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30.くびちょんぱ、あいむでっど、げーむおーばー

 俺たち三人は指向性ホイッスルの音がした方へと全力で走る。荒れ狂う川に架けられた大きな木製の橋の上にいくつかの影が見えた。


「橋の上だ!アオイ、ライフルの弾は!?」


「いつでもいけますよ!」


 心強い返答に頷き、視線を橋の上に戻す。


 すでに戦闘が行われている様子。三つの影が入り乱れている。


 タマジロウの叫び声と、オッサンの焦った「ボーゲレ!」は聞こえるし、彼らの動く様も視界に入ってくるが、その中にはカイの声や、動く姿も無い。


 土砂降りで視界は良くないが、動いている影は三つだけなのだ。


「カイは?」


 ついつい零れた呟きに、隣を走るクルリが冷静に答えた。


「例のフリーズだろうね。橋の一番向こうの玉ねぎの前らへん」


「は?玉ねぎ?」


「橋の端にある木の柱のやつだよ」


 そう言われて、とりあえず橋の向こう岸辺りを凝視してみると、黒ずくめの男が長剣を振り切った姿勢のまま、確かに硬直して立っていた。


 玉ねぎとは、橋の欄干にある擬宝珠ぎぼしのことだったみたいだけど、今はそんなことをいちいち教えている暇はない。


「ボーナスタイムも終わってるね」


 クルリの言うとおり。白い衣装を着た影が牛若丸の如く橋の欄干に飛び乗りキラリと光るやいばを掲げ、見事に翻弄されたオッサンに向けてチェックメイトの跳躍をしようとしているところだった。


「アオイ撃て!」


「いきます!」


 ――タァンッ!


 銃口から放たれた弾丸は雨粒のカーテンを突き破り、空中で翻る心読丸へと間違いなく吸い寄せられていった。


 しかし、心読丸はそれをしっかりと見ていた。


 ――ギュオォン!


 しっかりと見たうえで、頭部に迫る弾丸を余裕をもって首を傾け避けて見せたのだ。


 つまり、心読丸への牽制は中途半端な効果しか得られず、心読丸はほんの少し体勢を崩しただけで、しっかりと刀を振り切ったわけだ。


 ――ゴトリ。


 落ちたのは左腕。


「ぬわーーっっ!!」


「オッサァァァァァァン!!」


 タマジロウが痛々しい叫びをあげながら、淡々とオッサンへ追撃をかける心読丸に闇雲に斬りかかる。


 心読丸はその攻撃を予見していたようにあっさりと飛び上がって避け、不十分な体勢となったタマジロウの脳天に狙いを変え、その刃を振り下ろす――。


 ――タァンッ!


 絶妙。ギリギリのタイミング。アオイの銃が火を噴いた。


 スパパパパパ!と雨を突き破り心読丸の胴体に迫る弾丸。


 ……今度は避けようがない。心読丸はそんな窮屈な体勢だったはずなのだ。


 しかし、振り下ろしていた刀をピタリと止め、音速に迫る速度の弾丸をいとも簡単に切り裂いて見せた。


 ……嘘だろ?


 俺は内心、あれなら間違いなく当たると思った。それほど狙いもタイミングも完ぺきだった。アオイは試射の時から命中精度が良かったけど、その中でもすこぶる最高な一撃だったのだ。


 しかし、当たらなかった。これが現実である。


 俺は努めて動揺を表に出さないようにして、ようやく辿り着いた橋の上でタマジロウとの慌ただしい合流を果たす。


「ちくしょう!遅かったじゃねぇか!カイも、おっさんも、言われたとおりにちゃんと逃げてたんだぞ。それなのに!」


「ばか!よそ見すんな!」


 またもや刀を振りかざす心読丸。俺は慌てつつ、心読丸の腕を遮るように『塊』を出した。


 腕と『塊』はゴッ! とぶつかり、心読丸は攻撃を取りやめて後ろに跳躍し、ピョンピョンと身軽に跳ねて後退していった。


「良かった。効いた……って!」


 ホッとしたのは束の間だった。


 心読丸は橋の欄干に飛び乗ったかと思うと、等間隔にある擬宝珠ぎぼしを蹴りながら向こう岸へと向かっていった。つまり、フリーズしているカイの元。


 アオイは次弾を装填中。


 俺の投げナイフは避けられる未来しかない。走っても追いつかない。


 タマジロウは矢を放ち始めるが、心読丸は意に介さない。


 クルリは自らの刀を投げようか迷ったらしいが踏みとどまった。流れに任せて投擲してしまえば、メインウェポンを手放してしまえば、この後の戦いがジリ貧になるのは目に見えているのだろう。




