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29.一つ目巨人、野営、笛の音


 ――タァンッ!


 将校のライフルから発射された銃弾は【一つ目巨人】の大きな目へと吸い込まれていくが巨体からは想像できない凄まじい反射神経で眼球への直撃は躱す。

 頬から血液がパシュッ!と吹き出した。


 一つ目巨人は立ち上がり拳を固めて激昂!


『Vuwaooooooooooooooooooh!』


「んじゃ、頼んだよ」


 クルリはそう言って物陰を移動していき、残った俺たちも飛び出していく。


 一つ目巨人を除いてモンスターは六体。その中には【エリマキ蝶々】や【片足トカゲもどき】などの難敵も含まれているが、オッサンはハンマーで大盾を打ち鳴らして「ボーゲレ!ボーゲレ!」と叫びながらそいつらの注意を引き付けていく。


 アオイは次弾を一つ目巨人の足に命中させてオッサンへの注意を分散させる。

 タマジロウはしびれ蛸を地面に縫い付けるように矢をばら撒いてその場に留め、それが終わればエリマキ蝶々のはねに風穴を開けるべく連続的に矢を放つ。


 俺はと言えば……。


「てめぇこっち来るな!一つ目巨人がフリーじゃねぇか!」

「アオイのオマケが指図をするな!そう言うならお前がやればいいだろう!」

「乱戦だったら俺のが上手いに決まってんだろうが!」

「お前に何一つ劣っている記憶は無いな。もちろん女の趣味もだ!」

「あん?どさくさに紛れてヒナにアピってんじゃねぇ。知ってるぞ!長兵衛以来なんだかんだまともに会いに行ってねぇんだろ? クソビビリはキン玉もげちまえ!」


 カイと口喧嘩の真っ最中だった。


 いや、お互い文句をぶつけ合いながらも、何とか雑魚敵の動きを止めたり、首を落としたりしたものの、連携という点ではマイナスでしかない。


 カイの剣が俺の鼻先を掠めていくわ、ぶつかるわ。こんなにやりにくい相手を俺は知らない。


 そんな俺たちを見かねたオッサンが怒声を飛ばす。


「二人とも!下らんことするな!仲良くしろとまでは言わないがせめてもう少しなんとかしろ!アオイとタマジロウが巨人に……」


 そちらに目をやると、一つ目巨人は今まさにアオイとタマジロウの脳天に岩石のような拳を振り下ろしている所だった。


 ――ドォオオオオン!


 ――ドパァァァァン!


 地面を揺るがす轟音と、巨大なタイヤがパンクしたような音が響く。

 その周囲は砂煙で見えなくなっていたが、飛んできた肉片が俺たちの頬や服をベチ、ベチャリと汚していった。


「……おい。……あいつらは」


 驚きの声をあげたのはオッサン。驚愕を表情に出している。


「オッサン!しゃがめ!」


 ――ビュン!


 俺はオッサンの頭上へとナイフを投擲した。


 【エリマキ蝶々】がオッサンの禿げ頭に口である吸収管を突き立てようとしていたからだ。


 エリマキ蝶々は翅を突き破られてバランスを崩し、すでに詰め寄っていたカイが胴体を的確に切り裂いた。


「お前こそ注意してくれ。脳みそを吸われたらおしまいだ」と言ったのはカイ。


 カイもオッサンにはそこそこ敬意を持っているらしい。俺にも持てと言いたいが、そんなことは置いておいて他の雑魚を切りつけながらオッサンに声をかける。


「相手が武器も持たない脳筋肉ダルマなら、アイツも十八番だ。やられる道理が無いんだよ」


『Gumoooooooooooooooooooooooooooooo!!』


 事実、砂煙が収まったあちらでは肘より下を失い悲鳴を上げる一つ目巨人の姿と、盛大な【破裂】で牙塊を振り切ったアオイの姿があった。

 ついでに言うと、物陰に隠れたタマジロウが目を丸くしてその光景を見ているのも見えている。


「おお! あれが【破裂】。間近で見たのは初めてだ」


 オッサンは安心と感心をない交ぜにため息をついた。


 一つ目巨人は激昂を隠さず大暴れしはじめ、アオイも今度は逃げに徹している。


「誰かが邪魔だったが、こちらはようやく終わったぞ」

「邪魔はお前じゃ」


 雑魚敵を倒しきったカイが剣についた血糊をふき取り鞘に納めたとき、一つ目巨人の背中を器用に駆け上がるクルリの姿を見つけた。


「始まるか!」オッサンが喜々とする。


 クルリが水色に光る刀で一つ目巨人の超極太の首に浅い傷をつけると、巨人は残った左手でクルリを叩き潰そうと自分の首を殴りつけるがすでにそこには居ない。


 クルリは巨人の足元で三刀流の構え。


 そして、その足へと魔力で光る刀を……


 ――スパッ!スパスパ!グサリ!サクッ!スパスパスパリ!スススッ!ツツツツツッブスプス!スパッ!グサグサ!スパスパスパリンリンリン!


