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25.彼女と彼のデスゲーム 後

 クルリ達が味わった地獄は想像を絶するものだった


 花屋が去ってすぐに車両のある空間へと三体の餓鬼が現れた。


 阿鼻叫喚。


 武器らしい武器を持つこともなく戦場に立たされた一般人たちは他人を盾にしてでも逃げようと必死。


 悲鳴、悲鳴、悲鳴。


 何人も殺され、何人もが小便を漏らし、何人もが死んだふりをした。


 そして、ようやく腹をくくった何人かが、カバンやら折り畳み傘やらラグビー仕込みのタックルやらで立ち向かった。


 結果。数の力は強かった。


 勝利をおさめた人々だったが、今度は人間同士の諍いが噴出する。


 奪った武器を寄越せ。

 さっきはよくも蹴り飛ばしてくれたな。

 マー君さっき見捨てたわよね?

 お前らは何もしなかったくせに。

 どうせみんな死んじゃうんだし。


 荒れに荒れた。暴力も飛び交った。それが原因で死んだ人もいたのかも知れない。


 その勢いのままダンジョンへと向かう者が現れ、先を越されてたまるかと追いかける者や、周辺を念入りに調べる者、気が触れたみたいに泣き叫ぶ者、それでも動けずに車両に残る者。


 色んな人がいて、色んな死に方があった。


 モンスターに立ち向かい殺られる者もいれば、逃げ切れずに捕まり性的屈辱を受けた者も居たらしいし、ほとんど手に入らない数少ない水や食料を奪うために殺されたり、そんな地獄に耐えきれず自殺を選ぶ者も少なくなかった。


 クルリ達が進む道中にも死体はゴロゴロと転がっていて、日数が経つにつれ、生き延びるために死体の持ち物を漁ることは当たり前になっていき、喉が渇けば、腹が減れば、得体の知れないモンスターより人間のそれの方がマシに見えるのも仕方なかったのかもしれない。


 クルリ達はそんなふうにして生き残ったそうだ。


 フキさんの話で印象的だったのは、クルリがそのような行為に慣れてしまったあとも、彼女は頑として人には手を付けず、とはいえクルリを批難することもない。

 代わりに、多少気味の悪いモンスターであろうと血肉を喰らうことにして、頻繁にお腹を壊したり体調が悪くなっていたそうだ。


 それが彼女の中でのボーダーラインだったのだろう。


 ちなみに、人を喰ったクルリだってガンガン体調を崩したらしいし、どちらが正しいかという議論はそもそもありえない。

 単純にどちらも最悪なのだから。


 そして、稀に配置されている宝箱の中には武器や食品、魔道具などが入っていることもあった。


 なかには文庫本やタバコなど役に立たないものもあったらしいのだけど、クルリたちが生き延びられたのは一つ目の宝箱で【脇差】を、三つ目の宝箱でスキルストーンを手に入れたのが大きかったと語る。

 余談だが、二つ目には百万円の束が入っていたらしい。嬉しいような困るような。


 そして石には【痺れ(斬)】とだけマジックで書かれていて、相談の結果クルリが試してみることに。


 これは斬った部分を痺れさせる効果があった。たとえ爪の先ほどの傷であっても、魔力量さえ十分であれば相手の動きを阻害できる。


 刀を手に入れていたのも大きかった。

 死に物狂いで挑んでいた事に変わりはないが、おかげで何とか生き延びた。


 随分後にもう一つ【棘玉(トゲダマ)】と書かれたスキルストーンを手に入れて、そちらはフキさんが使うことにしたそうだ。


 緑色のトゲトゲボールを手のひらから生み出して射出する。破壊力も高い。


 二人で力を合わせ、次第に環境に適応してきたのか、クソや血にまみれながらも、笑ったり、怒ったり、お互いの話をしたり、未来の話をしたり。


 人と関わるのが苦手だったはずだし、置かれている環境から考えればとてもおかしい話なのだけど、そんなことはどうでも良くなるくらい、二人で過ごすのが楽しくなっていたそうだ。


 このダンジョンから生きて出られるのはたった一人。

 そんな現実からは目を背けていたし、もし必要があればあの花屋ごと全力で叩き斬ってやろうとさえ思っていた。


 そして、どれくらい経ったのか判らないが、二人は最深部へと辿り着いた。




 最後の部屋で花屋が嬉しそうに二人を迎えた。




 このダンジョンで生き残っているのは二人だけだと語り、虫酸の走る称賛を浴びせてくる。


 二人はそれを無視して花屋に攻撃を仕掛けた。……が、ヒラリヒラリとイナされて、まるで大人と子供の喧嘩のよう。


 それでも必死に喰らいつく。


 二人で生き残るために。

 二人で話した未来を掴み取るために。

 二人でまた笑えるように。




 ……だけど、届かなかった。

 



