14.コノヒトシラナイ?と、覚悟。
「ここまでは完全にヤラれた感があるな」
「想定通りというか、ピグマリさんのイメージ通りではありましたけど」
「まあな。それもようやくだ」
足跡のあった道を進んだのだけど、次の分岐路でも先程と同じように足跡が二手に別れていた。
更に進み、三つ目の分岐でようやく未踏の道を見つけることが出来たわけだ。
初めの【黒マダラ】を除いてここまでに会ったモンスターの数は二体。個人ポイントは俺が13でアオイが21。順位は先程と大差無い。
時間は35分経過し、残り時間は85分だ。
「アオイ。ここから巻き返すぞ」
「はい。……アレはまだいいですよね?」
「だな。まずはこのエリアで俺たちがどのくらい出来るかの判断。それにポイントの伸びを見てからでいいんじゃない?」
「ですね。その方が助かります。……あ、早速【軍服ガイコツ】が来ました。二体です」
暗がりからサーベルをチャンチャリンと鳴らしながら現れたのはボロボロの軍服を身に着けた人型の魔物。このエリアの中ではかなり危険度の高い部類のモンスターだ。
眼窩には青白い灯火を揺らし、顎をガチガチと打ち鳴らしてシャリンとサーベルを引き抜いた。
「左を牽制。右から行く」
――ダシュ!
言うやいなやアオイから矢が放たれる。
軍服ガイコツは機敏に避けようとするが、矢は肩口にガツッと音を立てて突き立った。
肉も痛覚も無いであろうガイコツだから牽制以上の効果は見込めないけど、その衝撃で大きくバランスを崩して接敵の時差を作り出すことに成功した。
「ポイント見たいから牽制だけで頼む!」
「了解!危なくなったら入ります!」
「おうよ!」
すでに走り出していた俺は小さくて密度のある【淀み】を生み出して颯爽と迫りくるガイコツの足元へと放つと、軍服ガイコツはまんまと足を取られて面白いように転倒した。
俺は勢いを止めずにうつ伏せになった首元から魔石がある心臓あたり目掛けてナタですくい上げると、ストベキボキバギと骨を破壊する。
暴れだそうとするガイコツをブーツでガッと踏みつけて、切り裂かれた軍服と骨の奥に見えた魔石を鷲掴みに引っ張り出すと、電池が切れた玩具のようにガイコツは活動を停止。
この間にも矢を受けたガイコツはもちろん俺へと迫っていて、勢いよく飛び込みながらサーベルを振り上げた。……だが。
――ヒュ!ガツッ!
再装填を終えたアオイがガイコツの頭部へと矢を命中させると、矢の勢いで頭蓋骨は後方へと吹き飛び、その余波で上半身が大きく後ろへ流れた。
俺はそのスキだらけの胸部にフルスイングのナタを叩き込む。
――ズバ!
いくら強度の高い軍服ガイコツであろうとイチカの鉈一は期待に応えてくれる。急所である魔石部分を切り裂かれたガイコツはガチャンガシャガチャと音を立てて崩れていった。
ピコン。
俺たちを追尾している2台のドローンが同時に電子音を響かせ、ホログラムの数字は俺が33でアオイが27となった。
「おつかれ。えーと、さっきまでが13pと21pだったから……」
「二体合計でイナホさんが20pで私が6pですね。一体目は単独討伐で12p。二体目はイナホさん8で私が6だったと思います」
流石はアオイちんである。戦闘中でもしっかりポイント表を見ていてくれた。
「おお、サンキュ。ってことは、パーティー全体として見れば二体目の方が2pも高かったのな」
「ええ。ひとまず予想通りですよね」
【ベッツ】の討伐戦におけるポイントの入り方についてはもちろん事前に調べていたのだけど、明確な採点方法はわからないままだった。
それはもちろん今でもわからないままなんだけど、実践でいくつか確認しておきたい事がありその結果と情勢によって俺たちの後半の作戦を決めることになる。
「今のところはって注釈がいるけどな。もうちょい検証してみようか」
