8.下調べの重要性と他人様のアーカイブ
クルリとアオイはテレビに映し出した伏見三層の、つまりエリアは違うものの【新人戦】が行われる階層のアーカイブ映像を見ながら、モンスターや地形について会話をしている。
「やっぱり袋小路に逃げ込みましたね。モンスターの数が多すぎますから、一度に相手取る数を減らすって事なんでしょうけど……」
「うん。この場所は獣道みたいなものだし。援軍が集まって来る可能性も考えれば悪手。一見危険に見えるけど、壁沿いに斧の人が強引に切り込むのが最善。この数じゃスタミナ切れも。……あら、それより前に崩れるね」
折り重なるモンスターの隙間から突き出された石槍が壁役の腿に突き刺さると、痛みに耐えるその肩口に今度は小型の獣が牙を食い込ませた。
それでも歯を食いしばって耐えるが、壁役が十分に機能しなくなったことでみるみる押し込まれていき、最後は怒涛に飲み込まれるようにあっさりと壊滅した。
「今のは運の悪さと判断力欠如の典型」
そう言ってクルリは何事もなかったように次の映像を選択していく。
人死にに慣れていない俺とアオイは衝撃的な光景に少し放心しながらも、クルリが語ってくれる考察に大いに感心していた。
そもそもクルリの戦い方はテンプレ攻略法のような型にはまったものではない。
モンスターの性質や習性がしっかりと頭に入った上で相手の組み合わせや周辺地形を鑑みた状況判断を下すので、戦闘行動がパターン化せずにコロコロ変わっていく。
そのような判断が出来るというのは、並々ならぬ知識量と実戦経験の豊富さあってのもので、多分、普段の印象からは想像し難い努力と意欲によって賄われているのだろう。
クルリのやり方自体は俺達と遠くないけれど、その完成形というか。自分たちのやり方がまだまだ甘いということに気が付かされた一件だった。
※※※
そんなアオイとクルリのやり取りを横目に、俺は俺で今回の【新人戦】へ出場するべきか否かを導き出すために調べ物をしていた。
今回【新人戦】が開催されるのは伏見三層にある【嫌われ師団の駐屯地】と呼ばれる封鎖エリアである。
封鎖されている理由は別に【新人戦】を行うために準備していたなんてことではなくて、特定の魔物が使う【呪い】が厄介なために三層に挑むレベルの冒険者では対処が難しいからだそうだ。
そもそもそのモンスターが使う【呪い】はもっと上の階層で出現するのが普通で、それに対抗する魔道具も存在しているのだけど値段が高い上に入手しづらいらしく、そいつの存在のせいで実際のレベル以上にハードルの高い階層となってしまうらしい。
そんな理由で基本的には封鎖されていて、今回のように時々解放されるわけだ。
まぁ、ずっと封鎖しているわけにいかないのは俺が考えてもわかる話で、永久に放置していると密度が高くなって防壁から溢れてきたり、希少種などの強い個体が生まれたりで多分えらいことになってしまうんだろう。
つまり今回の【新人戦】はイベントを兼ねて大掃除って感じだと思う。
適切な実力を持つ者に【対呪い魔道具】を貸与して駆逐させれば、上級冒険者への依頼報酬が浮くどころか、【ベッツ】による莫大な収益は見込めるし、利口な言い方をすれば冒険者への関心や大きな経済効果も期待できる、なんとも経済的な措置である。
……てなわけでとりあえず話を戻すけど、開催地はそんな感じの封鎖地域なのでアーカイブや資料が極めて少なくて、マップも出回ってないし特有モンスターの情報などもほとんど見当たらないわけで、見つけた映像から自分たちで地図やデータを作成していかなければならない。
映像をざっと見た感じでは下鴨三層よりも難易度が高いように感じるけれど、クルリが言ったように事前調査さえしっかりとすればやれないことはなさそう。ってのが現時点での正直な感想。
後は、封鎖エリアには入れないとしても実際に伏見三層へ潜り手ごたえが掴めたなら出場って感じだと思う。
参加表明の締め切りは来週の金曜日まで猶予があるし焦って決めることもないだろうと思い、タブレットPCを閉じた。
……ん?
