28.六人で階層主と
先頭を進むタマジロウが言った。
「左奥の通路から気配があるぜ」
最近買ったというスキル【気配察知・弱】により敵の襲来をいち早く察知して得意げだ。
俺はそのドヤ顔に呆れながら横に並び、ケツを軽く蹴飛ばした。
「低層で使いすぎだ。ちょっとは温存しとけよ。後になって保たなくなっても知らねぇぞ?」
「うるせぇ!お前にだけは言われたくねぇ!イナホこそ無駄遣いだろがい!」
仕返しにケツをパシンと叩かれた勢いのままに隊列の前に出ながら。
「アホか。こっちは新しいスキルの練習だって言ってんだろ?」
「自慢かっ!?また自慢したのかっ!?」
「そんなことするかっ! アオイ、行くぞ」
「はいはーい」
現れたのはおなじみの軍服ガイコツ。新人戦の時にも随分お世話になった相手だ。
「また『塊』作って接敵タイミングずらしてみるけど、しくじった時の為に二体同時のつもりでやってくれる?」
「相変わらず心配性なんですから。そう言ってまだ一度も失敗してないでしょう?」
「だけどさ、安心しきられても困るっつうか……」
「わかってます。気は抜きませんよ」
のんびりとそんな話をしている間にも、軍服ガイコツは青い瞳を揺らしながらコチラへと駆けてくる。
「んじゃ、『塊』」
「やっぱり名前クソだせぇ」というタマジロウの声と、その頭が誰か――多分オッサン――に叩かれた音を背中で聞きながら、クルリにもらった【スキル収縮硬化】と【淀み】を掛け合わせて、軍服ガイコツの進路にハンドボール程の『硬い淀み』を浮かび上がらせた。
すると狙い通り、走ってきた軍服ガイコツは突然胸元に現れた物体に体をぶつけ、バランスを崩してすっ転んだ。
それを見たもう一体のガイコツが間抜けにも気を取られて足を止め、一気に距離を詰めたアオイが飛び込み様に片腕で牙塊をブン回す。
――バキョボキョ!
一撃粉砕。
アオイは勢いをそのままに、立ち上がろうとしているガイコツへと牙塊を振り下ろした。
――バキバキ!
「おつかれさん。んじゃ行くか」
オッサンが魔石を俺たちに投げて寄越し、カイやクルリを含めてそれぞれが何事もなかったように進軍を再開。というか、そもそも足を止めることなく進んでいる。
ダンジョンに出入りする冒険者が少ないせいでモンスターの数は多いのだけど、これだけのメンバーが揃っていると低層を進むのに何の問題も無く、戦力過多の傾向があるくらいなので、前衛を入れ代えながら体力の温存をしつつ軽快に進軍していたわけだ。
骸骨が現れれば似非怪力グローブを付けたアオイが軽々と牙塊で粉砕。
悪いきつねが現れても、新人戦の賞品でもらった大量のお札でオーバーキル。
カイたちの連携も見上げたもので、盾役のオッサンがブロックしたところにタマジロウの弓やカイの剣技で他愛もなくモンスターを葬っていく。
そしてやはり何より凄いのはこのメンツの中では圧倒的に場数をこなしているクルリだろう。
モンスターの攻撃をヒョイヒョイ避けつつ一刀で両断していき、例えば三層の門番の所では「僕の順番だ。……ん?順番だよね?」と言いつつ、一人で七体に突っ込んでいき、彼のスキルの一つである【痺れ・斬】――通称【しびれき】――を必要最小限で使い、危なげなく多対一を切り抜けた。
心読丸も一人で倒せるんじゃね? と思ったのは俺だけじゃなかったはず。しかし彼は『無理無理。タナカみたいに落とされて死ぬよ』と、あっけらかんと笑っていた。
タマジロウはオッサンやカイたちにも注意され気配察知を使わなくなり暇になったのか、隣に並んで声をかけてくる。
「イナホ、お前さっきの戦闘でもクソの役にも立ってなかったな。プププ、ザマァ見ろ」
「うるせい。そんなことは百も承知だよ。くだらんことばっかり言いやがって、……お前さては深くなるにつれて緊張してきたな?」
「……そりゃするだろうが」
「まぁな。だからこそ今のうちに練習しときたいんだよ」
「なるほど。そうならそうと早く言え。ビビってるのが俺だけかと思ったじゃねぇか」
そりゃ、俺が『塊』を出さなかったところでアオイなら二体くらいサックリと倒すのは解っているさ。
解っていながら俺一人だけがほとんど全ての戦闘に顔を出しているのは、クルリにもらった【スキル収縮硬化】を実践の中でモノにしたいからに他ならない。
この【スキル収縮硬化】は『スキルを収縮し硬質化する』というシンプルかつ超限定的なもので、レア度で言うと星1つ。
星1つの理由は明白で、他のスキルの補助として成り立つものなのに、そもそも硬質化させることで活きるスキル自体が極々限られているからだ。
例えば知り合いで見渡してみても【破裂】【痺れ・斬】【リバースエッジ】【痛さ半減】【重量】【気配察知・弱】など。クルリの別スキル【ひとまとめ・斬】や【植物特攻・極】にしても、硬さの違いで何が変わるとも思えない。
もしかすると想像以上の使い方があるかもしれないけど、貴重な三つのスキル枠を潰して試そうとするなら普通は【消去石】の使用を視野に入れなければならず、無謀な勇気か財力のどちらかが必要になってくるわけだ。
とはいえ、もちろん【スキル収縮硬化】と掛け合わせることで飛躍的に使いやすくなるスキルだってあるわけで、クルリの予想では俺の【淀み】がそれにあたると考え、俺たちを誘う前にわざわざ購入してくれていたらしい。
