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20.省略された日々と安定志向

 新人戦が終わってしばらくの間はのんびりと過ごした。


 植木屋さんに来てもらい、幽霊屋敷のように伸び放題になったままだった家の木々をキレイにしてもらったり。


 新しい車でイチカと三人でアウトレットモールへと遊びに行ったり。

 女子二人が買い物デートをしているのを遠目で眺めて、それに飽き始めて一人で映画館でカンフー映画を観たり、キャンプ用品店で折り畳みイスやハンモックを試してみたり。

 時間を潰すお父さん的活動に勤しんでほんの少し寂しい気持ちになってアイスをペロペロしていると、アオイとイチカが二人で選んでくれたという洋服を貰ってホッコリしたり。


 まんまと良い気持ちで運転手を務める辺りは、結局休日にかわいい娘二人に連れ出されたお父さん的な満足を得たわけだったり。


 また別の日には、お礼がしたいというリンの実家に行きモジモジしながらクッキーを手渡されたり、そのままルンを含めた四人で何故か彼女たちの父親に紹介されて、併設された道場で薙刀の稽古と称した模擬戦(しごき)を受け『娘の乳を忘れさせたる!』とビシバシ打ち込まれてアザだらけになったり。


 また、彼女たちは関西最大のダンジョンである嵐山ダンジョンを視野に入れて京都に引っ越しを進めている最中だったらしく、最後の荷物を俺たちの車に載せて一緒に京都へと帰ることになった。


 去り際、リンとルンが涙ながらに飼い犬に別れを告げ、そのことを理解できないバカ犬がはしゃいで跳ね回りリンにしがみついて腰を振っているのを眺めていると、ニシ父親は俺とアオイだけ聞こえるように言った。


『イナホくん、アオイちゃん。二人を助けてくれてホンマにありがとうな。感謝しかない』


 ニシ父親は何にも憚らずに深々と頭を下げた。俺たちは慌てて頭を上げてもらうが、『重ね重ね申し訳ないけど……』と続けた。


『アイツらは、……特にルンは変な育ち方してもうたし、リンかて口は悪いけど、心根だけは真っ直ぐに育てたつもりや。借りたもんはキッチリ倍で返すはずや。せやけど、言うてもまだまだ子供やから何かの拍子に道を外しそうになるかもしれへん。しょーもない人間になってまうかもわからへん。……だから、もしアホなことしたら本気でシバいたってくれ。君らの言う事やったらちゃんと聞くはずやから。……頼む」


 と、まぁそんなことがあった。


 だけど帰りの高速道路。ルンは窓から出した手をモミモミしていたので、『危ないからやめろ』と言ったがやめることもない。


『これオッパイの柔らかさとか言うけどほんまかな〜?リンの胸やとペッタンペッタンやからわからへんな〜』


『ふわっ!ア、アホか!触るな!先っぽやめろフワァてなるから!それにルンも変わらんクセにウチだけペッタンみたいに言うな!』


『自分のじゃわからんもん。あ、ちょっとアオイちゃんのん触らせて〜』


『ひやぁ!ふわっ!』


『んは〜。モニュモニュする〜!フッカフカや〜!』


『ちょ、ちょっとルンちゃん。触り方がエロいです!』


『どへへ〜。ええんやで〜。気持ちよくなってもええんやで〜』


 とか騒いでいた。


『車で暴れんな』と言うと、

『あれ〜?ニイチャン羨ましいんとちゃう〜?何やったらリンのん触ってみる〜?ちっちゃいけどフニュフニュしてるで?』

『なんでウチのやねん!アオイちゃん一緒にこのアホ抑えよ。ホンマにイナホくんに触らせたんねん』

『先に私が触ります。グヘヘ』

『ぎゃ〜。先っちょアカン。くすぐったいから〜!』

『なぜ二人ともノーブラ!?』

『あってもなくてもかわらんもーん』

『ほれほれ、(しつけ)やと思ってイナホくんにも触ってもらえ!』

『……いや、俺運転中だし。……リン、アオイ、サービスエリアまで抑えとけ』

『うわっ!ニイチャンの目まじのやつや〜!』


 と騒ぎは収まらず。


 ……親父さん。コイツら俺の言うことなんて聞きませんよ。だから躾が必要ですね。


 あ、もちろん冗談です。ってなことがあったり。




 新人戦で少し慌ただしかった反動だろう。こちらの世界に来てから一番のんびりと過ごした日々だった。

 あとは、アオイは調べ物をすることが多くなったくらいか。暇さえあればタブレットを開いてポチポチしている。




 他にはダンジョンに関係する場所以外でもよく声をかけられるようになった。


 アオイの人気ぶりは増してサインをバンバン求められるようになり、その中でも『絵も描いてください』と依頼されることが多くてなんでだろな?とサインしているところを覗いてみると、激烈に下手くそなヤバイネコが描かれていて思わず噴き出した。


 どうやら違う意味で評判になっているようだったけど、本人は至って真面目に描いているし、ファンの人も喜んでるみたいだし、俺としても面白いことこの上ないので注意なんてしない。