なんだか視線が気になって振り向くと。
「……やっと見たぜこんちくしょう」
三角座りで顔だけ向けたアオイが少し拗ねたようにこちらを見て言った。
「……あれ、もしかしてなんか話しかけてた?」
集中しすぎて聞こえなかった。なんてことはないと思うんだけど……。
「念を送って気づいてくれるかを試してたんです。ふぁんふぁんふぁんって」
そう言ってアオイはニシシと笑った。
馬鹿だなーと思って「なんの遊びしてんだよ」と笑ってしまい、「念力ゴッコに決まってるじゃないですかー」と何故か毅然と言い返された。
クルリに「二人って仲良しだね」と言われたので「こいつはたまに阿呆なのだよ」と茶化しておいた。
「んで?どうかした?」とアオイに聞くと、「今から他の出場者の映像見るんですけど一緒に見ませんか?」ってことなので、「あ、じゃあお茶入れなおしてくるから待ってて」と席を立った。
※※※
「んじゃ、まずはタナカから。伏見の二層で階層主倒した時のヤツね」
クルリが慣れた手つきでスマホを操作すると、テレビの中に人工的な石造りの迷宮を進む六人の集団が映し出された。
金色の鎧兜を装備したタナカを先頭にして歩く集団を見て、そのありように違和感が沸々と。
だって、探索中に腕組んで歩いてんだぜ?胸をムニムニって押し付けたり。
タナカ以外は全員女性で、ほとんどみんな露出度が高く、何となく趣味が統一されているというか、誰かの趣味に走っているというか。
「……これってさ、いわゆるハーレムってやつでいいのかね?」
「だね。イライザの噂通りなら全員と付き合ってるらしいよ」
「……マジかよ。なんて器用な奴だ。クソうらやましい」
「あっ、今、紫の服の人とチュウしませんでしたか?」
「アオイちん。あれはチュウじゃない。涎が糸引いてたからキッスだよ」
「……いと。……キッス」
「クルリ。俺たちは何を見させられてんだ?」
「まぁ、驚くのはここから。そろそろ【ヨークシャーブル】と接敵するよ」
クルリがそう言うやいなや、通路が突然爆発した。
そこから飛び出してきたのは四つ足の筋肉質な獣。知っているもので例えるならばトラックのようなの巨体を持つ長毛の牛といったところだろう。
名前と照らし合わせてみると、散髪をしていないヨークシャーテリアみたいに見えないことはないけれど、全くもってそんな可愛げは持ち合わせていない。
むしろごわごわとした毛に瓦礫をたくさん引っ付けて汚らしいし、俺が名前を付けるとしたら【超巨大・ツノ付きモップ牛】である。
「結構一瞬で終わるから」
クルリの言うとおりだった。
タナカが他の五人へ指示を出すと、彼女たちはすぐに逃げられる場所まで下がり、一塊になって戦況を見据える。
そしてその間、すでにタナカへと猛烈なチャージを仕掛けた【ヨークシャーブル】を超人的な跳躍で躱しつつ、金色に光る両手剣をその鼻面へ叩きつける。
攻撃を受けた【ヨークシャーブル】の顔は大きく裂けて血がドバドバ噴き出しバランスを崩して大きな巨体をグラつかせるが、左前脚を大きく上げてドシンと踏ん張ると、カメラの方へ、つまり、女性たちへと方向を変え、まるで屠殺に荒ぶる牛のごとく血走った目をひん剥いて迫りくる。
女性陣は慌てて四散するが、幾分地味な装いのメガネっ子が狙いをつけられてこのままでは逃げ切れないと思ったとき。
またしても不自然なほどの跳躍を見せたタナカが【ヨークシャーブル】の馬鹿みたいに太い首めがけて光る剣を振り下ろした。
――ズバッ!……ドッスーン!
