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26.二の足くらい踏む

「わかった?」


 タナカが心読丸に挑んだ映像が終わり、クルリが尋ねてきた。


「……わかんねぇよ」


 終わってみればあっという間で二分ほどしかなかったのだけど、その中で先程の解答――フキさんを助けることと心読丸討伐の因果関係――を見つけることは出来なかった。


 しかも、いくらタナカのことが好きになれないとはいえ、顔見知りの彼が死ぬシーンを見るのは気分の良いものではないし、こんなの気分になることがわかっていたからこそ、彼の()()()について調べなかったというのに。


 嫌なものを見せてくれた。


 だけどクルリ。そんな俺の感傷をすっかり無視して映像を巻き戻す。


 タナカが仕掛けた最後の攻撃を心読丸が武器を抜いて軽く受け流したシーンだ。


「ここ。……ほら見て、映像が一瞬クリアになる」


 武器同士がぶつかりキィィン!となった瞬間を一時停止して見せた。


「……あ。ホントだ」


 荒かったはずの映像が、タナカの剣と()()()()()がぶつかったほんの一瞬だけ、すべてを鮮明に映し出していたのだ。


 一度や二度見ただけではわかるはずのない些細な綻び。よくもまぁ見つけたものだと感心するとともに、そこに映った化け物の姿に刮目した。


 平安貴族や陰陽師を連想する白と赤の狩衣(かりぎぬ)姿に、名前の一部にもなっている羽衣らしき薄い布切れで頭部を覆い隠している。


 服に隠れて生身はほとんど見えないが、特徴的な手の先と、白い毛に覆われている突き出た鼻先と裂けた口を見れば、一匹の獣が連想された。

 

「……これは、……狐?」


 口数の少なかったアオイがそう言った。俺の意見も同じものだった。俺はその言葉を引き継いで疑問を口にする。


「もしかして悪い狐の亜種なのか?」


 だが、クルリは首を横に振った。

 

「悪い狐はこんなに立派じゃない。それにこの紋様を見て」


 クルリが指し示したのは心読丸の手の甲と顔に筆で引かれたような赤い紋様。


「古い文献を漁っていた時に見たんだけど、この紋様はそれなりに上位の狐にしか見られない霊力の現れ。紋様の特徴から見て……コイツは地狐だ」


 そう言われてハッと気がついた。


 フキさんを治したいというクルリの思惑と心読丸討伐がようやく繋がったのだ。

 

「【地狐の妙薬】か」


 ヒナの弟であるツバメの病気を治す最終手段として聞いた例の万能薬。


 そういえば以前、新人戦の作戦を練っていたときにクルリの口から地狐を探していると耳にした記憶もある。


 なるほどフキさんに使うことを考えていたのか。

 

「うん。言い伝えではどんな病気も治るってことでしょ?彼女の症状が病気かどうかは怪しいんだけど、試せるものはすべて試したい。この点においては成功するかは微妙だけど、討伐の勝算だけは十分にある。つまり、そういうわけなんだ」


 クルリは改めて頭をペコリと下げた。


 だけど、俺はすぐに返事が出来なかった。


 ここしばらく考えていたことが頭をよぎったからだ。


 ダンジョン探索を安全圏内に抑えて職業冒険者としての道を歩んだり、いっそのこと冒険者自体を辞めてしまって新しい職を手に入れたり。


 アオイの復学も選択肢として残しておきたい。

 何より安全性や今後を考えると無茶な冒険に二の足を踏むのもしょうがないだろう。


 相手は、出逢えば即死の心読丸だ。


 ……勝算はあるって簡単に言ってくれるけど、あんなやつに勝てるのか不安。


 俺がそうやって黙って頭を捻っていると、隣で覚悟の声が聞こえた。……聞こえてしまったのだ。


「……私、行きます」


 アオイは少し感情的に、感傷的に、それでもしっかりとした口ぶりで。


 だから俺は咄嗟に制した。


「アオイ。ちょっと待て」


 こんなことは簡単に決めていいことじゃないだろうに。


 いや、そりゃ助けたい。全力で助けてやりたいよ。


 相手は恩のあるクルリだし、きっと誰にでもペラペラと話さないようなことを、俺たちを見込んで話してくれたし頭まで下げてくれたんだ。

 大好きな子を助けるためになりふり構わず生きてるなんて誰にでもできることじゃないし、そんな純粋な気持ちに協力してやりたいって思うのは当たり前すぎるくらい当たり前のことだし、今からすぐにでも一緒に飛んで行ってやりたい。


 地狐の妙薬のことならツバメの力にもなれると思うし、心読丸討伐となるとイチカのことだって頭をよぎり、行きたい理由や衝動は馬鹿みたいに膨らんでいく。


 だけど、心読丸に立ち向かった冒険者のほとんど全員が、今のクルリのように『必ず倒せる』と自信を持って挑んだはずだ。


 だけど結果はどうだ?遭遇できたヤツらは誰一人として生きて帰ってないんだぞ?


