16.戦いの幕が開けた。そしてそれは潔く放り出すこともある
先行させた人魂ランタンはだだっ広い空間に犇めいた想像を絶する数のモンスターを浮かび上がらせた。
「アオイ!ぶちかませ!」
「はいな!」
先頭を走るアオイの牙塊が真っ赤な光を放ち、入口から押し寄せてくる怪物を爆散させて肉片の散弾と化す。
――ブチャチャチャチャチャ!
それは後方に居たモンスター達に大小さまざまな風穴を開けた。
彼らの断末魔の叫びが部屋の隅まで響き渡り、それが此処での開戦の合図となる。
「みんな!絶対に死ぬなよ!」
無責任にそう言った金ピカの騎士はモンスターの波に常人離れした跳躍で飛び込んで行き、ひと薙ぎで複数のモンスターを上下に切り離した。
「タロウを悲しませるつもりなんてないわ!」
俺の考えとは裏腹にタナカの言葉を素直に受け取った女たちも捨てたものではなく、四人で一塊になってモンスターの攻撃を凌ぎつつしっかりと攻撃を加えていく。
アイツの名前タロウって言うのかよと余計な考えが頭に浮かびそうになったけど、流石にこの状況ではそんな馬鹿なことに気を取られている暇はない。
アオイの背後に迫る軍服ガイコツの胸部に回し蹴りを喰らわせてナタで仕留め、反対の手で飛びかかってきたトロットフォックスの喉を掻っ切る。続けざまに【淀み】を生み出せばこの乱戦では面白いようにモンスターが転がっていった。
「後ろは気にすんな!眼の前のやつからまとめてぶっ飛ばせ!」
「りょーかいです!でもキツくなる前に教えてください!」
「おうよ!お前もな!」
「はい!」
そしてもう一度真っ赤に光った牙塊がミンチ肉を生み出した時、入口の方から聞き覚えのある声が聞こえた。
「うわぁ。な?ウチ言うたやろ?さっきもドパーンて聞こえたもん。やっぱりアオイちゃん達もう来てたやんかー」
「言うてる場合か。はよ突っ込め」
「はいはーい」
横目で見ると、小柄なシルエット二つが踊るように薙刀を振るっていた。
リン・ルン姉妹だ。
これでまた一つ優勝が遠退いたと歯噛みすると同時に、少し心強さも感じた。
研究は充分に済ませたし、多少のアクシデントが起きたとしても対応できる自信はあるけど、流石にこれだけの数のモンスターと対峙しているといつ何が起きてもおかしくないわけで、そんなときに助け合えそうな彼女たちが来たことは素直に喜ばしくも思えたのだ。
競争とはいえ、生死を賭けていることに何ら変わりはない。
そして、それぞれのパーティーが大立ち回りを繰り広げ剣戟と魔物の咆哮が騒がしい中、妹のルンが場違いな呑気さで話しかけてくる。
「ニイチャンら、さっき振りやなぁ。あのさぁ、【悪いキツネ】むっちゃ怖くなかった?ウチおしっこ漏らすかと思たもん。何ならリンは多分ちょっと漏らしたと思うねん」
「ア、アホ!何で言うねん!いや、ちゃう、間違えた!全然漏らしてへんしなっ!お前ほんまアホっ!絶対シバク!もう髪の毛洗ったれへんしなっ!」
「え〜、だってリン『誰にも言うなよ?』とか言うてたやん。それってホンマは漏らしたってことやろー?」
「だから誰にも言うなって言うてるやんっ!…………あかん。恥ずかしくて死んでしまいそう」
「リンの顔真っ赤で可愛いね。ニイチャンらどう思う?」
「リンさんが気の毒過ぎると思います!」
アオイが眼の前の【痺れ蛸】をぶっ飛ばしながらそう言うと、「ホンマその通りや!ルンは死ね!」とリンが薙刀を振り回しながら叫ぶ。
俺は背中に迫った鉤爪をギリギリで躱してナタを振るって追加の文言を付け足した。
「あともう一つ、お前らちょっとうるさいと思う」
こちとら必死でやってるのに、気が抜けそうになるんだよ。
だけど、そんな下らない会話と相反するように彼女たちの周りではモンスターたちが一体、また一体と倒れていく。
彼女らの動きは堂に入っていて、恐らく短くない期間を薙刀と真面目に向き合ってきたんだろうなと素人目にも見て取れる。
「ほらな?リンが騒ぐから」「ナチュラルに人のせいにすなっ五月蝿いのはお前やろっ!」と騒がしいことに変わりはなかったが、腹が立つとかってことはない。むしろ明るくなって困るのだ。
そんなこともありつつ俺達はどこからともなく溢れてくるモンスターたちを殺し続けていく。
殴って、切って、潰して、破壊して。それぞれが暴れ狂ったみたいに、見た目にはモンスターたちと何の変わりもなく暴力の限りを尽くしていく。