「はーい」
そうして俺たちはようやく先行者の居ないルートを歩き出した。
しばらくも経たないうちに【黒マダラ】三体とぶつかり、そのまたすぐ後に【痺れ蛸】や【トロットフォックス】などともエンカウント。【軍服ガイコツ】や、上官と呼ばれる上位種とも行き当たった。
序盤とは明らかに違うエンカウント率に安堵と緊張という相反するものを感じながら進むと、坑道の脇に事前のアーカイブ映像では確認できなかった通路のようなものを見つけたので、注意深く近づいていくことにした。
「……見落としてただけか?」
「……どうでしょう。なんだか不自然に見えますが」
今まで進んできた通路は洞窟とはいえ梁や筋交いで補強された坑道――例によって物理法則は無視されており、強度を保たせる構造にはなっていないが――なのだけど、見つけたものは斜め下に向かって掘られたただの穴のようなもの。
まるで冬眠するクマのネグラだとか、林の脇に掘られた防空壕のような秘匿感である。
俺たちは一歩づつ、そろりそろりと近づいていく。
すると、幽かにすすり泣くような声が聞こえた。まるで子供か幼い少女のような頼りない声で、急にあたりが寒くなってきたようにすら感じる。
やばい。……何かやばい感じがする。
これまでに感じてきた恐怖とは別の感覚だ。前の世界でも極稀に感じた得体のしれない恐ろしさ。
近づくごとにその泣き声ははっきりと聞こえるようになり、その声が耳にベッタリと張り付いて気味が悪い。悪すぎる。
アオイの顔を見てみると、彼女には珍しく不安の表情を露わにして俺の袖を引いて首を横に振った。
「……これ、ダメなやつです」
アオイの声が聞こえたその時。
――ボウッ!
「きゃ!」
突如、人形ランタンが急に大きく膨れ上がり穴の奥まで光を届けたのだ。そしてその奥。
……人がいた。
……壁に背を預けて小さく蹲っていた。
依然として不安定に明滅する人魂ランタンに映し出されたそいつは俯いたままゆっくりと立ち上がる。
煤だらけの衣服と防災頭巾は古い写真などで見かけた戦時中の子供のようで、バレーボール程の何かを両手で抱えて、ザッ、ザッ、ザッとこちらへと近づいて来た。
咄嗟にコートの中に手を突っ込んで言った。
「……来るぞ。……準備!」
「……は、はい」
アオイが慌ててウェストバッグをまさぐった時、モンスターはコマ送りのようにザザザザザザザザ!とゾッとする挙動で俺たちの目の前に来てピタリと止まったのだ。
俺たちを見上げるモンスターの顔は赤黒く焼け爛れ、一部はゴッソリと肉がなくて歯や頬骨がむき出しに見えており、黒目はなく濁った白目だけでこちらを見ていた。
そしてそいつは言った。
『コノヒト、シラナイ?』
彼女の両腕はこちらに差し出されていて、手に持ったものを俺たちに見せたがっているようで。
相手が人型だったからか、すでに呪いが始まっていたのか。
本当ならば早く彼女を倒さなければならないのに、俺たちはしっかりとソレを見てしまったのだ。
バレーボール程のソレの正体は、人の生首だった。
口を半開きにして瞳孔の開いた死人の顔。いつも側にいて、柔らかい笑顔を浮かべているはずの……
……アオイの死に顔だったのだ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
アオイの悲鳴と同時に体がズンと重たくなり、甲高い耳鳴りが脳内を駆け巡った。
そして俺は突然の吐き気に襲われた上に、不意に口からウジ虫が溢れ出す妄想に取り憑かれてしまって我慢ならずに蹲った。
だめだ。これは例の呪いだ。このエリアに現れるという。あの呪いなのだ。
そう意識した俺は決意とともに歯を食いしばって顔を上げ、地面に向かって勢いよく頭を打ち付けた。
――ゴツッ!
