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10.新人戦の朝。

 伏見ダンジョンに初めて挑んだ日から約一週間。

 俺たちは一、二層をある程度で切り上げて、三層の攻略。つまり、封鎖されている【新人戦】の舞台【呪われ師団の駐屯地】以外のエリアを探索していた。


 対峙するモンスターは今まで経験した中で最高峰と言っても差し支えない。例えるならば、三層全体が空色オオカミの難易度で、プラスして状態異常持ちが現れたという感じだろうか。


 まぁ、状態異常とは言ってもニ種類だけで、その内一つ【ウイルス・SZ3型】は探索前に注射をしておけば一日ほど抗体が出来るので問題はない。


 注意すべきは【痺れ蛸】。触手が体に触れると身動きが取れなくなってしまう。すごくわかりやすく言うと触れられている間は電気風呂の穴に指を突っ込んだみたいにビクンビクンッとなってどうしようもなくなる。


 これに関しては遠隔攻撃で対処するのがベストで、次点はスゲェ注意しながら攻撃するくらいだ。【痺れ蛸】は足が遅いから最悪は逃げてもいいんだけど、もしものために倒し慣れている方がいいだろうと考え、きっちり討伐していたわけだけど。


 他の三層のモンスターも一通りの対策を立て終わり、封鎖地域特有のものについても大凡の見当は付けることができた。

 また、数少ないアーカイブから地図を起こしたり、細かな情報を片っ端から集めたり、必要なアイテムも十分に揃えたり。


 そんなわけで、いよいよ参加の目処がたった俺たちは、期日ギリギリの金曜日の午後に【新人戦】への申し込みを完了させた。


 申込みの日から前々日までは伏見三層で試合を想定した探索を続け、さらなる難易度に身体を慣れさせるために三層の総まとめとなる門番を周回しつつ、集まってくるのを待つ傍らで四層の強敵を相手取った。


 完全に満足のいく仕上がりではないにせよ、与えられた時間は有意義に活用できたと思う。


 そして試合前日は栄養をしっかり摂って一日休養ということになった。


 あんまりグータラし過ぎるのも逆に良く無さそうだと言うアオイの提案で、以前にタダスケに連れて行ってもらったことのある屋内のスポーツレジャー施設へ行くことになった。


 バッティングセンターやボウリング、バドミントンで軽い運動をしてからご飯を食べに行き、ついでに近くの映画館で映画を……いや、結局の所二人して質の良い昼寝をしただけになったけど。

 それでもまあ、とてもスッキリとしたのできっと良い休養になったのだと思う。


 その夜も充分な睡眠をとり、迎えた翌朝はいよいよ【新人戦】当日である。




※※※


 新しい装備に身を包んだアオイが玄関の椅子に座り、これまた新しい編み上げブーツの紐を通している。


 つい先日オギさんから受け取り、しっかりとポスター撮影もしてきた新装備だ。


 初期装備であったセーラー服をモチーフにしたデザインなのだと思うけど、質の良さはさることながら、これがまぁアオイによく似合ってる。

 俺の非才なセンスではこの程度の褒め言葉しか出てこないけど、とにかくオギさんの力の入りようがよくわかると言うものだ。


 俺も新装備を支給されたけど既成品だ。革ジャンじゃなくてコートになったりはしたけども。


 いや、動きやすさとか防御力に関しては段違いなんだけどさ。斬撃に強いし、打撃もある程度は吸収してくれる。ついでに防汚が優れてるから血がついても取れやすい。

 

 で、出来上がったポスターと言えば。


 アオイがど真ん中で凛として武器を構えている。まず、これに関してはカッコいいし、アオイの芯の強さがよく出ていて好きだ。


 問題は俺で、俺はアオイから半身ズレた背中合わせで立っている。顔だけは少しこちらを向いているけど半分も写っていない。

 ハートの入れ墨と手に持つ鉈一だけはちゃっかり写っているので、わかる人には俺だとわかるのかもしれないって具合だ。


 ……まぁ、デカデカと写りたかったわけでもないし、そもそもを言えば俺がテレビでやらかしたってのがあって、本来ならオギさんの所にマイナスイメージ付きかねないからしょうがない話だ。


 こんなタイミングでやらかしちゃって本当すいません。

 契約がご破産にならなかっただけありがたいと思わなきゃいけないだろう。


 そんなことを考えているうちに、ブーツを結び終えたアオイが立ち上がり言った。


「おまっとさんです」

「待っとらん。んじゃ、行きますか」

「はーい。……ふふ」


※※※


 玄関の扉を開くと、真っ青に晴れた空をボディに映す黒塗りのワゴンタイプの高級車が停まっており、車の外で待っていてくれたらしい穏やかそうな老人の運転手さんがキレイなお辞儀をしてくれた。


 運営側が用意してくれた送迎車だ。


 俺たちも頭を下げて挨拶をしてからトランクを開けてもらい、武器やら今日のために新調したウエストバッグやら、着替えの荷物が入ったトランクなどを積み込んでいくと、門扉の前から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「うっすイナホさん。コンチワっす」