 ――打つ手が無い。




 そう思った時、野太い声が響いた。


「うぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 なんと、左腕を失ったオッサンが立ち上がり、右腕一本で自身の大盾をぶん投げたのだ。


 大盾はブンブンと回転しながら飛来していき――


 ――ドゴッ!


  心読丸に当たらないことは承知していたのだろう。恐らく狙い通り大盾はフリーズするカイにブチ当たり、その身体は欄干に背中を預け、そのまま川へと転落した。


「タマジロウ!行って助けてこい!」


 オッサンが叫ぶ。


「……でもオッサン」


 オッサンの左腕からボトボトと血が流れ、雨に混じって溶けていく。

 タマジロウはむさくるしい顔に視線を釘づけにした。

 言われた通り助けに行くべきか、ここに残って戦うべきか戸惑っているのだろう。


 そこにオッサンの声が飛んだ。


「ワシの事など気にするな! どうせワシもお前も役には立たん! だが、カイならば、やり合えるかも知らんだろう!」


 タマジロウは一つ舌打ちをしてから長剣を鞘に納めた。


「……だな。悔しいが、その通りだ。……お前らもそれで良いか?」


 視線を向けられた俺は頷き、クルリは「好きにすると良いよ」と言った。


 アオイは「行くなら早く!」と叫び、止血パッチを取り出してオッサンに駆け寄った。


「出来るだけ早く帰ってくっから!」


 余計な荷物を下ろし、手早く靴を脱いだタマジロウは川に飛び込んだ。今日は大雨。普通であれば躊躇するような激流。この判断が正しいかなんて誰にも判らなかったけど、結果的には良かったのかもしれない。




 ()()()()()()()()()見なくて済んだのだから。




 視界の先、俺たちのやり取りを待っていたかのように彼方を向いて突っ立ったままだった心読丸はゆっくりと振り向いた。


 そこで初めてじっくりとその姿を見る。


 アーカイブで見たときと同じ白を基調に赤の差し色が入った狩衣かりごろも。頭には羽衣をかけて、芯が冷えるような妖しさを持つ。耳まで裂けた口、赤い紋様。その実態はやはり、資料にあった通りの白い狐【地狐】だった。


 そして、その肩口あたりに小さな傷跡から血が滲んでいた。


「オッサン、あの傷は?」


「あれはリバースエッジが掠ったんだ。カイはその直後に固まった。その後はお前たちも見た通りだ」


 マジか。あの野郎が心読丸への初ヒットってことになる。


 ほんの少しの腹立たしさと、ほんの少しの希望が宿る。


 そして、心読丸がゆっくりと首を左右に順に傾けて、スッと真っ直ぐに戻った時、その獣の足は一歩前に踏み出した。


「――来るぞっ!」


 心読丸は徐々にスピードを増していき、狙いを定めて向かった先は……アオイだった。


 心読丸は素直な水平切りを繰り出し、アオイはそれを牙塊で受けようとするが、刀は流麗な弧を描き、スネを狙った下段へと軌道を変えた。


 アオイは慌てて牙塊をひっくり返して受けに回るが、まるでそれを見越していたように、心を読んでいたかのように、今度は牙塊を持つその手を目掛けて急角度で切り上げた。


 ――ガチン!


「っつ!」


 咄嗟に体を動かしたアオイ、心読丸の凶刃が牙塊から幾本も出ている刃に弾かれたのは偶然ともいえるだろう。


 しかし攻撃はそれで終わらない。体勢を崩したアオイに逆水平に斬りかかる。……が、


「よいしょ」


 ――キンッ!


