成功したわけだが、誰一人としてここで満足して足を止めはしない。




「ひーとつめ」 これはクルリの声。


 

 ――ビュン!


 心読丸は高速で飛来する【一本のやつ】に気がつき、無理な着地と同時に身を翻す。


 だけどそこには、


「『カタマリだらけ』!!」


 視界と退路を防ぐため、速度重視で乱雑に煩雑に無数の『カタマリ』を浮かべた。


 ――ゴッゴツッ!


 心読丸はカタマリにぶつかりながら、それでも無理やりに身体を曲げて『一本のやつ』を躱したが、それを見越していたクルリは間を置かず『二つのほう』を投擲していて――


 ――グサリッ!


「……ふたーつ」


 心読丸の右腿にほんの刃が突き刺さった。


『higya!』

 

 甲高い鳴き声を漏らしながらも、いまだに闘志を絶やさない心読丸は退路を探す。


 だが、俺が止めることなく無数に生み出しまくっている『カタマリ』のせいで大きな体がスムーズに通れるほどの道はない。


 しかし流石に目の良い心読丸である。ドーム型に囲まれつつある自らの頭の上にギリギリ通れそうな隙間を見つけたらしく、傷を負った右足に力を溜め、苦痛に顔を歪めながら跳躍した。


「……まんまと」


 呟いたのはクルリだったか。


 心読丸が抜け出た隙間。つまり、ドーム型に折り重なった無数の『カタマリ』の上には、勢いよく駆けあがってきた真っ赤に光る女子高生が、ハードコアライクな凶器をこれでもかと振りかぶっているところだった。


「残念でした」


 唖然とする心読丸。


 そしてアオイのフルスイング。


 ――ドパァン!


 心読丸のガードした左腕と、側頭部の一部の肉が急激に膨張。


 そして破裂。


 盛大に飛び散る肉片。


 ――ぐらり。


 頭部破損により即死するかに見えた心読丸。


 アオイも気を抜いていたわけではなく、ここが勝負とリスクを顧みず、乾坤一擲の一撃だったせいで対応が追い付かない。


 なんと、残った片目でアオイを見据え、右手に持った刀で豪快に切り上げ、それを受けとめたアオイの牙塊が手から滑り落たのだ。


 アオイは無手となり、心読丸の攻撃を避ける術は無い。


 続けて心読丸。最小限の動きで振りかぶった刀がアオイに向けられた。


 ……だけど。


「させるかボケっ!」


 同じく『カタマリ』のドームを駆け上がっていた俺は手に持つナタを心読丸の腕へと振り下ろす。


 ――スパリ!


 キツネの腕は刀を持ったままクルクルと宙を舞うが、両腕と片足を失った心読丸の最後の意地か、アオイを殺す意欲を欠片も失わない。


 残った足で強引にカタマリの足場を蹴り飛ばし、眼前のアオイに喰らいつこうと飛びかかる。


 ヨダレまみれの大顎を開け、大きなカミソリが並んだような牙を剝いた。


 しかし、心読丸の抵抗に動じないアオイ。


「アオイ、ぶちかませっ!!」


「はいなっ!」


 ウエストバックからガサリと大量の御札を取り出し、迫りくる心読丸の顔面ごと鷲掴みにした。




 ≪Iron(アイアン) Claw(クロウ) With(ウィズ) OFUDA(おふだ)!≫




 ――ジュボウッ!




 御札が燃え上がり、心読丸の顔が哀しみに歪んだ。


 そして、アオイの腕は真っ赤に発光する。




「……これで最後です。じゃあね」



 

 ――ドッ…………パァァァァァァァァァァン!!




 心読丸の頭部は盛大に炸裂し、大きな体がカタマリドームの上からズルリと橋の上に落下した。


 ――ドチャ。


 アオイも俺も橋の上に降りて、カタマリを消失させつつ、見るからに遺体となった心読丸の生死を念のために確認した。




 死亡。




 俺たちは心読丸を倒したのだ。










「……やったぞ」


「……やりましたね」


 激しい戦闘を繰り広げていたのが嘘みたいな静寂の中、片手を差し出した俺にアオイの手がパシンと重なり、微笑み合う。


「……お疲れさま」


 自分の刀を投擲した後もサバイバルナイフを構えて不測の事態に備えていたクルリもふらふらとやって来て、手をパシン。


 彼は大きく伸びをしてから、アオイともハイタッチをして笑いあった。


 そして、俺の向かう先は、キザでイケメンで性悪で何かと俺に突っかかってくる腹の立つクソ野郎で、そして最後の猛攻の立役者でもある男の元。


 そいつもこちらに向かって歩いてくる。


 このままぶん殴ってやろうかと考える。マジで考えた。


 だけど俺は、タクシーを捕まえる時みたいに手のひらをあげる。


 そして、相手も腹立たしそうな顔をして、多分似たようなことを考えているはずなのに、今日この時だけは俺と同じように片手をあげた。


 こんな時は特に言葉なんて要らない。相手が痛がるくらいに手を思いっきりぶつけ合えばいいだろう。


 ――バシンッ!!