……ぐにゃりと歪む視界で見えたのは、青白い霊的な小狐が放心したアオイの口へと飛び込もうとしているところだった。
「……させるかよ」
俺はコートのポケットから取り出した対呪いの【御札】を、逆手に持った投げナイフの先端に突き刺し、アオイの口に半分入り込もうとしている小狐のケツにぶっ刺して、引っかけるように引きずり出し、その勢いのままに。
――ビタン!
小狐を壁に叩きつけると『kyan!』と鳴いた。
それと同時に御札がボウッと燃え上がり、その火が体毛に引火したように見えると、まるで写真を燃やすかのようなスピードで小狐を焼き尽くしていく。
断末魔の鳴き声も、炎の勢いにのまれてピタリと止んでしまった。
そして、その場に残ったのは俺の投げナイフと魔石だけだった。
俺にかかった呪いも嘘みたいに消え去っている。
耳鳴りや体の重たさも無くなり、吐き気もすっかり消え失せた。
「アオイ。大丈夫か?」
ぺたりと座り込み未だにボンヤリとしているアオイ。
正面にしゃがみ込んで視線を合わせると、虚ろな顔にハッとして生気が戻る。
「大丈夫か?」
目を見てもう一度そう言うと、徐々に泣きそうな顔になり、しまいには涙を浮かべて……
「うぅ」
……抱きついてきたのだ。
俺はとても焦ったけど、「うぅ〜イナホさ〜ん」と泣いているアオイの背中をさすりながら、ついでに周囲の警戒もしつつ言った。
「大丈夫。怖かったな。もう終わったからな」
いつも何故か頼もしく感じるアオイだけど、彼女はまだ十代の少女なのだ。まさか自分の死に顔が出てくるとは思わないもんな。そりゃ怖いよな。
と、思っていたのだけど、しばらくして落ち着いてきたので聞いてみると「イナホさんが死んじゃったと思ったから」と、また目を潤ませて言った。
俺はその顔に、その言葉にドキリとして。いや、それはまあ置いておいて。
つまりは見た人によって違うものが見えたということなんだろう。厄介な敵である。
事前に気が付いて準備をしたというのにかなり危うい状況になったわけだし。
この【悪いキツネ】というモンスターそのものに戦闘力は皆無なのだけど、呪い状態で他のモンスターに遭遇すれば厳しい状況なのは明白だし、あのまま体に入り込まれ宿主にされてしまうと狂乱状態に陥ってしまうという。
その場合もあの【御札】が有効なので結局は何とかなっていたんだけど、アオイを乗っ取られるとか癪でしかないからな。
とにかく無事で良かったよ。
※※※
アオイはあれからすぐに気を取り直し、普段どおりに討伐を再開した。
そして今現在、【新人戦】が始まってすでに約70分。残り時間は50分となった。
エンカウント率が増えたことでそれなりに増えていた個人ポイントだが、【悪いキツネ】を倒したことでさらに大きなポイントが入った。
とはいえ、序盤と比べればかなりマシなんだけど、ハッキリ言ってこのペースではどうしょうもない。
トップのタナカが410p程。二位のリンが340p程。三位のオイドンは270p程。
対する俺が124pで、アオイが209pだ。
エンカウントの殆ど無かった前半を抜きにして後半の時間あたりのポイント増加率をざっくりと計算してみても、タナカに追いつける見込みは殆どない。
例えばタナカのポイントがこれから一切増えなければ届くかもしれないけど、そんなことは殆ど無いだろうし、他にも上位者は居るわけだし希望的観測に過ぎるだろう。
ハッキリ言ってしまえば個人優勝を勝ち取ることはほぼ無理だ。
パーティーに関しても同じようなもので、このままでも三位入賞くらいは狙えるかもしれないけど、優勝となると個人よりも厳しいと思われた。
他の方法として、例えば【悪いキツネ】のポイントは俺に32p入ったのだけど、あいつのように討伐ポイントの高いものばかりを狩ることが出来れば良いけどそれもまた希望的観測。
このエリアの中で比較的モンスターが溜まりやすい最奥の部屋に一番で辿り着くことができ、そこに想像以上の数の魔物が居てくれればってことも考えるけど、何も確実なものは無いわけで。
