9、配信とお腹触るのか問題
「…………いっ」
俺は背中の痛さで眠りから覚めた。
「おはよう。痛むのか?背中?それとも腕?」
同室のサノがコーヒーをアオリながら声をかけてきた。
「……おはよう。何時?」
「まだ夜の7時だよ」
「そうか。……それより怪我の場所なんてよく気づいたな」
探索から戻ってサノと話すのは初めてのはず。
怪我の部位まで言い当てられたのはなぜだ?
「今日は初探索に行くって言ってたろ?俺たちは休養日だったからネットの生配信で見てたんだよ」
「……あ、ああ。そういやそんなのあったな。……やべ。すごく恥ずかしくなってきたじゃねぇか」
ドローンの存在には気づいていたが、正直自分たちのことに精一杯で放送のことなんて頭から抜けていた。
自分がどんな行動をしてたのかも、何を言ったのかもうろ覚えだが、情けなかったことだけは明確に覚えている。
自分の恥を晒されるのなんて堪んないじゃないかよ。
「そんなことないよ?そりゃ、仕留められなかったのは悔しいだろうけど、お前たち勇敢だったぜ?なんせションベン漏らさなかったんだからな」
サノは遠い目をしてそう言った。
「……サノ。お前まさか」
「……少しだけ、ホントに少しだけな。でも、履いてたズボンの色が変わっちまっててさ。Cネットで小さく晒されてたよ」
「……ご愁傷様。でも、お前が良いやつなのは俺が知ってるから。例えションベン漏らしててもな」
Cネットとはダンジョン関連専門サイトで、ブログや掲示板、冒険者の情報や考察などもされている。
ちなみに運営元はクロウラーズというテレビチャンネルも持っている。
この世界に来て初めて見たテレビがそれだな。
「はは。殴ってやろうか。でもさ、俺たちはテレビ放映が無かったから反応なんて些細なものさ。マシだったんだよ。俺たちは」
「ちょっと待って、なんか言い方が引っかかる」
「はっはっはっ。ご名答。君たちのパーティー初探索は、どうやら夜中に放送されるらしいぜ」
「……最悪だ。まじで言ってんの?」
何が嬉しくて視聴者の多いテレビなんかに出なきゃならんのだよ。
「でも名誉なことだぜ?有名になればスポンサーがつくかもしれないし、いい仕事だって回って来るらしいんだから。有名税の先払いだと思って諦めなきゃ」
「普通の生活にも困窮してるのに無駄な税金なんて払いたくねぇよー」
「まぁまぁ、Cネットには今夜の放送がすでにアーカイブされてるはずだからメンバーと見てみれば?アオイちゃんだっけ?あのセーラーちゃんとさ」
「……まぁ、とりあえずみてみるか。サンキュな。サノが教えてくれなきゃ、知らずに恥だけかいてたところだ。まぁ、とりあえず顔洗ってくる」
※※※
食堂で晩御飯を済ませてからアオイさんの部屋を訪ねて、反省会がてら資料室でテレビ放送用に事前アップされた番組を見ている。
初心者のみを取り上げた番組らしく、その名も【ルーキーズ!!】。
今映し出されている一組目は福岡県の男性三人パーティーで、巨大イモムシ二体を縦横無尽にボコボコにしている様子だった。
「……盾だけで翻弄してる」
大柄な男が大盾を使ったショルダータックルでイモムシの進行と視界を防ぎ、残りの二人がスキを見つけて細かくダメージを与えていく。
『壁役もすごいけど、この赤い髪の人も尋常じゃない」
決して遅くはないイモムシの反撃を曲芸じみた動きで躱しながらも切り返している。
赤髪の男がバク宙で最後のイモムシの上に飛び乗りながら刀を脳天に突き刺すと、緑色の巨体は筋肉を失ったようにデローンと床に伸びた。
「……この人たちも初探索なんですよね。自信無くしちゃうな」
「……次元がね。違うかったね」
すごいの一言だ。
憧れや嫉妬というよりも、自分とは別世界、テレビの向こうのスポーツ選手を見てるような感覚だった。
そうしていくつかのパーティーの探索風景が映し出されていく。
どのパーティーも三ヶ月以内の新人達で、何人か戦闘不能に陥ったり、いくつかのパーティーは壊滅してモンスターの食事風景がグロテスクに映し出されていた。