 そこにいたのはナラハシだ。


「おお。よく間に合ったな」

「ナラハシさん。どうもです」


 ナラハシは首だけを動かして「チッス、アオイさん」とお辞儀らしきものをした。


「まぁ、イライザさんの店からチャリで二分っすから」


 そう俺に言ってベルをチリンチリンと無駄に鳴らして自転車から降りて来た。


 彼が来ることはつい先程イライザから知らされていたから驚くようなことではなかったのだけど、なんでイライザとナラハシが?って疑問には答えておかないといけないだろう。


 今から一週間ほど前のこと、俺とナラハシは約束通り酒を飲みに行くことになり、イライザの店へ行くことになった。


 そこで俺がナラハシにあの嫌なディレクターをぶん殴った顛末を聞くと案の定クビになったらしく、再就職先が決まってないと笑った。

 そしてそれを聞いたイライザが「決まるまでウチで働かない?」と声をかけたわけだ。


 ナラハシは初め、「いや、自分ゲイじゃ無いんで」と断ったりしてたけど、「ゲイバーじゃないわよ」と怒られ、イライザには結構世話になっていると話してから俺がトイレに行って帰ってきたら、その間に働くことに決めていたみたいだ。


 まあ、そんなわけでナラハシは現在イライザの店の従業員で、多分今日も朝まで働いてたんだろうと思う。


 バーテンダーっぽい黒のベストのままだし、頭ボサボサだし、近寄ると酒臭いし、一番問題なのは義手をズボンの後ろポケットに突っ込んだままで右手の袖がプラプラしているということだろう。


 酒を飲んだら義手の付け根が痒くなってくるって前に言ってたから、多分、そういうことなんだろう。


「仕事お疲れさん。もう慣れたか?」


「そっすね。わりかし合ってると思いますよ。好きにやってもあの人笑ってくれますし。ってか、自分の心配なんかイイっすから、お二人あんま時間ないっしょ?……これ、イライザさんからの届けもんっす」


 そう言って渡されたのは、よくあるお守りらしかった。


「……わざわざこれを?」


 あまり信心深くない俺はお守りを手に取って色々と眺めてみるが、気づいたことといえば結び目が少しアンバランスで一度開封されたかな?とかその程度だった。


 するとナラハシ。


「イナホさんが不思議そうにしたら伝えろって言われてたんすけど……」


「おお、何?気になる」


「なんか、昔の話らしいんすけど、戦争に向かう男に、女が手作りのお守りを作ったらしいんす。で、女は自分の下の毛をその中に入れ――」


「そいや!」

 俺はお守りをぶん投げた。


「縁起の悪いもん持たせるな。鳥肌立つわ」


 するとナラハシはハハッと笑って、お守りを拾いに行き、「うっす。今の冗談っす。……あ、俺じゃないっすよ?イライザさんに念押しされて。業務命令ってことで。マジすんません」と言ってペコリと頭を下げた。


「あのクソゴリラ」


 アオイはアオイで笑ってるし。ナラハシも楽しそうだし。……まぁいいけど。


「ホントの中身は少しだけ集魔香木(しゅうまこうぼく)が入ってるとかなんとか。(いわ)く魔物を寄せ付ける匂いのお高いやつらしいっすけど、量が少ないんで効果はあんまり無いらしいんで、結局マジでお守り感覚でオッケーらしいんすけど」


 なるほどね。あのゴリラらしいというか何というか。

 あんな見た目のくせに毎日違う花とか飾るし、人の細かなところに気が付くタイプだったり、気遣いもかなりするタイプ。

 ……いや、あんなだからこそ?……まぁいいか。


「ありがたく持たせてもらうって伝えといて」


「うっす。あ、もう一つ俺から伝言っす」


「おうよ」


「元同僚から聞いたんすけどね、あの(ディレクター)、この間イナホさん関連で稼いだ数百万の金、今日の【新人戦】タナカ個人に単勝でブッパらしいんすよ」


「……ん?それがどうした?」


 俺はナラハシの言いたいことがピンと来ずに首を傾げると、ナラハシは清々しく笑った。


「ガツンと優勝して、あの腐れオッサンにカマしてやってくださいってことっす」


 ナラハシは拳を俺の胸に軽くトンとブツケた。


 要はこれが前の仕打ちの復讐、制裁のチャンスだって言ってくれたのだろう。そして、俺たちにそれが出来ると本気で信じているからこんなにも屈託なく笑っている。


 正直な俺の気持ちとしては、あのディレクターのことなんて結構どうでも良かったし、自分たちがタナカやピグマリ、ニシ姉妹達を上回る自信はあまり無かったりするんだけど。


 だけど、ナラハシのその気持ちが嬉しくて思わず笑ってしまった。


「あれ?なんか変なこと言いました?」


 ナラハシは首を傾げる。


「いんや。結構やる気出た」


「そっすか?なら良かったっす」


 ナラハシはヤンキー面のクセにはにかんだ。


「おう。……じゃあそろそろ行ってくるわ」


「はい。アオイさんもイカツイのブン回して来てくださいね」


「ふふ。はい。頑張ってきます」


 そうして車に乗り込んだ俺たちは、チャリンコに跨がりながら左手で持った義手をフリフリするナラハシに見送られながら【新人戦】が開催される伏見ダンジョンへと向かった。

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