 とてつもない回転力でゲリラ豪雨のように切りつけまくり、再度飛来した巨人の拳を避けながら、オマケとばかりにサクサク! と切りつけ飛びのいた。


 しかし、あれだけ切りつけた巨人の身体には刀傷はついておらず、傷跡代わりに水色の光が無数にあるだけだ。

 そして、その光が一際輝いているのは、初めにつけた首の後ろの浅い傷。


 【ひとまとめ・斬】のスキル効果は、クルリが息を止めている間、対象につけた傷のすべてが、初めにマーキングした部分へと加算されるもの。

 どれだけ極太の肉ダルマであろうとも、何十もの攻撃を一箇所に集約されればひとたまりもないだろう。必殺技と言っても過言ではない。


 息を止めていたクルリが「すぅ~」と空気を吸い込み、「ふぅ」と息を吐くと、巨人の身体に付けられた光の傷がギュゥゥン!と一気に首へと集まり、初めの傷がピカッ!と大きく光ったかと思ったら、一つ目巨人の超極太の首をぐるりと一回りに光の首輪のようなものが出来ていて、それはすなわち集約された刃の一太刀となった。


 ――ズパァッ!


 綺麗に首が刈り取られた巨体。ゆっくりと倒れゆく。


 ――ドオォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!! ゴロ……ゴロリ。


 巨体は地面へと倒れ伏し、頭部も近くに転がった。




 あまりの迫力にみんなが騒然とする中、脳内にへばりついていた疑問が思わず口をついて出た。


「なぁオッサン。モンスターの注意を引きつけるときに言ってた『ボーゲレ!ボーゲレ!』って何だ?」


 するとオッサンはほんのりと顔を赤くした。


「……聞くなよ。……恥ずかしい」


 そう呟いて歩き去った背中を見つつ、謎は謎であり続ける場合もあるのだなと。そして、クソどうでもいいことを聞いてしまったと後悔した。



※※※


 一つ目巨人を倒した俺たちは、当初の予定通り四層と五層の中間にあたる洞窟内部で野営をすることになった。

 心読丸は今まで四層以下に降りて来たことは無いけど、そもそも階層間を何層にも渡って移動するモンスター自体が稀だし、過去の動きからしても四層には絶対降りてこないとは言い切れなくて、つまり、モンスターの往来が比較的少ない階層間の洞窟であっても、夜間に心読丸が現れないとも限らず、当然のことながら緊張感を保っての野営となる。


 


 野営の準備を済ませた俺達は、持ってきた保存食を温存して先ほど倒した【片足トカゲもどき】のステーキと、オッサンが採取していたらしい大量のネギをスープにして食っている最中だ。


「……花屋って何者なんですか?」


 静かな食事の最中にアオイがクルリに水を向けた。


「あれは人の喜びとか哀しみ、怒りや憎しみ、妬み、嫉み、快楽、嘲笑、絶望とかウンタラカンタラとか、とにかく人間の心の動きが好物らしい。あの時に本人がしみじみと語ってたよ」


「負の感情だけなら何となく解りやすいもんだけど、そこに喜びまで入ってるのが気味悪いな」


「そりゃね。花屋の楽しみは喜びの後にこそあるんだろう。なんてったって、一番の好物は恋が絶望に変わるところだって言ってた……あれ? これって前にも話さなかったっけ?」