【ヨークシャーブル】の巨大な頭部が地面へと落下し、大きな体は崩れ落ち、石造りのダンジョンは崩落こそしないものの、瓦礫と埃がパラパラと降り注いだ。
タナカは悠然とカメラに向かい、つまりは尻もちをついたメガネっ子に歩み寄って彼女を助け起こし、何やら甘い言葉でもささやいている様子であった。
……そして。
「チュウ、じゃないや、またキッスしてますよイナホさん。……うわぁ。恥ずかしくないのかな?」
「……なんだよこれ。何見せられてんだよ。映画か?いや、こんな映画見たくもないぞ?」
「……あれ?二人ともちゃんと見てた?」
クルリが少し悲しそうにそう言った。
「もちろん見てましたよ。あのジャンプと光る剣がスキルですよね」
「良かった。そうだよ。【跳躍】と【スラッシュ】。ヨークシャーブルは見た目より固くないと思うけど、一太刀で切れたのはスキルの熟練度だろうね」
「なんか両方使いやすそうだよな」
「レアリティで言うと両方星4だね。この戦闘では【スタミナ・微】獲得してたよ。これは星2だから、戦闘自体はあまり変わらないかな?」
「まぁ、人間性に疑問はあるけど、強いことは間違いないか。女の人はどうなの?」
「スキルは無いはずだね。あと、他のも見ればわかると思うけど、タナカ以外の実力はスキルの有無とかを抜きにしても決して高いとは言えないよ。今はタナカの実力が高いからまだ戦えてるかもしれないけど、そのうちまぁ、……どうするんだろうね?」
クルリは理解できなさそうに首を傾げた。
続いて見たのはピグマリという女リーダーのパーティー。
こちらはタナカとは真逆で集団戦闘を得意としている様子だった。
名前を聞いていたオイドンというのんびりそうな大男が巨大な斧を振り回すのは迫力があったけど、決して悪目立ちしないし、従順にピグマリの指示を仰いでいた。
このパーティーの肝はだれが見てもピグマリだろう。青い髪の毛を一つ括りにし、身を包む鎧は簡素ながらに凛々しい印象を受ける。
自分ではほとんど前線に立たないのだけど冷静な判断でつぶさに指示を飛ばし、個人としてはそれほどレベルの高くない面々を一つの生き物のように操っている。ちなみに人数は18人。すげぇ多い。
クルリによると彼女のスキルは、その名の通り味方の士気を上げる【号令・士気】と、もう一つは【イタミワケ】というらしく、他者の傷を半分引き受ける。なんだか壮絶なスキルだ。
後、このパーティーではオイドンが【重量】という、体に負荷がなく体重を増加させるスキルを持っているらしい。実際の使い心地はわからないけど、攻撃に防御に案外使えそうな感じがする。一撃が重くなったり踏ん張りが強くなったり。もし想像通りなら、大柄な彼にはピッタリなスキルかもしれない。
※※※
そんな風に過ごしていたらいつの間にか0時を回っていたので動画鑑賞会は終了の運びとなった。
片付けをしながら適当な会話をしていたのだけど、クルリが「伏見ダンジョンには狐のモンスターが結構居るよ」と言って、俺はふとヒナさんの弟のツバメのことを思い出した。
彼は【怪視病】という奇病を患っており、彼曰く『酷いときは人や動物など動くものが怪物みたいに見える。悪化すると何も見えなくなるんだ』とのことだった。
そして、一つの曖昧な憶測が頭をよぎる。
「……カイってもしかして【地狐の妙薬】狙いで参加してんのかな?」
俺がふとそんなことを口走るとクルリが首を横に振った。
「あれは地狐以上じゃないと作れないから、三層なんかには出てきっこないよ」
クルリは「……他には空狐か天狐とかね」と続けた。
「え?ってことは、そいつらを倒せたら本当に作れるってこと?」
俺の聞いた話では【地狐の妙薬】はあくまで治療の難しさの引き合いに出されただけの昔話とか民間伝承ということだったが。
「国立図書館に当時のレシピがあるってのは本当。見たこともあるよ。でも、魔素濃度の関係で三層に出てくることはまず無いね。いくら【嫌われ師団の駐屯地】が封鎖されてたからって中に居るのはまずありえない。居るとすればもっと深い階層だけど、そもそも目撃情報が全然無い。つまり、やっぱりあれは昔話ってことで今のところは気にしないほうが良いみたい」
「へぇ。そうか。でもちょっとは希望があるってことか。まぁ、お前が言うならそうそう見つからないんだろうけど。……ところで、やけに詳しくない?」
これまでにもクルリの知識の広さには感心していたけれど、今回に限ってはただの情報として捉えてない口ぶりに聞こえた。
主体的に探した結果見つけられなかったというニュアンスだ。
するとクルリ。
「……使ってみたい人がね。……うん」
そう言って少し笑うと、「お茶飲みすぎた。トイレ借りるね」と廊下へ歩いて行った。
何となくそれ以上踏み込めなくなって、この話はそれでおしまい。
そのあとしばらくしてクルリはホテルへと帰り、アオイはスキルの検査をしてもらうためスマホで鑑定所のネット予約。結構混んでいたみたいで少し先になった。
で、だ。
俺は何度も吐き出しそうになりながら【淀み】の石を呑み込みこんだ。
1時間くらい頑張ってやっと飲み込めたんだけど、未だに食道が痛い。一度飲み込むと不思議と喉つまりせずに入っていったけどさ。
あんなのこの世で初めて飲み込んだ人はなんのつもりで飲み込んだんだ?
馬鹿だったのか?
例えば他にも、初めてウニを食べた人だとか、山椒や胡椒を毒と考えずに『有りだ!美味い!」って思った人とか。
やっぱ頭おかしいんじゃないの?と思うとともに、まぁ、良くやってくれたと感謝もするんだけどね。
……なんの話だよ。
いよいよ明日からは情報を集めつつ探索を再開だ。




