19.戦いの翌日。のんびりとする初日。
どうも。ヌルリと再開いたしまーす。
「……アオイどん、おはよう」
「あ、おはようございますイナホさん。お水でも飲みます?」
「……かたじけない。おじさん二日酔いでござる」
新人戦の後、イライザの店で馬鹿みたいに騒いだ名残りである。
俺はソファに腰を下ろしてテレビのニュースをぼんやり眺めているとアオイがグラスを渡してくれて、もう片方の手に小さな瓶を持ってフリフリと見せてきた。
「二日酔いのお薬も買っておいたんですけど飲みます?」
「飲む飲む。すげぇ助かる」
「うむ。存分に助かりたまえ」
瓶の蓋をプシュッと開けてハッカの匂いのする液体をゴクゴクと流し込む。カラッカラの喉にヒンヤリと冷たいのが気持ちいい。
「ぷはぁ。楽になった」
「早くないですか?」
「……効きやすい体質なんだよ」
俺は結構単純なのだろうけど、どんな薬でも飲んだ瞬間に少し良くなった気がするのだ。
多分、何の薬効もないプラセボ錠を二日酔いの薬だといって飲まされても治ってしまうタイプの人間なのだ。自分で言うのも何だけどバカ人間である。
ようやく覚醒してきたことでテレビで放送しているのが【クロウラーズ!!】であると気が付き、ようやく内容が頭に入ってくる。
とある希少種がまた現れたのではないか?といった内容を、過去の映像と今の映像を見比べたりしながら検証しているようだった。
しかし奇妙なことに、そのどちらの映像も普段見ているものとは違っていて昔の防犯カメラのように不鮮明で荒い不安定な画質だった。
ドローン映像があるのに何故同一モンスターだと判別できないのか?と疑問に思ったのだけど確かに検証して見なければ判らないほどである。
そしてテレビでは件のダンジョンがある街が上空カメラで映されていて見覚えのある赤い鳥居群が目に入った。
「……このニュースって伏見ダンジョンのことだよな?」
「そうらしいですよ。新人戦と同じようなタイミングだったらしいんですけど、十層と九層で上級のパーティーがひとつずつやられたそうです。昔にも何度か現れたらしいんですけど、【羽衣の心読丸】って聴き覚えありませんか?私、何処かで聞いたことがあるような気がするんですよね」
アオイの疑問に微かな記憶が甦る。
【羽衣の心読丸】といえば、嵐山でオギさんに聞いたのがそうだったと思う。
確か、イチカの親父さんは運悪くそいつに出くわして亡くなったとか。
それをアオイに話すと、「……あぁ、そうか」と頷いた。
クロウラーズ!!では引き続き【羽衣の心読丸】の特性を紹介している。
先程挙げたようにドローンの映像を乱すのでその姿はほとんど映らず、白い着物の上下らしきものと頭部をフワリと覆うような羽衣が確認されたのみ。
先日残された死体は首や胴や肢体やらがスパリスパリと切り落とされていて、右手に持つ長い刃物は恐らく刀だと見られている。
また、神出鬼没に現れては多くの冒険者を亡き者にするがこちらから探してもなかなか見つからず、ある程度の期間が経つとまた数ヶ月から数年間パタリと現れなくなる。
そしてまた、今回のようにまた不意に現れるのだそうだ。
俺達にとって何より重要な情報だったのは、コイツが珍しく階層間を行き来するタイプであり、過去に確認されたのは上は十一層から下はなんと三層まで現れたということ。
「つまり、伏見ダンジョンはしばらくお預けってことだな」
「ですね。あそこも結構慣れてきてたので残念ですけどしょうがないですね。……さてイナホさん。朝ごはん食べたらお出かけなんですけど、お身体大丈夫そうですか?」
心配そうに覗き込んでくるアオイ。……かわいいなクソ。
いや、違う。ウッカリした。
「もう大丈夫かと。もちろん行くよ」
「やったぜ!辛い中華料理だ!」
アオイは昨日の表彰式より自然なガッツポーズではしゃぎだした。
「え?……ちょいまち、車買いに行くんじゃないの?」
昨日話していたのはそれだったはず。
伏見ダンジョンへ通っていたときにかなり面倒だったのが移動だった。
公共の乗り物に乗るためには武器をケースなどに完全に仕舞わなくてはならず、アオイの牙塊のケースとなると大掛かりになるし、他の乗客の迷惑になるだろうからあまり好ましくない。
例えば自転車で行けない距離でもなかったのだけど、それこそ大きな荷物を抱えて大変である。
残る手段となると冒険者も歓迎してくれるタクシーだけとなり、俺達は毎日のようにタクシー移動を続けていた。
レンタカーという手もあったけど、冒険者可の営業所が少し遠かったんだよね。
そんな状況もあって『自分たちの足が欲しい』需要が高まったわけ。
別に伏見に通えなかろうが、もはやそういうことではなく、車がほしいのだ。
いや、まあそんな理由と、新人戦の賞金に浮かれて『車を買おう』となったのだけど、そういえば新人戦が始まる直前に『終わったら辛い中華行こうぜ!ふっふ〜!』と言っていた気がする。
……忘れてたな。
「それはもちろんです。でも、昨日はみんなでご飯しましたから、今日あたり激辛祭りかな〜って。……キツイですか?」
「……昼以降の胃の調子による。……それでも良い?」
薬を飲んで良くなったとはいえ、二日酔いの今ハードな食べ物を想像すると少し辛い。
「ふふ。……なんちって。ホントは別の日でも良いのです。忘れてたであろうイナホさんにイケズしただけなので。やーい」
「……すまん。浮かれて忘れてたのだよ」
