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7、冒険のはじまり 死傷者と傍観者たち

「イナホさん。もっと笑ってくださいよ」


「まじで?……苦手なんだよ」


「はい、チーズ」


 カシャリ。


 通話もネットも出来ないアオイさんのスマホが下鴨ダンジョン入り口の前に立つ二人を切り抜いた。


「ふふ。見てみて、イナホさんの顔引きつってます」


「昔から写真撮るときってどんな顔してればいいかわかんないんだよ」


「普通にすればいいんですよ。でも、なんかすごくイナホさんっぽい気がするのでアリです」


「それより、初めてのダンジョンに緊張感とかは無いのかね」


「そんなの放っておいたところで嫌でもするでしょう?」


「それもそうか。……じゃあ準備はいいか?」


「……はい。頑張りましょうね」


「じゃあ、探索開始しまーす」


 探索時間計測のために腕時計のストップウォッチを起動させると、


「その言い方も気が抜けそうですけどね」


「……うるせい」


 そんな感じで俺たちの冒険は始まった。


※※※


 下鴨ダンジョン。

 もとの世界では有名な神社があった場所で、この世界でもその名残は残されていた。


 境内にある入り口は斜めに穿たれたような大穴で、人の手によって削られた階段で通りやすくされていた。


 俺たちはそこを下っていく。


 そのうち、だんだんと太陽の光も差し込まなくなり、アオイさんが持ったランタンのゆらめきが二人の影を壁面に映し出す。


 まだダンジョンの一層にも入っていない。


 つまり、まだモンスターも現れない区域ではあるが、緊張感は否応なく高まっていった。


 これから殺し合いをする。


 そのことを考えると心臓は圧迫されて、上手く歩けているのかわからなくなってきた。


 足が地面に着いてないような気がして、わざと力強く足を踏み鳴らしてみるが、じんとした痺れが伝わるだけで、余計にチグハグになって行くだけだ。


 一度落ち着けるべきか?


 羞恥心が邪魔をしてその一言が言い出しにくい。


 でも、そんな些細なプライドのために迷惑をかけるほうが不味いに決まっている。


 俺は立ち止まり、アオイさんに声をかけようとすると彼女も足を止めた。


「……誰か来ます」


 そう言われて先を見ると、確かにランタンの光が小さく揺れていた。


「……帰ってきた冒険者かな」


 この区域にモンスターは出ないはず。

 それに、ランタンをつけてるわけだから探索を終えた冒険者と考えるのが自然だった。


 その推測は間違っていなかったが、認識の甘さを痛感することになる。


 立ち止まる俺たちを通り過ぎる大きな影。

 ランタンの光は少しの遠慮も無くその姿を映し出した。


「……どいてくれ」


 そう言った男性は頭から血にまみれ、その右目は潰れて落ち窪んでいる。

 そして、彼が背中に背負っているのは人――だったもの。

 首は半分切断されてグニャリと後ろに倒れ、下半身は引きちぎれたように失われていた。


 俺達は言葉を失って道を譲った。


 重い足取りで階段を登っていく男性をただ見つめることしか出来なかった。


「……これがダンジョンなんですね」


「……ああ。思い知らされた」


 アオイさんは俺の目をじっと見て言う。


「引き返してもいいんですよ。イナホさんなら他の仕事もあるでしょう?」


 確かに。未成年のアオイさんとは違い、俺なら泊まり込みの日払いなんていくらでも探せるだろう。

 最悪はホームレス生活をしながら貯金をして生活を立て直すことも出来なくはない。


 でも、そんなこと、もうできるわけ無いだろ?


「……俺はやるよ。一度決めたことを譲るのは気持ちが悪いんだ」


 俺は意志の弱い人間だし、一度心を折ってしまうとそのままズルズルと逃げ続けてしまうのが目に見えてる。

 だからこそ、安易であろうと一度決めた覚悟は曲げたくなんてなかった。


 不安を隠すような表情のアオイさんのほっぺたを軽く抓る。


「……いたいでふよ」


 すると、彼女の手が俺の手に触れ、ゆっくりと両手で包みこんだ。


 その冷えた手は少し震えていて、表情よりも彼女の気持ちをわかりやすく伝えているみたいだ。


「どうする?今日は一旦引き返すのも悪い選択じゃないと思うけど?」


「……帰りたいですか?」


「……ううん。実は俺、あの人たちを見るまでは緊張で上手く歩けないくらいだったんだ。でも、今は逆になんだか落ち着いてて、そんなに帰りたいわけじゃないんだよね。もちろんアオイさんの気持ち次第と思ってるけど」


