17.将校とオッパイ
新人戦編は今回と次回で終わります。前に3回と言ったのに、案の定長くなっちゃいましたぜ!
壁を抜けると、体育館ほどの伽藍堂。
その奥には軍服を着こなした肉のある兵隊の死体、つまりゾンビらしき二十体ほどが整列して向こうを向いている。
『gyyadedederasu!usamiazoguotagiraikadatiimoyo!gaburisyasuttemounainon!?』
その視線の中心には、兵隊ゾンビたちの倍ほどもある偉そうな将校じみたゾンビが後ろで手を組み、トンビをそばに置いて演説をしているかのごとく何やら奇怪な言葉を発していた。
そして、痛めつけられたのか衣服も身体もボロボロになり気を失っているリンは兵隊ゾンビに片脚を捕まれ、地面に突き立てられた金属棒の先端に付いた大きなフックにそのふくらはぎを引っ掛けられるところだった。
――ブチィ!
「ぎゃぁぁぁぁ!」
「リィィィン!」
激痛に目を覚ましたリンが絶叫し、ルンがそれに呼応するように悲痛な叫びを上げる。
兵隊や将校達は一斉にコチラを向く。
「くそっ!行くしかないか」
俺たち三人はそれぞれの武器を構えて駆け出していた。
『gaciqxx!akumanoike!nieda!isukiyanentte!』
将校がそう叫び、背中にかけられたものを流麗な仕草で左手に持ち、それをスッとリンへ向けた。
それが何かを認識したとき、脳に刷り込まれた条件反射で俺たちの足は鈍ってしまった。
ライフルだった。
――タンッ!
「あがぁぁ!いぃぃぃ!」
宙に浮いた脚を撃ち抜かれてリンの体が大きく揺れる。その動きで反対の脚にフックが食い込んでまた暴れる。
「いやや!リン!」
将校はライフルのレバーをガシャンと引いて。リンの心臓あたりに銃口を向ける。
『dyselus!deva!』
飛び出しそうになるルンの腕を掴む。
「何か言いたそうに見える」
「せやけど!」
「いいから」
『kdse!ivaeraq!』
そして将校は自分の腰に差さしたサーベルをカンカンと叩き、俺達の方へ指を向け、次に地面を指差した。
そのジェスチャーを見るに、どうやら俺たちに武器を置けと言ってるのか。
俺たちが何もせずにいると、ライフルをクイと動かして脅すように『don』と言葉を発した。
先程の射撃はあくまで脅しだと言うのだろう。
リンを人質にして俺達に何かをさせようとしているのだろうか。
モンスターらしからぬ駆け引きを仕掛けられ、緊迫感が否応なく俺達を包む。
だが、相手に駆け引きをする知能があるのなら……。同時に一つのアイデアが浮かんだ。
「……なぁ、もしかして言葉がわかるのか?」
しかし将校も兵隊もそれには答えず、武装解除のサインを送ってくる。
「アホ。ブロッケンJrみたいなカッコしやがって。アホー」
「ちょっとニイチャン何言うてんの?」
それでも魔物たちに特別な動きはない。
「……だろうな。じゃあみんな、ゆっくり聞いてくれ」
俺は従順な素振りで手に持ったナタを前に投げると将校は頷いた。やはり、アイツは武装解除を求めているようだ。
アオイ、ルンはじっとしている。
「ご丁寧に俺たちの事を捕まえて何かしたいことでもあるんだろう。だから、とりあえず言う事聞く。お迎えが来たらその時にダチュれ」
「じゃあ、私が先に捕まりますね」
「そうなる。悪い」
「いえ」
「頼む。てわけで、ルンも武器置いて」
「いや、全然何言うてるかわからんへんねん」
「だよな。でも、お前のは【痛さ半減】だろ?」
「せやで?……ん?わからんへんけどいう事聞いてみる。アカンかったら夢枕にたつよ?」
「駄目だったらみんな夢の中だろうに」
「縁起悪ぅ」
「良いからはよ置け」
そして俺はクロスボウを、ルンが薙刀を、アオイが牙塊をドサリと前に投げる。俺達は完全に丸腰になった。
将校が兵隊に指示を飛ばすと、半数ほどの兵隊が俺たちに近づいてきて、アオイが一歩前に進み出た。
「根性あるね」
ルンの呟きが聞こえる中、アオイを三体の兵隊が取り囲んだ。
その緊迫感の中で、魔物たちからすると俺達は最後の挨拶を交わしているように見えたかもしれない。
「ルン。リンは任せたからな」
「わかった。遠慮せえへんね」
「じゃあそろそろさよならです」
駆け引きを仕掛けたつもりだろうけど、コチラの戦力を低く見積もりすぎている。
武器を取り上げれば俺達を好きなように出来るなんて、勘違いも甚だしい。
アオイの破裂に武器が必要だとでも?