 飛び込んできたクルリが刀を上から叩き伏せ、その峰を滑らせるようにして心読丸の胸を狙うが、今度は心読丸が強引な力でクルリの『一本のやつ』を弾きあげた。


 クルリの腕は浮き上がり恰好のスキを晒し、心読丸はその腹を目掛けて先端を突き下ろす。


 俺はそこに合わせて魔力を放出。


「カタマリ!」


 ――ガチッ!


 石にぶつかったような音が響いて心読丸の目は見開かれた。クルリは待ってましたとばかりに笑って刀を振り下ろし、サイドから飛び込んできたアオイは赤く光らせた牙塊をぶん回した。


 ――トン。


 しかし、心読丸は焦ることなく後ろへ跳び、二人の攻撃は空振りに終わったのだ。


「やっぱり並じゃないですね」


「ああ。結構上手く出来たと思ったんだけどな」


 距離を取った心読丸から視線は外さず、アオイと言葉を交わす。


「でもまぁ、今のところ、想定内と言えば想定内じゃない?」


 クルリは【二つのほう】も抜き、三刀流に。


「もうちょっと楽なら良かったんだけどな。もうしばらく様子見つつ、どこかでリスク取ってみるか」


「だね。何か気が付いたら試してみよう」


「モチモチのロンです」


 そうやって話していると、心読丸は先ほどと同じように首を左右にゆっくりと傾け始める。アーカイブでも見たことがあったが、動き出す前の予備動作のようなもの。


「俺から行く」


 俺はナタを手に駆け出した。


「……『ドロドロ』」


 心読丸も弾かれる様に飛び出して来た足元に、俺は元祖の【淀み】を生み出すが、心読丸は寸前で気が付いたのか、伸身宙返りでそれを飛び越えながら、回転しつつ斬りかかってきた。


 俺はそれにナタを叩きつけながら蹴りを繰り出すが、それより先に心読丸の刀が俺の顔面に届きそうになり、身体を仰け反らせると切っ先は鼻先をかすめていった。


「……まだまだ」


 心読丸の着地地点には、すでに不規則なカタマリをいくつか浮かべてある。着地を阻害するためだ。


 崩れた瞬間を狙い撃ち出来るように、後ろ足に力を溜める。


 すると一瞬、心読丸はまんまとバランスを崩しそうになったのだけど、驚異のバランスでカタマリの上で安定を得て、突進した俺に向かって刀を振るおうと構え……。


「残念」


 ――ヒュッ。 心読丸の足の下にあったカタマリを突然に消失させる。

 いくら身体能力の高いモンスターでも、地面につくまでのほんの一瞬、自由落下を余儀なくされる。その一瞬だけは明確なスキとなるのだ。


 俺は二本のナタで斬りかかり、そして、同時に背後から銃声。


 ――タァン!


 だが心読丸。器用に刀を地面に突き立て杖にして、自由落下の呪縛からスルリと抜け出した。


「それなら『ドロドロ』だ」


 着地地点一帯に高濃度の淀みを生み出し、落下速度に抵抗を加えることで、心読丸に嫌らしい不自由さを与える算段だ。


 そこにクルリが切り込んでいき、銃声も響く、さらに俺も突っ込んで行くことで間断なく攻撃を加えていく。




 ……惜しい。……惜しいところまではいく。


 その後も、攻撃を繰り返し、創意工夫をして、戦いの中で発見をしながら、そんな場面をいくつか作ることが出来た。


 だが、それらの連撃も今一歩、心読丸には届かない。


 カイがつけたという傷を除いて、未だに一太刀も入れられてはいない。


 そして、剣戟を重ねるにつれ、もう一歩だったはずの攻撃も、二歩三歩と届かない距離に感じられてくる。


 俺の【カタマリ】や【ドロドロ】も、アッサリと見切られることが増えてくる。


「まさか、本当に読まれてるのかな?」


 クルリがポロリと弱音を吐いた。


 こちらがほとんど攻撃を食らっていないのは、俺たちの連携の良さだとも思うし、心読丸がリスクを取ってまで攻撃を仕掛けてこないからだと感じている。


 なぜ相手は焦らないのか?