 あのタナカだってそりゃクソ野郎だったけど、その実力は本物だった。

 新人戦の結果こそアオイが上回ったけど、冒険者全体から見ると、少なくとも俺たちとほとんど変わらない力量だっただろう。


 だというのに、ほとんど何もできないまま、傷一つつけられないまま終わったんだ。


 俺は一つため息を吐いてからクルリへと視線を向けた。


「……なあ、心読丸と遭遇時の死亡率は百%なんだぜ?お前がフキさんを大事なように、俺達はもう、そう簡単に死ぬわけにいかないんだよ」


 そう言うとクルリは頭をポリポリと掻いて俯いた。


「……イナホさん」


 アオイは不安なかすれた声で俺を呼ぶ。

 今度はそちらに向き直り、真っ直ぐに目を見つめて話す。


「なぁアオイ」


「……はい」


 ゆっくりと諭すように語りかける。


「俺だって行きたい理由は山ほどある。クルリの力になりたいし、期待にだって答えたい。彼女を治す手伝いができるなら最高だろう。霊薬に関しちゃツバメのことだってあるんだ。それに、どこぞの鍛冶屋の行き場のない思いだって多少は軽くなるかもしれない。サクッと行ってサクッと倒して、みんなが喜んでくれたらどれだけいいかと思ってるさ。……でもな、簡単には行けない。簡単には死ねない。……失いたくないものが増えすぎたんだ」


 アオイは涙を浮かべ、唇を噛んだ。


「……はい。……ですよね。……じゃあ私が、……その、私は、……行きます」


 まさかの単独参加宣言。


 思っていた反応と違いすぎた。少なくともアオイにしては感傷的すぎるほどの反応で少し首を傾げてしまうが、今の俺には自分の考えをブレさせるつもりは一切なかった。


 だからハッキリと口にしなければならない。


「何言ってんの?失いたくないものって主にお前のことを言ってんだぞ。お前だけが行くとか一切ありえないから」


「えっ?……あ、……えーっと、……んっ?」


 アオイはわかりやすく狼狽して、何度も俺の顔を見る。ついでに耳が赤くなってる。


 『んっ?』は、こっちのセリフじゃ。


 今の俺の生活を見て、アオイ以上に密度の濃い人間関係はどこにあるというのだ。

 失いたくないものの第一位にお前が居るのは自然で当然だろうよ。


 なぜそれがわからないのか不思議である。


 そして、そんな俺たちの様子を見て、両手で口を抑えてクスクスしてるやつもいる。


「クルリ笑ってんじゃねぇ!お前だって割とそんな感じだからな。いくら強いからってどこで何やっても死なないわけじゃねーんだから。」


「『割と』って正直な表現だね。そういうのって意外と嬉しいよ」


「変なところで嬉しがるな。こっちは心配して言ってんだから。……とにかく俺はもう、安易に直感的に自分たちをないがしろにすることは出来ないから」


 この命を、コイツの命を容易く明け渡すことは出来ない。

 それが俺の考えであり、今回のような危険な()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。


 だけど、アオイは独り言のように呟いた。

 

「……でも、……それでも私は、行きたいです」


 アオイは迷子になった子供のよう。

 そんなアオイの肩にクルリがポンと手を置く。


「……ありがとう、でも、イナホが居ないなら陣容的にも不完全で――」


 二人の間には()()()諦めムードが漂っていた。


「……おいおいちょっと待て。お前ら何か勘違いしてるっぽいし!」


「?」


 二人は揃って首を傾げる。まるで猫じゃらしに釣られた猫のように見えた。


「いいか?生半可な勝ち筋じゃやれないってこと言ってんの。行かないなんて一言も言ってないから。むしろ、行きたい理由とかツラツラ話したつもりなんだけど。……すぐ仲間はずれにすんな」