「わかってますよ。ご飯は冗談です。そのかわりおめかしして出かけませんか?」
「おめかし。……まあ、わかりました」
おめかしする理由はわからなかったけど、それで満足してくれるなら安いものである。
てなわけで、今日は少しお出かけです。
※※※
そんなわけで、アオイに選んでもらった服を着てタクシーで中古車屋さんへ行った。
タクシーっていつまで経っても慣れないんだよな。どんどん上がっていくメーターにいちいち『上がるの早くね?』とか『チャリならタダ、バスでも数百円……』とか考えてしまう。
貧乏性というか、お金を持ってる状態にまだ慣れていないというか。
こんな俺達でもなんだかんだ2,000万円以上持っているのが未だに信じられない。
俺の感覚では超金持ちである。
で、到着した中古車屋さんはイライザの紹介。
筋肉仲間と聞いていたのだけど、想像していたとおりの褐色ガチムチで白い歯がキラリと光るナイスガイだった。
そんな見た目の通り(?)に無駄話も媚もない誠実な対応をしてくれて、数ある在庫の中から俺達の出した要求に近いものをピックアップしてくれた。
俺たちの求めるものは馬力とデカさとタフネス。こう書くとすげぇ厳ついのを想像するかもしれないけど、実用的なものを探しているだけだ。
山奥にあるダンジョンへ行くこともあるだろうし、山奥の温泉へ行くことあるかもしれない。
武器や道具を積むためには積載量の大きなものがいいし、何なら家具だって買って帰れる。
あと、もしも事故ったときや多少コスッたときにあまり気にしなくてもいいデザインが良し。
つまり、極論で言えばハイエースの四駆があるならそれでも良かったくらいで、正直に白状すると俺達は二人ともこれまでの人生で車に興味を持ったことがないのだ。
だから、ガチムチさんがピックアップしてくれた車の中でアオイがボソリと「ザクの色」と評した大きな四駆に目がとまり、説明を聞いてみると自衛隊の払い下げらしく、アオイは「ザクカラーで陸戦型の退役軍人。しかも幌が付いてるだなんて』と目を輝かせていたので、俺も文句は無いしそれに決めた。
支払いはもちろん一括。納車は数日で済むそうだ。イライザの紹介ということもあったんだろうな。てなわけでクルマゲットだぜ。
※※※
その後は骨董市に行って散歩がてら食器を見たり屋台に寄って玉コンニャクを食べたり、それらを見尽くしたあとは近所のお寺でのんびりしたり、特にアテもなくブラブラした。
なんのためにおめかししたのか聞いてみたけど、「だって楽しい気分になるでしょう?」と笑っていた。
まあ、言われてみればそうかもしれない。
服が違うだけだというのに何か特別な事をしているような気持ちになった気がする。
これまでは服なんて清潔であればいいくらいに思っていたのだけど、こういう楽しみ方もあるのだなと感心した。
そして夕方が近くなったとき、アオイの電話が鳴った。
以前に予約をしていた鑑定所から、キャンセルが出たので良かったら今からどうですか?というお誘いだ。
特に予定もない俺達はすぐに行きますと答えて下鴨まで戻り、検査を受けることとなった。
俺は待合室で時間潰し。
結構時間がかかったらしく、夜の八時くらいまでボンヤリと待っていると、申し訳無さそうなアオイが出てきて、とりあえず晩飯を食べながら話を聞くことにしたわけだ。
このときには二日酔いなんてすっかり良くなっていたから晩飯はもちろん激辛中華料理。
激烈に辛いので体を壊さないか心配になりながら検査結果を聞いてみると、アオイは少し言い淀みながら語った。
「えーと、まず、クルリさんが言ったように確かに私の中には二つのスキルがあったみたいです。……【破裂】ともう一つ」
「……そうか。そうなんだ」
ああ、本当にもう一つあったんだというシンプルな衝撃。
それなら何時そのスキルを飲み込んだのか?
だけど、そのことについては鑑定所で確認できることでもないし、アオイ自身にも心当たりはないわけで、その疑問は言っても栓のないことだと心のなかに留めておき結果を尋ねる。
「……それで内容は?」
アオイは視線を逸して言いにくそうに答えた。
「……次元に関わりのあるものらしいんですが、その、……よくわからないみたいです」
「なんじゃそりゃ。……いや、まぁ【淀み】の時も酷いもんだったっけ」
鑑定所にわかることは分析の結果だけ。それはスキルのすべての効果や使い方を網羅することはなくて、スキルによってはそういった結果もあるのかもしれない。
「……すいません」
「……なんで謝る。お前が悪いわけじゃないだろうに。わからないなら気にしてもしょうがないし、今後もしスキルに余裕がなくなってきたらデリートストーンで消去することも考えようぜ。ってわけで、あんま気にしないことな」
「……はい」
得体が知れないスキルでも使えなかったり使い道がわからないならそれでも良いはずだと頭で理解してそう言ったけど、何となく、内心ではジワリと嫌な予感が滲むようで。
そして、それは多分、そう遠くないうちに俺たちの前に姿を見せるような気さえしてくるものだから、激烈に辛い麻婆豆腐をレンゲでガツガツと口に入れて誤魔化した。
アオイも何やら思案顔。
俺たちの周りにはしばらく、食器があたる小気味いい音だけが聞こえていた。
お読みいただきありがとうございます。
引き続きお付き合いいただけますと幸いですぜ(^^)v