 そして、俺の評判にも少し変化があった。


 もちろん今までのように怖がられることがほとんどなんだけど、褒めてくれる人もたまに居る。

 素直に嬉しいものである。


 イチカの店でいうと、牙塊ライクな厳つい棍棒がいくつか売れて、鉈一ライクなナタも同じくらい売れた。


 まぁ、同じくらい売れたと言っても、牙塊は誰もが扱いやすい武器ではないし、ナタはメイン武器ではなく、サブウェポンとしての認知度が出てきたみたいだったし。

 だからこれはアオイと俺の人気が拮抗しているとかではないのだけど、二人してイチカの店に貢献できている感じがしてとても嬉しい。


 イチカとそんな話をしつつ、俺たちは似非怪力グローブのテストでアオイのデカい武器の二刀流を試してみようと思い、良いものはないかと物色していたわけなんだけどイチカに鼻で笑われた。


「そのグローブ、ダンジョンの外では使えないのにどうやって武器を運ぶつもりだ?」


「「あ」」


 言われるまで気が付かなかった。


 あのサイズのものを背中に二つ背負えるわけもないし。持ち運ぶのも重たいし邪魔だし。


「こう言っちゃなんだけど、アオイは二刀流みたいに器用な真似出来ないんじゃない?むしろ一本でも軽々と振り回せるならそれで十分だと思うけど」


 そんなイチカの助言に従う形でとりあえず似非怪力グローブを装備して牙塊を使ってみたのだけど、率直に言ってすごかった。


 あの重い牙塊をスポンジ剣かのごとく軽々と振り回しスイングスピードが上がったうえに、重量自体は変わらないのだから破壊力がかなり増していた。片手でも余裕である。


 ついでに持ってきた長剣二本を試してみたもののイチカが言っていたようにぎこちなく、攻撃してない方の手はお留守にしていた。

 むしろ持っていないほうがマシだった。


 もちろん練習をすれば何とかなるかもしれないけど、アオイの良さを潰してしまう結果になりそうだし二刀流はやめておいた。


 やってみないとわからないこともあるししょうがない。

 そして、やってみなくてもわかったイチカは俺たちのことをよく見てるんだと思う。


 ただ、この似非怪力グローブにも欠点があった。それは恐らく男性用に作られてるということで、アオイには少しブカブカなのだ。


 致命的ではないもののベストとも言えない。


 そのあたりの調整ができるのか京スラに問い合わせたところ、制作した本人【トリシマ博士】が電話口にまで出てきてくれてすぐに対応してくれるとのことになった。

 ついでに【将校のライフル】や今回獲得した素材も見せてほしいと言われたので、グローブと共に翌日すぐに持って行った。


 グローブのサイズ調整のためにシリコンでアオイの複数の手型をとりベストフィットを目指してくれるらしい。三日で完成して届けてくれるそうだ。


 そして、トリシマ博士。


「このライフル。私に預けてみませんか?映像で見たときからアイデアがありましてね』


『『あ、お願いします』』


 俺たちは即答。


 博士は『え?決断早くない?嬉しいけど。超嬉しいけど』と、完全無表情ながら喜んでいた。


 俺達としては、似非怪力グローブ制作の実績もさることながら、クルリとは以前から知り合いらしく有能な人物だと聞いていたのだ。


 それに、そもそもこのライフルは残弾が五発しか無くて使い捨てにせざるをえない状態だったから、何か面白いものが出来そうなのであればむしろラッキーである。


 そして、ついでに持ってこいと言われたレア素材も売ってくれと言われたので相場よりも高い値段で売却した。


 ギルドなどの仲買が入らないぶん安くて良いらしい。


『何に使うつもりですか?』


 そう聞いてみると。


『私は与えられた素材で何が作れるのかを考えるタイプだから、こんな意味のわからないものでも役に立つことがあるかもしれない。そしてはっきり言えば、会社の金を使って素材コレクションを楽しんでいる!……内緒にしてね?』


 だそうだ。




 そして、ノンビリと過ごしていただけあって今後のことを考える時間もあった。


 現在は下鴨、伏見共に四層まで探索を進めてきたわけだが、これより先へと進むためには野営を視野に入れなければならないのだ。


 野営となると荷物が多くなったり見張りもせねばならず二人ではどうしても難しくなってくる。

 例え新たなメンバーを見つけたり、どこかのパーティと合同探索という手段をとったとしても、日帰りと比べて野営が危険であることは変わらない。


 野営を回避しつつ収入を上げるために、嵐山や他のダンジョンに出向くという方法もあるのだけど、そこで一つの疑問が湧いてくるわけだ。


 俺たちはどこまで行くつもりなんだろう?……と。


 これまではただ漠然と、まともな生活が出来るように、そして少しの贅沢ができれば良いなってのを目標にしてきたわけだけど、気がついたらその目標には届いてたわけで。


 下鴨や伏見の4層で週に四日ほども探索をすれば毎日デザートを食っても痛くないし、それなりに好きなことをして生活が出来る。もちろん貯金だって増えていくし、この間の賞金なんかも合わせればかなり余裕が生まれたわけだ。


 もっと踏み込んで考えるなら、例えば俺が冒険者なんて死に隣り合わせの仕事は辞めにして他の普通の仕事に就けば、アオイをどこかの高校に通わせることも出来るかもしれない。


 もしも高校の単位が白紙だったとして、一年から通うのに抵抗があるなら定時制や通信制でもいいし、あるいは高卒認定試験などを受けてもいいわけだし。

 

 アオイも俺もまだまだやり直しが出来る年齢なのだから、無理に冒険者に拘る必要もない。


 ……そんなことを考えたりするんだよな。

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