『では、約束通りに』




 ――ストン。




 一瞬で距離を詰めた花屋が、フキさんの胸にハサミを突き立てていた。


「……あ」


 クルリは愕然とした。フリーズして、その光景を眺めていた。


 するとフキさん。電気椅子に繋がれたみたいな酷い痙攣を始め、何故だか【棘玉】がポンッポンッと浮かび上がってくる。


 その棘玉とフキさんが緑色の魔力で繋がっていき、フキさんの身体は次第に形を変えていく。


『初恋。……これは長い人生において最も崇高なひと時であり、天使の涙に等しき最高純度のひと雫です。もしそれが、最悪の形で失われてしまったなら?』


「…………え?」


 クルリは花屋が何を語っているのか理解できなかった。


『彼女、自我は微かに残してありますので根気強くすれば心を通わせることができるかも知れませんね』



「………………」



『約束通り、()()()()()を殺せばアチラの扉が開くようになっています。……美しい物語をありがとう。それではまた、いずれ何処かで』


「…………あ」


 ようやく意味が理解できた。


 花屋は、囚われた人々にとっての、クルリにとっての最悪の現実を構築して、ただそれを楽しんでいたのだ。


 それはきっと何の意味もなくて、純粋に花屋の満足のためだけに繰り広げられた残酷な物語。


 人の命が、人生が、奈落の底に落ちるのを眺めるためだけに弄ばれたのだ。


 その時のクルリには怒りも悲しみも、もちろん喜びや未来や希望なんてものもすでに失われていた。

 体の内側、脳ミソから爪の先まで。真っ暗闇の宇宙みたいな絶望だけが満たしていた。


「……あぁ」


 花屋が姿を消したときにようやく我に返り、そのときにはフキさんは巨大な花に変わっていた。


 さっきまで隣りにいたはずの彼女は、別れの言葉も交わさぬまま、得体の知れない化け物へと姿を変えてしまったのだ。


『ギアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ』


 鼓膜が割れんばかりの咆哮。


 彼女の声は何時までも続き、クルリは何かを決断出来るわけもなく、ただ呆然と立ち尽くした。





※※※


「というわけなんだ」


 長い話を終えたクルリが『ふぅ、話した話した』と言わんばかりになんとなく満足げである。


「というわけなんだ。……じゃねぇ」

「……え?」

「その後どうなったんだよ。……話の流れからしてここにいる()()がフキさんなんだろうけど、だとすると死んでなきゃおかしいんじゃね?」


 花屋の話だと殺すまで出られないという話だったはずだ。


 するとクルリ。


「本当に自我が残されてるのか、元々()()()()()()になってるのか、知っての通り彼女は人に危害を加えない。その時の僕は彼女が叫ぶのを聞きながら随分と長い間この場所でジッとしてたんだ。ううん。本当は何にも出来なかっただけだな。それでね、水もご飯も食べなかったから体も動かなくなってきて、もう死んじゃうのかな?って思った頃に、扉が開いたんだよ。そこで、誰が来たと思う?」


「いや、わからん」

「イライザだよ」

「なんでそこにイライザが?」

「彼女がまだ冒険者だった時なんだけど、パーティー宛に匿名の依頼を受けてこの館に調査に来たんだって。するとね、笑っちゃう話なんだけど、あそこの扉、初めからずーっとカギは開いてたらしいんだよね。はは」


 クルリは本当に可笑しそうに自嘲した。


「花屋はそれすらも楽しんでたってことか。……相当狂ってるな」


 タダスケを化け物に変えたのも花屋らしい。

 とんでもないやつがいたものだ。

 

「だけどさ、そもそも俺たちがここに連れてこられた理由を聞いてたはずだろ?今の話とどう繋がるんだよ」


「うん。つまり僕にとって彼女はとても大切でかけがえのない人なんだよね。初めて一緒に過ごすのが楽しいと思えた人で、初めて好きになった人で、たぶん最後までそうなんだろうと思う人。ついでにいうと、僕は彼女に『ごめん』も『ありがとう』も言えてないし、他のことも、本当に伝えたいことは大体伝えられてない」


 クルリは臆面もなく笑った。


「だから僕は、彼女を元の姿に戻すためすべてを捨てて戦ってる。君たちに彼女を見せれば協力してくれるって打算があったんだ。本当、ずるいやり方だと思うんだけど、……それでもお願いします。【心読丸】を倒すの手伝ってください」


 そう言ってクルリは深々と頭を下げた。


 普段の飄々としたイメージとは全く違い、クルリの真剣さがありありと伝わってきた。

 言わなくても良いはずなのに手の内まで明かすところは正直過ぎて相変わらず。


 だけど、コイツは説明が圧倒的に下手である。

 イマイチ話が繋がってこない。


「……そこでなんでまた心読丸が出てくる?」


「君たちとなら勝ち筋がみえたから?」


「そうじゃない。けど、それもだ。冒険者は他にもたくさんいるだろう?わざわざ俺たちに声をかける理由もわからない。あと、初めに聞いたのは彼女を治したいってのと心読丸を倒すことの関連な」


「君たちにお願いした理由は簡単。個の力がずば抜けてる上に二人の連携も抜群。変な言い方だけど、散々おかしいって言われてる僕の戦い方と似てるんだ。他の冒険者だとパーティーでの役割重視で一人になるとバランスが悪いし、今回の作戦で重要な少数精鋭には向かない。特に君たちは目が良いからね。単純にベストだったんだよ」


「……おう、そうか」


 少し照れる。

 戦闘面で尊敬するクルリに真っ直ぐに褒められ、必要とされたのは素直に嬉しかった。


 もちろんそれは、お願いを聞くかどうかとは別の話だけど。


「……で、なぜ心読丸かってのは、これを見てくれたらわかると思う」


 クルリはカバンから取り出したタブレットをプロジェクターのようにして壁に映像を投影させた。


 ……ハイテク。という感想は心の中にしまい、映し出された探索風景に目をやる。


 そこには、悲惨な未来を思い描いたせいで敢えて思い出さないように過ごしていた男。


 タナカの姿があった。

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