「理解できないって訳じゃないんですが、やっぱり人が死ぬのを放送するって悪趣味ですね」
「これも世界の違いってとこだろうよ」
「形が違うと価値観も違って当然。……あ、イナホさんのアップです」
番組終了間近、最後に映し出されたのは俺達だった。
入り口付近の溜まり場で、悪口を言われたときの映像で、鉄パイプを肩に乗せて俺がそいつらにメンチ切ってるみたいに編集されていた。
「げっ!……これじゃヤンキーでしかないだろ」
「大丈夫、……私もしっかりその一味に映ってますから」
二人の装備は大女(?)のイライザに用意してもらったもので、アオイさんはセーラー服に釘バット、編み上げブーツに真っ赤な口紅。俺はライダースに鉄パイプ。なぜだか泣きぼくろ代わりにハートマークの、入れ墨を入れられてしまっている。
端的に言えばポップな愚連隊にチューンナップされていて、テレビの編集もその方向性で進んでいた。
その風体の割には慎重すぎて腰の引けてる俺が情けなく映っているが、見方によればウェストサイドストーリーのナイフを構えてる不良たちにも似ていた。幸いなことにアオイさんはキュートに扱われているのでその点ではまだ救われているのかもしれない。
そしていよいよ戦闘前、休憩に入るシーンだ。
画面の中の俺たちは全く気付いていないが、ドローンはしっかりと天井を這う餓鬼を捉えていた。
「知ってるなら教えてくれりゃいいのに」
「ドローンは無人制御だそうですよ。ビッグデータから撮影対象からアングルまでえらんでるとかなんとか」
「ビッグデータってなんだよ。ハイテクすぎるえ」
戦闘が始まり、自分の動きの不味さばかりが気になる。
逆にアオイさんは事前の打ち合わせ通りに忠実ですごいな。と思ったら、
「私、実はこの時、普通に動けなかったんです」
「へ?全然そんなふうに思わなかった。だってこの後……」
画面は俺が攻撃に失敗し、不格好に餓鬼の攻撃を避けた所。
アオイさんが助っ人外国人も真っ青なフルスイングで餓鬼をぶちのめすシーンが流れた。
「……改めて見るとやっぱすごいけど」
「こ、これは、その、……〜〜を読んでたから」
「え?なんて?」
「……ド、ドカベンを読んでたから」
「読んでたこともびっくりだけど、読んだだけで山田太郎のスイングが再現できたとでも?」
「違います、悪球打ちの岩鬼です」
「言われてみれば外角高めに外れてるけど、それならなんで左打ちかが疑問だよ」
うん。ドカベンこと山田は左打者で岩鬼は右打者だったはず。覚えておくと一生に一度くらいは役に立つかもしれない。
「それはもちろん左打ちの山田の練習もしましたよ?でも、的が大きいから岩鬼の左打ちバージョンの方が強く打てそうでしたから」
「うん。ちょっと何言ってるかわかんないけど、思ったよりドカベンのモノマネに情熱を傾けてたってのは伝わったかな?」
そんなゴチャついた話をしてる間に映像は終了していた。
※※※
「あの、ところでイナホさん。あの映像を見て二つ気になることがあるんですが」
バカ話から居住まいを正した様子のアオイさん。
先程の映像を見て指摘されるべきことは両手じゃ足りないのはわかっていたので、しっかりと聞けるように椅子に腰をかけなおした。
「ど、どうぞ」
息を呑んで次の言葉を待つと、思いがけない話だった。
「怪我したところ、見せてもらえませんか?」
「はい?」
「だって、さっきの映像見たら心配になります。背中も結構強かにやられてましたし、腕も腫れてましたよね?」
「あー。いや、大したことないって言ったでしょ?」
「口ではね。でも、男の人って変なところで見栄っ張りでしょ?本ではだいたいそうなってます」
にじり寄るアオイさんの顔がとても近くて息がしにくい。
「本を信じすぎてる気はするけど。……わかったわかった。見せるから。ちょっと離れたまえ」
あまり見せたくなかったんだけどな。この様子だと見せるまで引かないパターンだろうし、あっさり諦めておく。
「ほら」
長袖のティーシャツを捲って背中を向けた。
「……宇宙のガスみたいになってるじゃないですか!?」