つまり現状は数字にも現れている通り散々たる成績で、このペースで行けば個人部門、パーティー部門共に優勝争いに絡むことは難しいと考える。
これが今の現実だ。
そんな状況になるとどうしても保守的な考えが頭に浮かんでしまうもので、例えばこのまま無難に終わったとしても出場料と個人ポイントに応じて支払われる討伐料をあわせれば300万円くらいにはなるし、それなら充分じゃないか?とか思っちゃうよね。
逆転にチャレンジするにはどうしたってリスクを取りに行かなければならないから怪我をするかもしれないし。タナカのところのあの子のようにあっさり命を落とすかもしれない。
今やポイント表でグレーアウトしている名前は6人となっている。俺たちがそれにならないとは限らないのだから。
……さて、どうしたもんかね。
目の前では投げナイフで機動力を失って跳ね回れなくなった【トロットフォックス】のド頭をアオイがかち割った。
そして、振り返って言う。
「そろそろやりますか?」
アオイはなんの気なしにそう言うが、俺は少し考える。
「前半のロスが堪えてて思ったより差が大きい。俺はこんなもんでもいいかな?とか考えたんだけど」
するとアオイは「むぅ」と唸った。
「私、ちょっと悔しいんですよね。あのプロデューサーがギャンブルに買って笑うのも、タナカが高笑いするのも。……それに、途中で勝負を投げ出すのも」
拗ねた子供みたいに口を尖らせた。
「ばか。命あっての物種だろ?これを覆すにはかなりのハイペースだし、ポーション焼けだって心配だ。お前ばっかりシンドいじゃん。俺がやるならやぶさかでもないんだけど」
俺だって悔しいに決まってるだろ?だけど、それを口に出すつもりはない。
お前に負担をかけることに比べれば、そんなのは些細なことだと思ってしまうし。
「ここのモンスターならナタよりも打撃です。届くとしたら私でしょう?そう言ったのはイナホさんです。あんまり過保護にしたら一生口きいてあげませんよ?…………あ、ごめんなさい。今のは嘘です。完全なる嘘。絶対真に受けないでください。……ちゃんとこれからも口きいてくださいよ?」
慌てて手をバタバタと振るアオイに思わず笑ってしまう。
まぁ、確かにガイコツを含めた殲滅スピードでは俺はアオイに歯が立たないし、以前にそう言ったこともある。
改めてアオイを見ると気力も体力も充実しているように見えるし、焦っているわけでもない。彼女がやりたいというのなら、本当は俺だって見てみたいのだから。
その目を見つめると、例え届かなくたって自分たちを試してみたい気がした。
俺たちはどこまでやれるんだろうかと。
「……わかった。その代わり【悪いキツネ】は見つけた方が潰すってのと、少しでもやばいと思ったらすぐ辞めにするから。その時は俺の言うこと聞きなさい」
俺は投げナイフの血を拭って懐にしまい、満面の笑みを浮かべるアオイからクロスボウを受け取った。
「それはもちろんです!ちゃーんと言うこと聞きますとも。へへへ」
嬉しそうなアオイを見て、何か問題が起きたら俺が全力でフォローしてやろうと思った。
いや、そんなの当たり前の事なんだけどさ、不意にこの世界に迷い込んだ時にコイツが言ってたことを思い出したというか。その時に俺が感じたことが思い出されたというか。
ダンジョンという存在に腹を立てて仕返ししたいと言っていた彼女の青臭い勇敢さに、ノスタルジーなのか憧れなのかわからない心が沸く感情を持ったのが俺達の始まりだったよな。とか考えたわけで。
だから俺は、やっぱりそんなアオイの意思を叶えてやりたいと思うわけで。
「やるからには届かせるぞ」
「はいな!」
そんなわけで、ここから逆転に向けた少し無謀な挑戦を始めようと思う。
少し長めになってしまいましたぜ。
新人戦編はざっくりと残り三話くらいを予定していますとお伝えしつつ、あと、ホラー要素の注意喚起をするべきか悩んだんですけど大丈夫だったかが少し心配です(/ω・\)チラッ