需要は少ないだろうし値段も結構安かったのかな? と思って気軽に聞いてみたんだけど、値段を聞いた時は正直引いた。
局所的需要に対応した値段というやつらしい。つまり、『欲しがるやつはいくら高くても買うだろうから高い値段付けとけ』ってわけだ。その金額なんと1億円。
……聞いた時はゲロ吐きそうになったよ。しかも、呑み込んだ直後に言うもんだから溜まったもんじゃない。もう返却もできないのだから。
しかも、『想像通りに使えれば今回の討伐がかなり楽になると思った』とか言いやがった。
クルリの事だから別にプレッシャーをかけようとしてるわけじゃないんだろうけど、俺からすればプレッシャー以外の何物でもない。1億円を無駄にするわけにはいかないだろうよ。ってなわけで全戦参加で必至に習得中である。
で、【スキル収縮硬化】で何が出来るのかを一応説明しておくと。
これまでの【淀み】でもドロリ具合の濃度調整は出来たが、それはあくまで気体の概念から大きく逸脱する事は無かった。
しかし、【スキル収縮硬化】を掛け合わせると『空中に浮かぶ塊』のようなものを生み出せるようになったわけだ。
『収縮』させることで【淀み】の体積をギュッと小さく押し固める性質上、これまでのように大きな体積のものは生み出せないけど、ギュンギュンに硬くすればある程度の攻撃なら直接受けることもできる。上手く使えれば魔法の障壁みたいに使えるので、魔力の消耗の多さを差し引いてもかなり使えるスキルである。
慣れていけば自由な形を生み出すことも出来るはずなので、板状とか、棒状とか、そのあたりも戦闘外で練習中だ。
※※※
戦力過多により進行速度が速いこともあって、四層の終点である門に着いたのは予定よりも随分と早い時間だった。
門番の戦力分析をするため、このエリア特有のいつまでも続く夕闇に紛れ込み、六人で岩陰から門を観察してみると、そこにはひときわ大きなモンスターが胡坐をかいていた。
それを見たタマジロウが顔を引きつらせながら言った。
「おい。門に【一つ目巨人】が居るなんて聞いてないぞ」
オッサンが息を飲んで返す。
「そりゃ俺たちだって今知ったんだから。しかし、心読丸に挑もうと言うのに四層の階層主くらいで音を上げるわけにはいかんぞ」
まったくオッサンの言うとおりだけど、目の前に居る階層主の姿を見てしまうとタマジロウが頭を抱えるのにも納得できる。
相手は【一つ目巨人】。何せデカい。とんでもなくデカいのだ。立ち上がろうものなら三階建ての一軒家くらいはありそうで、高さとゴツさを兼ね備えた筋骨隆々のマッスルボデー。
この階層のフロアボスは門とは離れた場所に生息していたし、希少な素材も持たず、そのクセ見るからにヤバそうな奴なものだから『コスパが悪い』と長い間無視されていた残念な希少種だ。
「あら、あっちに他のパーティーも待機してますよ」
アオイが指さした先では十人ほどの冒険者が早めの晩御飯の用意を始めつつ、俺たちの動向を観察している。
「あいつら、誰かが【一つ目巨人】倒すのを待ってやがるな」
あいつらも心読丸狙いってことだろうけど、利益の薄い階層主に命をかけたくないのだろう。
折り畳みイスに座ってコーヒーまで飲んでいるので優雅なキャンピングのようですらある。【一つ目巨人】を倒した暁には一杯くらい飲ませてもらわにゃ気が済まんな。
「まぁ良いじゃない。ああいうでっかいタイプは僕の十八番だし。とりあえずアオイとタマくんが狙撃で削りつつ、オッサンは雑魚敵引き付けて、カイとイナホで雑魚退治しつつデカいのを攪乱してよ。ってのでどうかな?」
クルリの提案に異議を唱えるものは居ない。俺とアオイはもちろん。カイやオッサン、文句ばっかり言っているタマジロウですら、クルリの実力や作戦に一目置いているようだった。
「狙撃。いよいよこいつの登場ですね」
アオイは京スラから無事に返ってきた【将校のライフル】に特別製の弾丸を込める。
最大装填数が二発ってのは少ないけど、京スラ実験場で行った試射では、クロスボウと比にならない射程と威力を味わった。
もう一つ難点を言うと、弾丸は【将校のライフル】専用なのでいちいち作ってもらわなければならず、その素材代も通常弾で一発あたり一万円近くする。試作品と言って一発だけ渡されたスキル弾――射手のスキル効果を弾丸に付与出来る――だと、70万円程かかる計算で決して安いものではない。
手持ちの弾丸はテスト用の余りを貰ったもので通常弾も三十発しか無かったりする。
「ちぇっ!俺も銃とか使ってみたいぜ」
タマジロウがぶつくさ言いながらもバックパックから緊急時用の薬や道具をしっかり準備して身軽になっていく。
クルリも普段使っている【一本のやつ】という変な名前の刀に加えて【二つのほう】というこれまた変な名前の刃が二本並んでついている妙な脇差サイズの刀を抜き去り二刀流、或いは三刀流の構えである。
……刀を打った人はそんな名前で呼ばれてどう思っているんだろうか。多分銘とかあるだろうに。
「クルリの【ひとまとめ】を生で見られるということか。楽しみだな」
オッサンが珍しくウキウキとしていたが、数々の有名ボスを葬ってきた大技だ。俺も内心では同じように考えていた。
それぞれ手早く準備を整えた。
そして、アオイの持つ将校のライフルがタァンッ!と響き、階層主との戦闘が幕を開けた。