「ぶちかませ」
「はいな」
――アオイは体をしならせて、急速に赤く光らせた掌底を眼の前のゾンビの顔面に叩き込んだ。
――ドパンッ!
ゾンビの頭は首を離れ、砲弾のように激烈な速度でぶっ飛び将校の銃を持った左手を破壊した。
魔物たちに表情はないはずだが、あ然としたのが見てわかる。知能が高い分だけ驚いたのかもしれない。
アオイは別に武器が無ければスキルを使えないなんてことは無くて、細かなコントロールなら素手のほうがもちろん上手く出来るわけで。
ルンは「うそん!?」と驚き、アオイは「めざせアオイちゃん甲子園!」と絶叫した。
「言ってる場合か!やるぞ!」
俺は懐から鉈ニを取り出して眼の前のゾンビを切り裂いて駆け出す。
アオイは滑り込むように牙塊を掴み取り「ラストの一発!デッカイの!」と言って、【破裂】の散弾で周囲のゾンビたちを穴だらけにした。
「リン!もうちょい辛抱してな!」とルンは足で薙刀を浮かせて手に取り、正確な薙刀さばきで道を切り開く。
『ganz!tattiyan!』と将校が叫ぶと、兵隊たちは一斉に凶暴に暴れだした。
混乱。乱戦。荒れ狂う怒号。肉が飛び散り血が溢れ、掻い潜った先には将校の顔。
激烈サーベルが振り下ろされ、受け止めきれないと弾いて往なすが、将校はそこで止めず、返す刀を横薙ぎに。俺は脇腹の前のナタで受け、逆らわずにぶっ飛ばされて転がった。
将校の追い打ち。しかし、俺はその足元に分厚い淀みを放出。
だけど流石は将校だ。それを飛び越えて切りかかってきた。
「さすがに――」
――ドドン!