 そう言うとアオイさんは俺の手をとって握手みたいにギュッと握る。


「……わ、わたしも。不思議な心境だし、あの方たちにとっても失礼な気がしてたから言いにくかったんですけど、きっと似たような気持ちなんです」


「へえ」


「この階段を降りてくるときは逃げ出したいくらい緊張してたんですけど、それはきっと恐怖が漠然としてたからだと思います。でも、あの方たちを見て、自分が感じてた恐怖の形を想像できたんだと思うんです。あの方たちには酷く失礼なんですけどね」


「うん」


「きっと、モンスターを目の前にしたら漏らしちゃうくらい怖いだろうし、痛いのは嫌だし、みっともない姿を晒してしまうのも嫌ですが、その結末が死であるなら、行き着くところが平等な死であるなら、漠然とした恐ろしさよりも現実的に思えたっていうか……。もちろん死に方にも色々あるわけですし、やっぱりうまく説明できませんけど……」


「ううん。多分伝わったよ」


「……ほんとですか?」


 首をかしげるアオイさんに笑いかける。


「多分ね」


 不思議なことに彼女の言おうとしていることは俺の心境を説明してくれてるようだったから、きっと似たような気持ちなのだと思う。


「……ふふ。やっぱり変なの」


「ん?何の話?」


 彼女が嬉しそうにしている理由が思い当たらずにそう聞くと。


「なんでこんな曖昧な話が伝わるかなってだけですよ。さぁ、そろそろ行きますよ」


「お?……おう」


 イマイチなにを笑っているのかわからないままだったが、彼女が少し嬉しそうなので良しとしておいた。



 そこからは無駄な気負いもなく、しっかりと周りをみながら階段を降りていくことができた。


 まぁ、そもそもここにモンスターは出ないのだから、先程までが気張りすぎだった感はあるけど。


 いよいよ階段が終わると、その先には洞窟にしてはかなり広い空間が広がっていた。


「ありゃ?これはどういう」


 その空間の中央あたりには数多くのランタンが揺れており、その周囲には多くの人が見えた。


「もしかしてですが、規定探索時間を稼いでるのでは?」


 そう言われて見てみると、何をするわけでもなくおしゃべりをしていたり、中には露骨に時計を何度も見ている人もいる。


「ルールの抜け道、ってほどのものでもないか。休憩してるだけの人もいるだろうから。拍子抜けはしたけど」


「そうですね。気を引き締めなくっちゃ」


「うん。予定通り本道を進むよ。こんなに人がいるとバカバカしく思えるけど、武器もちゃんと構えるぜ」


「石橋を叩いて渡るのがイナホさんらしいです」


「うるせい」


 先端を鋭角に尖らせて持ち手にテニスのラケットに使うグリップを巻き持ちやすくした改造鉄パイプを構えながら人の間をすり抜けていくと。


「うわ、新人丸だし」


「頑張ってんだから言ってやるなよ」


「どーせ何もできずに戻ってくるんだろ?」


「あの子可愛いな」


「あの男、なんか恥ずかしいねぇ」


「気張りすぎてキモいよ。あのハートの入れ墨もダサい」


 罵声というほどのものではない。

 誰が言ったかもわからせないような卑怯な悪口。

 気にすることはないと思ってみても、胸がムカつくのはしょうがないだろう。


 立ち止まり、声が聞こえた方を見てみると、何人かは目を逸らし、何人かはニヤニヤとこちらをバカにしたように見下していた。


 瞬間。頭に血が上りそうになり、鉄パイプを肩にトントンとして目を閉じる。


 駄目だな。落ち着け。


 大きく息を吐いてから彼らを見渡し、その顔だけはしっかりと覚えておくことにして、歩みを進めることにした。


「お?ビビってんじゃね?」


「情けねぇなぁ」


 腹は立つが完全無視で歩く。


「イナホさん?あんなのに構わないでくださいよ。ハートマークも絶対可愛いんだから」


「今は無視するよ。でも俺、根に持つタイプだからな。そのうち絶対に仕返ししてやる」


「その陰険さもイナホさんっぽいかも」


 俺たちが離れても一生懸命嫌味を言っている輩の事はすぐに頭の外へ追いやって、いよいよ本道に入る。

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