33.百回殺す
真っ暗な空から戦闘機ほどもありそうな注射器が降ってきて、その極太の針が俺の太ももへと突き刺さった。
※※※
「んがぁ!痛ってえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
太ももに激痛。
しばらく転げまわってから目を開けると、見知ったイケメンが空になった注射器を握りしめてこちらを見ていた。
「カイてめぇ! 何を打ちやがった! 太ももが溶解するかと思ったじゃねぇか! 硫酸か! 硫酸なのか!?」
「はっ。それでも良かったんだが、使ったのはお前らが解呪用に準備していた悪趣味な気付け注射だ。気に入ったのならもう一本いくか?」
カイの持っている注射器には逆に呪われそうなくらい赤い御札がこれでもかと貼られていて、それは確かに俺たちが準備したものだった。
カイはもう一本取り出してニヤリと笑いやがった。
「ちょちょちょ! やめろ! もう起きたから!」
あんなに痛い注射は懲り懲り。
「もう状況はわかってるな?」
カイはぶっきらぼうに言いながら水筒を投げて寄こし、俺の身体にある細かな傷に軟膏入りのパッチを荒々しく貼っていき、俺もそれに素直に任せた。
戦闘音が聞こえる方に目を向けると、クルリとアオイが連携しながら防御に徹して何とか心読丸の攻撃を凌いでいる。
他にはオッサンが左腕を失ったまま気を失っているのと、タマジロウがフリーズしているのを除けば、全員生きているし大きな怪我も無いようだったので、ホッとしつつ、先ほどまでの自らの醜態にいらだちが募る。
「くそっ! 心読丸のフリーズだ。想像はしてたのに、いざ喰らうと最っ悪の気分だな」
マジで首を落とされたと思ったし、マジでみんな殺されたと思ったし。ついでに変な夢みさせられたし!
「お前がどんな目にあったのかワクワクが止まらないが、情けないことに俺も同じ目にあった。今回ばかりはお前を笑えない」
「それはこっちもだよ。この件に関してお互い突っ込むのは無しな」
「ああ」
「そうだ、どれ位経った?」
「恐らくだがお前が落ちてからは五分ほど。俺のフリーズと入れ替わりのはずだからそんなところだ」
「……なるほど」
タナカや他の冒険者、目の前にいるカイが硬直して動けなかった原因でもあるフリーズ。
俺の首が落とされたあたり、おそらくは心読丸が『コン』と鳴いたあたりからかかっていたのだろう。
そしてそのフリーズの正体は幻術系状態異常である【呪い】に近いものらしい。効果の程から言って新人戦の時に出くわした【悪いきつね】の上位版と言える。
心読丸戦のアーカイブ映像で共通していたことだけど、心読丸は戦闘開始直後は受けに徹して冒険者たちを観察する。
それがいわゆるボーナスタイム。
そして、そのパーティーの核となる人物に標的を絞り【呪い】を使用し、パーティーのバランスが崩れた所を一気に食い散らかすのがお決まりの行動パターンである。
だからこそ実力者が多く居るような大所帯パーティーには手を出さなかったのだ。
逆に突出した人物が一人や二人の大所帯パーティーだと中心人物を封じ込めれば瓦解させるのは容易く、また、実力者ぞろいの少人数パーティーであっても、それぞれの役割というものが明確化している分、一人が崩されればどうしようもない。
そしてそもそも心読丸の能力の高さの前では並の冒険者パーティーでは色んなものが足りないのだ。
だって、心を読む能力もあるのだから。
そこでクルリは俺たちの戦闘スタイルを当てにしたわけだ。
ガチガチの防御ではなく回避特化で、その点とても優秀であること。また、連携を重視するものの、どちらかが欠けても崩れにくい個人能力とバランスの高さ。
……俺が言ったんじゃない。クルリの評価である。
そんなわけで、心読丸とエンカウントできる人数かつ、誰かがフリーズしたとしても復帰までの時間を稼げる陣容ということで、俺たち三人の少数精鋭で挑むことになったわけだ。