「いや、例えがわかんないよ」
「暗黒の闘気が渦巻いてる感じです。……痛そう」
ピトリ。
「あひゃ!」
冷たい手の感触がくすぐったくて変な声が出た。
「じっとしてください」
「あ、はい」
手の感触はだんだん馴染んでいくみたいで、痛みの熱がその冷たさに吸い上げられていく。
正直心地が良かった。
しばらくそうやって触れられると、
「次は腕を見せてください」
「……はい」
素直に腕を捲くって見せる。
「あ、これはちょっとまずくないですか?左手の倍くらいになってます」
アオイさんの手がパンパンに腫れ上がった腕に触れる。
とても優しくて気持ちいい。
「まぁ、折れてはないと思うんだけどね。握力は落ちてるかな」
グーパーグーパーとしてみるが、うまく握れないしうまく拡げられない。
「ほら、男の人だ。やっぱり隠してた。」
拗ねた子供みたいに口を尖らせて言うので思わず笑ってしまう。
「ふふ」
「あれ?なんで笑うんですか?ちょっと怒ってるんですよ?」
「ああ、いや。なんか子供みたいだなと思って」
「あ、ひどい。つついてやろ」
そう言って患部を人差し指でギュッと押し込まれる。
「あぎゃ!いたっ!まじで痛いから!」
「ふふふ。ほらね?こんなに痛いの隠しちゃだめなんですから。明日の探索は延期ですからね」
「いや、行けるよ。規定探索時間のこともあるし」
「だめー。絶対にだめー」
開き直ったのか、子供じみた悪戯な顔でクスクスと笑う。
なんか悔しくなったのでこっちだって負けてられないだろう。
「ならさ、アオイさんのお腹も見せてみな?あれだって入りどころによってはまずいだろ?」
俺は勝ち誇ったようにニンマリと笑った。
だって、流石に女子高生。お腹は見せられないだろうと思ったからね。
ところが状況は妙な方に転がる。
「むぅ。……見せるのは……流石に恥ずかしいです」
「だろ?男だって弱ったところ見せるのは同じようなものなんだぜ?」
勝った。
そう思ったのは一瞬だった。
「……はい。わかります。……それなら、服の中で触るだけでもいいです?」
「なっ!?ふ、ふくのな、かっ……」
耳を赤くしたアオイさんがゴニョゴニョとそう言った。
顔を反らしてゆっくりとセーラー服の上着の裾を持って空間を作る。
その隙間は俺の手を招き入れようとしている……。
おい俺!こんな展開予想してねぇぞ!
でもな!ここで「あははは、ちょっとイケズしただけダヨーン」なんて断れるほど、この誘惑は些細ではないっ!
俺は努めて変態さを押し隠し、スケベ医者のごとく手を差し出す。
「じゃ、じゃあ少しだけ」
「…………はい」
震える手を制御しながらなんとかアオイさんの上着の裾に近づける。
突然の展開に心臓は張り裂けそうなほどうるさかった。
ゆっくりと裾に手を入れる。
だけど、俺の手はそれ以上進むことは出来なかった。
見なかったことにすればいいのに、アオイさんの手が震えてるのが見えてしまい、思わず彼女の顔を見てしまったのだ。
目をギュッと閉じて顔を背け、唇を少しだけ噛んでいる。
ああ、俺は何してんだろう?と思ったね。
相手は五つも年の離れた女子高生。
しかも彼女はおかしな世界に巻き込まれて不安いっぱいの状況だろうに。
思い上がりじゃなければ、この世界で彼女が頼れる人間なんて今はまだ俺くらいのもの。
その状況だけで見れば、俺に嫌われることを怖がって言うことを聞かざるえないのだとしても不思議ではないのに。
全く俺は何をやろうとしているのか。
よく考えれば法律的にもかなりグレーな気もするし。
俺は出しかけた手を引っ込めた。
「……なんてな。俺が触ってもわからないっての。ははは。後で一緒に医務室行こうぜ」
何でもなかった風を装ってそう言うと、アオイさんは服の裾を伸ばして、お腹に腕を巻くようにそれを隠して笑った。
「はは、ははは。そうですよね。そうでした。触ったところでわからないですもんね。ばかだな。私、……私たち」
耳だけ赤いままの彼女の表情は複雑で、俺には本当のところを読むことは出来なかった。
ご覧いただきありがとうございます。