 勢いよくぶつかった二人の手が、いつの間にか晴れていた空に甲高い音を響かせた。



 ……痛ぇ。




 お互いに何も言わずにそこから立ち去る。


 俺はジンジンと痺れる手で、近くに転がっていた心読丸の片腕から刀を取り上げる。


 そこにはやはり、アーカイブでチラリと見えた通り【一花(イチカ)】と銘が打たれていた。


 イチカが打った初めて納得できた業物。状況から考えて、イチカの親父さんが亡くなった時に持っていたものを心読丸が使っていたのだろう。


 それをアオイに見せたとき。ようやく、しかも急激に達成感が込み上げてきて、同時に魔力を使いすぎたことによる虚脱感から、地べたに寝っ転がり、それらを吹き飛ばすように、柄にもなく叫んだ。




「やったぞコンチクショウ! 俺たちの勝ちだ馬鹿野郎!! ……あー疲れた」




 誰に言ったかわからない悪態。近くにいたアオイが「お疲れ様です」と水筒を持ってきてくれる。


 クルリも地べたに寝転がって、「……しんどかったね。二人ともありがとう」と、年相応の素直な笑顔をを見せた。


「気にすんなよ。今回は別にお前の為だけじゃないし」


 そう言って刀を見せると、「どうせ、イチカにも同じこと言うくせに」と笑われて、「アホか。あいつには恩を着せまくってやんだから」とごまかしておいた。




 その後すぐに目を覚ましたタマがクルリに詰め寄り、「てめぇこの野郎! 俺に呪いをおっ被せやがったな! おかげで夢の中でお前に千回殺されたぞ!」と唾を飛ばし、

「ごめんごめん。(おとり)にしたのは謝るから。でも、ちゃんと勝てたよ?」と。

「それは感謝してるけども! あとさ、おっぱいに挟まれて一万回くらい死んだんだけど、あれは悪夢じゃなくてただの淫夢だったぞ。あれをまた見るにはどうするんだ?」

「いや、知るわけないよ」と、なんだかんだ楽しそうに話していた。


 アオイはオッサンの様子を見に行き、片腕を落とされているというのに、いつの間にかイビキをかいている豪胆さに一人で噴き出して笑っていたり。


 それぞれがそれぞれらしく、たった一つの勝利を分かち合い、笑って、怒鳴って、グッタリして、また笑って。




 そんな風にして心読丸討伐を成功を味わう俺たちの前に、突如として巨大な扉が現れたのだ。


「なんだ!? 敵か!?」


 俺は慌てて武器を構えるが、周りのみんなは黙ったままだった。


 何かあったのかと思って振り返ると、アオイはポカーンと。クルリはニンマリと。カイは驚愕に顔を染め、オッサンはまぁ寝たままだけど、タマジロウは満面の笑みで、耳が痛くなるほどの大声で叫んだ。



「深層級クソデカ扉の宝物庫キタァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 」

 

 それを皮切りに口々に話し出した。


「やっぱり心読丸は深層の階層主(フロアボス)だったのかな?」


「……【地狐の妙薬】がダメだったとしても、これでツバメの治療費が出る。……ようやくヒナに許してもらえるか? あわよくば結婚できるか? 子供は何人だ?」


「……深層の階層主(フロアボス)ですか」


 それぞれに感動らしきものを爆発(?)させているのを見て、問題が発生したと勘違いしていたことに気が付いてコッソリ恥ずかしくなる。


 どうやら、これは【宝物庫】らしく、階層主フロアボス区域主エリアボスなどの希少種を倒すと稀に現れるジャックポット的なボーナス。


 その希少種が管轄するエリアで失われた冒険者クロウラーの持ち物が集積される空間で、今回のものは非常に大きく、心読丸が深層の階層主フロアボスであった可能性が高いということらしい。


 手慣れた様子のクルリに任せて開かれた扉の中には、生々しくも硬貨や紙幣が山のようにあって、武器やら防具やら道具やら、亡くなった冒険者(クロウラー)達が残したものが大量に積み上げられていた。


 タマジロウはお金の山に飛び込んで「やったぞ! 俺達やったったんぞ!」と大はしゃぎして、カイの野郎は膝から崩れ落ちて「……ヒナピヨ、愛してる。……いや。……結婚しよう。マイヒナピヨ。……やっぱり無難に朝の味噌汁を〜でいくかな?」と、激烈にやばい妄想に浸っていて、流石にこれは聞かなかったことにしてやろうと視線を逸らした。


 クルリとアオイは落ち着いたもので、「こんなにたくさんどうやって持って帰るんですか?」と聞いたアオイに、「ギルドに頼めば冒険者募ってサルベージしてくれるよ。身体検査も徹底してるから泥棒の心配もないし」「ほえぇぇ」と、事務的な話をしていた。


 その場ではひとまず、帰還に支障のない程度のお宝を回収し、帰路につく。


 そんな嬉しいオマケもありつつ、帰り道に事故にあうことも、やべぇ奴に出会うこともなく、ダンジョンの入り口である千本鳥居まで帰ってくることができたので、それはつまり、今回の心読丸討伐がただの一人も命を落とすことなく成功したということで。


 色々しんどい思いはしたのだけど、終わってみれば大勝利だったと言えるのだと思う。

お読みいただきありがとうございます!

こんな先の方までお付き合いいただけてとても嬉しいです。


3章終了まではあと少し。今しばらくお付き合いいただけましたら幸いでございます!

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