 どうせクルリのことだから、本当に勝算があって声をかけたんだろうし、これまでの彼を考えれば実のところ勝率を疑ってるわけじゃない。


 それでも軽々しく頷くわけにはいかないじゃん。


 ちゃんと納得して、これなら賭けれるって自信と覚悟を持たなきゃ。

 タダスケのことで俺は懲りてるんだ。イチカにだって怒られたくはない。あいつの怒りは最もだし、俺達は俺達のことを軽々しく扱うわけにはいかない。


 それはもちろんクルリにだって言えること。だってフキさんがいるんだし、クルリが居なくなってしまえば彼女はどうなってしまうのか。


 極論を言えば誰だって簡単に死んでいいわけじゃないんだけど、そんな聞こえの良い空想の話じゃなくて、目に見える幸せを簡単に壊したくないエゴイズム。


 自分が納得したいだけの単純な欲望の話なのだ。


「……イナホさん。今回はちょっと解りにくかったです」


「おい小娘よ。いつもは解り易いみたいに言うでない」


 ホッとした表情のアオイ。勘違いが含まれていたとはいえここまで悲しませてしまったのは胸が痛んだけど、アオイの即決に賛同するつもりは無かったし、それが正しいとも思えなかった。

 だからいつもみたいに適当に茶化しておいた。


 俺にしてみれば、コイツもコイツで今日の情緒が特に難解に思えていたりするのだけど、まあ、それは別の機会に聞いてみればいい。


「説明すれば多分納得はしてもらえると思う。…、で、この情報も鮮度が重要だから決行日は近いほうが良いとおもうんだけど……」


 クルリはほんのり楽しそうに、早速タブレットPCを操作し始めた。


「……ったく。まだ行くって決めてないからな」


 そんなことを言いつつ結局行くことになるのをヒシヒシと感じていたし、繰り返しになるけど行きたい理由は山程あるのだ。


 だけど、だからと言って、行きたい気持ちを優先させて情報を見誤るバカをするつもりはない。

 逆に気を引き締めて、アラを探すくらいの気持ちで資料を眺めて話を聞いた。


 まずは心読丸に遭うための条件。出現予想ポイントもそうだけど、一番重要なのはパーティー編成。


 これまでに心読丸と戦ったパーティーは多くいるが、戦えなかったパーティーも数多い。


 これはもちろん、移動を繰り返す心読丸だから運要素も多分に含まれるわけだけど、その日の移動ルートからすれば自然にエンカウントしていたであろうパーティーがスルーされることもしばしばあったようだ。


 ではその違いは何か。


 出逢えなかったパーティーの共通点は実力者が複数人居る大人数パーティー。


 逆に実力者だけの少人数パーティーや、突出した者が居ない、あるいは一人二人、もしくは三人ほどであればエンカウント率は跳ね上がる。


 初めは『心読丸の頭が良いなら当然の話じゃない?』と思っていたのだけど、クルリの仮説は違う。


『移動してまで殺しまくる本性があるのに、わざわざパーティー編成で線引きする冷静さは妙に見える。逆にそれほど冷静なのに条件さえクリアすれば複数人の凄腕冒険者にも躊躇なく仕掛けていくわけだし、そこに能力的な何かしらの手がかりがある。……という仮説も立ててみた』


 ……だそうだ。


 あとはタナカがフリーズした現象や、心を読む能力についてとか、単純に心読丸の動きのクセであったり、色んな映像引っ張り出して、いくつもの仮説とそれぞれに対応するクルリなりの最適解を披露してくれた。


 まあ、さすがはクルリというか。飄々とした印象からは想像し難い緻密さと洞察力だったので、俺はつい感嘆せざるをえなかった。


 いや、もちろん『これなら絶対死にません』ってな都合のいい内容ではなかったし、命を懸けるダンジョンでそんなものがあるはずもない。

 クルリだってその点や不明な部分について包み隠さず正直に話してくれたし、その辺りも納得できる範囲だった。


 その作戦に命を懸ける気になれるかが一番重要なことで、結局の所『これならやってみてもいい』と思えたわけで。


 ついでにそこにプラスして『手に入れたい物の手に入れたい度』という指数があったりすると思うんだけど、タナカの映像を見てるときに気がついた重大なことがある。


 それを見たとき、覚悟は完全に決まった。


 あの赤毛のためにも心読丸を倒す理由が増えてしまったわけだ。


 そうなると、もし倒すことさえ出来たなら、これほど周りのみんなに恩恵のある敵も少なかろう。


 まぁ、話を聞いた時から行く気はしていたし、行きたくてたまらんかった。これだけ状況が整ったのなら行くしかないと思うわけで。


 そんな感じで結局の所、満場一致で【羽衣の心読丸】を討伐に行くことになったわけなんだけど、別れ際にクルリから事前報酬みたいなものをもらうことになった。


 俺にピッタリのスキルストーンらしいぜよ。

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