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31.デッドデッドエンドロール

 眼の前にあった心読丸の足が地面を蹴ると鋭い爪で木っ端が蹴散らされ、閉じることも出来ない俺の眼球に突き刺さった。


 ゲロを吐いてしまいたい不快感以外、もはや痛みすら感じない気持ちの悪さ。

 半ば強制的に視界に映るすべてを目の当たりにさせられる。


 こちらを見て呆然と立ち尽くすアオイと、水色の魔力を刀に通して光らせるクルリ。


 心読丸が向かったのはクルリの方だった。


 ――キンッ!


 金属音を打ち鳴らし、二人の刀が火花を散らす。


 三合、四合、五合、六合。


 相変わらず尋常でないクルリの反射神経と、それすらも凌ぐ心読丸の異常性。


 だがしかし、今は離れ離れになってしまった胸すらも高鳴る一瞬が訪れる。


 心読丸の剣閃を打ち払うように見せかけ、頬を切られながらもそれを躱し、


 ――チクリ。


 水色に光る切っ先を心読丸の胸元に刺して見せたのだ。


 心読丸の胸元には水色の傷。


 それはつまり【ひとまとめ】の一太刀目。1センチにも満たないその傷が、俺には反撃の狼煙に見えて、もはや他人事になったというのに、底知れない達成感のようなものが爆発する。



 クルリは息を止め、これまでよりも一段二段スピードを上げて心読丸に斬りかかる。


 最後の天王山と定めたのだろう。ここですべてを出し切る意気込みなのは痛いほど伝わってきた。


 ――そう。痛いほど。


 あのクルリの本気が、掠りもしないのだ。


 これまでに見てきたどんなクルリよりも強く、早く、鋭いのに、一太刀も報われることなく空振りを続け、時間だけが過ぎていく。


 30秒、40秒、50秒、1分……。


 激しく動き回る中での無呼吸は想像以上の苦しみだろう。


 それでもクルリは息を止めたまま、心読丸の心臓に【ひとまとめ】の刃を届かせようと刀を振るい続けた。


 そして……。


 ――ふらり。


 脳に酸素が足りなくなったのか、足の踏ん張りが利かなくなった一瞬。


 心読丸が見逃してくれるはずもない。


 ――ズバッ! 


 一気に踏み込んだ心読丸が刀を振り切る。


 途端、赤い筋が浮き上がる。クルリの左耳の上から鼻を通過し右のエラまで、そしてそのまま、右肩へ。


 ――プシャ。


 切れ目から血が噴き出し、そこを境に、クルリの顔がぬるりぬるりとズレて、右腕は自由落下へ向かう。




 ……そして。




 ――ドサッ、ドチャ!




 ……え。


 


 斜めに切り取られた頭部と右腕が、生々しく地面へと落ち、そこから滲み出る血液と、ビチョビチョに地面を濡らしていた雨と混ざって溶けていく。


 【二つのほう】を振り上げていた左手は()()()惰性で振り下ろされ、切っ先が地面に刺さり、クルリの身体はその勢いをもってグチャりと倒れこんでいった。



 生き物では無くなったその身体に、降りしきる雨が空しく強かに打ち付けていた。




 ――クルリが、……クルリも死んだのだ。




 目に映る光景が信じられず、だけど、自由に目を逸らすことも出来ず、……放心。




 だが、そんな暇すら無かった。




 心読丸がゆるりと歩く。何故かこちらへ。


 アオイは心身を喪失しているかのように動かず、その瞳から流れている涙だけが彼女が生きていることを知らせてくれていたのだけど、心読丸が俺の目の前で足を止めたとき、ようやく小さくつぶやく声が聞こえてきた。




「……許さない」


 俺も聞いたことのない底冷えするような声。心読丸は足を止めて、アオイの方へと振り返った。


「……絶対に殺してやる」


 そう言ったアオイの牙塊はこれまでにないほど力強く真っ赤に光り、その光はどんどんアオイの身体全体から漏れ出してきた。


 まるで、アオイ自身が超新星スーパーノヴァになったかと錯覚するほどの狂気的な姿。


 その身に宿した絶望と怒りを体現しているかのようだった。


 流石の心読丸もその姿にはたじろいだのか、これまでとは違って片手で持った刀を斜め下に構えた。



 そしてお互いが走り出した。


 心読丸は俺から遠ざかるように。


 真っ赤に燃えるアオイはこちらへ向かって駆け出した。




 そして、お互いの武器が大きな音を立てて交錯した。


 



 お互いがお互いとすれ違い、二歩三歩、ゆっくりと歩みを進めた。




 赤い光を失ったアオイの顔がよく見えた。




 いつもそばにいて、よく笑ってたあの顔。


 今はもう、そしてこれからも、そんな風に笑顔を向けられることは無くなったのだけど、俺がいなくなってしまってからも、俺の事なんて忘れて、出来れば本当は心の片隅にしまっておいて、たまに思い出してくれればとても嬉しいのだけど、つまり、どこかで誰かに、俺に笑いかけてくれたのと同じように笑ってくれたらと思う。




 ――そう、思ったのに。




 アオイの右太ももから下だけが地面に転がり、片足を無くしたアオイはバランスを失ってそのまま前へと倒れこんだ。

 


 手をついて這うような姿のアオイの顔は俺のすぐ目の前に来た。


 悔しそうに涙を流す表情が嫌というほどよく見える。


 そして、後悔だけを滲ませた顔で、ポロリと一言呟いた。




「……イナホさん。ごめんなさい」




 俺からは見えていた。


 心読丸がアオイの切り離されたふくらはぎを持ち、耳まで裂けた口でかぶりつき、ぐちゃりぐちゃりと咀嚼する姿が。




 そして、それをポイと放り投げ、近づいて。


 静かにアオイの横に立ち、一瞬の躊躇もなく刃を振り下ろす。


 嘆くアオイの首筋へ。さながら絞首台のギロチンのように。




 ――ストン。



 ……ゴロ、ゴロリ。




 頭部を失ったアオイの首。筋繊維や頚椎、薄い脂肪が赤と白のコントラスト。


 それらが一気に赤色へと染まると、俺の顔をめがけて血液が噴き出す。




 ――ブシュァァ!!




 俺の視界は真っ赤に染まり、ボヤけたその向こう側で、心読丸がアオイの頭部を拾い上げ、大きな口を開け、その牙を突き立てた。





 …………あぁ。…………あああ。




 ようやく。俺の意識は、暗闇の中へと、落ち込んでいった。 


念の為言っておきますが、ちゃんと続きますよー(*´Д`)

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