床は血と肉でビチャビチャに染まり、もちろん俺たちもペンキを浴びたように真っ赤に染まっている。
牙塊を振り回すアオイはペースを落とすことなく、むしろ加速度を増して暴れまわり、ある種独特な美しさを感じずにはいられなかった。
ここにいる冒険者達の中で一番の輝きを放ち、かつ最速の討伐速度を叩き出しているのは間違いなくアオイだ。
これは身内贔屓なんかではない。それは本当に圧倒的なものだった。
アオイが追いつくためには単純に言ってタナカの倍のペースで敵を屠らねばならなかったわけだが、これほどの勢いならば或いは……。
少し離れたところにいる金ピカの鎧に目を向けてみると、普段の頭の可怪しさが嘘のように堂々たる戦いを繰り広げて数々の敵を切り刻み死体の山を築いていくのだが、その表情だけは醜悪に染まっていた。
「おかしい!そんなの不正に決まってるだろがぁ!」
独特の可怪しさも加速度を増して、俺と目があうたびに有りもしない罵詈雑言を浴びせかけてくる。
アオイの勢いに焦っているのだろう。
しかし、俺の計算ではまだ届いていない。残り時間は十分を切った。此処から先がむしゃらにやれば……。
「……届くぞアオイ!」
「はい!じゃあもう一発いきますよ!」
「よしきた!」
デカイ一発を入れるつもりであろうアオイの溜めの時間を作り出すべくモンスターたちを引き受ける。
しかし、それを見たタナカがなにか閃いたという嬉しそうな顔を浮かべたのだ。
これまでとは違う様子に気持ち悪いものを感じた。そしてタナカは嬉々として叫んだ。
「みんな!あっちに走れ!」
「わ、わかった!」
嫌な予感を感じたけど何が起こるのかわからなかった。女達も多分わからずに言われたとおりに動いているだけ。
タナカが次に「そこでバラけて戦え!」と言ったとき、ようやくその意図に気がついた。
「タナカてめぇ!危ないことやめさせろ!」
女たちは「え?」と不思議そうにしながらも身を護るために戦い続けた。
「ハッハッハ。どこで戦おうと自由だろう?」
勝ち誇ったようなタナカをぶん殴りたくて仕方ない。
あいつは俺たちを囲むように自分の女たちを配置したのだ。つまり、アオイの破裂を潰しにきた。
先程までのような散弾を放とうものなら女たちを巻き添えにしてしまうことは必至。
破裂を使わないまでも、戦闘に彼女たちを巻き込まないように動かなければならなくなった。
ルール上、他者を傷つけてはならないし、そもそも俺たちはそんなことを望まない。
ついでに言えば彼女たちの実力は低く、個々の力量でこの場を凌ぐことが出来るように思えないわけで。
彼女たちの命をコインにした俺たちへの行動阻害ということだろう。
「……アオイ」
「……わかってます」
真っ赤に光っていた牙塊は光を失った。
「お前らせめて纏まって戦え!まじで死ぬぞ!」
俺は女たちに叫ぶが。
「みんな耳を貸すなよ!あの外道が焦ってるのは、それだけ不利になったということだ!ここが踏ん張り時だぞ!」
「わ、わかった!」
「無理!」
「……」
「きゃぁぁぁ!」
様々な反応があった中、一人の悲鳴が響き、二人の女がそこに駆け寄る。
無事だという声が聞こえたので死んではいないらしく、その三人は自分たちの状況を飲み込んだのか共闘を選んだらしい。
アイツらを気にするのはそこまで。流石に他人のおもりなんてしていられない。
三人が纏まったことで空いたスペースへと進まなければならないのだから。
すると、後ろで声が聞こえる。
「アンタも危なっかしいから下がれ!」
リンが、一人で残った女へと怒声を浴びせる。
「あなたなんかに指示される覚えはない!私はタナカの役に立ちたいだけなの!」
そう言った女の腰に電流を伴った触手が絡みついた。
「アババババババババババババババババババ」
「だから言うたやんか!」
リンはモンスターの間を掻い潜り、【痺れ蛸】の体に薙刀でいくつもの切れ込みを入れて失禁しながらビクンビクンしている女を助け出す。
「はよ仲間のとこ――」
しかし、リンが女を助け起こした時、今度はルンが叫んだのだ。
「――危ない!」
顔にかかる影に気づいたリンが振り向いた。
「――あ」
居るはずのない二メートルほどもある巨大な【鳶のゾンビ】が大口を開けて猛スピードで突っ込んできた。
それは本当に一瞬のことだった。
【鳶のゾンビ】は猛烈な勢いのままリンを咥えて飛び去ったのだ。