「……だな。そんなこと言ってた気がする」


「じゃあ、あんまり気持ちのいい話でもないし、明日の朝御飯の話でもしようよ」


「おう。それがいいな。アオイは明日何食べたい?」


 俺とクルリがアオイの方を向くと、当のアオイは顎に手を当ててボンヤリとしていた。


「え、あ、すいません。ちょっと考え事してました。何の話でした?」


 最近のアオイはこういうことがよくある。……帰ったらもう一度話を聞いてみるか。


「明日の朝何食いたいって話だよ」


「ああ、それなら――」


 そんな風にしながらも時間は過ぎていき、結局の所、問題という問題も無く朝を迎えることが出来たわけだ。




※※※


 翌朝、元の予定通り2つのパーティーは別れることになった。


 しかし、昨夜にクルリと話したことがある。


 「クルリ」


 タダスケ戦で手に入れた指向性ホイッスルを投げて渡すと、クルリは「そうだね」と頷き五層の地図を持ち出してカイたちへと声をかけた。


「ちょっと見てくれるかな」


「あん?今更一緒に行くとか言い出すんじゃないだろうな!歓迎するけどよ!」


「いや、違う違う。全然違う。それでね、心読丸の行動パターンからの推測なんだけど、地形的にこの橋から川の分岐があるこのあたりまでか、あるいは、ちょっと離れたこっちの丘の周囲から湖のある辺りまでが確率が高いと思うんだ」


 クルリが話した情報はとても価値があり、獲物を取り合うライバルに提供するべきでないものだ。


「そんなこと言っちまって良いのかよ」


 タマジロウが瞠目する。


「パーティーを一緒にしないのはエンカウントが難しいからだし、エンカウント後に共闘することは問題ないはずって結論になった。それとイナホに聞いたんだけど、そっちも狙いは【妙薬】だけでしょ? 妙薬の素材なら分けても余るくらいだと思うし、他の素材は後でドローン裁定を使えばいいしね」


 今朝も俺たちが動き始めたころに、どこからともなくドローンがうろつき始めている。


「つまり、僕らが心読丸を倒しても君たちの必要分の分配は約束するし、君たちがエンカウントしたらそのホイッスル吹いてくれれば出来るだけ早く合流する。君たちがやられる前に行けるかはわからないけどさ」


「……てめぇ。俺たちが負けるってのは確定事項のままだってのかよ」


 鼻息の荒いタマジロウ。しかしクルリは意に介することなくにこやかに言ってのけた。


「うん。だから、もし見つけたらすぐに笛を吹いて、逃げるか防戦に徹してよ」


「てめぇ! んな事してられるかよ!」


 タマジロウがクルリの襟首を捻りあげようとするが、ひょいと避けられて地団駄を踏み「腹立つなぁちくしょう!そんなことやってられっか!」と憤った。


 まぁ、物には言い方ってものがある。正直にありのままを話すことがいつだって相手の為になるとは限らないのだ。

 見栄とかプライドとか、そういうものはクルリの中では大した価値は無いのかもしれない。


 好ましい部分ではあるけれど、今この状況では裏目にしか出ない。


 俺は頭を掻いて、どう言い繕ったものかなと思案していると、それを見ていたカイが口を挟んだ。


「タマ。ちょっと待て。その話には乗る」


「あん?こういう舐められるのはお前が一番嫌いだろうよ!」


「ああ。(はらわた)が煮えくり返る。……だけどな、それでも優先したいものがある。クルリ。頼んだぞ」


「……ヒナちゃんの事になるとお前は人が変わるな」


 オッサンも俺もタマジロウの言葉に完全に同意見で口をあんぐりと開けている。しかし、カイの口から出たつぶやきは、俺たちの予想に反する一言だった。


「……ざけんな。お前らに死なれると困るからだ」


 オッサンと俺は目を見合わせてクスリと笑った。俺とアオイが巻き込まれた時なんかは、他人の事をそんな風にいうことは無かったはずだろうし、俺がそうであったように、カイの中でも少しづつ何かが変わっているのかもしれない。


 しかし、カイは俺に振り返り言い放った。


「お前に頭を下げた訳じゃないから勘違いするなよ!」


 俺には何にも変わんねぇな! バカちん!




 そうして、2つのパーティーは別れて探索を開始することに。


 五層は平野や川、小高い山もあるような一般的な野外のエリアで、唯一特徴的と言えるのは、ダンジョン外の天候と完全にリンクしていることだった。


 で、その天気というのが、黒澤映画を連想するくらいの滝のような土砂降り。一応は装備は防水だし、大雨を差し引いても確率と安全性から考えてこの五層でエンカウントを狙うのが最善だろう。ある程度は我慢するしかない。


 そんな感じで、俺たち三人は最も確率の高い丘の方へ、カイたちは川の方へと向かった。


 しばらく探索を続け、三時間くらい経った時だろうか。


 


 ――ピィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!




 雨音を突き抜けてくるように、カイたちの居る川の方角からけたたましい笛の音が響き、俺たちは弾かれるように駆け出した。


 戦闘が始まる。

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