将校は空中で大きくバランスを崩して頭から地面に落ちた。
先に仕掛けておいた薄めの淀みにまんまと足を引っ掛けたのだ。
「――賢いと思ってるバカはやりやすいな」
間髪入れずに将校の首にナタを叩き込み、頭と首をダンっ!と切り離した。
いくらデカかろうが、ゾンビの弱点は頭部の破壊、或いは首をぶった切ればいい。
念の為にナタをもう一振りして頭蓋骨をかち割ると将校ゾンビは完全に沈黙した。
初めのインパクトとデカさの割にはずいぶん呆気ない。
顔を上げると、ルンがリンを助け出して、アオイが最後に残った鳶のゾンビを叩き落としたところだった。
始まってみれば本当に呆気ない戦いだった。
そして、念の為ゾンビたちのトドメを刺して回ろうと足を踏み出したとき、追跡していたらしいドローンからチャリラリラ〜ン、チャリラリラ〜ンと楽しげなメロディが流れた。
「あれ?なんの音です」
アオイが首をかしげると、リンの無事を確認したルンが、
「地震速報とかこんな音やったかなぁ?」とこちらも首を傾げた。
「違うだろ。地震のはもうちょい不吉だ」
「じゃあなんなん?なんの音なん?」
「……さぁ。わからん」
結局俺も首をかしげると、ボロボロに破れた胸元を隠したリンが、「……お前らアホや。新人戦終わった音に決まってるやろ」と毒づいた。
三人で顔を見合わせて「あぁ〜」と唸り、納得した。
俺の中では完全に終わったもの扱いだったぜ。
※※※
俺たちは新人戦終了をうけて【呪われ師団の駐屯地】前に設営されたキャンプまで帰還している最中。
リンの怪我は酷くて、特に脚の状態が良くなくて一人で歩くことがままならず、一応男である俺が背負いアオイとルンが時々現れるモンスターを退けた。
とはいえ、俺たちが通ってきた道を引き返しているのでモンスターの数は極端に少なく脅威にはならない。
ついでに言うと、リンは小柄でとても軽くて背負って歩いても全然疲れることはない。まるで小学生のような軽さだ。
そんなリンが耳元で話し始めた。
「なぁ、ホンマごめんな?」
「いや、軽い軽い。何なら肩車にしてやろうか?」
「いらんわアホ。……ううん。おんぶも悪いなぁとは思ってるけど、そうじゃなくて、アオイちゃんの個人優勝放り出させてしもたやろ?」
リンが申し訳なさそうにそう言うと、前を歩くルンがこちらを向いて後ろ歩きしながら話に加わる。
「そうそう。せめてアオイちゃんがあのデカイ希少種を倒してたらまだわからんかったかもやけどなー、ニイチャンが倒してしもたもんなー」
「こらルン。今謝ってんねんからチャチャ入れるな!」
ルンの言うことは一理ある。
あの希少種の居たエリアがルール上どうなるのかはわからないけど、討伐ポイントの対象になると仮定して、アオイが倒せばそれなりのポイントが入っただろうと今となっては思う。
だけど、あの時はすっかり新人戦は諦めたつもりだったからポイントのことなんて頭になかったわけで。
まぁ、一度諦めたものだからそのことについては後悔なんて一切ない。
「ルンの言うとおりだし、そんなに優勝に拘ってたわけじゃないから気にすんな」
いや、本気で取り組んだけどさ、例えばあのまま助けに行かずにタナカと争って優勝して、リンにもしものことがあったとする。いや、もしもなんて無かったとしてもだ。
手にする達成感と動かなかった後悔を比べれば、俺の、そして多分アオイの性格からして後悔ばかりが目に付いてしまうだろうから、そんな思いをしてまで何としても優勝したいとは思わなかった。
「ですです。だってリンちゃんのおっぱいも見れましたもんねー」
アオイはそう言ってニヤリとコチラを見た。
リンが逆さ吊りにされたときの記憶が甦る。
……説明はしないけど、ノーブラかつ、とても可愛い感じだったとだけ言っておこう。
割とぶっきらぼうなリンだから、その可憐さはグッとくるわな。
ちなみに生配信ではプライバシーに関わることやセクシュアルなものは自動で黒塗りされるので、全世界にオッパイが配信されるなんてことはない。
男で見たのは俺だけだ。つまり、あの時のオッパイは全世界で俺のだめだけのオッパイだ。
「……見たのバレてた?」
「もちろんです」
いや、だって目線行くでしょ?
オッパイあったら見てしまうのは男のサガでサーガでしょうが!
俺の背中ではリンがムズムズ動き、背中に胸が当たらないよう浮かしてらっしゃる。
そうするとだね、まぁ、余計に意識するよね。
そんなリンの顔を横目で見ると、顔が真っ赤でいらっしゃったので、なにか言わねばと言葉を絞り出した。
「……ごちそうさまでした」
するとまぁ、リンはワナワナと唇を震わせて、「……あほ」と言い、俺は後頭部に頭突きをされましたとさ。