 答えは簡単だ。


「……やばいね。息が切れてきちゃった」


「……喋ったら余計にしんどいぞ」


「……あっちは平然としてますね」


 人間の限界。モンスターの超常。


 ボーナスタイムなんてものがなかったとしても、時間をかければかけるだけ、疲れるし、集中力が持たなくなってくるし、俺たちはどんどん不利になっていく。


 だけど、戦えば戦うほどわかってくることもある。


 心読丸が『心を読む』って言われている本質が掴めてきたのだ。


 この仮説さえ正しければ、道は開けるかもしれない。


 いや、大見得切ってここまで来たんだ。届かなかったで済まして死んでる場合じゃないだろう。




 ――必ず道を開いて見せるさ。




 一度距離を取っていた心読丸が、首を左右にゆっくりと傾ける。接近の予備動作。


「アオイ! 『散弾』だ! 広範囲なやつで頼む!!」


「え!? でも、破裂させるものが……」


「橋でも欄干でもオッサンの腕でも構わない! クルリは突っ込む準備!」


 心読丸が駆け出してくる。

 

「それは流石に構いますから! じゃあ行きますよ!」

 

 そういったアオイは、真っ赤っかに光らせた牙塊を欄干に向けてフルスイング。


 ――ドパパパパパンッ!


 幾百の木片が五月雨となって心読丸に襲い掛かった。


 心読丸は真実、心なんて読んでいないはずだ。その証拠に、俺の淀みに戸惑ったし、カイのリバースエッジを喰らったわけで。


 心を読むんじゃなくて、ただ、超常的に反射神経が良いとか、目がやばいくらい良いとか、そういうことだとしたら、広範囲攻撃で逃げ道を無くしてやれば済む話だ。


 そこに追撃なりシビレキなりで機動力を奪ってやれば、いくら目が良くたって逃げることは出来なくなるんだから、それはもうチェックメイトと考えていい。


 アオイの放った破裂で足元の橋はグラリと揺れるが、俺はそれでも必死にバランスを取りながら、爆散で視界の悪くなった中を駆け出して接近を試みる。




 『KYAN!』と聞こえた。『散弾』は直撃した!




  ――と、そう考えた時だった。

 



 ――心読丸がいくつかの傷をつけながらも、シンとした静けさで、目の前に立っていた。




「……え?」



 ――まさか、このタイミングで目の前に来るか?




 そんな一瞬の驚きは、心読丸にとっては十分な時間だったのだろう。




 『コン』と聞こえたかと思うと同時、水平に、滑るように迫る怪しい刃は、俺の首へと吸い込まれていく。




 冷たくも熱い不可思議な感触が、皮膚を超え、筋肉に食い込み、頚椎を、喉を断ち、さらに筋肉を、最後に残った皮膚を通過した、生々しい実感が背筋を駆け上がり、繋がりを失った首元から空に霧散していった。



「……っ」



 ……あ、声も出ない。




 そして、空気の代わりに大量の血液が喉に流れ込んできて、しかし、咳込むことも出来なくて、というか、そんなことがどうでも良くなるのだけど、俺はこれまで、たくさんのモンスターや、極稀に相手は人だったこともあるのだけど、相手の首を比較的たくさん一刀で切り落としてきたわけで、それはむしろ残酷というよりは、一瞬で息の根を止めることが、多少の贖罪になるような気がしてきたのだけど、それは結局のところ、俺の勝手な想像でしかなかったわけだ。




 ――グラリ。




 ゆっくりと視界が傾いていく。




 刀を振り切った心読丸も、どんどん傾いて見える。




 ――スローモーションに見える視界が、ゆっくりと低くなっていき、ぐるぐると回転し始める。




 アオイの表情が視界の端で見えて、その青ざめた顔からしても、やはり、俺の身体と首が離れてしまったのだろう。




 ごめんな。




 ごめんなさい。




 お前を残して死んじゃったよ。




 ――ゴロ、ゴロリ。



 揺れる視界が定まった時、地面から見える俺の身体には、もちろん首は付いていなかった。

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