クルリとの作戦会議時点では、何らかの状態異常攻撃であること、例えば【麻痺】や【気絶】に【心身喪失】、或いは未知の状態異常の可能性も考えてはいた。
その中でも、相手は狐ということもあって【呪い】である可能性は高いと推測していたというのに、俺はまんまと【呪い】にかかってしまった訳である。
それというのも、まさか【呪い】の対象が自分だとは思わなかったのだ。
作戦会議でもクルリが有力候補、次点でアオイだと結論付けていたので、正直なところ心の準備的なものを怠っていた自覚はある。
それにしても心読丸の奴め。俺を中心だと認識したとは見る目ねぇな。
「で? やっぱり一人にしか使ってこないんだな?」
「ああ。恐らくお前が【呪い】にかかった頃に俺の【呪い】が解けたはずだ。お前が目覚める少し前、クルリが器用なことをしてタマに押し付けたらしい。タマには悪いがしばらくはあのままでいてもらうんだろうな」
タマを見ると、顔面蒼白でガッチガチに固まっている。……可哀そうだけど、総合的に見ればタマが【呪い】を引き受けてくれていると安心して戦えるわけだし、まぁあれだ。損な役回りだけど頑張ってほしい。
そんなタマに報いるためにも重要なのが今後の展開である。
鍵になるのは【呪い】にかかる前に確信を持った事実。
「なぁカイ。心読丸は人の心なんて読んでない。異常な目の良さと反射神経があるだけだ」
カイのリバースエッジが当たったこと、それに、アオイの破裂の散弾で傷ついたことを見れば明白だ。
本当に心を読んでいるなら、騙し討ちや広範囲攻撃だって避けるなり何なりするはずなのだから。
破裂の散弾のタイミングで回避が出来ないと悟り、それを捨てて俺に詰め寄り【呪い】を使ったのは、心読丸なりの賭けだったとみていい。やはりあの作戦では確かにギリギリまで追い詰めたのだ。
「ほう。……まるでお前の上位種だな。いや、アレの劣化版がお前だと言ったほうが気持ちがいい」
「黙れボケ」
「だが、それがわかったところでどうする。クルリとアオイでアレだぞ。呪いこそ抑えられてるが、このまま行けば誰がどう見てもジリ貧だ」
そうなのだ。クルリとアオイも余裕で凌いでいるわけじゃない。
防御に徹することでようやく均衡が保たれているのであって、あの忌まわしい夢で見たのと同じように、心読丸よりも俺たちがへばる方が早いに決まっている。
だけど。
「……俺ならやれる。と言いたいが、まあ、まず無理だろうな。だけど、多分アイツなら、アイツらだったら何とかやってくれるさ。一応考えだってあるしな」
「相変わらず他人任せなやつだな」
文句を言われた気がするが、信用できる相手がいるってのは案外悪くないと思っている。ヒーローは別に俺じゃなくていい。生きて帰ってまた笑えれば、金魚の糞とか言われても構いはしないのだ。
「うるせい。それに、癪だけど今回一番頼りになるのはお前だよ。カイ。戻ってきてくれて助かった。……マジ癪だけど」
「お前に言われると鳥肌が立つ」
俺は近くに転がっていた将校のライフルと、俺のバックパックから弾丸を取り出して渡した。
「黙れ。こんなこと言うのも今日だけだ。とっとと生きて帰って、お前と会わない素晴らしい生活に戻ってやる……で、使い方はわかるよな?」
「上等だオマケ野郎。いつでもお前の頭を吹き飛ばせるくらいには扱えるはずだ」
カイはそう言ってライフルを受け取る。
道中でアオイとカイがコレについて話しているのは聞いていた。恐らく問題ないだろう。
「タイミングはカイに任せる。頼んだぞ」
「任せろ。心読丸には【呪い】って借りがある。現実で悪夢を見せてやるさ」
カイは弾を込めながら薄く笑う。もはや完全に悪役の形相であるが、あんな最悪な夢を見させられたんだ。俺もきっと似たような顔をしているだろう。
「ああ。あのケモ耳を百回殺してやるぞ」




