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13.死体ばかりの転がる道

 扉が開いた瞬間に小さな悲鳴と断末魔が上がる。モンスターの首が三つ飛び、人間の首が二つ飛んだのだ。


 そのうちの一つは見覚えのある顔でタナカの取り巻きの一人。俺に連絡先を寄越したメガネの女の子だった。


 宙に浮かぶ絶望を浮かべた頭部に間欠泉のような血しぶきが立ち上がり周囲を巻き込み汚していく。


 そんな彼女らの血の雨が降り注ぐ最前線をニシ姉妹が踊るように、舞うように切り開いていった。


 続いてタナカが跳躍とスラッシュのスキルを駆使して一薙で数体のモンスターを切り刻み、カイ達もひとかたまりとなってその乱戦に加わると、ドローンが作り出すホログラムがピンッピンッと音を出してポイントを加算していく。


 想像以上に激しい開幕。


 この光景を見れば先程までここで行われていた人間同士の小さな諍いがいかに平和的なものだったかが浮き彫りになるというものだ。


 後方にいる俺たちはしばらくその様子を眺めていた。


 そして先頭にいた冒険者はモンスター達を殺し尽くすこともなく、我先にと向こうに見える別れ道へと突入していった。

 まだ誰にも荒らされていない狩場を独占するためだろう。


 その間にもドローンから映し出されるポイント表はピコピコと更新され続け、残された人間には焦りが生まれ始めたのだろう。次々とモンスターを取り囲んでいった。


 俺とアオイも遠距離武器を構えながら、普段どおりのスピードで進軍を始めるが、その時にはすでにあぶれているモンスターは一体も居ない。


 そして首の無い女の子の側を通るとき、出来るだけ何も考えないようにしたのだけど重たくなる心は止めようがない。


 人の死はあまりに呆気なくて、いつだってそばにある。

 俺たちにも、誰の隣にも。


 まるでその考えを肯定するかのように、戦闘中のパーティーから一人の人間が俺たちのそばへ吹っ飛ばされた。苦痛に歪む顔。声にならない呻き声。

 追撃するように飛び出してきた黒く揺れて見える獰猛な獣【黒マダラ】は、極太の鉤爪をその冒険者の肩に突き立てて、最大の特徴である左右に開く大アゴで顔面を咥え込もうとした。


「――ひぃぃ!」


 彼の仲間が恐ろしい未来を想像して悲鳴をあげた時、アオイのクロスボウから放たれた矢が【黒マダラ】の頭頂部へと突き刺さった。


『gyan!』


 【黒マダラ】が痛みに跳ね上がり、それでもまだ戦うことを選ぼうと顔を上げたその時。

 飛び込んだ俺はスパリと顔面を横薙ぎにして、獣の口を四つに分割した。

 苦し紛れに出された鉤爪を飛び退いて躱すと、入れ替わりに入ったアオイが振り上げた【牙塊】で背骨を砕き、肉を飛び散らせた。


 ピコッ


 ドローンが俺たちのポイント表に初めての数字を刻まれると、元々【黒マダラ】を相手取っていたパーティーから驚きとも不満とも取れる視線が送られた。


 良かれと思ってやったのだけど横取りだと思われたのかもしれない。

 俺は直ぐ側に居たヤラれそうになっていた冒険者に手を貸し立ち上がらせ「悪気はない」と言うと、「いや、助かった。アイツラも驚いてるだけだろう」と言った。


 本当のところなんてわかりゃしないけど、そう言ってくれただけで十分。


 お互い死なないように頑張ろうぜとその場を後にして、俺たちは分かれ道の一番右へと歩き出した。


 そして洞窟を進んで行くが、そこに在るのはモンスターの死体ばかり。


 得点はあの【黒マダラ】から得たものだけ。俺が2Pでアオイが6Pで止まったままだが、今も鳴り続ける電子音が他のパーティーの討伐数を数え続ける。


 最高得点はルンの130Pで、続くタナカが114P。ルンの姉リンも94Pで三位だから、あの姉妹は相当飛ばしているらしい。

 俺たち二人は26名中17位と12位だけど、下位は団子状態なので順位なんてあってないようなものだ。

 最下位の三人がグレーアウトしているのは、もしかしたら離脱者なのかもしれない。


 ……あ、ちょうど今、二人共一つづつ順位を落とした。


 だけど、そんなことは今はまだ気にしないようにして普段どおり慎重に足を進めている。


 この道はすでに誰かが先行しているのだろうから、エンカウントしないのは当然のことだし、後方スタートを選んだ時点で想像できていたことだった。


 これは当初から決めていた作戦。というか安全マージン。

 【呪われ師団の駐屯地】は初めての場所だし、洞窟型なので死角も多い。いくら戦いに慣れたとは言っても強襲されれば呆気なく死んでしまうこともあるだろう。


 俺たちは新人戦で結果を残したい気持ちもあるけれど、それ以上に生きていたいと思っている。


 他の奴らが無茶したからって、俺たちまでそれに乗っかる必要はないのだ。

 やるべきタイミングでやればいい。今はまだその時ではない。……と思うから。


 調べたところによると、この進路が一番別れ道が多く、最深部へ行くにも早そうだし、そのための選択肢も多い。

 そのうち嫌でもモンスターと出会うはずである。


 整備された広い坑道のような道を進んでいくと、ようやく別れ道が見えてきた。


「一つ目の分岐ですね」


「ああ。ちょいと警戒頼む。足跡見てみるから」


 アオイに周囲の警戒を任せて、地面に残る痕跡を探すと、結構簡単に見つけられた。


「……どっちでしたか?」

「……どっちにもある」


 最近人が通ったらしい痕跡がどちらの道にも続いていた。


「……がびーん」


「……がびーんは古めかしいなおい。まぁ、流石はピグマリって感じかな?分散させたのか惑わせるためか」


 スタート地点で、俺たちの進む道の参考にするために、どのパーティーがどの道を進むかを後方から見ていたのだけど、この道はピグマリの大所帯だけが先行していた。


 あそこは頭を使って戦うパーティーなので、俺たちの予定進路と被ったことはある種自信に繋がった。

 同時にピグマリの後を追うのはあまりいい展開ではないとも思ったのだが、そのあたりも想定内である。

 つまり、想定内ではあるけど好ましくない展開ってところか。


 二手に別れても5人づつ。モンスターを限られたパイだと考えれば、エンカウント率を上げるためにこの先の分岐でも割るかもしれない。あそこのパーティーの技量ならもう少し分割してもやれそうだし、何よりそれくらいのことはやりそうである。


「とりあえず進んでみるか」


「ですね。まだ焦る段階でもないですから」


「んだんだ。じゃあ予定通り右で」


「はいな」


 元々読み合いみたいなのは得意じゃないし、まだ開幕からは間もないし。

 ひとまず想定していたルートを進むことにした。


 ……したのだけど。


 やはりというか、俺たちは依然として死体ばかりが転がる道を進んでいたわけで。

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