そして、向こうに見える壁の中に吸い込まれていった。
「リン!……リン!」
ルンが悲痛なに叫びながら鳶を追いかけるがモンスターに阻まれる。それまでは正確だったルンの薙刀は精彩を欠き、立ちどころにモンスターの波に飲み込まれそうになる。
戦いながらもしっかりとその光景を目にしてアオイと目を合わせた。
「イナホさん!行きましょう!」
――俺は、アオイがこの一瞬で新人戦の勝利をキレイさっぱり捨て去ったのだと確信した。
これだけ時間をかけて準備して、ここまで必死になって戦ってきて、少しばかり嫌な思いもして。
イチカやナラハシにイライザとか、少ないけれど俺たちを応援してくれてる人も居るわけで。
それに、このまま勝負を捨て去ればあのクソタナカに散々に偉そうで意味の判らん暴言を吐かれることになるし。
積み上げたものが不意になるというのは、それまでの努力を無かったことにするというのは、本当はとても勇気のいることで。
だけど、そうだよな。
俺たちにとって一番大事なことは、誰かに褒められることでもなければ、バカにされないように振る舞うことでもない。少なくとも、あんなヤツとの勝負に拘ることなんかではない。
誰に悪口を言われようが、悔しい思いをしても、栄光を取りこぼしても、似非怪力グローブが手に入らなくっても、そんなことは全部些細なことだ。
応援してくれてる人には悪いけど、多分わかってくれる。
俺たちには俺たちの大事なものがあると――。
だから俺は即答した。
「おう!ひとまずルンの所まで突っ切るぞ!」
「はい!」
そこからの俺たちはポイント無視で駆け抜けた。
モンスターの間を縫うように進み、邪魔な奴らの腕を切り、足を砕き、突き飛ばしながら進む。
殺すことに重点を置かずに往なすだけなら容易いもの。
あっという間にルンの所までたどり着き、取り付いているモンスターたちを引き剥がした。
「リンが!……リンが!」
「一旦落ち着け」
「そんなん無理ぃ!はよ行かな!死んでしまったらどうしたらええのん?」
「お前がそんなんじゃ何時までも行けないぞ?」
「なんなん?そんなんってどんなん?どんなんなん?」
「そんなんや!」
集まってくるモンスターを往なしながら俺とルンがそんな問答を繰り返していると、不意にアオイがルンへと踏み込んで。
――パシン!
ルンの頬をビンタした。
「……え?」
頬を抑えてあっけに取られるルンに、何事もなかったように戦闘を続けるアオイが言う。
「よし。一気に行きますよ!イナホさんお願いします!ルンさんも付いてきてくださいね?」
「……わ、わかった。ちゃんと付いてく」
「すげぇなお前。まぁ任された」
動転したルンを平手一発で黙らせたアオイに感心しつつ、俺が先頭に立って道を切り開いていく。
倒すことではなく、道を切り開くだけなら俺が前のほうがよっぽど早い。適材適所だ。
後ろからタナカの声が聞こえる。
「潔く負けを認めたってことだな!?」
もういい加減相手にするのも馬鹿らしくて無視すると、「キサマなんぞが俺に敵うわけはなかったんだ!」とか、「弱いペチャパイを助けるのは負けの言い訳にちょうど良いな!」とか、嬉しそうにがなり立てている。
するとアオイはこれまで溜まっていた物を吐き出すかのように怒気を孕んで言った。
「元はといえば誰のせいだと思ってるんですか!?」
「アオイ。君の優しさは長所だけど、僕以外に向けないでほしいな」
タナカがゾッとするような甘い声でそう言うと、アオイは「……黙れキモハゲ」と虚空に向かって呟いた。
その声は普通に考えれば聞こえるはずは無いと思ったのだけど、タナカが「……なっ!?」と、顔をひきつらせて、なおかつ女性陣からブフッと笑う声が聞こえ、「笑ったのは誰だ!?」と叫ぶ。
やはり、あのパーティーの愛は欺瞞に満ちているらしい。
「この負け犬どもがぁ!」との声を聞いたアオイは「よかった。敵認定のほうがよっぽどマシです」と呟いた。
そんなやり取りをしながらもモンスターをなぎ倒し、ようやく【鳶のゾンビ】が消えた壁へとたどり着いた。
見た目は他の壁面と何ら変わらないが、確かにこの中に入っていったのだ。
俺は壁に手を伸ばす。【鳶のゾンビ】に壁のすり抜けが出来るのでなければ……。
「……通れるぞ」
俺の手は壁をあっさりと透過した。
「ウチから行く!」
ルンは躊躇もなく壁に飛び込んでいき、俺たちもそれに続いた。